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交渉は難航しせり②
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交渉、というにはあまりにも一方的である。
むしろ脅迫と言ってもいいのではないかとオルニトは思った。
「恋人がいないと不安かね」
銀髪のダークエルフ、それがレード聖騎士だ。
一人牢屋から出されて連れていかれた場所は、やたらと豪華な部屋であった。
「駐屯施設だが、なかなか良いだろう?」
度々、王国から派遣される兵や王宮魔法使いたちのための施設らしい。
村の端にあるのは知っていたが大きく四角い箱のような建物はお世辞にも綺麗とは言えず、むしろ蔦や雑草などが生い茂る古びた外装だったはずだが。
「紅茶は嫌いではないかな、なるべく苦味をおさえたものを用意させたが」
応接セットのテーブルには繊細で可憐なデザインのティーカップとソーサー。メイドらしき女性が揃いの柄のポットから香り高い茶を注ぐ。
「とは言っても私にはさっぱりわからなくてね。酒の方が性に合うんだな、これが」
とレードは豪快に笑い、湯気の立つティーカップを手にする。
「心配しなくても毒なんて入っていないし、母体にも害のないものだ。安心して飲みたまえ」
「えっ」
ギクリと身体を固くすると、彼女はほんの少し目元を鋭くした。
「その腹の子供は魔族とのモノだろう?」
「な、なんでそんなこと……」
「そりゃあ分かるさ。私だって広義で言えば同類だもの」
エルフも人間でない種族と言えば確かに同じだ。
しかし現在、魔族と言えば魔王の血縁者一族の事を指すが。
「人間は先を越された、という格好になるか。しかし本来の計画からは大きく外れてはいない」
魔力の高い苗床を使い、同じく魔力と戦闘能力の高い存在との子を孕ませる。
人間で該当する個体は見つからないだろうから、相手は必然的に魔族か魔獣か。
「私はまどろっこしいことは嫌いだから単刀直入に言おう。王国側へ来い、母子ともに悪いようにはしないと約束しよう」
やはりそうきたか。
オルニトは唇を噛む。
「そんな怖い顔をするな」
彼女は少し困った顔で微笑んだ。
「別に私も王国のやり方に賛成などしていない」
一気に飲み干したティーカップを置く。
「だがこのまま母子を放り出す事も出来ないからな」
「放り出すなんて」
ただ解放して欲しいだけ、不毛ともいえる争いから。
そんな願いを口にするも。
「しかしそれではいつまで経っても追われ、狙われる立場だ」
すげなく吐き捨てられ言葉を失う。
「君は魔王の一味に捕まった時の方が、より無惨な仕打ちを受けるとは考えないのか」
「でも彼は……」
「魔族を信用するな。たとえ腹の子の父親であってもな」
現実を突きつけられて言葉に詰まった。確かに彼女の言う通りだ。現に、イドラと結ばれたすぐあとに彼は村の結界を破壊して村長の遺体は発見された。
しかし。
「信用ならないのは貴女たちも同じでしょう」
そう切りかえして拳をにぎる。
「だとすれば僕から条件を指定してもいいはずだ」
「見た目より豪胆な奴だな」
レードは口元を歪めて笑い、足を組んだ。
「なるほど、他の者たちの処分についてか」
オルニトは無言でうなずく。
ここできっちりと確約させなければならないが、どうも彼女は掴みどころのない女だった。
しかし隙もなく見つめる双眸は鋭く、迂闊なことをすれば息の根を止められる――そんな肉食獣を前にした緊張感に苛まれるのだ。
「しかし君は少し勘違いしているようだ」
彼女の唇から、ちらりと犬歯が覗く。
「こちらに主導権がある、ということを覚えておきたまえ」
「……」
「まずあの神父の方だが」
「っ、な!?」
多少なりとも予想はしていたがついに脅しをかけてきた。
するとそんな反応も楽しいのか、レードは鼻歌でもうたい出さんばかりの表情で。
「あの者はかなり反抗的だったからな。君ほどでは無いが多少の魔力もあるし、淫紋をつけてキメラ繁殖に役立てるか。まあ良くて魔獣用だが。果たしてもつかな、年齢的に」
「なんてことを……っ!」
さすがに酷すぎる。
思わず勢いよく立ち上がった。
「そんなことは絶対にさせない」
「ふむ、良い目をするな」
怒りをあらわにしてもこの余裕。やはり優位に立つのはこちらということか。
オルニトは必死で考えた。
この状況では彼らの安全の保証もしてもらえない。
だとすればこちらが出せる切り札はなにか。
「まあ落ち着け。交渉しようじゃないか」
「貴女のは交渉ではなく脅迫だ」
「ふふ、そう怒るな。私も少し煽りすぎた、悪かったよ」
彼女は肩をすくめる。
「ほら、紅茶が冷める」
「……」
「せっかく入れさせたんだ。私が自ら毒味もしたぞ」
警戒していたのも、その上で紅茶に口を付けなかったこともバレていた。
何から何まで彼女の手のひらで転がされているような気がして癪に触る。しかしこちらも今更ながら平然を装うことにした。
少しでも交渉を有利に進めたくて必死だったのだ。
「……いただきます」
ふわりと鼻腔をくすぐる香りはハーブティのよう。
どこかで嗅いだ記憶があるような。遠い昔、どこかで――。
「っ、あ」
目の前がぐらりと揺れる。
手から落ちたカップが落下し音を立てて割れたのを分かっても、どうも身体が言うことをきかないのだ。
「な、なん、で……」
「本当にチョロいな、人間ってやつは。あ、即効性だがちゃんと胎児には影響のないモノにしてやったんだ。安心するといい」
せせら笑いながら立ち上がるレードを呆然と眺めながらも、歩み寄ってくる彼女から身を守るように腹をおさえて長椅子から転げるように逃げようとする。
「ああ割れてしまったか。でも構わないな、こんな器よりずっと貴重なモノが手に入ったのだから」
「や……く、くるな……やだ」
「あまり興奮しない方がいい。お腹の子に障る」
「絶対にこの子はわたさない! みんなもっ、お前たちの好きには……っ」
必死で叫ぶも意識が朦朧としてきて、ついに床に崩れ落ちた。
ずるずると床を這いずり、懸命に入口まで行こうともがく。
「だ……れ、か……たすけ、て……っ!」
「やめとけ。他の者を呼べばロクなことにならないぞ」
「っ、くそ……絶対に、お前らの思い通りになんて、させない、から」
彼は無力だ。しかしだからといって無気力にだけはなりたくない。
何とか外に助けを呼ぼうとするが彼女は悠然と追いつき、追い詰めていく。
「あまり抗うな、面倒なことになるぞ」
「く、くる、な……この子、この子だけは、たすけて……」
まだ宿ったことの実感もない胎児。
しかし当てた掌にほんのりと温度を感じた。
「僕の赤ちゃん――ゔっ」
目頭がじわり熱くなる。
喜びとも嘆きともつかない、綯い交ぜになった感情と共に突然込み上げた吐き気に思わずうずくまった。
「ぅ゙、え゙ぇ……っ、ぁ゙、な゙、なん゙で……っ」
気持ち悪い。船酔いや二日酔い(どちらも今世ではした事がないが)に似た、胃の中をすべてぶちまけたくなる衝動に身体を折りたたみ悶絶する。
「おい、どうした」
さすがに怪訝に思ったのか足早に近づいてくる足音。
「しっかりしろ」
――ダメだ、吐く。
「っ、ぅ」
薬による強烈な眠気と吐き気に意識も飛んでしまいそうだ。
文字通り、胃の内容物をすべて吐き出す形で吐瀉物の中に倒れ込む。
「大丈夫か! くそっ、睡眠薬が多かったか!?」
慌てふためく声と物音。入り乱れるドタバタとした足音を遠くで聞きながら、オルニトは身体を丸めて腹を守るようにしながら意識を失った。
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