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二百○歳エルフ、拳で②

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「…………で? その肉の塊はなんでしょう。食材調達なんて頼みましたかねぇ」

 大仰なため息をつきながらロマンスグレーの髪をかきあげる男。
 この村の牧師ヴァリスである。

「貴女のその頭は飾り物ですか」
「うっ」
「私、言いましたよね。、と」
「うぐぐ」
「そりゃあ私だってこんな仕事受けたくてしてるわけじゃありません、でも貴女が酔っ払って冒険者を半殺しにした賠償のため。つまり尻拭いなんですよ、分かります?」
「あうぅ」

 あれだけ威勢がよかったアルマはうなだれて、ぐぅの音も出ない様子。
 仕方がない。
 なにしろ事の発端は彼女なのだから。



 ――先日、酒場で気持ちよく酔っ払っていた時のこと。
 喧嘩を売ってきたのはもちろん向こうだ。王国都市エアリクルムからやってきたとい冒険者パーティで、ひどく威張り散らかした嫌な者たちだった。

 酒場の看板娘 (御歳八十歳のレディだ) に絡んだかと思えば、止めに入る常連を突き飛ばしたり殴ったりとやりたい放題。

 挙句の果てには、王国の紋章入の剣を突きつけて。

『オレたちは国王陛下から直々に命令を下されたんだ、魔王とその子孫を全て殺せってな! つまりオレたちはそこらの負け犬冒険者どもとは違う。選ばれた存在なんだ』

 と高笑いした。
 その場の空気は当然嫌なものになる。しかもそれだけでなく、飲み代を踏み倒して行こうとしたのだ。

『そろそろお代を……』
『あ? 国の英雄様たちに向かって、はした金を請求するってんのか。よし、お前らの一人や二人切り伏せて実力を見せてやる。それが料金ってことでどうだ』
『や、やめてください!』

 慌てて逃げようとする店主の首根っこをつかまえ、剣を振り下ろす真似をして言ったかと思えば。

『あたしはこの小娘をカエルに変えちゃおうっかなァ。あ、毛虫でもいいけどォ』

 なんて杖をこれみよがしに見せながら脅す魔法使いの女に、たまらずワッと泣き出す女性店員。
 またそれを囃し立てて嗤う冒険者ども。
 
 常連客の誰しもが怒りと屈辱に顔を真っ赤にしながらも、うつむくばかりである。
 なぜか。
 それは紋章が本物だからだ。国のお墨付きの実力者パーティで、そこらの半端者を相手にするのとは違うのだ。

 それにやはりお上に逆らうのは躊躇われたのだろう。
 店主は膝をついて、料金は要らないから無体はやめて欲しいと訴え始めた時。

『酒が不味くなる余興だね』

 と言って立ち上がる少女が一人。
 
 それから先は想像通り、ほんの数十秒で五人の冒険者パーティをすべてノックアウトして店の外に放り出してしまった。


 
「あの件は村長からずいぶん怒られてしまいましてね」
「でもアタシ悪くなくない?」
「良い悪いでなく、やりすぎだと言ってるんですよ。脳筋の貴女には理解できませんか」

 彼らに下された魔王討伐の命令はあくまで極秘任務の扱いだったらしく、そこに関してはノーコメント。

 しかし表向きは、森の魔獣の調査と採取だったものでその仕事を丸ごと請け負うことになったのだ。

「ヴァリスだって手伝ってくれたらいいじゃないの」
「あ゙?」
「しゅ、すいませんしゅいません……」

 この牧師、パッ見は穏やかな聖職者たる紳士だが中身はとんだ生臭坊主である。
 
「チッ」

 舌打ちしながら取り出したのが煙草で、それに堂々と魔法で火をつけてスパーッと吸うのだから。
 しかも教会で。

「ちょ、牧師様。ここ禁煙なんじゃ……」
「少しくらい構いませんよ、オルニト。大体、吸わないとやってられません。聖職者こんな仕事なんて」

 二人のやりとりを見守っていた彼がたまらず口を出すが、彼は皮肉げに笑うだけだ。

「それで挙句の果てに魔族を拾ってくるなんて。アルマ、貴女の頭は本当にゴリラ並なんですか」

 胡散臭そうに視線をやった先で、イドラが一心不乱にその場にあった聖書を読み漁っている。

「貴方もですよ、オルニト」
「えっ、僕!?」

 いきなり水を向けられて驚く。

「ちゃんと使い魔を連れて行きなさい」

 またお小言だ。
 使い魔というのは魔法使いが使役する魔物や妖精なのだが、この場合は少し違う。

「でもこれ見た目があんまり……」

 いわゆる使い魔で中身は魔力を圧縮したものを詰めた機械仕掛けなのだが、問題なのはその美的センスだ。

「なんでよ! カワイイじゃない」
「えぇぇ」

 声をあげるアルマ。
 なんともリアリティ溢れる眼球が、ふよふよと彼女の周りを飛んでいる。

「グロ……いや、ちょっと個性的すぎるっていうか」
「丸いものは可愛いんでしょ」
「そういう問題じゃないよ」

 丸けりゃ可愛いのであれば、彼女の嫌いなトマトだって同ジャンルなはずだろうと反論したくなる。
 あまりにも可愛いの解像度低くないか、と。

「オルニト。あの娘にそういった繊細さを求めてはいけません」
「ちょっとぉ! ヴァリスったら、今の聞き捨てならないわね。アタシがまるで粗野なゴリラみたいな言い草じゃないのよ」
「おや、自覚がおありでしたか」
「ないわよッ、そんなもの!!!!」

 ギョロギョロと瞳孔を開いたり閉じたりしながまとわりつく使い魔に、内心は辟易へきえきしながらもオルニトは彼らのやり取りに苦笑いする。

 いつもこんな感じだ。
 
 あんなに魔力もあるのにその方向性をほぼ腕力に全振りした壊れステータスのエルフと、外面は良いが腹黒で口の悪い牧師。

 これはこれとして数十年ずっと共に暮らしてるのだから、本当におもしろい。

「そんな貴女が弟子なんて。二人でまた何か企んでますね」

 ジロリと睨みつけられたオルニトとアルマは首を精一杯横にふる。

「いやいやいやっ、そんなワケないでしょ」
「アルマはともかく僕はなにもやましいことなんてないよ」
「あっ、こら! どさくさに紛れて今、悪口言ったわね」

 今度はこっちで小競り合いが始まりそうなのを、ヴァリスが咳払いで黙らせた。

 そしてまたイドラの方を見る。

「貴方からも事情をうかがえますか、魔族」

 その時、熱心に読んでいた聖書を置いて顔を上げた。
 その瞬間、三人が身体を強ばらせる。痛いくらい空気が張り詰めキィン、という耳鳴りのような細く鋭い金属音がしたのだ。

「俺は名を名乗ったはずだがな」
「っ……!」
 
 彼は穏やかに言う。あくまで声だけは、だがら。内心そうでないのは鋭い眼光から分かる。

「俺がこの村に来た理由はあくまで調査と研究だ。別にあんたら村の人間に危害を加えるつもりはない」
「別にそんなこと考えてもないよ!」

 オルニトは思わず声をあげる。
 それをお人好しめ、という目で見る二人。

「だろうな」

 彼は少し微笑んで言った。

「だが、お前たちは違うだろう?」

 緑色の瞳が静かに牧師を見つめる。だがヴァリスは動揺した様子もなく肩をすくめた。

「そりゃあね、警戒はしておくに越したことはないでしょう。なにしろこんな田舎の村にやってくる者達にロクなのがいませんから」

 村を囲うように張り巡らされた結界と不釣り合いな立派な門もまた、長い歴史を物語っている。

「俺も馬鹿じゃないからな。せいぜい大人しくしておくさ」
「そう願いますよ、くれぐれもね」
「……」
「……」

 互いに瞳の奥に剣呑さを隠さず視線を交わす。
 それを彼はハラハラとして見守っていた。

「さて」

 先に空気を変えたのがヴァリスだ。

「オルニト、少しお遣いを頼みたいのですが良いですか」
「へ?」
「これを――」

 手渡されたのは小瓶と手紙。

「あ、もしかして爺ちゃん宛にいつものですか」

 そう尋ねれば少し気まずそうにうなずかれる。

「今回はご希望のものを、と伝えてくれたら分かりますから」

 このやり取りは幾度となくしていた。
 いつからだろう、小瓶と手紙を彼から託されるようになったのは。

 一緒に暮らしている祖父、リケに渡してくれと言われその通りにしているが。

「爺ちゃん、直接くれたらいいのにってよくこぼしてるよ?」

 そう。わざわざ人伝いにするほど遠い距離にいる訳でもない、むしろ週に何度か互いのところに通っているのを見たことがあるのに。

「いいんです、これで」

 きっぱりそう答えられると受け取らざるを得ない。
 
「じゃあ渡しておきますけど――」
「香水か」

 後ろからヌッと覗き込みつぶやくイドラを、ヴァリスが軽く睨みつける。

「オルニト、頼みましたよ」

 それだけ言うと視線を外した。

「それとアルマ」
「ん、アタシ?」
「貴女にはまだ仕事が残っています」
「え゙、報酬はあるんでしょうね」
「何言ってるのですか」

 呆れ顔で二本目のタバコに火をつける。

「無償に決まってるでしょう、これは弁済なのだから」
「そんなぁ~っ、人遣い荒くない!?」
「うるさい。納期は守ってくださいよ」
「くうぅ……鬼! 悪魔!」
「神職に言うとは命知らずな」
「ちょっ!? 呪文詠唱やめてよっ、杖も! ガチな魔法かけるやつじゃん!!」
「その綺麗な金髪をチリチリパーマにされたくなかったら、さっさと仕事してきなさい」
「ひぃぃぃっ、オルニト助けてぇぇぇ」

 彼女の悲痛な声が教会に響いた。


 



 



 

 
 

 

 





 

 

 
 




 
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