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ペット探しの簡単なお仕事です

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「で、そのペットとやらの特徴は」

 街を歩きながら訊ねた。

「ええっと、足が速くてな……」

 金持ちのペット探しという退屈極まりないだろう仕事のことを考えてか、ルークスの声は歯切れが悪い。
 
「あと毛が部分的に生えてて」
「それだけじゃわかんないだろ」
「足が異様に瞬足……」
「それさっきも言った」
「あと耳があるんだ」
「耳、ねぇ。ってさっきからなんなんだ!」

 まったく要領を得ない言い方についにしびれを切らして声を荒らげる。

「毛が生えてて足がはやい、んでもって耳がある生き物なんざ腐るほどいるっていってんだろ。具体的に言えッ、具体的に!!!」
「具体的にって言ったって……」
「ええいっ、まどろっこしい!」
「ちょっ!?」

 彼が手にした依頼書をひったくって広げて見た。
 なにやらワーワー言っているが聞かぬ振りだ。

「なになに、ええっと。あー、あの成金野郎じゃん。ウチの顧客の一人だったけど最近ご無沙汰で――って、はぁぁ!?」

 そこには驚くべき文言が。

【ペットの種族、獣人亜種。特徴は褐色の肌とウサギの耳、オス型】

「なんだその生き物!? つーか、ペットというか完全なる愛玩奴隷じゃないのかこれ」

 獣人というのはたしかに存在する。
 先祖はその名の通り、人型種とそれ以外の者との混血なのだが今ではひとつの種族として確立されてるいるモノもある。

 だが。

「それにしてもウサギ耳獣人なんて見たことないな、どこのバニーガールかってんだよ」

 趣味の悪いコスプレじゃあるまいしと顔をしかめていると、ふとあるウワサを思い出す。

「まさか……合成型キメラ獣人か」

 安酒場での与太話だと思っていた。
 人間の容姿に獣や他の魔獣の要素を組み合わせた生き物を愛玩用として開発、そして繁殖させる試みがとある怪しげな組織でされているらしい。
 
 人間にはない愛らしい耳や羽、身体の形状をあわせもつそれは金のある好事家こうずかたちにとってはたまらないだろう。
 
「実際にいたとはな」

 当時は良い商売にはなりそうだと思ったが、あくまで眉唾物だなと疑っていたのだ。
 それくらい荒唐無稽な話しだったし、聞いた相手が安酒で酔っ払っている同業者なのだから。
 
「だとしてもウサギの耳の男って、誰得なのかね」

 世の中の変態共の性癖はよく分からんと頭をひねる。
 しかしそんなことより。

「こんなのどうやって探すんだよ。だいたい、特徴がこればかりじゃなあ」

 一番目立つ耳だって、フードでもかぶればどこの街にでもいる旅人と変わらない。
 森の中で小型の魔獣を倒しまくるよりある意味面倒な仕事なのだ。

「それに、こういうのってアンタの専門じゃないんだろ」
「実はそうなんだよなぁ……」

 弱りきったといった様子で頭をかくルークスを横目で軽く睨めつける。

「安請け合いしやがって」
「でも婆さんの頼みだし、それに」
 
 少し言葉を切ってから。

「これで報酬たくさん手に入れたら、お前をこの国から出してやれるだろ」
「あ?」
「で、出来ればっ、俺も一緒になりたいっていうか。その、一緒に幸せになりたいというか」
「アンタなぁ」

 髪の色に負けず劣らず、顔を真っ赤にして言うことに呆れるやら驚くやら。

 ――まだそんなこと言うのか。

 冗談や気まぐれで口説くようなやつだとは思っていなかったが、それでもよくもまあツレない相手をそこまで想えるものだ。

「あーはいはい」
「俺は本気だぞ!」

 さすがにムッとした様子で肩を掴んできた手をすげなく払う。

「バカ言ってるヒマあるんなら、仕事のこと考えな。アホ冒険者」

 どうせこの男だって似たようなものだ。というか男も女も、すべからく人間なんてそんなもの。
 己の欲のために動く。そのために甘い言葉なんて平気で吐くのを惜しまない。むしろ金がかかってないだけ安上がりなものだ。
 
 ――そういえば。

 娼婦に一目惚れしただかで入れあげたバカがいたのを思い出す。
 その男は若くてさらに金もない。メルトとしても完全に客では無い者だった。だから警戒していたのだ。

『僕はこの女性ひとを愛している!』

 そう喚きながらその女を払い下げた高級娼館の用心棒達に取り押さえられていたのを見たことがある。

『それならアンタが買い取ってやればいい。まあ、うちは即金だから分割効かないけどね』

 そう言ってやれば憎しみのこもったような、それでいて悲しげに睨まれた。

『君には、分からないんだ。恋焦がれるという感情が』

 理解してやる気にもならなかった。
 愛してる愛してると雄弁なわりには、女を手に入れるための金さえ用意できない。ひ弱で情けない男だと軽蔑さえした。

 だから言ってやったのだ。

『文句がありゃあ、強盗でも詐欺でも、なんでもして金つくればいいじゃん。愛してんなら安いもんだろ、お前さんの愛ってのがどれくらいのモノなのか興味はないよ。でも金さえ持ってくればオレの客になれるのは確実だね』

 こんな貧弱な男になんて無理だと思っていた。
 惚れただの愛してるだののたまう奴の多くは結局、口先だけだ。綺麗だの美しいという美辞麗句も同じこと。
 たまに何をトチ狂ったのか、商人である自分を口説いてくる者もいたがそれらはすべて張り付いた笑みと雇った用心棒で撃退した。

 金さえあればこういうことも出来た。
 今までは。

「とりあえず地味に情報収集くらいしか思いつかないな。まず、適当にそこらの酒場入って……」
「なあ、メルト」
「うるさいな、今考えてんだよ。脳筋は黙ってろ」

 こうなったら意地でもそのペットとやらを探し出して、大金せしめてやろうと頭を巡らせる。

「うーん……でも、今のオレがあまり大っぴらに動くのも……そもそも、逃走経路などの情報が分からないんだよなぁ……あの成金野郎の屋敷のセキュリティはなかなかのモノだったし……」
「メルト、あのさ」
「もしかして単独で脱走したわけじゃなく、連れ出したヤツがいたとか? すると誘拐って可能性もあるよな。でも……」
「なあってば、聞いてくれよ」
「だぁぁぁっ! やかましい!!! さっきからなんなんだよっ、気が散るわ!」

 ブツブツ独り言つぶやきながらも考え込んでいるというのに、横からちょいちょい話しかけてくるルークスを噛みつかんばかりの顔で怒鳴りつける。
 だが彼はいたって平然と。

「いやさ。
「あ?」

 指さされた方向を見る。

「!?」

 思わず目を見開いた。

「なんかそれっぽくないか?」
「……」

 それっぽいどころじゃない。

 小柄な体格の男、いや少年が俯きがちに大通りを歩いていた。
 褐色の肌に肩までのばした黒髪、その頭部についているのは長い耳。白くフサフサとした少し垂れ気味の特徴的なものだったのだ。

「そ、そんなバカな」

 ものの数秒で見つけてしまった。しかもフードや帽子もろくにかぶっていないのに、誰一人として注視してないのだ。
 
 猫、狼のような耳やしっぽを持った種族は珍しくない。しかしウサギ型はそうそういないだろう。
 なのに普通に繁華街を歩いている。

「すげぇ。案外すぐみつかるもんだなぁ、って痛っ!?」

 呑気に言うルークスの脇腹を腹立ちまぎれに小突いて、メルトはじっとその人物を目で追った。

「こうもよく白昼堂々と……おい尾行するぞ」
「え? あ、ああ」

 これはあるチャンスだ。相手は細腕の少年が一人、もし路地裏にでも行けばそのまま確保することも可能だろう。
 
 ルークスを腕を引きながら、人の波の中をひたすら進むことにした。
 
「お、おい」
「ちゃんとついてこいよ。はぐれたらオレ一人の手柄にしてやるからな」
「……」

 なにやら焦ったような困ったような声がしたが軽くいなす。それより尾行に気付かれたのか、少年が一瞬立ち止まってやおらにキョロキョロと辺りを見渡し始めて焦る。

 ――取り逃してたまるか。

 そして突然、足を早めた相手の後をついていくことにした。
 前をゆっくりと引かれる荷車を煩わしく思いながら、右手に掴んだルークスの手だけは離さず小走りに追い抜く。
 
「チッ」

 人通りはどんどん多くなる。
 なにせここは王都でこそないが、経済と交易の中枢。港や市場が近いこともあって、商人だけでなく観光客だって溢れかえっている。

「……メルト」

 なにやら言いたげに声をかけられるが、むしろ早く来いと強く腕を引いた。
 一瞬、ルークスが息をのんだようだがそれにも気づかず夢中で突き進む。

「一体どこへいくつもりだ?」

 やはり国外逃亡だろうか。だとすれば非常にまずい。船にでも乗られたらかなり厄介なのだ。
 しかし不思議なのが、相変わらずあの目立つ見た目に誰も気を止めないこと。
 
 ――そろそろ捕まえないと。

 あと少し。大きく歩を進めた時だった。

「カロム様!」

 少年が小さく叫んだ。
 途端、横からぬっと大きな腕が伸びてその華奢な身体を絡めるように包んだのだ。

 あっという間の出来事にメルトは足を止めてぽかんとした。

「えっ」

 全くの想定外。

 周りは人ばかりでなく、荷車や馬やロバ。そして馬型の獣人もいた。
 
 ケンタウロス、半人半馬の種族。祖先は神の子であるという異国の神話さえある人間より歴史の深い一族なのだが。

 姿形こそ似ているが家畜の馬などよりその社会地位は高い。
 なぜなら人間やエルフ、他の獣人の奴隷は掃いて捨てるほどいるがケンタウロスの奴隷はほとんど存在しないのだ。

 むしろ富裕層が多いということで、メルトもかつて客先の社交界パーティではでケンタウロスを見かけることが多かった。

「!」

 そのケンタウロスはまだ若いようだ。
 上半身は質の良さそうな服に身を包み、半獣の少年を背にのせて微笑んでいる。

「カロム様、お待たせしてごめんなさい」

 彼が甘え声で言って首に抱きつくと。

「いや私こそ早く君に会いたかった」

 そこで二人は熱いキスを交わす。人目もはばからず、大胆なことに。

「なっ……!?」

 メルトが思わず顔を伏せるほどに、それは深く艶めかしく情熱的な光景だったのだ。

「んぅっ、ぁ……ふ……ぅ」

 ――な、なんなんだコイツら!!!!

 なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまい、慌ててルークスを振り返った。すると。

「あ」

 またしても唖然。
 なんと、メルトの腕がしっかりと彼の腕や身体にからみついていたからだ。
 つまりずっと、恋人同士のような格好でこの男に抱きつく形で尾行していたということのようで。

「い、いや……俺だって驚いたんだけどさ? お前、聞いてくれねぇし……」

 己の無意識の行動にショックを隠しきれないメルトに、ルークスもしどろもどろで返す。しかしこの言葉が彼にトドメをさしたようで。

「こっ、この破廉恥ハレンチ男ッ!」

 恥ずかしさとショックと苛立ちとでぐちゃぐちゃになって叫び、メルトは勢いよくその場から駆け出してしまったのだ。

「おい、メルト!?」

 ルークスの声なんて届かないし聞きたくもない。
 しかも何より彼を混乱させたのが濃厚な接吻の名残りか、恍惚とした表情のままの少年と目が合ったこと。

 なにやら意味ありげに笑っていたのだ。
 
 ――あんなガキまでバカにしやがって!

 品行方正、清廉な生き方をしてきた訳では無い。むしろその逆だ。
 なのにここ最近はどうもおかしい。
 
 ――たかがキスごときでっ……!

 目の前で痴態を見せつけられた処女おとめのような気分に、彼自身困惑する。
 
 人の波に逆らいながらメルトはただひたすら走った。止まってしまえばその場にしゃがみこんで耳を塞いでしまいそうだったからだ。

 
 
 
 

 
 
 
 





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