転生マザー♂の子育て論

田中 乃那加

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魔界と人間界の花

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 実践不足ね、と彼女は笑う。

「アルマ! しっかりして、すぐにお医者さんに……」

 確かに敵の隙をつくことは出来た。だから彼らに気付かれず張り巡らせた魔法陣の効果を発動、一網打尽の氷魔法で氷漬けにすることができたのだ。

 しかしカンナという少女に刺されて重傷なのは変わりない。
 ぐったりとした彼女を抱くと冷たくて、凍りつきそうになる。

「ダメよ。オルニト」
 
 アルマが弱々しく制止し、また痛みに顔をしかめた。

「はやく……あたしを置いて逃げなさい……っ。村からも出るの。もう追っ手が……」
「そんなこと出来ないよ!」

 何故こんなに事になっているのだ。
 チンピラに追われ逃げ帰ってから外には出ていない。しかしその間に何があったというのだろうか。

「よく聞いて」

 彼女の青い瞳がまっすぐ見つめる。

「今、あんたは魔族にも。そして人間にも狙われているわ」
「え?」
「勇者と魔王の力を同時に持つ者として、それぞれがあんたを欲しがっている」
「勇者? 魔王? なんのことか全然わかんないよ」
「説明している時間はないわ……もうすぐ……」

 いよいよ弱々しくなってきた呼吸。怖くてすがりつく。

「嫌だ! 一緒に行こう、僕がアルムを背負っていくから!」
「ダメよ。置いていって」
「なんで!? ずっと一緒だったじゃないか!」

 あの日から。
 禁忌の魔法をつかった子供を救ったのはこのエルフだ。

「もう。泣き虫なのは変わらないんだから」
「っ、変わらないのはアルムもだろ……」

 なにも出来ない自分がふがいなくて悔しくて、涙が滲んでくる。
 自分はあれだけ助けられたのに。
 幼い頃だけじゃない、今までずっと。村の人にうとまれてきた時もあったが、彼女が村に馴染んできたと同時に少しずつだが風当たりは弱くなってきた。

 時間が解決しただけではないのだろう。人の印象というのはその後の行動で多少変わるのかもしれない。

 たしかに腫れ物扱いではあったものの、あからさまに悪意を向けられたりといったことはなかった。
 これだって彼女や、育ての親たちのおかげなのだろう。

「あたしの事はいいから。今すぐ村を出なさい。んでもって、そこのアホ勇者」
「オレぇ!?」

 ケンタロが肩をビクつかせる。

「あんたよ、あんた。ちょっとは反省したみたいね」
「す、すんません。あの時はマジで調子のってたというか……」

 慌てて頭を下げる彼にアルマは力なく笑う。

「もういいわよ。この子を助けてくれてありがとね。さすが場数踏んでるってだけあるわ」
「えっ」
「あの時、あんたには分かってたんでしょ。張り巡らせた魔法陣が発動するタイミング。だからあたしにオルニトを近づけさせなかった」
「ま、まあ。そうだろうなって。貴女みたいな百戦錬磨な人が、あのままカレン達に倒されるはずがない。捨て身でもなんでも策は用意してるって思ってたから」
「百戦錬磨、かぁ」

 彼女は目を細める。

「すっかりなまっちゃったけどね。でもあんたになら頼める」

 大きく息を吸って、少し咳き込んで血を吐いた。

「っ、この子を頼む。東の国の――」

 息も絶え絶えで言った土地の名に、ケンタロが目を見開く。

「それはオレの、いやオレたちの生まれ故郷だ」
「そこに送り届けて欲しいの。信頼出来る人がいるわ。遠い道のりだろうけど、もうあんたにしか頼めない」
「でもなんでオレなんかに」
「……あんたの仲間には、洗脳・誘惑の魔法テンプテーションがかけられていたわ」
「は、はぁ?」

 怪訝そうな顔をしながらも、どこか思い当たることがあるらしい。
 少し考え込むようにしてから。

「なんでオレは無事だったんだろう」

 と呟いた。

「それはあたしにも分からない。でも少なくともケンタロ、あんたにこの子を託したいのよ。この子を王国の奴らに利用される訳にはいかない。きっと死ぬより酷い目に遭うわ」
「そうか」

 そして躊躇なくオルニトの肩を抱き寄せた。

「オレに任せとけ。偽物かもしんねぇけど、一応勇者だからな!」

 ニカッと笑う彼に、アルマは少し驚いた顔をする。そして。

「そうね。あんたは確かに勇者だわ、アホだけど」

 と目の端を緩ませた。

「あんまりアホアホ言うなっての。ともかく頼みは聞くとして。あんたも一緒に脱出するぜ」
「……」
「なに驚いた顔してんだよ。それが勇者の役目ってもんだ」

 そう言って差し出した手を彼女は弱々しく取る。

「身の程知らずのアホ勇者ね」
「だからアホは余計だっての」

 そんな二人を見て、オルニトはうつむいた。
 自分はあくまで守られる側でしかないことの不甲斐なさに。

「でもね、もう身体が動かないのよ」

 そして小さく咳き込んでまた血を吐いた。

「アルマ! しっかりして、アルマ!!」

 青ざめた肌を撫でて必死に呼びかける。

「僕も魔法使えるかもしれない」

 オルニトは懸命に記憶を探った。
 魔物に攫われる前、自室で見つけた魔法書。そこに書いてあった呪文の存在をようやく思い出したのだ。

「っ、ええっと。回復魔法……あ、えっと……」

 なんせ数分、眺めたくらいのものだ。回復魔法のページであることは確かなのだが。
 しかし時間かない。
 頭に閃いた不確かな呪文の羅列を口の中に転がすように唱えた、その瞬間であった。

「うっ」

 まばゆい光がオルニトの腕の中、アルマの身体を包み込む。
 あっという間に黄金の繭のようなものに包まれてしまったのだ。

「おい何したんだ!」
「わ、わかんないよ……ただ回復魔法って本には書いてあったから」

 予想外のことで呆然とするが、巨大な卵のような状態のそれはかすかに脈を打っていた。

「これって」

 オルニトがそっと繭に触れた時。
 辺りに響く爆発音と、集団の足音がけたたましくこちらに近づいてくる。

 どうやら追っ手がきたらしい。しかも数が尋常じゃない。

「とにかく移動するぞ」

 ケンタロは繭を抱えあげた。

「オルニト来い!」
「う、うん」

 二人は走り出す。
 一瞬、氷漬けになった元仲間たちを見つめた時の彼の表情。小さく息をついて目を逸らした。

「っ、ケンタロ。本当に良かったの?」
「なにがだ」
「僕を助けること。君だって危ない目に遭うかもしれないのに」

 屋敷の中を駆けながら、オルニトは問うた。
 自分のせいでこの青年が多くの者たちに命を狙われるという事実に、今更ながら気付いたからだ。

 彼は振り向かなかった。

「オレはアイツらを救えなかった。だからお前とアルマだけは助けなきゃダメなんだ。そんな気がする……自己満足だけどな」

 少しおどけて言うその表情は伺い知れない。しかし、オルニトは彼の服を掴んだ。

「ありがとう、ケンタロ。僕は君の勇気と優しさに感謝するし、尊敬するよ」

 だから自己満足だなんて言わないで、と伝えたくて。
 しかし足を止めた彼と思いのほか近い距離で見つめ合う格好になった。

「あ……」
「えっ」

 互いの瞳に映る距離。
 澄んだ漆黒の瞳に同じ色の髪はやはり異国の人種なのだと分かる。
 
 そこでふと、自分が前世で日本人であったことを思い出した。
 そして彼の生まれ故郷だという目的の地は、もしかしたら懐かしさを感じるかもしれない。
 
「お前はよく見ると赤い瞳なんだな」
「……へ?」

 赤いとは。
 思いもかけない言葉に首を傾げる。

「褒めてるんだぜ。まるで紅玉みたいだなって」

 産まれてこの方、薄いブラウンがかった琥珀色といった (この地方では)ごくありふれたものだったはずなのだが。

「吸い込まれそうっつーか……うん。綺麗だ」
「け、ケンタロ?」

 いつしかその視線が熱を帯びているのに気づく。
 相変わらず非常事態なのに、妙な空気にすっかり二人はのまれてしまっているようで。

「……」
「……」

 あ、触れる。そう思った時だった。

「おるにと、みっけ!」

 高く弾んだ声に二人はハッと我に返る。
 慌てて振り返ると、そこには予想外の人物が。

「ミャウ!?」

 チンピラ達から逃がした時と変わらない姿の少女が、ひょこひょこと手を振りながら立っていたのだ。

「なんでこんな所に……どうしたの。危ないから今すぐ逃げなきゃ」
「おるにと、さがしてた!」

 大きな目を瞬かせながら元気に言う彼女に安堵する。
 なんせあんな別れ方をしたのだ。ちゃんと家に帰れたと心配はずっといていた。

「でも駄目だよ。今すぐ一緒に行こう」

 それにしてもどうやって入ってきたのだろう。
 見たところ母親もいないようだ。

「おるにと、も一緒?」
「もちろんだよ。あ、このお兄ちゃんが逃げるのを手伝ってくれるからね」
「ふーん」

 彼女はジッ、と彼らを見つめる。
 まるで品定めしてるような、しかしまるで塗りつぶしたような光のない目に思わず身震いしたのは彼も同じなようで。

「村の子どもなのか」
「そうだよ。魔法石を売るお店の子でね、ミャウっていうんだ」

 そっと抱き寄せて頭を撫でた。
 彼女は心地良さそうに目を細めている。それを見ていると、ああさっきのは勘違いだったと胸を撫で下ろすのだ。

「ミャウ、お母さんはどうしたの。村は大丈夫なのかな」
「おかーさん……?」

 また首をかしげた後、一瞬にしてその瞳から大粒の涙を溢れさせた。

「おかあさんも、みんなも死んじゃったぁぁ」

 死んだ。

 幼い口からそんな現状を聞くことに激しいショックを受ける。

「みんな死んだって……嘘だろ、そんな……」

 自分が攫われてから一体どれだけ時間が経ったのか分からないが、それまではいつもの平和な日常が広がっていたではないか。
 
 人々は喧しくも逞しく、強く生きていたはずだった。

「爺ちゃんはっ!? 神父様は! ねぇ、本当にみんな――」
「死んじゃったよ。みーんな、血まみれになって。倒れて、死んだ」
「!」

 惨たらしい情景が脳内に過ぎる。
 
「おるにと、あた、こわい」

 服の裾を掴んで俯くミャウの小さな身体を抱きしめる。

「怖かったね。うん、大丈夫、もう大丈夫だから」
「おるにと、あたちと、いる?」
「もちろんだよ」
「いっしょに、?」
「…………えっ」

 腰に回された腕。痛いほど力が込められたじろぐ。
 
「いっしょに、いこ」
「みゃ、ミャウ。どうしたの」

 離すまいと締めつけているらしい。苦しいほどの力加減は幼い少女のそれではなかった。

「オルニト動くな!」
「へ?」

 ケンタロの大声の数秒後、衝撃音が。
 勢いよく助走をつけた彼がなんとミャウに飛び蹴りを食らわしたのだ。

 真横からの攻撃が来るとは思っていなかったのだろう、あっけなく吹き飛んでいく。

「えぇっ!?」

 小さな子になんてことをするんだろう。慌ててミャウに駆け寄ろうにも、腕を掴まれ止められる。

「待て。そいつに近づくな」
「近づくなって、本当に何言ってんの。ひどい、ひどすぎるよ!」

 彼を振りほどき、倒れている彼女の元へ。
 次の瞬間。

「大丈夫? 怪我は――あ゙ッ!?!?」

 心臓が跳ねるほどの衝撃とともに大きく身体が跳ねた。

「あ……あ……ぁ゙、な、なん……」

 じわ、となにかが下半身を濡らした感覚が先にきた。と、同時に。

「ひっ、ぁ゙、お゙ぉッ、んぉ゙、あ゙ぁぁッ!?!?」

 獣じみた嬌声をあげてうずくまってしまう。

「な、なにが、なにが……んぅっ」

 疼きが止まらない。奥に、胎の中を満たして欲しくてしかたなくなる。

「お、おい?」

 突然崩れ落ち身悶えはじめたオルニトに、ケンタロは驚きおろおろしている。

「どうした、なあ、どうしたんだよ!」
「はぁっ……ぁ、た、たすけ、てぇ……ぁ」

 欲しくてたまらない。なにが――

「っ、あ……!」

 己の中で叫ぶ欲望に愕然となる。
 まるで男狂いのようではないか。淫紋を打たれた場所が、これでもかと熱く切なく疼いて仕方ない。

 これでは本当に狂ってしまう。

「あぁ、あ……ぁ、や、た、たすけ、てぇ」

 誰か埋めて、この乾きにも似た疼きを止めて。
 そう泣きながら、必死で自分の身体を掻き抱く。

「――ちゃんと淫紋が機能しているようですね」

 少女の声が、らしからぬことをいう。
 オルニトが慌てて顔を上げれば、いつの間にか立ち上がってこちらを見下ろすふたつの大きな目。

「ミャ、ウ?」
「そんな者は最初からいませんよ。どこぞで魔獣に喰われて朽ち果てた人間の子どもの姿を少し借りたまで。ふふ、驚きましたか。私ですよ、花嫁」
「お、お前は、まさか……!」

 口が裂けるような笑みを浮かべ、その顔がぐにゃりと歪んだ。
 
 これはあの魔物。
 姿かたち、声帯まで変えて惑わして彼を拐かして淫紋をつけた忌まわしい怪物だった。

 あの屈辱と恐怖に満ちた時間を思い出し、歯をカチカチと鳴らして震える。

「く、くるな……っ」

 慌てて座り込んだまま後ずさるも、すぐにその足を掴まれてしまう。
 そして歪んだ顔で。

「まったく邪魔な人間どもが入り込んで来なければ、事が早かったものを」
「ひ、ひぃっ、やだ」
「やれやれワガママな花嫁ですね」

 子どもの身体とは思えぬ力で両足を割り開き、その場に転がす。
 縛られているわけでもないのに、それだけで意図も簡単に抵抗できなくなってしまった。

「このバケモノ、なにしやがる!」

 ケンタロが怒鳴るも魔物は。

「虫けらがうるさいですよ。この場で殺してしまいましょうか」

 と冷笑する。

「くっ」

 さすがと言うべきか。見た目とは裏腹の異様さと邪悪さ、そして実力の違いは本能で感じ取っていた。
 だから咄嗟に蹴り飛ばしてしまったのだが。

 しかしと悟ってしまったのだろう。
 震える声で。

「こ、こいつに手を出すな……」

 とようやく言葉にしたが蚊の鳴くような声あった。

「あはははっ、これは面白い! 虫けらは虫けらなりに弁えているようですね。しかし」

 魔物は彼の方に手をかざした。

「魔界の花嫁を連れ出そうとした罪は重い――死ね」
「っ、ケンタロ逃げて!!」

 目の前で彼が死ぬ、そう思って叫んだ。しかし放たれた赤い光。
 彼の胸を射抜く寸前。

「…………ああ、ようやく間に合った」

 静かで低い声が耳元で聞こえた。



 


 







 

 
 




 

 
 



 
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