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奴隷の分際

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 気づけばそこにいた。

「っはぁ……、ぁ」

 見慣れた風景、港の船着場である。大きな船から次々と運び出されているのは、異国からの貿易品。
 いたる所で値段交渉の競売が行われている。

 そして。

「あ」

 鉄と木造りの檻がいくつも並ぶ区域に思わず足を止めた。

 中には無造作に入れられた肌の色様々な者たち。すなわち異国から連れてこられた奴隷だろう。
 皆一様に悲しげに目を伏せ、息をひそめるようにしていた。

「なんだお前、ここは部外者以外立ち入り禁止だぞ」
「!」

 後ろから勢いよく肩を掴まれ、弾かれたように振り返る。
 そこにはでっぷりと肥って髭を蓄えた中年男と、ガタイの良い上半身裸の男が立っていた。

「おや? どこかで見た顔だと思ったら、今や有名人のメルト・セルウス君じゃないか」
「あ、あんたは」

 絶句した。知った顔、しかもこの状況下で会いたくない者の一人だったからだ。

とあろう君が、こんなところで何をしているのかね」
「……離せ」
「おっと、暴れない方がいいぜ」

 中年男の手を払い除けようとすれば、上半身裸男に凄まれた。

「なんとまあ我々は運が良いことだな。賞金が掛かってる君とこうして鉢合わせる事が出来たのだから」
「賞金?」
「まさか知らなかったのか。お前にはグリス卿から多額の賞金がかけられてることを」

 男の言葉にメルトは苦々しく顔を歪めた。
 まさかここまでするとは。そんな事をしてまで執着されるのも気分が悪い。

「で、アンタらはこのオレを奴に突き出して小遣い稼ぎしようってことか」
「そりゃあもちろん」
「同業者のよしみで見逃してくれる、というのは――」
「残念ながらね」
「……チッ」

 だろうなとは思っていた。
 そもそもこの中年男とは同業者でこそあったが、仕事では互いにやり合った同士である。
 というか商売人というのは己に利益があれば多少の助け合いくらいはするが、基本は競争相手ライバルであるスタンスを崩さない者も多い。

 メルト自身がそれで、特にここでは余計な情けが自分の足を掬いかねないのだ。
 ただ、彼が目の前の人物に嫌悪を抱くのはその理由だけでなく。

「まあ年貢の納め時ってことだ。案外、
「っ、貴様!」

 一瞬だけ我を忘れて掴みかろうとする。が、当然後ろから羽交い締めにされて阻止された。
 それでも怒りで満ちた心は静まることなく。

「その名を口にするなッ……あの人を愚弄する気か、この卑怯者が!」

 それはかつて、この街に何も持たず逃げ出した自分を拾って匿ってくれた唯一の人。
 十ほど歳上の青年もまた、当時は駆けだしやり手の商人として身を起てようと奮起していた。

「アンタが殺したのは知ってんだッ、クソ野郎共! 平気で裏切りやがって!!」
「おお怖い。ふふん、そんな昔のこと忘れちまったよ」

 メルトの必死の糾弾にも、男は懐から葉巻を出す余裕綽々だ。
 
「おい、火。気が効かねェな」
「すみません」

 上半身裸男がサッと葉巻に火をつける。
 気分良さそうに吸う。

「ま、お前にはこんな男臭い商売よりもっと向いたモノがあるってことさ」
「……」
「どうせ売ってきたのは奴隷女ばかりじゃないだろう? なあ」
「さ、触るな」

 きっちり着込まれた服の首元を肥った指がなぞる。
 ぞぞぞ、と背筋があわだつのが分かった。

「そういやお前は男娼は扱わなかったんだっけなぁ。なかなか需要はあるんだがね」
「ふん、男のケツに執着する気色悪いド変態相手になんて商売なんてできるかよ」
「へぇ?」
「!」

 グッと距離を詰めた男に尻を揉まれ、メルトは息をつめる。
 その反応すらニヤニヤと見下ろす彼らに殺したいくらいの怒りがわいた。

初心うぶな反応も計算か、それとも天然かね。どちらにせよこのまま引き渡すのは惜しいな」
「なっ……」

 あからさまな視線と言葉。葉巻の煙を顔にかけられ不快極まりない。

「少し味見をするくらいならバチは当たらないだろう」
「このっ、腐れ外道! 変態!!」

 ――それだけは。

 嬲り物される。周りにある檻の中の女たちのように扱われる。
 絶望感と焦りに顔面蒼白になっていたらしい。

「青くなって震えているな」
「ひっ……や、やだ……」

 ――こんなこと、オレが、されるなんて。

 昨晩の悪夢もあるのだろう。足が震えて力が入らなくなった。
 後ろから抱きかかえられる形で辛うじて崩れ落ちずにすむ形だ。しかもたくさんある檻の中から静かに注がれる視線も彼を惨めな思いにさせる。

 ――くそっ、見るな。見てんじゃねぇよ!!

 惨めで仕方ない。必死に手を汚しながらも生きてきたのにこの結末なんて。
 叫び出したいのを抑えながら、メルトはこの場を切り抜ける策ばかりを考えた。

「ここでひん剥いてやってもいいが見つかると厄介だな。よし、倉庫まで運べ」
「へい」

 男の言葉と同時に、まるで荷物のように軽々と抱えあげられる。

「離しやがれ!」
「暴れるなよ。それとももっと大勢に相手して欲しいのか?」
「っ、な、何を言ってる」

 これから起こる事を否応なしにも自覚させられて、奥歯を食いしばった。

「なあに。お前が初めてでもそうでなくても、ちゃんと感じさせてやるよ。それこそはそろってる」
「ボス、あまり傷をつけるのは……」
「口をつつしめ。グリス卿にお届けする前のちょっとした躾だ」

 上半身裸男にぴしゃりと言い放ってから、彼はメルトの尻を背中をこれみよがしに撫で回す。

「せいぜい可愛くくんだな、メルト・セルウス」

 絶体絶命とはまさにこの事。いくら足をバタつかせて暴れてもビクともしないのは体格差からいって明らかで。

「やめろっ。そうだ、こ、交渉しろ! 金なら……」
 
 ないのだ。
 なにもない。持たない者は搾取される、簡単な法則。
 しかもただでさえ良く思われていない相手なのだから、応じられるわけがない。
 だとすればあとは。

「行くぞ」
「へい」

 ――ルークス

 ふと浮かんだ名前。
 決して口には出さなかったが、伏せた瞼の裏に浮かんだのは困ったように笑う赤髪の青年。

『一緒に幸せになりたい』

 そんな声が今更ながら脳裏によみがえる。

 ――無理なこと。

 男と一緒になるなんて真っ平御免だが、もし親友ともや家族に準ずる形であればあるいは。
 なんて夢物語のような事を想いながら、メルトは己の頬にツーっと流れるものを感じていた。



 

 


 
 
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