転生マザー♂の子育て論

田中 乃那加

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交渉は難航せり①

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「――大丈夫か」

 軽く頬を叩かれる感覚で意識が浮上する。

「ケ……ンタロ?」
「よかった、目を覚ましたな」

 視界にはホッとした表情の彼が大写してで、どうやら膝枕されていたと気づく。

「えぇっ!?」
「おい、あんまり急に動くんじゃねぇよ。横になってろって」
「で、でも」

 さすがに申し訳なさの方が先にたつ、というか単純にこの歳になって膝枕とは照れるというか。

 そもそもなんでこんな状況になっているんだろうと辺りを見渡すと。

「ここは、どこ?」
「牢屋だ」
「ろ……?」
「ろ・う・や、つまりオレたちは逮捕されたってわけ。んでもって明日処刑される」
「しょっ、処刑!?」

 突然の情報に頭がついていかない。思わず勢いをつけて起き上がろうとすると。

「うっ!?」

 ぐるりと視界が回りかけて、その不快感に顔を顰めて呻く。
 すぐさまケンタロが苦笑いして。

「無理すんなってば、ほら撫でてやるよ。いい子いい子」
「ん、ありがと……じゃなくて!」

 頭を撫でる手がとても心地よく、つい癒されかけたが我に返る。

「なにがあったんだ。なんで僕たちが逮捕? 処刑って、なんの罪で? アルムと神父様は? 村のみんなはどうしたの」
「はは、質問がたっぷりだな」

 呑気に笑っているのが信じられない。しかしそんなオルニトの困惑と焦りとは裏腹に、彼は先程からずっと頭を撫で続けている。

「まず、一つずつ話していくか」

 薄暗く狭い檻の中に視線を走らせてからうなずいた。

「まずあの場に兵士たちがなだれ込んできたのは覚えてるか」
「ええっと……ごめん、覚えてないや」

 すでに首を絞められ意識が落ちていたかもしれない。
 だが確かにドアが破壊され、けたたましい足音と甲冑が鳴らす音は聞いたかもしれない。

「あっという間にみんな取り押さえられてな。オレたちだけはここに閉じ込められたんだ」

 聞けば王国はすでに村での惨事を把握していて、その解決のために聖騎士率いる兵隊を派遣したと。
 
「その聖騎士様っつーやつの言うことには、破られた結界は神父の手で封印こそされていたがまだ危うい状態なんだと。そこで今回の事態収束のために、疑わしきをすべて罰する形にしたんだろうな」
「それってどういう……」
「神父もアルマ、もちろんオレたちも全部絞首刑だと。三日後の昼に村の広場にて」
「そんな酷い!」

 なぜ関係のない、むしろ村の人を救おうとした者たちが罪に問われなければならないのか。

 あまりにも理不尽すぎる仕打ちに、思わず両手で顔をおおってしまう。

「やっぱり僕のせいだ……」

 今からでも申開きは出来ないだろうかと考える。
 
 しかしそうは言っても、ここは前世の日本ではない。法治国家というにはあまりにも権力至上主義すぎる。
 
 貴族や王族が、一般庶民やそれ以下の立場の者の首を気まぐれでねる事だってさして珍しい事じゃないのだから。

「だからお前のせいじゃねぇって」

 あくまで穏やかに言いながら、ケンタロ視線は彼のに注いでいた。

「なあ、やっぱり妊娠してんの?」
「えっ!?」

 突然なにを言い出すのかと絶句するが言葉は続く。

「アルムに聞いたぜ。腹の中にいるんだろ? 赤ん坊が」
「そ、それは……」

 恐らくいるだろう。まだ膨らみもないから実感もないが、淫紋が消えたというのはそういうことだ。

 オルニトが口ごもるのをどう捉えたのか分からないが、彼はそっかと答えて少し考える素振りをする。

「じゃあさ、オレを腹の子供の父親にしてくれよ」
「へ?」
「もちろんすぐにとは言わねぇ。少し考えてみてくれねぇかな」
「なんで……?」

 村を裏切った魔族の子供を身篭ったのに。その子供の父親になる、なんて正気なのだろうか。
 思いもかけない事に思考がついていけない。

 そんなオルニトを彼は小さく笑った。

「一目惚れしたんだよ、お前に」
「っ、んぇ!?」
「いやあ、男相手なんてはじめてだけど恋にそんなの関係ないもんだな!」
「ちょ、ちょっと……」
「もちろんそれなりに考えたぜ? でも答えはすでに決まってた。お前と子供をオレが絶対に守る」

 前世で言うところの東洋人特有の黒い瞳。
 その奥に確かに燃えている情熱的な感情に、心臓が跳ね上がる。
 彼は冗談を言っている訳でもない、本気なのだと。

「でも僕……」
「オレはちゃんとが出来る」

 おどけたように肩をすくめる。

「だけどほんの少しだけ、ご褒美をくれやしねぇか」
「それはどういう――」

 言葉はここで途切れた。
 優しく口を塞がれたからだ、もちろんキスで。

「ん、ぅ」

 舌を入れるわけでもない触れるだけで、すぐに離れていく距離に物足りなくなってしまう。
 そんな自分にまた何とも言えない気分になった。

「オレは魔力は吸わねぇけど気力はもらったぜ」

 この男は本当に少年のように笑う。無邪気にくったくのない。
 同じ優しい笑顔だが彼とは反対だ、なんて一瞬でも考えてしまって自己嫌悪に陥る。

「さてと」

 視線を逸らしたオルニトに何を思ったか、ケンタロは顔を上げた。

「ご褒美もらったからには、処刑される訳にはいかねぇな」

 しかしどうすれば良いのか。先程からかなり楽天的であるが、なにか手があるのだろうか。
 それを問うと。

「いんや、全然!」

 なんてあっけらかんとした答え。

「へ?」
「でもこれから考えようぜ」
「そ、そんな呑気な……」
「大丈夫だって。お前だけは全力で守るから」
「なにそれ」

 彼の言い草にムッとして声をあげた。

「僕だけは助けるって? そんなのダメに決まってる!」
「え?」
「僕だけなんて……アルムや神父様だって助からないとイヤだ。それに」

 大きく息を吸って彼を見据える。

「我が子にパパと会わせてあげられないなんて、絶対にイヤだよ」
「それって……」

 オルニトはすでに赤面していたが、その言葉をきいた瞬間にケンタロの顔も真っ赤になっていた。

「ほ、ほんとにいいのかよ!?」
「君こそ後悔するよ?」
「しねぇよ! 絶対にしないっ、お前と子供のこと守るから!」

 あんなに愛した者との子を他の男と育てるなんて言ってしまって良いのか。 
 いささか移り気すぎやしないか。

 しかしこの時、オルニト自身も気づいていなかった。
 彼がすでにとなっていた事に。

 本能的に悟ったのだろう。
 自身と我が子が生き残る術は、新たなつがいを見つけなければならない。
 であればこの青年に縋るしかあるまい、と。

 なんとしたたかで浅はかなさがであろう。
 しかし全ては生き物としての本能であり意識しているわけではない。

「……じゃあもう一回」
「えっ」

 真っ赤な顔を近づけてくる事でようやく察した。

「ダメか?」

 そこでまた躊躇する。
 愛した男とは似ても似つかぬ彼と口付けてしまうことに。

 ――でも彼なら。

 自分も腹の子も大切にしてくれるだろうか。
 私利私欲で捕らえて孕ませられることもなく穏やかに、ただ自分と我が子だけを愛してくれるかもしれない。
 
 しかし言葉にして受け入れる事が出来ず、そっと目を伏せた。
 
 ――卑怯者。

 恥じらいと言えば聞こえはいいが多分違う。 
 言語化しないのは怖いだけだ。
 愛してと口に出して乞うて、また裏切られたらもう立ち直れない。

「好きだ」

 複雑でドロドロとした胸の内を知らず、二人の距離は再び近くなる。

 そうして唇が触れるか触れないか、と時。

「貴様らぁぁッ、なにをやっておるか!!!」

 突然、ドスの効いた怒号が飛んできて飛び上がった。

「まったく油断も隙もない、白昼堂々と破廉恥はれんちな行いをしおって!」

 慌てて振り向けば、牢の前には怒りに震えている髭をたくわえた中年男と甲冑に身を包んだ者が立っていた。

「まあまあ、良いではないか。ガルドマ兵長。彼らは若い、盛り上がることくらい大目に見てやろう」

 そう言ったのは銀色の甲冑を付けた方である。
 やや小柄で、兜で顔は見えないが面白いモノをみたといった様子である。

 対してガルドマ兵長と呼ばれた男は腰に剣を挿して防具こそ着けてはいるが、甲冑に比べればかなり簡易的な装備だ。

「し、しかしレード様。聖騎士ともあろう御方の目の前であんな行為。ふしだら極まりない!」
「あははっ、ガルドマ兵長はなぁ。それくらい許してやりたまえ」

 レード聖騎士が声をあげて笑う。
 
「お二人さん、すっかり水を差してしまったようだねえ。それにしてもお熱いことで」
「……なんの用だ」

 さすがに恥ずかしくなったのか顔を赤らめたまま、ケンタロが顔をしかめつつ口を開いた。

「わざわざ死刑囚の顔を見に来るほどヒマなのかよ、聖騎士様とやらはよ」
「おい貴様ァ! レード様になんて口をきくか。無礼だぞ!!」
「顔も隠して牢屋見学にくるヤツもよっぽど無礼だろーが」

 ガルドマが怒鳴りつけるがすぐさま言い返すケンタロ。

「貴様……ッ、この期に及んで!」
 
 彼が腹に据えかねたといった様子で、腰の剣を抜こうとした時。

「待ちたまえ、確かに彼が言っている事は正しいぞ? ――これでいいか」

 なんの躊躇いもなく兜を脱ぐ。
 その下から現れた姿に、オルニトとケンタロは思わず絶句して驚いた。

「お、女かよ……」

 銀色に艷めく髪に褐色の肌。切れ長の目の美しく女性であったからだ。

「無礼者! レード様になんて口のきき方だ。今すぐその首をはねてやる!」
「そうカッカするな、ガルドマ」

 銀髪の美女、レード聖騎士はニヤリと笑う。

「勇者ケンタロ。いや勇者といった方がいいか。そういえばお前の仲間から、追放の報告がされていたな」

 彼女の言葉に彼が軽く舌打ちをしたが、それ以上は黙って肩をすくめにとどまった。

「お前だけ、洗脳・誘惑の魔法テンプテーションの効果が薄かったらしい」
「なっ!? するとやっぱりオレの仲間はお前らが――」
「だとすればどうだ」
「クソッタレ! 絶対に許さねぇ!!」

 怒りにまかせて牢をガタガタと揺すり叫ぶ。

「お前らのせいでアイツらは……っ!」

 彼とその仲間たちは王国から遣わされた冒険者パーティだ。
 その目的はこの村に出没する魔獣退治や魔王復活の噂の調査、というのは表向きの話で。

 魔力が高く、魔王しか使えぬ魔法を暴発させたというの青年を軍事利用すべく連れてこいというのが本来の目的であった。

「おっと暴れるなよ。あくまで国王陛下とその側近、つまりお偉方の判断だ。変に勘ぐられても困るからな、魔法で操り人形にする方がラクだったのだろう」
「くそが……」

 肩をすくめ、あっけらかんと話すレードにますます怒りがつのったらしい。
 ケンタロは鉄格子にギリギリと爪を立ててうめいた。

「それで、君がオルニトか」

 次に彼女の視線がこちらに向く。

「ガルドマ。君には彼がどう見える?」
「はぁ……」

 聖騎士の問いかけに一瞬だけ詰まったが、兵長はキッパリと。

「ワシにはただの人間に見えますが」

 と言い切った。

「ふむ」

 片眉を少し上げて彼女はにんまり笑う。

「君は大変利口だな、兵長という立場に置いておくのは惜しい人材だ」
「過分なお言葉、恐縮です」
「ふふ、今日の私は機嫌が良いぞ」

 なにやら意味深な会話をした後、再びこちらに向き直る。

「さてオルニトとやら。少しをしようじゃあないか」
「交渉……?」

 そこでハッとなって、彼は自らの腹に手を当てた。

「もちろん孕んだ子供の事も含めて、だがな」

 そう言ってかきあげた銀髪。ちらりと覗いたのは尖った耳だった。
 

 



 







 
 



 

 

 

 
 
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