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龍の堕ちた国

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 陽の光が眩しい白い壁と、黒光りした屋根の立ち並ぶ街。
 それが極東にあるタツオトシ国である。

「あれってもしかして」

 街の入口を飾る巨大な門。
 頭上にて横たわるように鎮座しているのは見事な造形の龍、すなわちドラゴンの像だった。

「この国には龍の伝説があってな」

 ケンタロによると数千年も昔、天空は巨大な神龍たちのねぐらだったという。

「普段は穏やかな龍が突然暴れだし地上はめちゃくちゃになったと」

 その原因はとりついた邪鬼の蟲で、腹の中で神龍をたいそう苦しめたと。

 それを救ったのが一人の少年。

「神通力っていう不思議な力、まあ今で言う魔法とか魔力だな。それを使って龍の中にいた蟲を追い出して世界と神龍を救った――そういう伝説」

 この国は暴れた神龍が落っこちた場所、つまりの国なのだ。

「数千年って、すごく歴史深い国なのね」

 アルマが興味深そうに辺りを見回す。
 
 まったく異なる文化。建物から言語、街並みや人々の格好まで見たことがない光景が広がっていた。

 とくにここは城下町らしい。
 至るところに歓楽街とおぼしき場所はあるし、時折見かける朱色の建物は彩り鮮やかな装飾であふれていた。

 そして人も多く行き交っている。
 商売人や旅人、さらには役人だという濃紺の着物の者たちを眺めた。

「なんか異世界に迷い込んだみたいだわ」

 呆然とつぶやく彼女。するとケンタロは少し笑って。

「オレがクロリエシア国にはじめて来た時、同じこと思ったぜ」

 これにはオルニトも心密かに同意する。
 彼は異世界転生であり転移ではないが、それでも前世の暮らしからすればまさに異世界の違和感だ。

 むしろこの国のテイストは多少があるかもしれない。

 ――中華街っぽい。

 ずっと昔 (どころか前世まで遡るが)家族旅行で行った横浜の中華街を思い出した。
 日本にいながら非日常感というか、異国情緒というのはこういうことを言うのかとあの門を見上げながら考えたものである。

「ここは海を隔てた大陸とは離れた国だからな、西から来たヤツが珍しいんだ」

 あちらこちらからジロジロと不躾に見られる事を気にしてか、彼が弁解するように言った。

「だからあまり気を悪く――ってそこのお前、もしやリュウヒか?」

 大通りを挟んで向こう側。
 ずっとこちらを見つめる視線の元は濃紺の着物をまとった者、つまり役人だ。
 ケンタロの問いかけにハッとした様子で息をのんだあとすぐさま駆け寄ってきた。

「ケンタロ、ケンタロじゃないか!」
「やっぱりリュウヒだ。こりゃあデカくなったなぁ」

 嬉しそうにハグしてきたのはなんと若い女だ。長く艶やかな黒髪を結った、切れ長の目の美しい女性。

「紹介するぜ。こいつはリュウヒっていって、オレの幼なじみだ。つーか女だてらに役人になって頑張ってるとは聞いたが、本当だったんだな」
「ケンタロこそ、勇者サマだなんて鼻が高いよ」
「はは……」

 嫌味なんかじゃなく百パーセントの尊敬と好意の眼差しに苦笑いしながら、彼は優しく受け止めている。

「たくさん話したいことがあるんだ。もちろん家にも来てくれるよね? ああきっと皆喜ぶよ。ケンタロが帰ってきたって!」
「お、おう。でもちょっと待ってくれ」

 興奮気味にまくし立てる彼女をそっと離した。

「オレの仲間を紹介させてくれ。アルマとオルニトだ」
「えっと。どうもはじめまして」

 ハッとしてこちらを見たリュウヒに、二人は慌てて頭を下げる。

「もしかしてエルフ、ですか」

 彼女の声は固い。警戒心を隠さない態度にアルムは一瞬驚いたような顔をしたが。

「そうよ。実はかなりのおばあちゃんなの」

 とイタズラっぽく笑ってみせた。

「ここらでは珍しいだろ。西の国ではたくさんいたんだぜ」
「そうなんだ」

 リュウヒは言葉少なく返してジロジロとこちらを見ている。
 それはもうあからさまな視線に彼らは眉をひそめた。

「……こういう女が好きなんだね、ケンタロって」
「は?」
「なんでもない。で、そっちの殿方は」

 今度はオルニトに矛先が向いたらしい。びくりと思わず肩を震わせる。

「ああ、オレはこいつのこと――」
「ばぶぅ!」

 割り込むように声をあげたのは抱っこしていたクーカだった。

「あ、赤ちゃん?」

 リュウヒの目が見開かれる。

「すいません。僕の娘でクーカって言います。理由があって国を追われた僕らをケンタロが助けてくれているんですよ」

 あうあう喃語のお喋りをする娘をあやしながら彼女に手短に挨拶をする。
 色々と省いたがおおよそ嘘は言っていない。見るからに男である自分が産んだなんて説明する方が混乱させるかもしれない。
 
 それに、ただでさえ警戒心をあらわにしている彼女に対してあまり迂闊なことを言うのは躊躇われた。

「そうなのね……へぇ」

 再びリュウヒの目がアルマとオルニトをとらえる。

「良きことだね、子供がいるって」

 とだけ言って薄く微笑んだ。

「お、おう。そうだよな」

 ケンタロはなぜかホッとした顔をして頷く。

「彼らはオレの大切な仲間なんだ。だから家族に紹介したかったんだ。もちろんリュウヒ、お前にもな」
「ケンタロ……」

 彼女の頬が赤らんだ。
 小柄な手が、己の濃紺色の着物の端を落ち着かなくさまよう。

「わ、私もすごく嬉しかった。ケンタロが街を出てからずっと連絡ひとつくれなかったんだもの」
「そりゃ悪かった。なんせ連絡手段もままならなかったもんでさ」

 肩をすくめ謝る彼にリュウヒはいいんだよと腕に触れた。

「きっと父様も母様も、姉様だって喜んでくれるに違いない」
「おお、そうか」

 ニコニコとしている二人だがどこか噛み合っていないのは傍から見れば明らかで。オルニトとアルマは小さく首をかしげつつ顔を見合わせた。

「さて御客人。今宵は最高の宿を手配しましょう。ああ自己紹介が遅くなりました。私はリュウヒ。この国の大臣であるリュウチョウの娘です」

 国の大臣の娘ということは。

「お嬢様ってこと!? ケンタロってばすごい幼なじみがいるじゃない! ……ま、まさかアンタも貴族とか」
「残念ながら違うぜ。オレは単なる従者の息子でな、それでも対等にダチでいてくれたのが彼女さ。もちろん親父さんたちに世話になったんだ」

 それに、と嬉しそうに彼女を見る。

「昔は気が強いクセに泣き虫だったリュウヒがこんなに立派になったなんてなぁ。ほんと見違えたぜ」
「なにをいう。ケンタロこそ、その……すごく……」
「ん?」
「かっこよくなった、と思う」

 熱っぽい眼差し。これは誰でもわかる、これは恋をしている横顔だった。
 
 どうやらリュウヒはずっと幼なじみの帰りを待ちわびていたようだ。だからアルマに対してあからさまな敵意を剥き出しにしたかと思えば、オルニトとクーカを見て、彼らが夫婦であると勘違いをして安心したのだろう(まさか目の前の青年が産んだとは思うまい)

 これだけ露骨な好意だが、驚くべきことにケンタロだけは微塵も気づかない。

「あっはっはっ、褒めてもなんもでねぇぞ!」

 あっけらかんと笑うのだ。心の底から親友か、歳の近い妹に対するそれに近い感情なのだろう。

「あっ」
「……」

 ダメだこりゃ――。

 オルニトアルマはまた顔を見合わせた。
 

 




 

 


 

 

 


 
 
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