元奴隷商人は逃げ出したい

田中 乃那加

文字の大きさ
上 下
7 / 17

脳筋剣士と異形クエスト1

しおりを挟む
 いつもと違う――そう彼はつぶやいた。

「……」

 ぴり、と肌を刺すような空気は服越しでも痛いくらいで。
 思わず足を止めて黙り込んだメルトに、ルークスは手を差し出して笑ってみせた。

「大丈夫だ、行こう」
「うるさい」

 ビビっていると思われたのかとイラつきながら、その手を叩く。

「ったく素直じゃねえなあ」
「バカにしてんじゃないぞ、脳筋バカ童貞」
「どっ、どどど童貞!? 何言ってんだお前っ、童貞なわけないだろ!」

 あ、これは真性だと半目になるが鼻で笑ってやる。

「はいはい。童貞君、しっかりフォロー頼むぞ。オレは一般人だからな」
「だから違うっつーの!」

 ムキになって言い返してくるのが少し面白くなってきた。変に物分り良さそうな顔したり、カッコつけてくるよりよほどいい。

「で、オレはどうすりゃいいわけ」
「だからメルトは俺が――」
「男に守ってもらう趣味はないっての。それともアンタにはまだオレが女装趣味のカマ野郎にでも見えるワケ?」
「別にそんなこと言ってねぇよ。っていうか、なんでそんな喧嘩腰なんだよ」

 眉間にシワを寄せながらも眉を下げる表情は何となく犬っぽく見えた。

 ――ぜんっぜん可愛くねえけど。

 だいたい猫派だし、と内心吐き捨てながらルークスの言葉を無視して歩きだす。

「お、おい!」
「ほらグズグズしてたら日が暮れちまうんじゃないの」

 ようするに魔獣とやらを見つけてこの男にぶん殴らせれば良いのだ。そこから素材を捌いて身軽にして持ち帰る。

 聞いたところによるとその素材とやらは魔獣の角や爪、牙から採れるのだという。

「当然、転送魔法装置ムヴァギ・アルマくらい持ってるんだろうな」
「あー、それがなー……ええっと、その」

 メルトの問いかけに彼は頭をかく。何となくイヤな予感がした。

 ちなみに転送魔法装置ムヴァギ・アルマとは名の通り、体積の大きさ関係なく瞬間的に物を別場所に転送する高度な魔法機器のこと。

 あらかじめその場所を指定することで、たとえ巨大な獲物を捕獲した時も楽々と街に持ち帰り納品することができるのだ。
 これは冒険者のみならず、学者や商売人界隈でも使われる便利グッズのひとつだ。

 今どきこれを持たずして仕事をするのはありえない、それくらい常識的なものなのだが。

「まさかとは思うが、人力で運ぼうとか言い出さないよな?」
「!」
「ルークス?」
「なんとか、なるかなぁと」
「……」
「大丈夫っしょ、多分。なんとかな――」
「なるかクソボケぇぇぇッ!!!」

 今回の依頼が魔獣からの素材確保、しかも一体や二体どころではない。
 大量のそれをどうやって街まで運搬するのかという問題が出てくるのだ。

 そこでこの世界には魔法という動力が存在する。
 
 魔法を単独で使うだけでなく、その力を精密な機械と融合させ効果を増幅させる技術開発を我が国は進めてきた。

 魔法武器や魔法装備、あとは転送魔法装置などである。

「どういうつもりだ」
「い、いや。別になんの対策もしてなかったわけじゃなくてな。ほら、こんなのもあるぞ!」

 ゴソゴソと出してきたのは、手のひらサイズの巾着袋みたいなもの。

「よしっ、見てろよ」

 それを勢いよく地面に投げると、ポンッと軽快な音を立ててまるで小型テントのような形に膨らみ転がった。

結界広域領域機ビジェクト・テッツ!」

 ドヤ顔でこちらを振り返る様に、メルトのこめかみがヒクつく。しかし悲しいかなこの男は気づかない。
 なんせ鈍感だから。

「中古で買ったけどなかなか便利なんだぞ。ほらここを拠点にして結界内に獲物を置いておけば、ほかの奴らに荒らされることも無いし後で取りに行って……」
「だからっ、今どきそんなモノ使ってる奴いないだろ! てかなんだよそれ、いちいち採取してここに戻るつもりかよ!! つーか、それなりの準備くらい整えろよ。冒険者が聞いて呆れるわっ!!」
 
 ちなみにこれも魔法道具のひとつで、もっと原始的というかシンプルなものである。
 いわゆる結界付きテントで、ここに入れば魔獣から身を守れるといった簡易幕。
 ただそれだけ。
 しかも魔力が強く、知能の高い魔物種族にはあまり役に立たない。
 しょせんは初心者向けのキャンプグッズなのだ。

「いやあ、本当はあったんだけどさ。転送機は金が無くって売っちまったんだよなぁ」
「はぁぁぁ!?」

 すぐに粉砕してしまう武器代で首が回らず、働けど働けど極貧状態なのは本当のことらしい。
 メルトは思わず天を仰いだ。

「アンタ正真正銘のバカだ……」
「まあまあ、そんな落ち込むなって」
「誰のせいだと思ってんだッ、このバカ!!」
「そんなバカバカいわなくてもいいだろ」

 さすがにこうも怒鳴りつけられまくっては、ルークスも不貞腐れた顔をし始める。
 だがそんなこと構っていられない。

 ――今さら街に戻って準備なんて時間もない。

 グズグズしていたらすぐに日が暮れる。そして問題はお互いに金がないこと。
 街に戻ったとて、ろくな物資調達なんて期待できないだろう。

「くそっ」

 メルトはガシガシと頭を掻きむしってから。

「ないものは仕方ない。オレが解体するばらす
「へ?」

 解体、という言葉にルークスの顔に疑問符が浮かぶ。
 
「角と牙と。ええっと爪だっけか。じゃあ、首切り落としてあとは必要ヶ所が少々ってとこだな」
「ちょっ、え? い、意味わかんないだけど!?」
「うるさい。とりあえずこのナイフで切り取るって言ってんだよ、バカ」
「またバカバカ言う……」
「最初にアンタを解体してやろうか」
「す、すんません」

 あの修理屋からくすねてきたナイフを手に凄めば、ルークスは肩をすくめた。

「でもそんなことメルトに出来るのか」
「あ?」
「だってお前……そんな……」
「ンだよ。ハッキリいいやがれ、脳筋」

 鼻の頭と眉間にシワを寄せる。

「い、いや。そんな綺麗な手を魔獣の血肉で汚すとか……ちょっとアレかなーって」
「アンタなぁ」

 今度は呆れ返った。まだこの男は勘違いしているのか。

「オレは今までもずっとこの手を汚してきたんだ。手だけじゃない、商売柄も散々酷いことやってきたさ。アンタがオレに対してどんな幻想抱いてんの知らんが、今さらカマトトぶるつもりなんて毛頭ないからな」

 そう。人を殺した事こそないものの、それに近い罪は犯してきた。
 クズしかいない裏の道で、汚い金のために他人を売って生計たててきた人間だ。恐喝や恫喝、詐欺まがいの手口を使ったことすらある。

 すべてが変わるためだった。

「今度オレを世間知らず扱いしたら、マジでぶん殴るからな」
「別にそんなつもりじゃ……」
「分かったら行くぞ、脳筋バカ」

 なにか言いたげな彼に吐き捨てるように言い、メルトはまた森を歩き出す。

 相変わらず陽の光が少しずつしか入らぬ森はどんよりと薄暗い。
 こころなしか息苦しさもあり、唇を噛み締めた。

「待て!」

 追ってくる足音と同時、ふいに肩をつかまれる。

「!?」
 
 反動で仰け反り後ずさった瞬間だった。

「!」

 さっきまで立っていた場所に、ドスッと鋭い音を立ててなにかが刺さったのだ。

 なんだこれは、と口を開くヒマもない。

「走れッ!!!」
「っ、えぇ!?」

 手を引き全速力で駆け出すルークス。もはや引きずられるこのように、こちらも走り出す。

「なんだ今の!」
「いいから急げっ、やばいぞ!!」

 そこから先はもう必死だった。
 
「っ……はぁ、ぁ……っく」

 上がる息。背後を追いかけるようになにか飛んでくる。またそれをかいくぐり走る。
 目の端にうつったのは地面に刺さった幾本ものとげ。ゾッとするほど鋭利であった。

「くそ、まさか本当に……っ」

 忌々しげに吐き捨てながらルークスはちらりと振り返る。

「な、なんなんだ一体」

 確かに森の中には魔獣の一つや二ついるだろう。グロテスクとも言える動植物も、人里離れた陰鬱な森林の中では自由に繁殖しているのは当たり前だ。

 しかしこんな物騒な棘を持つ生き物など、今まで見たことも聞いた事もない。
 降り注ぐ攻撃が少し止んだのだろう、二人は息を弾ませながら立ち止まり本体を見た。

「ラナートルアム。そうだな……手っ取り早く言えば、蜘蛛のバケモノか」

 神話やおとぎ話というのはどこの世界にもある。中でも唯一に近く、どの国でも広く伝わっている古代幻想世界。
 それがヴィトゥム神話である。

 起源などはっきとと示されてはいない。とある一冊の古書の発見で、この神話は人々の目に触れることとなった。

 古代に異界からやってきた異形の神々によってもたらされる恐怖や厄災などが、緻密ちみつかつ凄惨に描かれた数百ページに人々は驚愕する。

 狂人の妄想と一笑してしまうにしても、恐ろしくリアリティに溢れた文章。
 でてくるのも美しく華やかな神や天使、そして魅惑的な悪魔ばかりの従来の神話と違い。おどろおどろしく、醜悪危険極まりない存在ばかりなのだ。

 現に二人の目の前にそびえているのは見上げるほどの巨大蜘蛛、に半身には人らしき肉体をもつ怪物だった。
 らしき、とは灰色の上半身は奇妙なことにグズグズに溶けていたから。
 口も目も鼻も明確にはなく、男か女かも判別つかない。よく耳をすませば、キュルキュルという小さな奇声を発していた。

「でもあんなの単なるおとぎ話だろ。実際に生息してるのか!?」
「……俺にもわからん。だが、もそうだった」

 額に汗を滲ませながら、ルークスは剣をかまえた。

「あの棘はかなり危険だろう、気をつけろ」

 突き立てられた地面は数センチほど赤黒く変色しており、おそらく猛毒が含まれているのだろう。
 
「メルト、お前は逃げるんだ。振り返るなよ」
「……は?」

 騎士ナイト気取りかとムッとしたが、一方で別の思考も頭をもたげる。

 ――このまま逃げ出せば。

 金も何もないが、とりあえずあの修理屋の女店主さえなんとかすれば良いチャンスになるのではないか。
 少なくともここで役に立つようなスキルが何も無い自分が、一体どんな戦力になるというのだ。

 それならこのこの世で一番嫌いなタイプである、この正義感ぶった脳筋剣士を置いて逃げたって何の問題もないだろう。

 ここでこんな未知のバケモノの餌食にされて男と心中だなんて真っ平御免だった。

「あ、ああ…………そうか?」

 そろりと後ずさる。
 そうだ逃げればいい。そうすれば助かるかもしれない。命は誰しも惜しいものだ。別に卑怯だとか最低だとか、誰も咎める者なんていないのだから。

 ――じゃあお言葉に甘えて。

 と未だ掴まれていた手をそっと解こうとした時だった。

「!」

 彼が一瞬だけこちらを見た。
 その口元は何故か微笑んでいる。顔は青ざめ、相変わらず冷や汗が滲んでいたというのに。

「……ルークス」

 だから血迷ったのだとメルトは自分に言い訳をする。
 そうでないと説明がつかない。

「バカにすんな」
「えっ」

 離しかけた手を再び強く握りしめ叫ぶ。

「いいからそのバケモノ倒してこい、じゃないと解体ばらせないだろ!!」
「お、おま……何言って……」
「オレがアンタを見捨てて逃げるような卑怯者に見えんのかって言ってんだこの脳筋バカ野郎!」
「メルト……」

 みるみるうちに彼の両目から涙の粒が。

「おい、泣くなアホ!」
「だって……俺……メルトがなんかすごく優しいから……うぅ……」
「いや。これじゃあオレが常にヒドイやつみたいだろ、ってまあ別に善人でもないが」

 一体どこにそこまで感涙する要素があったのかとメルトには理解出来なかったが。とりあえず腰に刺したおおよそ剣には見えぬ剣に触れてから、彼の目を見つめて行った。

「いいか。あの気色悪ぃバケモノを思い切りぶちのめしてこい、ルークス」

 ――そして一刻も早くこの国から脱出させてくれ。

 そのためにはここを生き残らねばならない。

「分かった、メルト」
「へ?」

 次の瞬間力強く抱きしめられた。そして。

「~~~っ!?!?!?」

 唇に押し付けられた柔らかなモノ。
 それは一瞬。でもちゅ、と小さなリップ音が耳に残った。

「あ、アンタ、なに、を……」

 大きく目を見開き口をパクパクさせているのを尻目に、ルークスは満面の笑みでうなずいた。

「いってくる」

 それを合図にするかのように風がひときわ大きく吹き、木々を揺らす。

「っ!」

 彼はこちらに背を向け駆け出す。
 異形の魔獣へと一直線に飛びかかったのだ。







 

 



 

 



 


 

 

 


 

 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。

夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。 キャラクター シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目 ユーノ…20代後半 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm 頭…中年 盗賊団のトップ 188cm ゴラン…20代後半 竜使い 172cm

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

成長を見守っていた王子様が結婚するので大人になったなとしみじみしていたら結婚相手が自分だった

みたこ
BL
年の離れた友人として接していた王子様となぜか結婚することになったおじさんの話です。

姫を拐ったはずが勇者を拐ってしまった魔王

ミクリ21
BL
姫が拐われた! ……と思って慌てた皆は、姫が無事なのをみて安心する。 しかし、魔王は確かに誰かを拐っていった。 誰が拐われたのかを調べる皆。 一方魔王は? 「姫じゃなくて勇者なんだが」 「え?」 姫を拐ったはずが、勇者を拐ったのだった!?

処理中です...