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怪しい魔族VS偽物勇者

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 ――血飛沫が服をまだらに染めた。

「ひ……っ」

 不思議とこの魔物も人と同じ赤い血が流れていたらしい。そんなことを呆然とした頭で考えるのもまた現実逃避である。

「ひと思いにったのは慈悲とかじゃない。こいつはこうでもしないとしぶといもんでな」

 淡々とそんなことを口にしながら、目の前で肉塊となったそれを足でふみにじる。

「い、イドラ?」

 褐色の肌に黒髪、芸術品のように美しく目を惹く容姿。
 魔族の男が伏し目がちに舌を打つ。

「お前を守れなくて申し訳なかった」

 翠色の瞳に見すえられて心臓がはね上がった。

 そうこの眼差しだ、と思う。
 心の奥を覗き込むような。それでいて妙に熱を帯びた目。

「いや僕が悪いんだ。開けるなって言われたのに約束をやぶったから」

 窓の外でしたのは彼の声だった。
 熱心に愛を告げる声に騙された。そして皮肉にも、本物にこんな身体を晒す事になるなんて。

「もしや淫紋を刻まれたか」
「っ……!」

 咄嗟に身を縮こませた。

「そ、それは」
「淫欲に苛まれる呪いだ。子宮をつくり、孕むまでその呪いは消えない」

 改めてそのようなことを言われて絶望感に打ちひしがれる。
 身体を作り替えられてしまった。よりにもよって男の自分が、子を宿さなければならないなんて。

「……おい。あんた何者なんだ」

 ケンタロが鋭く睨みつけながら彼に問う。

「見たところ普通の人間じゃないみたいだ。もしかして魔族か」
「ほう、多少見聞はあるようだな。そうだ、俺は魔族だ。しかし俺を警戒するのは見当違いだ。現に俺は魔族同胞を殺した」
 
 この変化を得意とする魔物は魔族でもあったらしい。
 憎々しげに口の端を歪め、もう一度その血肉を踏み躙る。

「人間も魔族も俺にとってはどうでもいい」

 吐き捨てるように言ってから、オルニトに向き直った。

「怖かっただろう、苦しかっただろう。本当に悪かった」

 そう頭を下げる美丈夫の頬に、そっと触れる。
 
「イドラ……ありがとう」

 もう会えないかと思っていた。だから偽りであってもその姿と声にすがろうとしたのだ。

 しかしそんなことを彼に伝えてどうなるのだろう。
 気持ちだけはと優しく躱してくれたら良い方で、下手すれば嫌悪されてしまうかもしれない。
 所詮非常食のくせにと罵声でも浴びせられでもすれば、立ち直ることなどできないだろう。

 彼自身、これがどんな名前の付く感情であるのか分からなかった。
 ただ初めて出会った時から妙に惹き付けられる、ただそれだけで。

「ケンタロ、この人は大丈夫だよ」

 振り返ってそう言うと彼は少し納得のいかないという顔をしながら。

「お前がそういうのなら」

 と渋々といった様子で肩をすくめた。

「イドラ。彼は勇者でね、僕を助け出してくれた恩人なんだ」
「そうかそれは礼を言わないとな、なんせオルニトの恩人なんだから」

 薄く微笑んで腰を引き寄せた彼に対して。

「別にそちらさんに礼を言われる筋合いはねぇけど。オレはオレの意思でこいつを助けただけだし。むしろさっきは悪かったな。
「……ほう」
「……あ゙?」

 と、なんとまあ険悪なこと。

「ちょっと二人とも!?」

 不穏な気配を察してオルニトが口を開くも。

「大丈夫だ」
「大丈夫だぜ」

 と明らかに引きつった笑みで同時に返されると何も言えない。

「とりあえずここから出ないとな。アルマのこともある。外の状況も知っておきたいな」
「外……」
 
 ケンタロの言葉にうつむく。
 あの魔物が言っていたことを信じるならば、村は壊滅状態で大切な者たちも生きていないということになるが。

「心配するな彼らは無事だ。しかし村に魔獣の群れが押し寄せてな」
「魔獣が? 結界が張ってあるかはこの村は大丈夫だって……」

 オルニトの言葉に彼は首を振る。

「それが機能していなかった。正しく言えば内側から破られていた」
「内側から?」

 つまり村にいた者の仕業だという。しかし魔界に近いこの村にかけられていた結界魔法はそんなヤワでは無いはずだ。
 
 それこそ王国から魔力の強い魔法使いが、定期的に様子を確認しにくるくらいの管理だってされていた。
 それなのに。

「少しおかしいとは思っていた。小型魔獣がここ最近頻繁に畑を荒らしている、と村の奴らに聞いていたからな」

 その様はオルニトも目にしたことがある。
 彼が簡易ではあるがと前置きしつつ、独自の魔獣避けの魔法を施していたのが記憶に新しい。

「少しずつ綻びを探して大きく広げる機会をうかがっていたのだろう。それにしても魔獣たちの動きが異常ではあったな」

 まるでなにかに操られているかのように。
 魔獣も野生動物である。なにか大きな力や自然環境の変化が働けば、影響されるものだ。

「教会に一時避難している者も多い。そっちに行こう」
「そうだね、アルムも一緒に」

 抱えられている白い繭を見た。
 弱々しくはあるが脈を打っている、生きている。
 
「本当にごめん。みんな僕のせいで」

 あの時と同じ。
 村を混乱に陥れ、人々を恐怖におののかせているのは自分なのだ。

「何も悪いことしてねぇだろ」

 頭をくしゃくしゃと掻き回すように撫でられる。

「ケンタロ……」
「オレはよそ者だしバカだから何にもわかんねぇけどよ。お前が悪いヤツじゃねぇってのはちゃんと理解してるぜ」

 だからそんな顔すんな、と言う彼の表情は眩しかった。
 
 偽物だと彼らには評されていたし過去の行いのこともあるが、彼こそ勇者なんだとあらためて思う。

「ありがとう」

 ようやく笑顔を返すことができ、彼らは再び歩き出した。

「……チッ」

 ふと耳の端で小さく舌打つ音が聞こえた気がする。
 立ち止まろうとするが気のせいだろうと思い直した。

「オルニト、危険かもしれねぇからオレの腕を掴んでおけよ」
「いや。ケンタロ殿は彼女を担ぎ上げているから、俺が傍にいることにしよう」
「いやいや、こんなん屁でもねぇよ? だからオレとだな……」
「いやいやいや、俺が」
「いやいやいやいや、オレが!」
「いやいやいやいやいや、俺しかないだろう」
「……」
「……」
 
 また険悪、一触即発ムード。
 むしろさっきよりひどくなっている気がする。

「ちょ、二人とも?」

 慌ててオルニトが彼らを見るも。

「なんでもないぜ! さ、一緒に行こうな」
「お前が心配することなど何もないぞ。俺の近くにいろ、守ってやる」

 なんとも言えぬ空気のまま、彼らは屋敷を後にすることとなった。





 
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