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孕んだ花嫁と血染めの花婿①
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ああ、また夢だ――オルニトそう思った。
彼にはいつも見る夢がある。しかし目が覚めるとなぜか覚えていない。
ただ夢を見た事、何度も同じようなものだったことだけをぼんやり思い出すのだ。
そして今回はいつもと少し違った。
なんせ自分のみている夢であるのにどこか俯瞰というか、メタ認識みたいなものは残っているのだから。
「母様」
のばされた小さな手をそっと包み込む。抱き上げて欲しいのかと、夢の中の彼が訊ねれば。
「抱っこなど、子どものすることです。俺はもう、大きいのですから!」
頬を膨らませる小さな手の主の見た目はまだ七歳ほど。しかしたしかに実年齢は今年で十七歳であるはず。
中身より成長の遅い身体に一時は心配もしたが、それも魔族の子はこういうものらしい。
『私たち魔族は精神と魔力の成長がある程度進んでから、肉体が大きくなるのですネ。だから奥様。心配しなくても大丈夫、王子はちゃんと健やかに育っておられますヨ』
そう教えてくれたのは侍女である。
彼女は人間の男、しかも勇者でありながら人質同然に魔王城に連れてこられた彼に親切にしてくれた。
『ワタシ、人間ノ村にいたのヨ』
と訛りのある言葉で話していたものだ。
『ダカラ人間が好きなのヨ』
そう言って顔の真ん中についた単眼の目を細めて笑う褐色の女性。人間とは明らかに違った見た目のため最初はかなり驚いたが、その明るさと気さくさに救われた場面はいくつもあった。
――ちなみにこれはオルニトの頭の中にサッと降りてきた注釈みたいな情報。
さすが夢だからと無理矢理に納得した。
「母様?」
黙り込む彼に、少年……この場合は我が子が不思議そうに呼びかける。
「お身体の具合が悪いのですか?」
「いいや、大丈夫だよ。少しぼうっとしていただけ、ごめんね」
夢の中の彼は眉を下げて謝ると、少年と目線を合わせる。
「また園庭に行ったんだね」
「えっ」
ギクリと身体を強ばらせる我が子。
しかし素直に白状したくないのか、下手な口笛を吹いて誤魔化そうとする。そういうところが可愛らしくて、つい甘やかしてしまうのだが。
「こら。僕の顔をちゃんと見なさい」
「……」
「ディオラ」
ここで少年の名前が明らかになった。とはいってもまた夢が醒めれば忘れてしまうだろうけど。
――いや、なにかまた忘れている。この名前。
小さな混乱をよそに夢は先にすすんでいく。
ディオラは母に園庭に行ったことを打ち明けて小さく項垂れた。
「またお父様の温室に行ったの?」
「はい」
「その顔は、また花を摘み取ったんだね」
「……」
「駄目だといつも言ってるのに」
「……」
翠色の目を伏せて口元は真一文字。言い訳こそしないが口は割らないという頑なな顔だ。
「その背中に隠したものを見せなさい」
その言葉にハッと顔をあげる。
「えっ」
「もしかして僕に宛てたものだったりするのかな」
大きく見開かれた目。
ようやくおずおずと差し出された。
「薔薇……」
深い真紅の花弁が幾重にも織り成す豪奢な一輪。
人間界にも咲いていてなんなら高額で取引されている花を手に取る。
「母様にと思って」
言わば母の故郷の花を、ということらしい。
そのいじらしさに思わず笑みがこぼれる。
「ありがとう、ディオラ」
なんて優しい子だろう。叱らなければならないのに、これではまた甘やかしてしまう。
「でもね。お父様の温室へは立ち入り禁止だっていつも……」
「母様」
言葉を遮るように彼が声をあげる。そしてその場で跪いたのだ。
「いつか俺が大人になったら、もっとたくさんの薔薇の花を用意します。だから待っていて。俺が絶対に母様を――」
「ほう? 一人前の口を利くではないか、小僧が」
熱の篭った眼差しが凍りついた瞬間だった。
低く静かな。しかし聴いた者を凍てつかせるような声。
衣擦れひとつさせず、彼らの後ろに佇んでいたのは黒ずくめの大男。
彼こそ魔界の絶対的な権力者、魔王と呼ばれた男である。
「ま、魔王……様」
「妻を口説こうとは。なかなかの豪胆なガキだ。それとも身の程知らずと言うべきか」
「またそんな言い方をっ、僕たちの息子じゃないか!」
キッと睨みつけ言い返す彼に、魔王はなぜか目を細めた。
「お前は今宵も美しいな。実の息子を惑わせるほどに」
「っ、そういう事じゃないだろ! なぁディオラ?」
皮肉げに息子を見下ろす魔王に腹を立てながら振り返るも、当の本人は視線を逸らし俯く。
「でぃ、ディオラ?」
「……」
文字通り腹を痛めて産んだ息子。
確かに魔族と人間、しかも男の身体を淫紋によって転化させて宿した子だ。
しかしずっと愛情をかけて育ててきた。
慣れない育児に四苦八苦しながら、幼い頃は父である魔王や侍女たちと一緒に。
――あの頃が本当に幸せだった。
それがいつからだろう。魔王が子どもを遠ざけるようになった。
自分からではなく妻の傍から。
『あいつには一刻も早く番を宛てがう。それが叶わぬなら、魔王城から追い出すからな』
冷徹な声と表情で告げられた時は耳を疑った。
大事な我が子を、しかもまだ見た目は幼い愛息子であるのに。
その場はどうにか収めたが、どうやら本当にディオラの結婚相手を探していると侍女から聞いて青ざめた。
実年齢を言われたとしても本人が望まないものを勝手に決めるなんて、あんまりだろうと思ったのだ。
人間で、しかも元は片田舎の出身の平民である彼からすると理解出来ない。
「鈍感にも程があるな」
呆れたように息をつくと、魔王は息子を殺気立つ目で睨みつけた。
「ディオラ、今すぐ城から出ていけ。殺されたくなればな」
「魔王やめてくれ! ディオラっ、違うだろ!? なぁってば!!」
冗談でも単なる脅しでもない。血走った目が本気だ。
慌てて息子を庇おうと、小さな身体を抱きしめた。
「……母様」
「!」
ちゅ、と頬にキスをされ驚く。するとさらに。
「っ、んぅ!?」
思わず身体を少し離した隙に、唇を食まれた。
抵抗する間もない。
あっという間に舌を入れられて水音とともに蹂躙される。
外見は年端もいかない我が子に。
「ふ、ぁ……ぁ、んんっ、ぅ!?!?」
やめなさいと言いたくても、身体を突っ張って逃げたくても上手くいかない。むしろ頭の後ろを押さえつけられ、ぎゅうぎゅうと締められるような強引な口付けに酸欠になる始末。
「や……め、んぅ……っ、ぁ」
このままでは意識が堕ちる、と思った刹那。
薄れゆく視界の端で大きな影が映る。
影は陰鬱に光る大鎌を手にしていた。その切っ先は愛する息子の喉元に――。
※※※
「…………ッ!!!」
声にならない悲鳴とともに、寝床にて飛び起きた。
「はぁっ、はぁ、ッ、ぁ」
早鐘のように打つ心臓。吹き出す汗。頭はガンガンと痛んだ。
「な、なんて」
恐ろしく忌まわしい夢だったんだろう。
まさに悪夢、しかし。
「どうして……」
覚えていないのだ。酷い夢だったことはわかっているのに、具体的な内容は何一つ残っていない。
頭を抱えた状態のオルニトの耳に飛び込んで来たのは、凄まじい爆音と人々と悲鳴や怒号。
「!」
どうやら外から聞こえたらしい。
慌ててベッドから降りて窓のそばに駆け寄ろうとするも。
「~~~っ!?」
腰が抜けたように重く、しかも突如として襲ってきた痛みで崩れ落ちてしまう。
「え……ぇ、ぁ」
痛みは最初の一瞬だった。しかしそこからの違和感がひどい。
「あ゙、ぁう、うぅ」
足は生まれたての小鹿みたくガクガクして、腰も抜けて言うことをきかないしで身悶えながら床を這いずった。
「はぁっ、はぁ」
なにが起こったのか、目覚める前のことを記憶の奥から必死で探す。
そして思い出した。
「イドラ!」
男に抱かれたのだ。まさに獣のようなセックスを何度も何度も。
絶頂しては責め立てられて、もう止めてと泣いても宥めるようなキスでまた蕩けるの繰り返し。
ついに意識を手放して数時間。目を覚ますとこの有様だった。
「いない……」
愛しい男が隣にいない寂しさに胸を痛める。
今が昼なのか朝なのか。陽の光が差していることを見れば夜ではなさそうだが。
「――おい! オルニトっ、大丈夫か!?」
肩を落としていると力任せに扉を叩く音と大声が聞こえてきた。
「け、ケンタロ?」
「いるんだろっ、なぁ! 開けてくれ!!」
尋常ではない様子に立ち上がろうとするやはり腰と足に力が入らない。ようやく身体を起こしたところで。
「今すぐドアぶち破るからな!!」
「……え?」
ちょっと待って欲しいと声に出そうとした時。
「うおぉぉぉぉッ!!!」
雄叫びと同時にドアが粉砕された。
破片と粉塵の舞う中、勢い良く飛び込んできたのはやはりケンタロで。
「オルニト大丈夫か……って、うぇぇッ!? ふ、服は??」
そう、彼の格好は一糸まとわぬ肌。やっとのことで落ちたシーツで大事な所を隠した状態だったのだ。
「ひっ!」
「え?」
そこに踏み込んだ彼も、踏み込まれた方も固まるほかなかった。
そしてさらに良くないことに。
「オルニト今助けに来たわよぉぉッ!」
さらに大声で叫んで飛び込んできたのは金髪のポニーテール。
「…………あ゙?」
今度は三人が石像のように固まることに。
しかし数秒後。
「このクソガキィィィッ、やりやがったなァ゙ァァッ!!!」
「ちがっ、ちがう! 誤解だって、アルマ落ち着けって。な?」
「絶対ニ許セナイ……殺ス……殺ス……」
「待て待てっ、本当に何にもしてないから! アルマっ、アルマ姐さんっ、アルマ様ぁぁぁッ!!!」
物の見事に般若顔に鬼を足しっぱなしにしたような憤怒の形相のエルフと、冷や汗ダラダラで顔面蒼白な勇者の対比が恐ろしい。
「……覚悟」
「うぎゃぁぁ゙ぁ゙ぁあッ!!!」
誤解を受けた哀れな男の断末魔が響きわたる――。
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