転生マザー♂の子育て論

田中 乃那加

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ダークエルフの女と魔族の男

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 ※※※

 魔獣の群れに踏み荒らされた村。

 噴水のある広場であったこの場所もまた見る影もない。

 しかしそんな荒廃した村には奇妙な熱気で噎せ返っていた。
 
 群衆が押し掛けひしめき、口々にわめきたてる。

 罪人には死を。血であがなえ、と――。

「人間とはつくづく面白い生き物だな」

 そう独りごちるのはそんな烏合の衆を眺める、聖騎士。手には大きくいかつい杖を携えている。

「レード様」

 そこで彼女はようやく控えた男の存在に気づいた。

「ああ、ガルドマか」

 髭をたくわえた中年男、王国の第五兵団を束ねるガルドマである。

 彼は叩き上げの兵士で本来ならば聖騎士の元に付くような立ち位置では無い。
 そもそも何故、兵団がこの場にいるのか。

 その理由は簡単で単なる嫌がらせの一環であると彼女は思っていた。
 お前のような女騎士に精鋭兵団なんぞ使わせるか、という。

 種族で良く思われない事があるならまだ理解出来るが、雌雄でもそれが起こるのだから人間というのは奇妙な習性を持っている。

「この状況をどうなさるおもつもりで」
「見てわからんか、狩りだよ」

 ガルドマが苦虫を噛み潰したような顔で訊ねる。
 おおかた破天荒な問題児として名高い聖騎士のお守役か、果ては監視役を任命されたのかもしれない。
 
 ことある事に口うるさい兵長に彼女は特に腹を立てることもなく、むしろどこか面白がっていた。

「この騒ぎではむしろ獲物が逃げてしまうとワシは思いますがね」

 ガルドマの言うことも至極真っ当である。

 広場に詰めかけた人々の怒号と金切り声。
 騒々しいどころのはなしではない。
 そしてその中心に槍玉としてあげられているのは、人形のように身動きひとつしない三人の者。

 大きな台が設置され、そこに十字架で磔刑たっけいに処されようとしていた。

『この罪人が!』
『お前たちのせいで村が!』
『この悪魔! 厄災!』
『血で贖え!』
『死ね!』
『死ね!』
『しね!』
『血と死をもって償え!』

 などと数え上げるだけでキリのない罵倒と罵詈雑言、ヤジの嵐。
 集団ヒステリーとはこのようなことかと思わず眉をしかめるほどに、熱に浮かされた様子で発狂する民衆。

「ふふ、分かっていないな。メインディッシュがあるのだよ」

 彼女は近くにいた兵士たちに目配せをする。
 すると彼らは駆け出して一人の青年を引きずり出してきた。
 その姿に人々は一様にハッと息をのんだあと。

『悪魔だ! 悪魔の子だ!!』
『あいつを殺してくれ!』
『あいつが魔物を誘惑しやがった!』
『この淫売め!!』
『悪魔の首を!』
『首!』
『死を!』

 と喚き立てた。

「おお、効果は抜群だな」
「……レード様」
「おいおいガルドマ、落ち着け。ちゃんと私がなだめてやるから」

 ついにこめかみに青筋立て始めた兵長を相手に肩をすくめて見せる。
 そうして彼女は狂乱する村人たちの前に出て行って立ちはだかり手にした杖を勢いよく地面に打ち付けたのだ。

 途端、シンと静まり返る広場。
 それを見計らって。

「――皆の衆、この村を襲った悲劇に終止符を打つ時がきた!」

 彼女が大きな声でそう宣言した。
 ザワつく群衆。不安そうな顔で互いに何か囁きあっている。

「ああさぞや不安であろう。しかし安心しろ、王国の聖騎士である私がこの悪魔共を処してやるぞ」

 その瞬間。
 ウォォォッ、と獣じみた叫びが響き地面を揺らした。

「静粛に!」

 再び杖を打ち鳴らし静めると、兵士たちに取り押さえられている青年の元に歩み寄る。

「この者が、村の結界を破壊して村長を殺害するよう魔族をそそのかした張本人だ。おおよそこの容姿と肉体を使って誘惑、籠絡したのだろう」

 うなだれた青年を立たせ顎を掴み無理やり顔を上げさせた。

「これが悪魔を惑わした男の顔か」

 息でも吹きかけんばかりの距離で見つめてから。

「その首、私が直々にねてやろうではないか」

 とほくそ笑む。

「さあ処刑の時間だ」

 再び沸き立った群がる人々。
 
『血で贖え!』

 と叫び狂う彼らの前に大斧が差し出された。

 処刑人が罪人の首を切り落とすアレだ。既に乾いた血に汚れ、妙に黒光りする斧を軽々と片手で振り上げた彼女は高笑いする。

「さあとくと見よ、これが悪魔と姦淫の罪を犯した者の末路だ」

 そんな言葉と共に切っ先が振り下ろされんとした時だった。

「!」

 地面が割れるような轟音と、鋭い閃光が空を裂く。

 一瞬、驚愕とともに黙り込んだ人々だが。
 数秒後には錯乱状態におちいり、けたたましい悲鳴が飛び交った。

「とうとう姿を現したか」

 兵士たちでさえ血相を変えて武器を手に詰めかけようとするのに、レードはむしろ楽しげに目を細める。

「待ちくたびれたぞ魔族」

 粉塵の上がる中、険しい表情で立っていたのは一人の男。

「とんだ茶番だな」

 唸るような低い声でつぶやき、舌打ちをする。

「でもこうやって獲物がかかったじゃあないか」
 
 愉快そうに彼女は言うと斧を真っ直ぐ男に突きつけた。

「お前の首を取りに来たぞ――魔王」

 その言葉にまた場は騒然となる。

『ま、魔王だって!?』
『やはり噂は本当だったんだ!』
『魔王が人間界を滅ぼしにきたのか……』
『もうおしまいだ……全員殺される……』
『でも本当にあいつが魔王なのか?』
『あんな酷い事をしたんだ、魔王に違いない』
『聖騎士に倒せるのか……女だぞ?』

 様々な声がひしめき、囁き合う。
 無理もない。封印されたとされた魔王が復活して目の前にいるなんて。
 
 伝説上のバケモノと対峙したようなものだろう。

 人々は戦慄しガタガタと震えている。
 
「レード様」

 真っ青な顔で怖気づいている兵士たちに対し、ガルドマが剣を抜き前に出る。

「大丈夫だ、私が仕留めるさ」
「……甘くみられたものだな、俺も」

 男、もといイドラが皮肉げに口角を上げた。
 
 相変わらずの黒ずくめ姿だが、その衣服はところどころ破れて血や土がこびりついているのがわかる。

 片足も引きずっており、無表情の顔色は白いを通り越して土気色だった。

「人質をとって俺を捕まえるつもりか」

 近づいてくる。

   ピシ、と空気がひび割れるような音を立てた。
 これは圧だ。あれだけ負傷しているのに関わらず彼の魔力はそこらの魔法使いなんぞ相手にならないくらい強く、なにより殺意が半端ではなかった。

 視線だけで、人間の冒険者なら失神してしまうかもしれない。
 現に村人や兵士たちの大半はこの時、気を失い倒れてしまっていた。

「さすがだな、魔王」
「俺は魔王じゃない」

 猛獣のように歯をむき出して唸る。

「オルニトを解放しろ」

 その言葉にレードは内心ほくそ笑んだ。
 やはり彼の目的はこれだろう。

 取り返しにきたのだ。
 自分の大切なつがいを。

「子を仕込んだのはやはり貴様だな。なかなか魔力の高いメスを選んだな」
「御託はいらん、返すのか返さないのか答えろ」

 どうやらイドラの方はこれ以上の対話は望んでいないらしい。
 しかしレードは余裕な表情を変えることはなかった。

 彼女は単純にこの場を楽しんでいるのだ。

  退屈極まりない生活。
 聖騎士の地位こそあれど、あるのはいわゆる宮仕えだ。
 
 やれ王国の要人警護や他国との戦争。エルフである彼女の人生を楽しませるには到底及ばないつまらない仕事ばかり。

 だからこの仕事は多少をしてもぎ取った。
 
 魔王とされる男が何を考え、何を話すのか。そして命を賭してでも一戦交えたかった。
 だからこのヒリつく空気も殺意も。全てが刺激的で快感でしかない。
 
「オルニトは王国側としても貴重な財産だ。彼がいれば、妙な錬金術も禁術も必要ない。いくらでも生物兵器を産ませることが可能だ」
「つまり返す気はない、という意味だな」
「まあな」
  
 彼女がそう肩をすくめた瞬間、イドラが右の拳を握った。

 ドッ――、という低く叩きつける音がした瞬間。

「!」

 彼女が立っていた数センチ横がえぐれ、煙が上がっていた。
 もちろん、そこにいた兵士たちと取り押さえられていた青年は跡形もなく。血肉も遺らなかった。

「っ!?」
 
 気丈にも失神を免れたガルドマだが、驚愕のあまり剣を取り落とし膝から崩れ落ちる。

「おいおい」

 レードはわざとらしく天を仰ぎ、ため息をついた。

「自分のつがいを木っ端微塵にするなんて。イカれているな」

 さすが魔王だ、と揶揄うと。

は彼じゃない」

 イドラは吐き捨てるように言った。

「俺が見破れないとでも思ったか」
「これでも厳選したのだがね」

 どうやら偽物の人質は使えなかったらしい。
 兵士の中で背格好と顔立ちの似た者を選んで、それっぽく振る舞わせたのだが。
 ちなみにはりつけにされているのも偽物だ。

 彼らもまた、まだまだ活用方法のある手札のひとつであったから。
 
「だとしてもこれは大量殺戮だな」

 なんとも情け容赦のない男だ。
 一人の青年のためにその他大勢を簡単に殺してしまう事ができるなんて。
 まさしくあの残虐非道な魔王の伝説通りではないか。

 だがレードもまた部下である兵士たちが呆気なく命を奪われても、顔色ひとつ変えていない。

 どちらも人間で非ず、という共通点があり。さらに己の目的のためならどんな犠牲も厭わない、そんな二人なのである。

「オルニトはどこだ」
「言っただろう、彼は王国側の大切な財産だ」

 処刑なんぞするつもりは最初からなく、最初からパフォーマンスとしての茶番でしかない。

 だがレードにとっては、イドラをおびき出すエサであったのだが。

「力づくで聞き出したらどうだ? 相手になるぞ」

 先程の一瞬で辺りを吹き飛ばす攻撃魔法を見ても狼狽ひとつしない彼女。
 しかし内心では魔族と戦うことへの興奮と喜びに打ち震えていた。

 ――あの魔王と戦える。

 より強い者と殺り合う、これが彼女がもっとも執着することだ。
 たとえ無惨に殺されようとも後悔はしないだろう。

「死にたいのなら憐れみをかけて殺してやる。あと一つ訂正しよう。俺は……」

 今度は左の拳を握る。



 その瞬間、広場は激しい光と爆発音に包まれた。

 

 





 




 

 



 
 
 

 

 
 
 
 
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