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聖女誘拐と異形の神1
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聖女の口付けは加護と祝福の象徴。
しかしその純血を散らしてはいけない。なぜなら……。
「メルトはこれで良かったのかよ」
ルークスが不貞腐れたように言う。
「さあな」
しかし当の本人は心ここに在らずだ。
――人質……これも聖女とかいうもののせいか。
まったく自分が何者かよく分からなくなる。
過去の事から自分に魔力があることは理解していたが、それだってあの日からは使うことすら出来ない。
恐らくこれが魔力を封じられたということだろうが、その実感すらなかった。
「そりゃあ俺があの二人にお前を探すの手伝ってくれって頼んだけどさ」
立ち止まり地面に視線を落とす。
「だからってお前がそんな危ない橋を渡らさられるようなこと……」
「ルークス」
「ごめんな、俺のせいだ」
唇を噛みしめて痛みをこらえるような表情の彼を見て、メルトは首を横に振る。
「別にアンタのせいじゃない。むしろ彼らが来てくれたのは感謝している。もちろん、その助けを呼んでくれたアンタにもな」
「メルト……」
「辛気臭い顔するなよ。あの場であのクソ野郎どもに輪姦されてたら、それこそ悲惨だったんだから。不幸中の幸いさ」
「そんなこと、考えたくもねえよ。お前が服を脱がされたってだけで俺はショックだったんだからな」
「あー。服を、ね」
それどころか身体中弄られてイかされたが、それを口にするとなんだか激昂するか号泣するかしそうだから辞めておいた。
どうもこの男は感情の起伏が大きいのかもしれない。最初の印象とは少し違うのが興味深くなってくる。
「それにしても最悪だ。せっかくアンナちゃんからプレゼントしてもらった服なのになァ」
「服なんて、今度は俺が選んで買ってやるから良いじゃん」
「あ?」
不貞腐れた様子の声と顔。
「今は金あんまり無いけどさ。俺だって……」
「なに張り合ってるんだ。っていうか、なんかさっきからおかしいぞ、ルークス」
どうも引っかかる物言い。まさかと思って問いただすと。
「アンナはともかく、他の男から手渡される服を着るお前を見るのがなんか嫌だったし悔しかった」
でも自分ではそれすらしてやれない、と続ける彼を呆然と見つめる。
――変なやつ。
深刻そうな顔で言うことか、と内心は呆れ返っていたが不思議と不快ではない。むしろ。
「じゃあ、もっと二人で仕事がんばらないとな」
「え?」
「稼いでくれるんだろ、オレのために」
ひどくいじらしくなって手を伸ばす。
なんだか犬みたいだと思いながらも、ワシワシと赤髪の頭を撫で回した。
「!」
「いつまでしょぼくれたツラしてんだよ」
本当に表情がよく変わる男である。最初はそれが鬱陶しい、それどころか興味すらなかったのが少しずつ変わってきた自分に驚いていた。
「じゃあ尚更。あの話受けるか」
あの話、とはフェルスとのことである。
『国外へ亡命させてやろうか』
彼はそう持ちかけてきた。
この国にいれば賞金をかけられた追われる身。そもそも今までの数日間、なんのトラブルもなく街中を歩けていたことが不思議だったのだが。その謎もすぐに解けた。
エルが最初にルークスに渡したネックレス。これには目くらましの魔法効果も付与されていた。
完全に透明化するといった強力なものでなく、特定の存在をそういったモノと認識しづらくする。
端的に言えば周囲は彼のことを賞金首メルト・セルウスでなく、単なる旅人の青年だと認識していたのだ。
しかしあくまでネックレスの効果範囲内だけ。
つまりあの時、彼の元から離れたせいですぐに捕まりあのような事態になった。
ちなみにシュレも同じネックレスを持っており、だからあのように人混みをなんの注目もされず歩けたという。
「でもお前を人質にして交渉するなんていくら何でも……」
ルークスは眉間にシワを寄せた。
そこで関わってくるのが、メルトが聖女という事実である。
そもそも聖女とはなにか。
『聖女がいるのは、なにもこの国だけではない』
巫女や神女、または聖乙女などその呼び名は国によって様々だ。
共通するのは彼女らが持つ加護の力と高い魔力。
攻撃魔法には特化こそしていないが、この魔法が一般化された世界においては貴重な国の防御なのである。
……そんな聖女達が次々と失踪する事件が多発しているのだとか。
『俺は我が祖国の王の命令にて、この事件の調査をしている』
もちろん極秘の任務である故に表向きは各地に存在する古代幻想神話、ヴィトゥム神話を痕跡を辿る歴史学者としてだが。
『結果、この国に真相の手がかりがある事がわかったわけだ』
フェルスの厳しい眼差しを思い出す。
『メルト・セルウス、お前にはその身を張ってでも協力してもらう』
彼が言うにはこの聖女誘拐事件には、国ぐるみの組織が絡んでいるのだとか。そこでまずもう一つ、現在起きている異変。
「あの変な魔物……覚えているか」
ふと、神妙な面持ちでルークスが口を開く。
「え? ああ。やたら気持ち悪い蜘蛛人間みたいなやつだろ」
この前、森に入った時に現れた巨大な魔獣。見たことも聞いたこともない異形の姿はまさにヴィトゥム神話の邪神そのものであった。
「あれから俺も少し気になって元同業者っつーか、知り合いに聞いてみたんだけどな」
最近、今まで見たこともない姿の魔獣達が度々目撃されているという。
幸いそれらが害を成したのは二度ほど。だが不可解だったのが。
「その後に軍服を着た奴らがぞろぞろと出てきて、街の一部に規制線張ってなにやら調べ始めたんだと」
その中には勲章の沢山ついた者から国お抱えの魔導師や魔法使い、聖女達まで。それはもう物々しい空気だったと。
「だから女子供は怖がっちまって、いまだに夜中は街の自警団が夜回りをしてるらしい」
あれだけの巨大魔獣、しかも神話上の邪神を体現したものが目撃されては不安や恐怖がつのるのも無理はない。
「フェルスはその事を知ってるんだろうか」
「そりゃ知ってるだろう。あの無愛想三白眼野郎が聖女誘拐とどう結びつけてるか知らないけどな」
「メルト、またそんな事を」
「ふん」
向こうがこちらを気に入らないのは分かっているし、どうしようもない。
シュレが間に入っているからどうにも喧嘩にならないだけで、互いに仲良しごっこをするつもりなど毛頭ないのだ。
「別に彼は俺たちを敵視してる訳じゃねぇと思うぞ。たしかに口は悪いけど」
「アンタじゃなくて、オレが嫌われてんだよ。そりゃあ恋人が愛玩奴隷だったなら、それを売買してた立場の奴隷商人を毛嫌いするのは不思議でも何でもない」
――だからこその人質なんだろ。
あの男が出した条件はとんでもないものだった。
『グリス家の奴らと交渉したい事があってな。その餌……いや人質として同行しろ』
よりにもよって、 一番会いたくない相手、自分に賞金を掛けている男の前に引き出されるなど。
「ま、いざとなったら大暴れして逃げ出せばいいんだしな!」
そう言ってあっけらかんと笑ってみせるが、なおもルークスの表情は暗い。
「ったく。いつまでしょぼくれてんだよ、脳筋のクセに」
「脳筋関係ないだろ。いや、脳筋じゃないけど」
後悔と自己嫌悪というやつか。それとも平穏で安定した生活を望んでいるはずなのに、そこからどんどん遠ざかっていく運命を嘆いているのか。
――どちらにせよアホらしい。
ここで考えるだけ無駄、というより足枷になる。ならば見て見ぬふりで突き進むしかないのだ。
そうやってがむしゃらに生きてきた。
「アンタってバカのくせに優しいんだよ」
辛そうな顔をされる方が心痛むのは何故だろう。
蔑まれた方がよほど楽だとメルトは思う。
「バカは余計だっての」
「はは、むくれるな」
我ながら急激な絆され方に内心戸惑っている。
しかし何度も助けられてはこうなるのも仕方ないのかもしれない。
――そうだ、これは恩義を感じているからで。
自分が女性以外とどうこうなることなんて考えたくもないのだから。
「とにかく今夜ゆっくり考えるさ」
色んな事が急すぎた。
未だに状況すら受け入れられていないのだ。
男の身体を持ちながら聖女の力を持っている。そしてその聖女の誘拐事件が近隣諸国で頻発しているという事実。
さらには異形の魔物の出没も、この事に関連しているのだろうか。
――かなりキナ臭いことになりそうだな。
漠然と、しかし確実に忍び寄る運命の渾沌とした渦を感じてメルトはそっと身震いした。
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