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修羅場は現場で出産シーン

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 ぐるり――。
 何かが胎内で蠢く感覚で目覚めた。

「っ、!?」

 
 
 そう思った瞬間にパニックに陥り頭の中がカッと熱くなった。

「うぐ」

 起き上がろうとしたのだか四肢が動かない。
 その代わりガチャンガチャと金属が激しく擦れ合う音が耳に入ってきて、ようやく四肢を鎖で繋がれているのだと理解した。

「ええっと」

 一生懸命、気を失う前のことを思い出そうと記憶を遡る。
 
 聖騎士レードに牢から出され、脅しをかけられたのだった。
 
「それから気分が悪くなったんだっけ」

 薬を盛られてたらしい。しかしオルニトが倒れた時、彼女はかなり動揺していた気がする。

 そして目覚めればこの状態だ。
 
 懸命に辺りに視線を巡らせるも、まばらに置かれたランプの灯りしか頼りにならず。
 耳をすませれば何やら規則正しい音が。ピッピッピッ……とこの世界ではあまり聞かないタイプの機械音がした。

「せめて身体さえ起こせれば」

 ここはどこで、部屋の構造くらい把握出来れば脱出の手立てが考えられるのだが。
 ただ少しずつ暗闇に目が慣れてきて、天井が高いということくらいしか分からない。

 唯一自由になる首を必死で動かしていると、ふと身体に違和感を覚えた。

「え……」

 腹が重い。ひどく張っていて息苦しくもある。
 そして極めつけは。

「ひっ!?」

 ぐるる、とがまた動いた。これはさっきもあった感覚だ。
 腸が動いているのかと思ったが、それにしてはあまりにも頻繁だ。不規則な動きだがたしかにいる。

「ま、まさか」

 そこでようやく思い出したのだ。自分が魔族の子を孕んだことを。

 なんとか顔を腹の方に向けてみる。
 そして絶句した。

「お腹が……っ!?」

 膨らんだ腹部。
 昏倒する前までなんの外的変化もなかったのに。
 そこは今まさに臨月を迎えようかというほどに大きく張り出していた。

「そんなの嘘だ。こんなに早く――」
「オルニト!」

 突然響く声。そして光がさした。
 暗闇の一角が開け放たれ、そこから踏み込んでくる足音に視線を向ける。

「大丈夫か!? くそっ、なんてこった。こんな姿にさせられて」
「こんな鎖、今すぐ外してあげるからね!」

 同時に覗き込んできた二人の顔に、安堵して涙が溢れた。

「アルマ……ケンタロ……」

 不安で怖くて仕方なかった。見知らぬ場所での身体と体調の変化。
 これからどうなるかさえ見通せない未来に絶望しきらなかったのも、彼らの存在があるからだ。

「怖かったわよね、大丈夫。アタシが助けに来たわ」
「いやオレもいるんだけど!」
「うっさいわね。ここは年長者の顔を立てなさいよ」
「それ老害がやりがちなやつじゃねぇか」
「だれが老害ですってぇぇぇッ!!」

 そんな小競り合いも通常運転で嬉しくもあったりする。
 
「というかさっさとその鎖切りなさいよ。アホ勇者」
「アホっていうなよ。それにしてもこれ切れるのかぁ? なんか凄く太いし頑丈だし」

 なかなか四苦八苦しているようだ。
 唸っているケンタロをよそに、アルマが指をポキポキ鳴らして歩み寄る。

「退いていなさい。非力な人間風情が」
「ンだよぉ。いくらゴリラ系エルフだってこれは――」
「ふん゙ッ」
「!?!?!?」

 ドスの効いた気合と共に、厳つい鎖が玩具のように砕け散ったのだ。

「だれがゴリラ系エルフだってェ?」
「す、すいません……」

 眉間にシワをよせるアルマと小さくなるケンタロ。
 さすがここ数十年は魔法の修行より筋トレ重視してきたエルフというべきか。

「ありがとう、助かったよ」
 
 ようやく身体が起こせてホッと一息つく。
 しかしやはり腹が大きくせり出していて重い。

「すっかりボテ腹になっちまったなぁ」
「ケンタロ!」

 能天気にボヤく彼をアルムが小突く。

「いいんだ。ほんとに大きくなっちゃって。なんか臨月? みたい」

 ぺたんこだった腹はもうすぐ生まれそうなほどになっている。
 これも魔族の子供だからだろうか。

「魔族の赤ちゃんは魔力を栄養にして育つのよ」

 彼女は周りを睨みつけて言った。

「ほら見なさい。あれは魔力を直接胎児に注ぎ込む魔道具よ。もう随分前に魔界で流行ったのよね、こうやって無理にでも赤ちゃんを成長させて妊娠期間を縮めるってやつ」

 結局、母体に影響も少なからずあるということで魔界では使われなくなったというが。

「こんなもんどこで手に入れたんだか。オルニト、具合は悪くないの?」
「うん、今は平気だよ」

 気を失う前の吐き気はどうやら悪阻だったとして、成長した胎児と共に母体も臨月間近にまで変化したらしい。
 
 圧迫感と息苦しさこそあるが、なんとか動けるくらいだった。

「足元気をつけて。お腹で見えないでしょ、ほらアタシが手引いてあげるから」
「だ、大丈夫だよ」

 まるで歩けるようになって間もない乳幼児の扱いだ。

 それにしても腹がキツい。服は着替えさせられているが身体の重さのせいだろうか、妊婦とはこんなに大変なのだと思い知らされた。

「うぅ」

 呻くものの、ほんの少し心に温かい感情が込み上げてくる。
 
 自分の中に宿る命に戸惑うばかりだったのが、胎動を感じるごとに感じる愛しさ。

「ここにいるんだね」

 そっと腹を撫でる。
 応えるようにまたぐるぐると動く感覚に、今度は涙腺が刺激された。

「あーあ、優しい顔しちゃってさァ」

 複雑な表情でアルムが呟く。

「この子のことを受け入れたのね」

 ――受け入れたって。僕が赤ちゃんを?

 まったく覚悟なんて出来てなかった。むしろ悪い夢なら覚めてくれと何度願ったことか。
 しかし少しずつ彼の意識は変わってきた。

 これが母性なのかと問われればそうなのだろう。
 身体だけでなく、心まで作り替えられていることを彼はようやく悟った。

「僕がこの子を守らなきゃ」
「それは違うわよ」

 アルムの言葉に顔を上げると、彼女の柔らかな眼差しに気づく。

が、でしょ?」
「うん」

 お腹の子はきっと祝福され愛される。このことが涙が出るほど嬉しかった。
 
「さっさとこんな所から出ないと」
「ここはどこ?」

 閉じ込められていた地下牢にしろレードと対峙した豪奢な部屋にしろ、産まれて十数年暮らしてきた村の中なのに知らないところばかりだ。

 それだけ秘密が多い村なのだろうが、ここもまたそうなのだろう。

「ここは王国。城の地下よ」
「へ?」

 一体いつの間に村を出たのか、予想外の言葉に唖然とする。

「まさか。ここは村の中じゃ……」
「連れてこられたのよ、アタシ達。転送魔法を使ってね」

 転送魔法、それは現代においてもかなり高度で大掛かりな魔法技術なわけだが。確かにそれを実行できるのは王宮魔法使いくらいかもしれない。

「最初っからアタシらを処刑する気なんてなかったみたいね」

 村人たちの溜飲を下げ、暴動が起きぬようにするにはこれしかないとレードは言ったらしい。

 つまり世間では彼らは斬首されたことになっている、と。

 しかしオルニトたちはまだ知らない。
 レードの本当の目的が、イドラを誘き出すことだったことは。

「とりあえず逃げるわよ。今は生かされてるけど、これからどうなるかわかったもんじゃないわ」

 たしかに王国側を信用することなんて無理な話だ。
 散々騙され、利用しようとされてきたのだ。
 
 今や魔界も人間側も敵だらけ。四面楚歌とはこの事だろう。

 オルニトは不安にうつむいた。

「大丈夫よ。アタシが守るってば」
「オレもいるぞ! ほら! 強くてカッコイイ勇者様が!!」
「うるさい」

 横から手を挙げて割り込んだケンタロを、彼女が肘鉄する。

「痛ってぇ!」
「なーにが強くてカッコイイ、よ。声がデカいだけでしょーが」
「声のデカさも必要だっての。ほらオルニト、オレがお姫様抱っこしてやるよ。ゴリラ系エルフはドラミングの時間だろ、ウホウホしてろ」
「ゴリラ系ってなによ、このクソガキッ!」

 また喧嘩を始める。
 
 収拾がつかなくなってきた。どうもツッコミ役が足りないらしい。
 でもそろそろ止めないと、と一歩踏み出した時。

「……っ!」

 襲ってきた腹の痛みに思わずうずくまる。

「う、ぅ゙ぁ」

 それは突然だった。
 重く激しい苦痛に声も出ず、荒々し息を吐くだけで精一杯。
 
「オルニト?」

 異変に先に気付いたのはケンタロだった。

「おい大丈夫か」

 慌てて抱き起こされるも、それすら辛くて首を力なく横に振る。

 痛いどころではない。
 まるで腹を何十何百もの針で刺されるような。いや、馬車に轢かれ続けるようなとも。
 とにかく想像を絶する激痛に呼吸もまともにできず、のたうち回った。

「あ゙っ、あ、い、い゙だぃっ、いたい゙いたいい゙たいっ……!!」
「腹が痛むのか!? くそっ、どうしちまったんだ」
 
 パニックになる彼とは対照的にアルムはハッとして顔を覗き込んでくる。
 
「もしかして陣痛かもしれないわ」
「じんつー!? ってなんだそりゃ」
「そんなことも知らないの男ってやつは! 産気づいたのよっ、赤ちゃん生まれるの!!」
「ひぇっ、マジかよ!? どーすんだよ! めちゃくちゃ痛そうじゃねぇか」
「そりゃそうでしょ。ってかアンタお産見た事ないの?」
「ねぇよ! お前はあんのかよ」
「ないわ。少子化エルフをナメないで」
「ねぇのかよ。つーか、エルフって少子化なのか」
「長命種だからねぇ、じゃなくて!」

 ワタワタする二人に心配しないでと声をかけたくても、身体はそれどころではない。

「っ、はぁ……ぁ、っあ」

 ほんの少し痛みが引いた気がする。
 なんとか呼吸を整えて、ゆっくり姿勢を起こそうとすると。

「あ゙ぅ!? う、ぅ゙うぅっ、い゙だだだ! なん゙っ、で!?」

 再び痛み始めた腹を押さえて泣き叫ぶ。一定の時間を空けて痛みはオルニトを襲い続ける。

 通常はこんないきなり激痛に見舞われる訳では無い。
 いわゆるお腹が張る、つまり子宮収縮を感じることから身体がお産に備えるのだ。

 そして最初は十分おき、そこから感覚が短く痛みが強くなっていくことで出産に近づいていく。

 しかし半ば無理矢理変化させられたためか、いきなり一分おきという過酷なスタートを切ったのだ。

「あ゙っ、ぁあ、や゙だぁっ、い゙だいっ、しぬ゙っ、しん゙じゃぅぅ!!」
「落ち着いて! 大丈夫だから。まずは呼吸して、ちゃんと息を吸って吐いてあげましょう?」
「ひ……ぅ、で、できな゙……ぁ」
「赤ちゃんと一緒にね、頑張りましょ? ほら息吸って吐いて」
「……っはぁ……ひゅ……ぅ」
「いい子よ。大丈夫、大丈夫だからね」
 
 アルムが優しく何度もなだめながら。

「ちょっとごめんね」

 と横たえたオルニトの足を開く。

「下も脱がすわ。ってご丁寧に、下着まで脱がせてあるわ。なんかムカつくわね」

 などと呟きながら彼女はケンタロの方を振り向く。

「ちょっとアンタ、なにボーッとしてんのよ。ちゃんとオルニトについてやってよ」
「の、ノーパン……」

 彼はオルニトがノーパンでいた事にひどくショックを受けた様子。見たいと見てはいけないの葛藤をしているのか、顔を半分手で覆っていた。

「何してんの!」
「分かってるって。オルニト、痛いよなぁ。オレに出来ることあれば遠慮なく言ってくれ」

 アルムにドヤされながらも抱きしめてくれる彼の体温。

「け、ケンタロ」
「どした?」
「ごめん」
「へ?」

 心のそこからの謝罪。それから一瞬後。

「ま゙たっ……い゙ぃぃ、い゙だい゙っ、うぅ゙ぅ!!」
「!?」

 オルニトは陣痛の再開と共に彼の身体に思い切り抱きつき、そのまま爪を立てたのだ。
 当然、痛い。いわゆる火事場の馬鹿力的な要素も加わって、声を上げられず目を見開くケンタロ。

 しかしこれは陣痛がそうさせているのだ。

「ごめっ、痛いよね、でも僕……」
「気にすんな! オレは頑丈だからな。ぶん殴ったっていいぞ。一緒に頑張ろうな!」
「ケンタロぉ……」

 情緒もぐちゃぐちゃで、泣きながら彼にすがりつく。
 しかしまたすぐ。

「いだぃぃぃぃっ! もうやだぁぁぁっ、はやく産まれてぇぇぇっ!!」
「うがぁッ!? な、なんのっ、これしき」

 陣痛で絶叫するオルニトはさらに爪を食い込ませる。なんなら怒った猫のようにバリバリ引っ掻く始末。

「いたいいたいいたいぃぃぃ!!!」
「ぐっ……い、いたぐ、ねぇ」
「うぅ゙ぅ゙ぅぅっ!!!」
「ぐわぁぁ!?」

 果ては骨でも折れるんじゃないかという力で腕を引っ掴み締め上げる。

「いでででっ、ちょ、どこからこんな力出てんだ!」
「我慢しなさい。それだけ出産は命がけなのよ」

 一方アルムはオルニトの股の間を覗き込みながら、こともあろうに尻の穴に指を突っ込んだ。

「ひぃぃぃぃ!?」
「ちょっと我慢してね。あ、もしかしてこれが子宮口? 開いてるような。んー、わかんないわね。これかしら」
「!?!?」

 ぶしゃ、という音と共に生あたたかい液体が床や身体を濡らす。

「破水ってやつ、よね。これ」
「オレに聞くなよっ! てか大丈夫なのか!?」
「アタシだって書物でしか知らないわよ。でももうすぐ生まれるっぽい」
「なんでそんなこと分かって……痛ぇ゙っ、チ〇コはやめろっ、オルニト掴むな! 不能になっちまうってば!」

 どうやら痛み逃しで他者に痛みを与える事にしたらしい オルニト(それが痛み逃しになるのかはさて置いて)と、悲鳴をあげるケンタロ。
 そしてどこから取り出したのか分厚い本と睨めっこしながら。

「よしっ、次の陣痛でいきんで! ほらっ、今よ!」

 と指示をとばすアルムとで、カオスな出産の場であった。

 ……しかし数分後。

 一際大きな二人分(!) の悲鳴とともに元気な産声と歓声が上がったのである。
 
 

 




 

 

 



 
 
 




 
 

 

 
 



 
 

 


 
 
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