元奴隷商人は逃げ出したい

田中 乃那加

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聖女誘拐と異形の神2

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「あのさ……朝からなんなの」

 思わず口をついて出た言葉だ。

「え、なにが?」

 無邪気かつキラキラとした黒目がちの瞳で聞き返す少年、シュレに脱力する。

「もういい」

 同じ宿などとるんじゃなかった、いやむしろ彼らと鉢合わせた時に宿を変えればよかったのかもしれない。

 大きくあいた襟元。そこから滑らかな褐色の肌が惜しげも無くのぞいているのはまだ良いしよう。
 しかし問題は。

「ん? それって虫刺されじゃねえのか」

 メルトの後ろから顔を出したルークスが指摘した箇所。
 紅く散らされた花びら如くの鬱血痕。そう、キスマークである。

「ルークス!」

 慌てて口をふさごうとするが、なんせ身長差があって上手くいかない。しかし当の本人はあっけらかんと。

「ああ、これ。目立つかな」

 なんてさらに服をはだけてみせる始末。

「こら!」

 今度は大慌てでシュレの方に手を伸ばす。襟元のボタンをしっかり合わせてやる。

「?」
「ったく、人前ではしたない!!」

 奔放すぎてこちらが恥ずかしくなってしまう。だが一方、まだルークスは意味が理解できないのか。

「別に虫刺されなんて恥ずかしがることねえだろ。よし、俺がひとっ走りしてかゆみ止め買ってきてやるよ」

 などと呑気なものである。

「このバカっ、違うっての」
「へ?」

 なんとまあ鈍感なことだ。やはり童貞なのは本当らしい。
 しかしここで本人目の前に解説してやる趣味も親切心もない、さらに言えば大人としての羞恥心が勝る。
 ガシガシと頭をかいてため息をつくメルトと、首をひねるルークスを見つめること数秒。

「……ふふっ」

 シュレが小さくふきだした。

「ほんっと、君たちは仲良しだね」

 そしてころころと鈴の音を転がしたように可憐に笑うのだ。
 その姿、さすが愛らしく色気も半端ない。しかし二人はそんなどころでなく。

「は?」
「えっ!?」

 とある意味真逆のリアクションであった。

「オレがなんでこの脳筋バカと!」
「やっぱり俺とメルト、仲良しに見える!? あはは、参ったなあ~。いや嬉しいんだけどな、てもまだちゃんと告白もしてないからな~」

 憤慨する前者と、喜び照れまくる後者と。

「おいルークス! その気色悪い笑顔やめろ」
「いやいやいや、満面の笑みだっての。あ、安心しろよ。俺がもっと男としてお前を守れるようになったらちゃんと指輪とプロポーズをだな……」
「オレも男だ、バカ!! んでもって、どさくさに紛れにとんでもない事言いだしやがって」

 さすが出会って数分でキスしてきた男である。
 しかし意志は一貫しているのがまた頭痛の種。

「だからヤローと一緒になる趣味はオレにない。……って、そんなことよりアンタも!」
「へ?」

 ビシッと指をシュレに突きつける。

「襟くらいちゃんとしめろ。みっともない」
「???」
「ああもうっ、わかんないかなぁ!」

 メルトは大きくため息をついた。

 考えれば産まれながらにして愛玩用の、あけすけに言えば性奴隷として主人に飼われていた彼としては別に人前で肌を晒そうが特に問題なかったのだ。
 むしろそれを望む性癖の主人もめずらくない。

 現にキョトンとする彼の出で立ちは、宿屋の中であっても人前にでるものではなかった。
 身体に合わぬ大きなシャツを羽織っただけ。しかも下着すら身につけていない様子だったのだ。
 極めつけはキスマーク。
 全裸でいるより扇情的な姿に顔をしかめるしかない。

「だいたいアンタの新しい主人はどこいったんだ」

 すぐさまさらって乱暴してくださいといわんばかりの彼を放置して良いわけがない。
 元奴隷商人としては商品管理という観点からも、フェルスに嫌味か説教のひとつでも食らわせてやりたくなる。

「フェルスのこと? 彼ならなんか朝早く出ていっちゃった……まだまだヤりたかったのに」
「っ、あのなぁ」

 あからさまな発言と、気分になったのか潤んだ瞳での上目遣いにこっちまで恥ずかしくなるし気まずさもひとしおだ。
 
「とにかくちゃんと服を着ろよな。部屋にあるんだろ」
「でも僕、服着れない」
「あ?」
「一人で着れないよ、あんな難しいの」
「……」
「ボタンあるし」
「……」
「いつも着せてもらってたし」
「……」
「あ、シーツ巻くならできるよ!」
「……もういい」

 本日で二度目の脱力。
 どうやら本当に自力で服を着るのが困難らしい。
 王侯貴族の子女のように、常に召使い達に世話してもらっていたのだろうか。

 ――ありえる。

 そういう扱いをしたがる主人は少なくない。むしろ脱走防止に、ろくな衣服を与えず豪奢な部屋に監禁状態なんていうのもある。

「チッ、仕方ない。来いよ」

 その手を引いて彼が泊まっていた部屋のドアを開けた。

「おい薬は!?」

 ルークスの見当違いな言葉なんていうのはまるで無視してシュレを連れ込む。

「ちゃんと立ってろ。ええっと、この服か」

 近くにある長椅子にキチンと畳まれて置いてあったのは意外だった。てっきり脱いで放ったくしゃくしゃ状態かと思ったから。

「あ、それフェルスがね」
「なるほど」

 あの神経質そうな男のことだ。さぞゆっくり、それこそ豪華な菓子の包み紙を剥がすように丁寧に脱がしたのだろう。

「はいはい、お盛んなことで」
「?」

 嫌味も通じないだろうが、つい口をついてしまう。
 だがそんなことより。

「まずは脱ぐところからな」

 大きすぎるシャツのことである。フェルスのものだろうか、だとすれば彼は一体何を着て出て行ったのか。
 つらつらと考えながらもボタンに手をかける。

「ふふ」
「大人しくしろ」

 くすぐったそうに身をよじる少年を叱りつけながら、縫製と布地の手触りの良さを感じつつボタンを外していく。

「メルト君」
「なんだよ」
「君の指って、すごく綺麗だよね」
「あ?」

 突然何を言い出すかと思いきや。しかし顔をあげることなく、完全にはだけたシャツをそっと肩から脱がせようと滑らせた時だった。

「長くて細くてすごく綺麗」
「!」

 手を掴まれ、人差し指に唇を寄せられる。
 突然のことに大きく心臓が跳ね、反射的に身を引いたが遅かった。

「でも逆剥けてる、痛そうだよ」
「なにして……っ」

 紅く湿った舌がちろりと指を舐めたのだ。
 さながら傷を癒そうとする猫のような仕草だが、それでも小さくかかる吐息に上目遣い眼差し。
 極めつけが美少女に見間違うばかりの容姿。だいたいの男であればここで彼に襲いかかってしまうかもしれない。

 色気と可憐さに目眩がした。

「や、やめろよ。こういうの」
「?」

 恐ろしいことにシュレ自身に自覚はない。
 なんとか理性を総動員して、メルトは彼の肩を軽く押す。

「まずは服を着ろ」
「うん?」

 ――うわ、愛玩奴隷ってやばい。

 こっちの理性を崩しにかかるのはもう存在自体が媚薬に近いのかもしれない。
 大金をつぎ込み貢ぎ続けて破産に追い込まれる主人、つまり客を幾人もみたことがあるがようやく納得した。

「ほら腕をあげて」

 まずはブラウスを着せる。これはまた複雑な造りをしているのが一目でわかった。

 ――女の服みたいだな。

 子供の頃、屋敷にやってきた従姉妹達に人形遊びを思い出す。
 バカンスの時期だかで、幼い彼女達は遊ぼう遊ぼうとやたらせがんできたのだ。当時もうすでに魔法書を隠れ読むことに夢中になっていたメルトは面倒で仕方なかったが。

「こら動くな」

 そして問題は。

「下着くらい自分で穿けっつーの」
「?」
「はいはいっ、穿かせりゃいいんだろ! 足上げろ」
「うん!」
 
 まるで幼児だ。
 わざわざ跪いて下着を足に通してやる。すると当然。

「……」

 見える位置にくるわけで。
 ツルリとして毛ひとつ生えていないソコに目をやらぬよう必死に気をつけながら、着せつけてやる。
 しかし。

「ひゃんっ!」

 急に甲高い声をあげられ驚く。
 どう尾てい骨あたりにあるの付け根触れてしまったらしい。

「ヘンな声だすな」
「だってぇ、メルト君の触り方がエロいんだもん」
「失礼なヤツだな! ああもうっ、ジッとしてろってば」

 幼児の方が容易いかもしれない。落ち着きがなくフラフラする身体を必死でおさえながらようやく下着を身につけさせた。

「ちゃんと穴も空いてるんだな」
「んぅっ……」
「だ・か・ら、へんな声出すなっつーの。万年発情ウサギめ」

 しっぽが性感帯らしく、少し触れるだけで顔を赤らめて身体を擦り寄せてくる。
 確かに性奴隷としてはかなり優秀かもしれないが、その気のない身としてはたまったものじゃない。

「ねぇ、メルト君」
「なんだよ。まだ下も残ってるぞ」
「キスしてみていいかな」
「はいはい、だからさっさと…………え?」

 時が止まった。
 もちろん体感的な意味で。

「なにいってんだ」
「僕、聞いた事あるんだよね。聖女とキスしたら良いことがあるって」
「良いこと?」
「魔力も高くなるし、なによりすごく強くなれるんだって。どんな傷だって穢れだって呪いだって治っちゃうんでしょ」

 どこの万能薬だと言いたくなるが、もしかして聖女の加護のことかと思い当たる。

「僕の身体、穢れてるんだ」
「え」
「見て」
「ちょっ……!?」

 シュレはさっき履いた下着をまた膝まで下ろし、さらにブラウスを大きくたくしあげた。
 反応が遅れ、目を覆うのが叶わなかったメルトの目がをしっかりとうつしてしまう。

「こ、これって」

 ――まさか淫紋か。

 呪いの一種とでも言えばよいのだろうか。
 腹、特に下腹部に刻まれた刺青は女性の子宮をモチーフにされていると言われている。

 起源は悪魔が女に自らの子を孕ませる為の呪術。それが時代とともに姿形を変え、簡易的なものからこのように深く刻みつけるものまで様々な種類が存在するようになった。

 特にシュレに刻まれた淫紋は、性的行動を強化するといった効果を発揮する。

 模様そのものはただの刺青であるが、そこに込められた魔力がかなり特殊なようで。

「前のご主人様につけられたんだ。これを消してくれる約束だったのに」

 彼は悲しそうに声をつまらせる。

「なるほどな」

 常に強い発情状態を引き起こす、というよりは定期的にところ構わずに性的興奮のスイッチが入ってしまう。
 これではこの先、新しい生活を送るのもかな難しいかもしれない。

「フェルスはどんな僕でも愛してるって言ってくれたんだ。でも……」

 大きな瞳から涙がこぼれる。

「僕は性奴隷としてじゃなく、恋人であり友人になりたいんだ。だからちゃんと彼の役に立ちたい」

 共に人生を歩む、と一言でいっても色々な形があるのだ。
 今までのように愛玩動物として囲われ寵愛され隷属するのも一つの形だ。しかしシュレはそれを望まない。

「はじめてあったときフェルスは僕に

 挨拶――これもまた独特な文化であるが客人がよその屋敷で飼われている奴隷、特に愛玩奴隷に挨拶をするというのはタブーとされている。

 これはその主人に対して無礼に当たるからだ。
 もちろん何か贈り物などするのも論外。主人の目を見て奴隷を褒めるのは良いが、直接彼らと目を合わせて言葉をかけてはいけない。

「君ならこれを消せるんでしょう? ねぇ、頼むよ。どんなことでもするから」
「そんなこと言われても……」

 メルトは迫られてたじろぐ。
 聖女の加護とやらで、この淫紋を消したい気持ちは理解できた。しかし果たしてそんなこと出来るのだろうか。

「どんな病気も呪いも祓えるんだって聞いたよ」
「そ、そうなのか?」

 知らないことだらけで思考が追いつかない。

「ねえ頼むよ」

 切なそうな顔で見つめられてはどうも強く拒否できない。
 キスくらい今さら拒むのもどうかと思う一方、脳裏に浮かぶのは何故かルークスのことで。

 ――あいつキレたりしないだろうな。

 それより泣くかもしない。しかし泣きながら我慢するような気もした。

 どれだけつれない態度をされても、少し寂しそうな目をするだけで怒りもしない。しかしひたすらまっすぐな愛情を向けてくる。

 バカバカしいと思いながらも少しずつ絆されていく自分が一番単純なのかもしれない、なんて自嘲的な考えが頭をよぎった。

「メルト君……」
 
 絶世の美少年に迫られ、我に返る。

「しゅ、シュレ? 少し落ち着けよ」

 別にキスくらいと思わないこともないが、だとしてもやはり生粋の女好きとしては例え見た目が美少女のようでも抵抗があった。

 だがよくよく考えれば、不可抗力とはいえすでにルークスとは数回口付けているのだが。
 そこのところの矛盾に気付くほど冷静ではない。

「お願い、ちょっとだけ」
「さすがにマズイだろ」
「メルト君は僕とキスするのがそんなに嫌なの?」
「いやいやいや! 嫌とかそういう事より、そんなことしたらあの馬野郎に殺され……」

 その時だった。

「賢明な判断だな、メルト・セルウス。しかし誇り高きケンタロス族を馬野郎とは、いささか軽口が過ぎるんじゃねぇか」
「!!」

 音もなく現れた男の低い声に、メルトの背筋がゾッとなる。
 視線だけぎこちなく動かしたのは本能だ。蛇に睨まれた蛙、というのはこういう事なんじゃないかと思うくらいの重圧。

「ふぇ、フェルス……」
「人の嫁となかなかいい雰囲気になってんじゃねぇか」

 眉ひとつ動かさない表情。しかし確実に怒っているのがたたずまいで理解できるのが尚更恐ろしい。
 それもそのはず。

 シュレの下半身は足首までさげられた下着。つまり子どものような無毛の半身はさらけ出され、さらに跪いた状態のメルトに抱きつかんばかりに迫っているのだから。

 傍から見れば濃厚な絡み合いである。

「か、勘違いするなよ! オレはなんにもしてないからな」
「メルト君、キスしてよぉ」
「うわぁぁぁっ!? 火に油を注ぐな!!!」

 いくら弁解しようにもシュレのこの発言ですべて台無し。

「テメェ」
「ひっ!」

 ――こ、殺される。

 本気の殺気立った様子に悲鳴をあげるも。

「……出ていけ」
「へ?」

 予想外の一言。
 だが首を傾げるヒマもなく。

「馬野郎の足で蹴り出されてぇのか?」
「っ、わ! 分かったから、出ていくから!!」

 ドスの効いた脅し文句に慌ててドアに向かって駆けだす。

「近くにある酒場で待ってろ、一時間ほどで合流する」
「あ、ああ」
 
 逃げるように部屋をあとにしたメルトの背中にかけられた言葉に、コクコクとうなずく。

 そして素っ気なく閉じられたドアの向こうからは何故か、艶めかしい声と衣擦れが聞こえてきてメルトは思い切り顔をしかめたのだった。
 










 



 

 







 



 
 
 

 
 



 

 




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