転生マザー♂の子育て論

田中 乃那加

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孕んだ花嫁と血染めの花婿②

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 ※※※

 ゴリラより強く恐ろしいと噂されたエルフの手によって勇者は無惨な姿に――ということにはならず。

「……悪かった」
「いやあ、わかってもらってなにより」

 きまり悪そうに、でもきっちり頭を下げるのは真っ直ぐな性格のアルムらしい。
 ケンタロも頬にビンタの痕が綺麗なモミジ状態ではあるが、それでも五体満足で苦笑いしている。

「そ・れ・で」

 こちらに振り返った彼女の目が怖い。

「アンタをこんな目に遭わせたのはどこのクソ野郎なのかしら、オルニト」
「えっ」

 その視線の先の、相変わらずシーツで裸体を隠す彼は思わず首をすくめた。

「べ、別に大したことじゃない」
「まさか合意だった、とか言わないよね?」
「ゔっ」

 合意も合意、もう大いに愉しんだわけだが。
 しかしそこまで大っぴらに言えず、もそもそと経緯を説明した。

「そんな大事なこと、なんでアタシに言わないのよ!」

 言うべきタイミングがなかったというか、そんなどころじゃなかったのだ。

「おいおい。オレも全然知らなかったぜ。そのなんだ、インモン? なにかヤバい呪いなのか?」

 のんびりと言うケンタロを彼女はキッと睨みつける。

「ヤバいなんてもんじゃないわよ! お腹の辺りに……って」
「ひゃっ!?」
 
 やおらにシーツを捲られ下腹部を露出させられた。
 思わず甲高い悲鳴が出たが、彼女はそれにはなにも触れず。

「ないわ。もしかして。」

 一気にその顔が青ざめる。
 ようやく察したらしい。淫紋がなぜ消えたか、そしてオルニトの身体の異変に。

「嘘でしょ……なんてこと……そんな……だってこの子は……」

 ブツブツと何事か呟きながらも、腹部をさすってくる。

「アルマ、ごめん」

 淫紋の力で発情させられた身体には抗えなかったと言い訳したら良かったのかもしれない。
 ただ、それだけはしたくなかった。

「いや一体どうしたんだよ。オレにも分かるように説明してくれねぇか」

 話についていけず置いてけぼりなケンタロは肩をすくめた。

 すると大きなため息一つついて、アルマが顔をあげる。

「淫紋には大きくわけて二つの目的があるの」

 ひとつが淫魔が有するような精液を集めるための、言わばとしてのモノ。

 二つ目が子宮としての存在。
 肉体改造を魔法を無理矢理行った形で、そこに魔力の高い者の精液を注げば高確率で妊娠する。

 着床すれば催淫機能は失われ紋章も消失する。しかし腹の中では胎児が育つのだ。
 
 魔力で作られた子宮部屋。そこで育てられる魔力の高い雄の遺伝子を継いだ子ども。

 より強い魔族を生み出すための人間のことわりを歪める黒魔法として、禁忌とされていたという。

「オルニトが花嫁として魔界と人間界で狙われた理由はこれよ」

 母胎も魔力が高いとなれば。
 つまるところ、考えることは人間も魔族も大差ないということだ。

「本当にどうしようも無い連中だわ」

 力なくつぶやくと、アルマが抱きしめてきた。

「アタシがこの村にいた理由は監視役だったの」
「か、監視……?」

 あの魔法暴発事件で露見した、魔王の魔法が使える少年が人間界にあだを成す事が無いかを見張るため――だけではない。

「アイツらはオルニトに子供を産ませて生物兵器として利用しようと企んでいたの」
「なっ!?」

 驚愕の声をあげたのはケンタロだった。

「そんな酷いことを王国政府がしようとしてたってことかよ……嘘だろ……いくらなんでも最低すぎるじゃねぇか!」
「ええ、そうね。でもそれが戦争よ」

 最強にして最凶の魔族をつくることによって、国同士の戦争にも使おうというのだ。

「これはケンタロも知ってるかもしれないけど、魔王が復活するという噂もあるわ」

 封印されていた魔王が目覚めれば、また人間と魔族の争いは秒読みだろう。

「だから魔族としてもこの子を狙ってたのでしょうね」

 魔族と人間からは喉から手が出るほど欲しがられた理由。

「そんな事……お、お前もまさかそのために監視してたワケじゃねぇよな?」
「……」
「アルマ、答えろ」
「……」
「おい!」

 ケンタロの怒鳴り声に彼女は唇を噛む。しかし拳を固めて口を開いた。

「……そうよ」
「嘘だろ!?」
「そうだったわよ。でも出来なかった」

 ぽたり、と温かい雫がオルニトの肩を濡らす。

「出来るわけないじゃない! こんなに可愛い子を苦しめることなんてっ、想定外だったわよ!!」

 叫ぶように言ってからまた項垂れて。

「だからずっと隠してきたの……この子の魔力値を改竄して報告して、あとずっと魔力を可視化されないように魔法かけて」

 この二十数年間ずっと。
 彼女もまた必死であったのだ。大切な存在、家族を守ろうと懸命だった。

 アルマがあまり魔法を使わず、元々強かった腕っ節をさらに鍛え上げていたのはこれも理由のひとつである。

 朝も昼も夜も、常に魔法をかけ続け魔力を消費する日々。
 決して楽では無い。むしろ経験値も実力も飛び抜けたエルフである彼女だからこそできた芸当で、普通ならあっという間に衰弱死してもおかしくない。

「ごめんね。ごめん、本当にごめん……」

 大粒の涙を零しながら何度も謝る。

「アタシが不甲斐なかったから。絶対に守りたかったのに」
「アルマ」

 いつも明るい彼女がこうして号泣している。
 胸が痛く戸惑う。でも感謝でいっぱいだった。

「僕、ずっと知らなかった」

 彼女がいなければ、とっくの昔に殺されていたかもしれない。
 少なくとも村にはいられなかっただろう。

 王国お抱えの魔法使いという高位だったのにも関わらず、それをすべて捨てて守ってくれた。
 これが愛ではないわけがない。

「ありがとう」

 愛してくれて、守ってくれて。
 小さく震える彼女を抱きしめ返す。

「ゔぅ、ええ話や゙……」

 熱血漢なところがあるゆえか、なぜか一番鼻水も涙も垂れ流しの男がいるが。

「――あのさ。二人に聞きたいんだけど、村になにが起こっているの」

 先程の爆発音がどうも気になった。そして今も違和感を覚えていたことがある。

 外が静かすぎるのだ。
 いくら窓を締切っていても外から多少の声なり音なりが入ってくるだろうに、そ!がまったくない静寂。

 家畜の鳴き声さえしないなんて。
 嫌な予感がしているせいか、胃がキリキリ痛んできた。

「それは……」

 途端、二人は顔を見合わせ黙ってしまう。
 しかしオルニトが促すと、ケンタロが小さく咳払いをした。

「あのな、村がまた魔獣の群れに襲われちまったらしい。今度の被害は甚大で、森に面した所から中心部までかなり壊滅的だ」
「えっ!?」

 突然のことに言葉を失う。そこでアルマが。

「今はまたアタシと神父が結界魔法を施こそうとしたけどキリがないわ。瘴気も村に入り込んできて状況は最悪よ」

 今はまた生き残った人々が教会に避難しているらしいが、そこにオルニトの姿がなく血相を変えて探しにきたのだ。

「今すぐここを出るのよ」
「でもイドラは……」

 いくらなんでも外の様子を分かっていて、さっきまで愛し合ってた相手を放って逃げるような男だと思いたくなかった。

 だから恐る恐るその名を口にすると、アルマの表情が曇った。

「あの男のことは忘れろ」

 彼女が何かを言う前に、厳しい声でそう吐き捨てたのはケンタロだった。

「あいつはもうお前には近づけさせない。近づいたら最後、オレが刺し違えでも倒す」
「そんな……っ」

 どういうことか分からず混乱する。
 たしかに仲良しとはいかない様子だったが、こんな敵意をあらわにするほどではなかったはず。

 理由を聞こうにも言葉に詰まるオルニトの表情を見て、少し冷静になったらしい。彼は小さく息をつくと。

「あいつが村の結界を破壊して、魔獣を呼び寄せた張本人なんだ」
「!?」

 寝耳に水とはまさにこの事。
 あんなに村に馴染み、多くの人と友好的な関係を築いてきた男が。
 ついこの前だって村長の屋敷の地下室から魔導書や古い手紙らしき物がいくつも出てきたから見に来て欲しいと招待され――。

「あ……」

 村長の屋敷の地下室に監禁されていたのだ。
 単なる偶然だろうか。いや、オルニトは偶然であって欲しかった。

「行方不明だった村長を殺したのもヤツだ」

 死体村外れの井戸に投げ込まれており、同じ場所には彼の名前の刻まれた手帳が落ちていたという。
 
「そんな……そんな……」

 信じられない、信じたくない。
 心の中でそう繰り返し叫ぶものの、ケンタロは怒りを押し殺した声で事実を突きつけてくる。

「あいつは魔族だ。それだけじゃなくて、魔王の手下かもしれねぇ」
「ま、魔王!?」

 近いうちに復活を遂げるとされている恐怖の存在。
 きっとまた人間界を侵略するだろう。そのためには出来るだけ多くの兵器子供がいる。

「まずはここを出る、教会に避難するぞ」

 彼がそう言って強く腕を掴む。

「オルニト」

 アルマも彼と同じ表情をしていた。
 
「……」

 彼が魔王の手下で侵略のために自分を理由した。
 村の者たちを欺き、結界を破壊して魔獣の群れを呼び込んで村長を殺した。

 そんな男の赤ん坊を宿
 
「ちゃんと連れて行ってやるから」

 ケンタロに抱えられた。
 
「大丈夫だぜ、オレたちはお前の味方だぞ」

 そんな優しい言葉にすら、ものすごく遠くに聞こえる。
 現実感がなくフワフワとした気分だった。

「イドラ……」

 そっと口の中でその名を転がしてみた。
 最中に何度も呼んだ。キスの合間にも、お互い縋るように囁き合ったのに。

「ちゃんとオレに掴まっておけ」

 ――なぜかケンタロの少し怒ったような声のあと、強く腰を抱かれた。

 

 


 
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