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そうだ市場に行こう①
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ラーウ村を田舎と侮るなかれ。
それは市場を見れば分かる。
「てっきり何も無いところだと思っていたが」
「へへ、そうでしょ。はじめて来る人たちはみんな驚くんだよね」
彼の言葉にオルニトは得意げに笑う。
なにせ広い。そして辺境の街より栄えているのは、ここが魔界との境であり国の加護が強いからである。
あとはやはり伝説の地で、ちょっとした観光地の側面もある。
もちろん入村においては許可証か身元を保証する者が必要なのだが。
「買い物ってなんだっけ?」
イドラが手にした紙切れを覗き込む。
「ええっと。卵と水牛のミルクと魔法石の欠片と本と――じゃあ、あっちから行こう」
人通りが多い道を歩き出した。
そしてなんの気なしに掴んだ手。
「あっ、ごめん!」
大きくて骨ばった指に驚いて反射的に離そうとする。しかしすぐに包み込まれるように捕まえられてしまう。
「この人の多さだ。迷子にはなりたくないな」
目元だけで微笑まれてると、もう何も言えない。
「う、うん」
手を繋ぐなんて子供でもすることだ。別になんの意味もない。
しかも案内するのだから意識する方がお門違いなのだ。そう思い込もうとしても顔が熱くて。
「行こうか」
なのに肝心の彼の方は、まったく顔色ひとつ変えていないのだから
「いらっしゃい」
――店先の主人が愛想良く声をかける。
気の良さそうな中年女性で、ふっくらとした手で商品を並べている。
「あらオルニト、とこちらの色男はどなたかしら」
「こんにちはコールさん。彼はイドラ、今日この村に来たばかりなんだ」
「すると観光客?」
「ううん、色々あってね。アルマのお弟子さんだよ」
「あらまあ!」
あの娘が弟子を? という感想は共通認識らしい。
つぶらな瞳を見開いて驚いている。しかし一応彼の目の前のせいか、それ以上は言及しなかった。
「そうなのね、じゃあ長い付き合いになるわね。今後ともうちの店をよろしくね」
そう朗らかに言う。対して。
「ああどうも」
と少し引きつった不器用な笑顔で会釈する美形の大男に、彼女はたいそう気をよくしたらしい。
いくつもおまけをつけて、華やいだ声で彼らを送り出した。
「さっそく気に入られたね」
苦笑い混じりでからかう。
「親切にしてもらえるのはありがたいが少し疲れた、な」
「あはは、確かに。でも見ていて面白かったよ」
如才なく気の利いたお世辞やウィンクのひとつでも出来れば良いが、真面目に礼を言ったり恐縮していたものだから。
「面白がるだけじゃ困る」
「ふふ、ごめんね。でも困ってる顔は可愛かったし」
「可愛い?」
「あっ、ごめん」
大の男に可愛いなんて失礼だっただろうか。しかも相手は人間でなく魔族だ。プライドを傷つけていたら申し訳ないと慌てて謝る、が。
「いや、お前から言われるのは悪い気はしない。むしろもっと言ってくれ」
「へ?」
「ほら。俺は可愛いんだろう?」
至極マジメな顔で見つめられ、またじわりと顔が熱くなる。
「ちょっ、今度は僕をからかうのやめてよ」
「……バレたか」
ニヤリと口の端をあげて笑われて少しホッとした反面、なにかガッカリしたような。
いやガッカリってなんだ、と混乱する。
「お前の方が可愛いだろうよ」
今度は頭まで撫でられるものだから、顔から火が吹きそうだ。
「か、からかわないでってば」
これ以上は勘弁して欲しくて、彼の手を強引に引いて次の店に向かった。
「あら、久しぶりね」
そう言って顔を上げたのは、魔法石を売ってる店の店主だ。
彼女は魔法使いで数多くの魔法石や鉱物に詳しく、広く取り扱っている。
「今日は牧師様のお遣いで来たんだよ。その魔法石の欠片、詰め合わせください」
「いいわよ。でも今度はもっといいモノ買いに来なさいって、彼に伝えておいてね」
「あはは、どうだろう」
どれだけ愛煙家で内心不遜な腹黒であっても聖職者である。節約にはそれなりにうるさいのだ。
肩をすくめるオルニトに、店主の女性は小さく鼻をならす。
「ま、言うだけムダよねぇ」
店主の女性がつけている大ぶりの耳飾りが、シャラリと鳴る。
少し怪しげな店構えはいわゆるコンセプトで、この雰囲気に合わせたのか単なる好みなのか。魔法石をふんだんにあしらったアクセサリーをつけた、まるで占い師のようだ。
「最近、鉱物全体が高騰してるのよ」
商品を手にして、少し憂鬱そうに言った。
「長く採掘していた森の奥に、大型の魔獣が住み着くようになったみたいでね。近づくこともままならないみたいだわ」
「そうなんだ」
「イヤよね。ここ数百年、こんなことなかったのに。それで王国から冒険者や魔法使い達が派遣されてきてるのよ」
「ああ、なるほど」
アルマがボコボコにした冒険者パーティもこの類らしい。
「でも変な人たちも多くて、本当困っちゃうのよねぇ」
ここの所、いっそう旅人や商人達が多くなったのはそのせいかもしれない。村のあちらこちらでトラブルが多発し始めている声も聞く。
そこでようやく彼女の視線がイドラの方に向いているのに気付いた。
「あっ、この人は別にそういうんじゃないからね。アルムの弟子になったんだよ。教会にいることになったから、またよろしくね」
「あの娘が?」
またしてもギョッとされている。
しかし多少は安堵したのだろう、さっきより目が穏やかだ。
「よく見ればなかなかの色男じゃないのよ」
そしてやはり顔面の良さに態度も軟化する。
しかし本人であるイドラは、棚に陳列されている鉱物をジッと見つめてなにやら手帳に書き込んでいる。
「ずいぶん熱心だこと」
「失礼。品揃えに感心していた」
手帳を閉じ、伏し目がちにはにかんだ表情の男。女主人の頬にサッと朱が走った。
「そ、そうかしら」
「ええ。状態も申し分ないし、なにより趣味が良い」
その瞬間、彼女の猜疑心は完全に崩れ去った。
アンニュイでどこか退廃的だったはずの雰囲気がなりを潜め、嬉しそうに商品説明まで始める始末。
そして彼もまた、興味深げに聞き入っている。
その様子に胸の奥が妙にざわつく。だが上手く言語化できないし、出来たとしても口に出すべきものじゃないだろう。
黙って二人の様子を、棚の影に埋もれるようにして眺めているしかなかった。
「詳しいのね、貴方」
「まあ多少はな。だが見聞が広がった、まだまだ学ぶべきことはあるものだ。それを貴女のおかげで知れた、感謝する」
「うふふ、そんな大仰な」
仲睦まじい。
オルニトは自分がひどく場違いな気分になった。
浮かれて手なんかつないでしまったのも恥ずかしい。
相手は人間とは違う魔族で、自分のことなんて魔力補給の非常食としか思っていないだろうに。
それにしても大きくて愛想が良いとは思えぬ男だったのに、もうすでに夢中させているなんて。
いや彼女だけでは無い、ここに来るまでにも道行く女たちは何度も彼の方を振り返り頬を赤らめるのだ。
つまりとにかくモテる。
「……」
前世から、モテとは程遠い陰キャだったオルニトとは別の生き物だ。
ぼっちとまではいかないがクラスのオタクグループの中でひっそりと生息、陽キャやギャルたちに怯える学生時代。
二次元は三次元より優しいからとアニメやゲームにのめり込んだこともあった。
社会人になるとそんなヒマなどなかったが。
「あ」
ふと気配を感じてうつむいていた顔をあげる。
物陰からこちらを見つめる二つの目。大きく黒目がちな瞳はこちらを見つめて離さない。
「えっと」
少女だった。二歳くらいだろうか。
好奇心満々といった風情で店の奥から覗いているらしい。
オルニトはなるべく怖がらせないよう、そっとしゃがみこむ。
「こんにちは」
最大限の笑顔とともに小さく手を振ってみた。
少女はふるりと一瞬だけ震えたが、今度は遠慮げに微笑んだ。
「か、かわいい!」
おもわず口をついて出た言葉だった。母性や庇護欲というと大袈裟になるが、目を細めてしまうくらい眩しいというか。それくらい表情仕草が愛らしかったのだ。
「ここの子かなぁ。あ、お邪魔してます……なんて」
ますます怯えさせたくなくて、優しくゆっくり話しかけることにした。
「びっくりさせたらごめんね?」
すると首をブンブンと横にふった少女は、こちらに歩み寄ってきた。
白を基調としたエプロンドレスを着て居る姿はさながら、おとぎの国に出てきてもおかしくない。
……ここの女店主に子供がいたなんて知らなかったなぁ。なんてぼんやり考えながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる幼女が転ばないか見守っていた。
「おにぃたん、だぁえ?」
お兄さんだれ、と聞かれたらしい。
好奇心でキラキラと輝く瞳。舌っ足らずの口元が愛らしかった。
「僕はねオルニトっていうんだ」
「おる……?」
「オルニト、修理屋さんしてるんだよ」
「しゅうりやたん、ちてる?」
「そう。君のお名前はなにかな」
「あたちね、あたちは――」
少女が一生懸命に口を開いた時。
「この子に触らないでッ!!!」
その声は鋭く、悲鳴混じりだった。
驚いて振り返ると真っ青な顔をした女店主がブルブルと震えている。
「……こっちに来なさい」
「んぅ? かーたん、どちたの」
「早く来なさいッ!」
ヒステリックな怒鳴り声に少女の顔がくしゃりと歪む。
「う、ぅ、ぅ」
数秒おいての。
「うわぁ゙ぁぁぁんっ!!!」
大きな泣き声。
床に座り込んでの号泣に、彼女の方が我に返ったのだろう。動揺した様子で。
「ちがっ……ちがうのよ。ごめんなさいね、オルニト。違うのよ」
違う、違うと繰り返しながら。しかし他になんの弁解の言葉も出ない彼女に、オルニトはぎこちなく微笑んだ。
「いいえ、僕が悪かったんです。ごめんね、驚かせちゃって」
「……」
「ごめんなさい、もう帰ります」
それからは下を向いて足早に店を出るしかない。
何も考えるな、と自分自身に言い聞かせながら。
「大丈夫だ……うん……大丈夫」
泣いたら困らせる。誰も悪くない、強いて言えば自分が悪い。
そう心の中で呪文のように唱える。
「っ、はぁ、ぁ」
人混みをひたすら小走りする。
とにかくどこかへ。一旦、誰もいない所に行かなければ。
それだけを考えながら一心不乱に足を動かす彼の肩に大きな手がかかる。
「――おい」
オルニトの身体が大きく傾いた。
「!」
倒れる、と思った。
その瞬間その目から一筋の雫が頬を伝う。
それは市場を見れば分かる。
「てっきり何も無いところだと思っていたが」
「へへ、そうでしょ。はじめて来る人たちはみんな驚くんだよね」
彼の言葉にオルニトは得意げに笑う。
なにせ広い。そして辺境の街より栄えているのは、ここが魔界との境であり国の加護が強いからである。
あとはやはり伝説の地で、ちょっとした観光地の側面もある。
もちろん入村においては許可証か身元を保証する者が必要なのだが。
「買い物ってなんだっけ?」
イドラが手にした紙切れを覗き込む。
「ええっと。卵と水牛のミルクと魔法石の欠片と本と――じゃあ、あっちから行こう」
人通りが多い道を歩き出した。
そしてなんの気なしに掴んだ手。
「あっ、ごめん!」
大きくて骨ばった指に驚いて反射的に離そうとする。しかしすぐに包み込まれるように捕まえられてしまう。
「この人の多さだ。迷子にはなりたくないな」
目元だけで微笑まれてると、もう何も言えない。
「う、うん」
手を繋ぐなんて子供でもすることだ。別になんの意味もない。
しかも案内するのだから意識する方がお門違いなのだ。そう思い込もうとしても顔が熱くて。
「行こうか」
なのに肝心の彼の方は、まったく顔色ひとつ変えていないのだから
「いらっしゃい」
――店先の主人が愛想良く声をかける。
気の良さそうな中年女性で、ふっくらとした手で商品を並べている。
「あらオルニト、とこちらの色男はどなたかしら」
「こんにちはコールさん。彼はイドラ、今日この村に来たばかりなんだ」
「すると観光客?」
「ううん、色々あってね。アルマのお弟子さんだよ」
「あらまあ!」
あの娘が弟子を? という感想は共通認識らしい。
つぶらな瞳を見開いて驚いている。しかし一応彼の目の前のせいか、それ以上は言及しなかった。
「そうなのね、じゃあ長い付き合いになるわね。今後ともうちの店をよろしくね」
そう朗らかに言う。対して。
「ああどうも」
と少し引きつった不器用な笑顔で会釈する美形の大男に、彼女はたいそう気をよくしたらしい。
いくつもおまけをつけて、華やいだ声で彼らを送り出した。
「さっそく気に入られたね」
苦笑い混じりでからかう。
「親切にしてもらえるのはありがたいが少し疲れた、な」
「あはは、確かに。でも見ていて面白かったよ」
如才なく気の利いたお世辞やウィンクのひとつでも出来れば良いが、真面目に礼を言ったり恐縮していたものだから。
「面白がるだけじゃ困る」
「ふふ、ごめんね。でも困ってる顔は可愛かったし」
「可愛い?」
「あっ、ごめん」
大の男に可愛いなんて失礼だっただろうか。しかも相手は人間でなく魔族だ。プライドを傷つけていたら申し訳ないと慌てて謝る、が。
「いや、お前から言われるのは悪い気はしない。むしろもっと言ってくれ」
「へ?」
「ほら。俺は可愛いんだろう?」
至極マジメな顔で見つめられ、またじわりと顔が熱くなる。
「ちょっ、今度は僕をからかうのやめてよ」
「……バレたか」
ニヤリと口の端をあげて笑われて少しホッとした反面、なにかガッカリしたような。
いやガッカリってなんだ、と混乱する。
「お前の方が可愛いだろうよ」
今度は頭まで撫でられるものだから、顔から火が吹きそうだ。
「か、からかわないでってば」
これ以上は勘弁して欲しくて、彼の手を強引に引いて次の店に向かった。
「あら、久しぶりね」
そう言って顔を上げたのは、魔法石を売ってる店の店主だ。
彼女は魔法使いで数多くの魔法石や鉱物に詳しく、広く取り扱っている。
「今日は牧師様のお遣いで来たんだよ。その魔法石の欠片、詰め合わせください」
「いいわよ。でも今度はもっといいモノ買いに来なさいって、彼に伝えておいてね」
「あはは、どうだろう」
どれだけ愛煙家で内心不遜な腹黒であっても聖職者である。節約にはそれなりにうるさいのだ。
肩をすくめるオルニトに、店主の女性は小さく鼻をならす。
「ま、言うだけムダよねぇ」
店主の女性がつけている大ぶりの耳飾りが、シャラリと鳴る。
少し怪しげな店構えはいわゆるコンセプトで、この雰囲気に合わせたのか単なる好みなのか。魔法石をふんだんにあしらったアクセサリーをつけた、まるで占い師のようだ。
「最近、鉱物全体が高騰してるのよ」
商品を手にして、少し憂鬱そうに言った。
「長く採掘していた森の奥に、大型の魔獣が住み着くようになったみたいでね。近づくこともままならないみたいだわ」
「そうなんだ」
「イヤよね。ここ数百年、こんなことなかったのに。それで王国から冒険者や魔法使い達が派遣されてきてるのよ」
「ああ、なるほど」
アルマがボコボコにした冒険者パーティもこの類らしい。
「でも変な人たちも多くて、本当困っちゃうのよねぇ」
ここの所、いっそう旅人や商人達が多くなったのはそのせいかもしれない。村のあちらこちらでトラブルが多発し始めている声も聞く。
そこでようやく彼女の視線がイドラの方に向いているのに気付いた。
「あっ、この人は別にそういうんじゃないからね。アルムの弟子になったんだよ。教会にいることになったから、またよろしくね」
「あの娘が?」
またしてもギョッとされている。
しかし多少は安堵したのだろう、さっきより目が穏やかだ。
「よく見ればなかなかの色男じゃないのよ」
そしてやはり顔面の良さに態度も軟化する。
しかし本人であるイドラは、棚に陳列されている鉱物をジッと見つめてなにやら手帳に書き込んでいる。
「ずいぶん熱心だこと」
「失礼。品揃えに感心していた」
手帳を閉じ、伏し目がちにはにかんだ表情の男。女主人の頬にサッと朱が走った。
「そ、そうかしら」
「ええ。状態も申し分ないし、なにより趣味が良い」
その瞬間、彼女の猜疑心は完全に崩れ去った。
アンニュイでどこか退廃的だったはずの雰囲気がなりを潜め、嬉しそうに商品説明まで始める始末。
そして彼もまた、興味深げに聞き入っている。
その様子に胸の奥が妙にざわつく。だが上手く言語化できないし、出来たとしても口に出すべきものじゃないだろう。
黙って二人の様子を、棚の影に埋もれるようにして眺めているしかなかった。
「詳しいのね、貴方」
「まあ多少はな。だが見聞が広がった、まだまだ学ぶべきことはあるものだ。それを貴女のおかげで知れた、感謝する」
「うふふ、そんな大仰な」
仲睦まじい。
オルニトは自分がひどく場違いな気分になった。
浮かれて手なんかつないでしまったのも恥ずかしい。
相手は人間とは違う魔族で、自分のことなんて魔力補給の非常食としか思っていないだろうに。
それにしても大きくて愛想が良いとは思えぬ男だったのに、もうすでに夢中させているなんて。
いや彼女だけでは無い、ここに来るまでにも道行く女たちは何度も彼の方を振り返り頬を赤らめるのだ。
つまりとにかくモテる。
「……」
前世から、モテとは程遠い陰キャだったオルニトとは別の生き物だ。
ぼっちとまではいかないがクラスのオタクグループの中でひっそりと生息、陽キャやギャルたちに怯える学生時代。
二次元は三次元より優しいからとアニメやゲームにのめり込んだこともあった。
社会人になるとそんなヒマなどなかったが。
「あ」
ふと気配を感じてうつむいていた顔をあげる。
物陰からこちらを見つめる二つの目。大きく黒目がちな瞳はこちらを見つめて離さない。
「えっと」
少女だった。二歳くらいだろうか。
好奇心満々といった風情で店の奥から覗いているらしい。
オルニトはなるべく怖がらせないよう、そっとしゃがみこむ。
「こんにちは」
最大限の笑顔とともに小さく手を振ってみた。
少女はふるりと一瞬だけ震えたが、今度は遠慮げに微笑んだ。
「か、かわいい!」
おもわず口をついて出た言葉だった。母性や庇護欲というと大袈裟になるが、目を細めてしまうくらい眩しいというか。それくらい表情仕草が愛らしかったのだ。
「ここの子かなぁ。あ、お邪魔してます……なんて」
ますます怯えさせたくなくて、優しくゆっくり話しかけることにした。
「びっくりさせたらごめんね?」
すると首をブンブンと横にふった少女は、こちらに歩み寄ってきた。
白を基調としたエプロンドレスを着て居る姿はさながら、おとぎの国に出てきてもおかしくない。
……ここの女店主に子供がいたなんて知らなかったなぁ。なんてぼんやり考えながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる幼女が転ばないか見守っていた。
「おにぃたん、だぁえ?」
お兄さんだれ、と聞かれたらしい。
好奇心でキラキラと輝く瞳。舌っ足らずの口元が愛らしかった。
「僕はねオルニトっていうんだ」
「おる……?」
「オルニト、修理屋さんしてるんだよ」
「しゅうりやたん、ちてる?」
「そう。君のお名前はなにかな」
「あたちね、あたちは――」
少女が一生懸命に口を開いた時。
「この子に触らないでッ!!!」
その声は鋭く、悲鳴混じりだった。
驚いて振り返ると真っ青な顔をした女店主がブルブルと震えている。
「……こっちに来なさい」
「んぅ? かーたん、どちたの」
「早く来なさいッ!」
ヒステリックな怒鳴り声に少女の顔がくしゃりと歪む。
「う、ぅ、ぅ」
数秒おいての。
「うわぁ゙ぁぁぁんっ!!!」
大きな泣き声。
床に座り込んでの号泣に、彼女の方が我に返ったのだろう。動揺した様子で。
「ちがっ……ちがうのよ。ごめんなさいね、オルニト。違うのよ」
違う、違うと繰り返しながら。しかし他になんの弁解の言葉も出ない彼女に、オルニトはぎこちなく微笑んだ。
「いいえ、僕が悪かったんです。ごめんね、驚かせちゃって」
「……」
「ごめんなさい、もう帰ります」
それからは下を向いて足早に店を出るしかない。
何も考えるな、と自分自身に言い聞かせながら。
「大丈夫だ……うん……大丈夫」
泣いたら困らせる。誰も悪くない、強いて言えば自分が悪い。
そう心の中で呪文のように唱える。
「っ、はぁ、ぁ」
人混みをひたすら小走りする。
とにかくどこかへ。一旦、誰もいない所に行かなければ。
それだけを考えながら一心不乱に足を動かす彼の肩に大きな手がかかる。
「――おい」
オルニトの身体が大きく傾いた。
「!」
倒れる、と思った。
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