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最強な娘①

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 温かく小さな手。
 包み込めるサイズにそっと指を寄せると、確かな力で握りしめられた。

 ――この子が僕の子。

 産まれたばかりだというのにしっかりと生えた髪の色は母親ゆずりの栗色。
 まだ目は開かないようで産声をあげたあとは、時折小さくむずかるように泣いている。

「ほら綺麗に出来たわ。抱いてあげて」

 魔法や周りのモノを使った急ごしらえだけど、と白い布に包まれた我が子を受け取ったオルニトは恐る恐る胸に抱く。

「ち、小さい」
「可愛いでしょ」
「……ん」

 ぽろりと涙が一雫。

「僕の子、なんだよね……?」

 信じられなかった。一人の人間を生み出したなんて。
 しかもこんな小さくて、でもちゃんと手足もある温かい存在を。

「すごくかわいい……」

 色んな絶望や葛藤、悩みなんてものがこの瞬間全部吹き飛んでしまうほどの愛おしさ。

「本当に僕が産んだの!? 本当に? こんな可愛い子を」
「そうよ。アンタが産んだの、そこでぐったりしてるアホ勇者を痛めつけながらね」
「!!!」

 そこではじめてハッとして彼の方を見た。

「お、オレのことは気にすんな。むしろ本望ってやつだぜ」
「ごめん! 僕ってば君になんてことを」
「いいんだ。惚れたヤツにやられるならむしろご褒美」
「あ、ごめん。それはひくかも」

 わりかしハッキリ言うオルニトである。

 しかし幽閉先でなんて、なんともすごい状況での出産だ。前世にテレビにて見たタクシーで産み落としたシーンが普通に思えるほどで。

「とはいえスピード出産だったみたいね。人間の初産だと四十時間かかるケースもあるって書物には……」
「さっきから気になってたんだが、その本なんだ。ずっと抱えてただろ」

 ケンタロの指摘に彼女は小さく笑って言った。

「そうねぇ。強いて言えばこれはってやつかしら」
「ん?」
「なんでもないわ。さて、これからどうするか考えなきゃね」

 その言葉でオルニトは産まれたばかりの娘を守るように抱きしめた。
 
 ここは王城の地下室。
 
 陣痛時の絶叫やら赤子の産声ではなんのリアクションも外からなかったが、いつ誰がここへ来るかはわからない。
 
 だいたい彼らもそれぞれ別のところに軟禁されていたのをなんとか脱出して合流、ここへたどり着いたという。

「この子を……娘を奪われるわけにはいかない」

 腕の中でスヤスヤ眠るのは女の子だ。
 自分の命に代えても愛娘を守らねばならない。

 まろい頬にキスをして誓う。

「そうね。私達が絶対にアンタたち母子を守って――」

 言葉半ばで、遠くからたくさんの足音が石段を響かせるのが聞こえた。

「!?」

 彼らが身構える暇もなく、ドアが蹴破られ大量の武装した男たちがなだれ込んでくる。

「抵抗をするなっ、大人しく降伏しろ!」

 兵士は叫び一斉に四方八方から剣を突きつけられる。

 どこからも逃げることが出来ない。まさに袋のネズミといったところか。
 しかもそのジリジリと距離が詰められていく。

「ど、どうすんだよ」
「狼狽えるんじゃないの。こんな奴ら、アタシらでなんとかできるわ」
「さすがにこの人数は無理だろ。下手すりゃ相打ちになってオルニト達が危ないじゃねぇか」

 彼の指摘通りだった。
 あまりにも分が悪すぎる。しかし向こうも杖を持ったエルフに剣を携えた勇者、迂闊に手を出せない膠着状態が続くこと数十秒。

「捕まえたぞォッ!」
「っ!?」

 オルニトは後ろから突然飛びかかってきた兵士の一人に羽交い締めされた。
 娘だけはとこらえるものの、肩や腰を次々と掴まれて身動きがとれなくなる。

「てめぇ、その汚ない手を離しやがれ!!」
「ケンタロ駄目よ!」

 頭に血が上り剣をぬいた彼にアルムが叫ぶ。

「そいつは子供もろとも生かして捕らえるのだ。あとは殺してもかまわない」
「は、離して……アルム! ケンタロ!!」

 互いを人質に取られたような状態で為す術がない。
 そんな中でも腕の中の我が子を取られまいと必死に抱きしめる。

「こいつこの赤ん坊産んだのか」
「やはり男に見えるが」
「そりゃあ人間じゃないぞ、魔物だ」
「殺さなくてもいいのか?」
「殺したらダメだ。上からの命令だからな」
「誰のガキでも孕むんじゃないのか」
「さぞ淫売なんだろう、魔物の子を孕むようなやつだ」
「なんと禍々しい悪魔だ」

 侮蔑に罵倒、嘲笑の声が投げかけられて耳を塞ぎたくなるが娘を抱いているからそれも出来ない。

 ――このままじゃ。

 娘もどんな目に遭うか。恐怖と怒りで目の前が黒く塗りつぶされるようで。

 しかしオルニトは気丈にもキッと兵士たちを睨みつけた。

「娘に指一本触れるな」

 その気迫に彼らがたじろいだのも一瞬だけ。すぐに剣や槍を四方八方から突きつけられる。

「ハッタリかましやがって。これ以上、妙な動きをしたら容赦しないぞ」

 兵の長だろう。赤ら顔で太った男が顔を歪めて言った。

「お前たちの身柄は国王陛下の元にある。大人しく従うのだ」
「偉そうなことほざきやがって! こいつもオレたちも何も悪いことなんてしてねぇだろうが!!」
「そうよ、あまりにも横暴過ぎるわ!」

 部屋の隅に追いやられて数人に押さえつけられているケンタロ達が怒鳴るが、オルニトからは姿すら見えない。
 
「お前たちには拒否権などない」

 さっさと連れて行け、と男が口にした時。

「――ふぇぇぇんっ!」

 それは腕の中の幼子の声。
 
 新生児としては力強い泣き声に彼らは思わず、ざわめき押し黙る。

「ふに゙ゃっ、ふに゙ゃっ」

 最初こそ子猫のようだが徐々に大きくなっていく。
 
「ふぎゃぁっ! ふぎゃっ、んぎゃあ!!」

 顔を真っ赤にして泣きわめく赤子を抱いて途方に暮れた。

「えっ? ちょ、どうすれば……」

 抱っこして揺らしてみるも効果なし。というかそもそもあやし方すら分からない。
 なんせ産んだばかりだ。

 呼ぶ名前すらまだないのだから。

「ぎゃおぉぉんっ!!」

 なんとも腹の底から声を出す赤ん坊なのだろう。
 小さい身体から振り絞る泣き声に、焦りと心配がつのってくる。

「おいこのクソガキを泣き止ませろ!」

 男が怒鳴った。
 同時に次々と腕が伸びてくる。

「や、やめっ……」

 取り上げられる、と身をよじった。

「ん゙ぎゃぁぁぁぁッ!!!!」

 ひときわ高く、さながら怪獣かドラゴンのような喚き声が響き渡った瞬間。

「!」

 空気がビリビリと音を立てて震えて衝撃の波がオルニトとその娘以外、その場にいた全員を襲った。

「なっ!?」

 石造りの床も壁も蜘蛛の巣状にヒビが入る。
 備え付けられた機器が甲高い悲鳴のように電子音を吐き出し、煙と小爆発で破壊される。
 男たちはおしなべて頭を抱え声にならぬ悲鳴をあげ身悶えのたうち回っている阿鼻叫喚地獄。

「これはヤバイわ! 大丈夫!?」
「な、なんとか」

 咄嗟に自分たちには防御魔法をかけたのかアルムが叫ぶ。それに弱々しく応えたのは膝をつき耳を手で覆うようにしているケンタロだけだった。

「泣いてる……」

 胸に顔をすりつけ泣いている娘。周りはこんな状況なのに、この母子はなんの影響も受けていないのだ。

「アルム、どうしよう。僕、赤ちゃんの泣き止まし方わかんない」

 オロオロとするが彼女は絶句しているのか何も返事はない。

 ――こんなに悲しそうに。ああ、可哀想。

 こちらまで涙が滲んで来たとき、ふと胸に差し込むような痛みと違和感が。

「もしかして」

 思いつきと本能のまま服をはだける。
 急いで、早くと己を急かしながら。

「お腹すいたんだよね? おっぱい……出るといいんだけど……」

 冷静に考えれば男である自分が母乳なんて出るのか、と疑問に思うのだろうが。彼は必死だった。

 早く赤ん坊を、娘を泣き止ましたい。満たしたい一心だったのだ。
 
「――『クーカ』」

 口からまろびでたのは名前。
 最初からそこにあったかのように自然と口をついた。言葉として意味を成すのか成さぬのか、優しい響きとオルニトの肌からほのかにした甘く特有の香りに幼子の泣き声が止んだ。

「んむぅ!」

 スンスンと鼻を鳴らし、お目当てのモノをみつけたのだろう。
 小さな口を懸命に開けて右の乳首に思い切りかぶりつく。

「んぐ、ん、む、んぅ」

 産まれたてとは思えぬほど生命力に溢れていた。
 強く吸い付き、喉から音をたてて飲み干す目は完全に開いていた。

「美味しいかい?」
「んくっ、んくっ、ん!」

 本当に母乳が出ているらしい。
 吸っていない方からはピュッピュッと時折、乳白色のそれが吹き出している。

「うわぁ、べちゃべちゃだね」

 男が産めるのだ。母乳くらい出ても当たり前なのかもしれない。
 常識なんてものは通用しない世界で、オルニトは懸命にむしゃぶりつく娘の髪を撫でた。

「……と、止まっ、た?」

 そんな平和な母子とは裏腹、状況は壮絶であった。

 死屍累々――もちろん生きている者もいるがほとんど虫の息で崩れ落ちる屈強な兵士たち。

 そしてかろうじてといった様子で立ち上がった二人を、オルニトは慈愛に満ちた目で微笑んだ。

「この子、クーカっていうんだ」
「へ?」

 もう片方の乳首に吸い付かせつつ、娘の名を明かす。
 突然脳裏に浮かんだ。つまり完全なる思いつきだけれども、なんだかとても良い名前に思えた。

「赤ちゃんってすごく可愛いんだね」

 特に我が子だからだろうか。
 よく飲み、自分で大きなゲップをしてすぐにスヤスヤ寝息を立て始める娘を愛しげに見つめる。

「ええっと……」

 クーカが泣いた時、たしかに魔法が発動した。
 しかもとびきり強い攻撃魔法だ。周囲広範囲を破壊し、主に人の精神と肉体にダメージを食らわせるそれは、赤ん坊どころか並の魔法使いでさえ繰り出すことができないだろう。

「……さすが親子ってわけね」
「アルム?」
「いいえ、なんでもない。さっさと脱出するわよ」

 オルニトは気づいていない。
 彼女の表情が曇り、手には杖が握られていた。

 まるで目の前の赤ん坊を警戒するかのように。


 


 


 
 

 


 
  
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