シンデレラ♂はハッピーエンドは望んでいない

田中 乃那加

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フレンチ・キスと幼き約束

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※※※


 薔薇が咲きほこる、緑の庭園。
 こだわりの造形に整えられた植木も品の良い装飾も。
 いっかいの貴族としては、あまりにも
 
「なぁ。お前」
「!」

 大人たちのお茶会が退屈過ぎた僕は、すぐに抜け出した。
 ヘンテコな形の木を見つけ、そこに腰を下ろす。
 大人ってへんなの。あんなのが楽しいなんて。ニコニコして、美味しくもない色と匂いだけが強い紅茶とベタベタしたお菓子を頬張ってさ。
 ――そんなワケで。イヤになった僕が隠れていると、ぬっと現れた影。

「えっ、なに……?」

 僕より頭ふたつ分くらい大きな背に、まずビビる。
 そして次におどろいたのが。

「お前。キレイだな」
「へ?」

 大きな影。いや、年上の男の子が口を開いた。
 親友のメイソンより少し低い声。大人の男の声だって、彼は言ってたっけ。声変わり、とも。よく分かんないけど、少しうらやましくなった。

「キレイだ」
 
 また彼は言う。
 キレイって、なにが? キレイなら、彼のほうがキレイだ。
 ほら、お人形さんみたい。
 フサフサとした睫毛まつげは、マッチ棒が何本乗るだろう。上を向いてないスっとした鼻は、従姉妹のキャサリンが地団駄ふんで悔しがるだろう。
 あの子は欲しいものがあると、すぐに駄々をこねるんだもの。僕、いっしょに遊ぶの苦手なんだ。

「おい」

 あ、しまった。ついついボーッとしちゃって。怒ったかな、この子。なんかジッと僕をみてるけど。

「あの……」
「その髪は甘いのか」
「か、髪?」

 気がつけば、彼は僕の隣にすわっていた。
 肩がくっつくくらいに近い。キラキラとしたエメラルドグリーンの瞳がよく見える。

「ハチミツみたいな色だ」
「あ、これ」

 お母様に似たこの髪は僕の数少ない自慢だ。
 とても可愛くて優しい。大好きな、お母様とおそろいなんて素敵でしょう?
 これを褒められると、うれしくてふにゃふにゃってなっちゃう。

「お前のカワイイ顔に、とても良く似合う」
「か、カワイイ?」

 これもね。お母様に似てるねっていわれるんだ。それがうれしくって誇らしくって……あれ? なんでこんなに距離近いの、この子。

「欲しい」
「えぇー?」

 困るなぁ。だって丸刈りにされたら、泣いちゃうし。でも人の髪の毛なんて、いらないと思うけど。
 それに。

「君の瞳もキレイだよ?」

 そう、宝石みたいな。思わず手を伸ばしたくなっちゃうくらいに。
 でも触れる前に、指をからめ取られた。

「お前の目もアメジストみたいだ」
「あ、アメ……?」
「紫水晶、アメジストだ」

 ああ、お母様の部屋の宝石箱にも紫色のキレイな石の指輪があったかも。
 笑ってないのに優しい目で、彼はささやく。

「欲しいな」

 なにを、と口を開く前だった。

「あっ」

 やわらかい――それが一瞬思ったことで。あとは頭ん中が真っ白になる。
 
「う、んんっ!?」

 僕の口が食べられていた。
 いや、なんていうか。彼のふっくらとした唇が僕のを、むにゅって……ビックリして逃げようとしても離してくれない。
 
「ん~ッ!!!」

 息ができない、くるしい。そういいたいのに、ビクともしない身体を必死でたたく。
 口をはむはむと甘噛みされたと思ったら、なめまわされる。
 まるでおっきな犬みたいに、ぺろぺろと。

「んぁ……ふっ……ぅ」

 なんか変な気分になってきちゃう。酸欠だからかな。ぼうっとして、へんな、きもちいいような、こわいような、でも――。

「リチャード様ァァァッ!!!」

 頭の後ろから大声がひびいた。
 そしてドスドスッ、とものすごい足音が。

「リチャード様!」
「……うるせぇ」

 さすがに僕から唇を離した彼は、ボソリとつぶやいた。
 これ幸いと、あわてて身体の下から這い出す。

「んまーっ!? またそんな粗野な口調っ、マリアは悲しゅうございますっ!」

 かな切り声をあげるのは、女の人だった。
 若草色の服の上に、真っ白なエプロンが目を引く人。栗色の髪はきちんと引っ詰めで結われていて、キッとつり上がった目つきは僕の家庭教師のアイリーンにちょっぴり似てた。
 こっちの方が少しばかり、若いけど。

「チッ」
「こら! 今、舌打ちなさいましたね!? マリアの耳はごまかされませんわ」
「わかったわかった。やかましいのは御免だぜ」

 深いため息と共に、彼は肩をすくめて立ち上がる。
 僕ときたら。ようやく解放されたのに、妙にさびしくなっちゃって。

「き、君……」

 服のすそを、少しだけにぎってた。
 ほとんど無意識だったんだ。このまま行っちゃう、なんて思ったら思わず。
 でもそのあと、どう声をかけていいのか。分からなくて下を向く。
 ほとんど泣き出しそうな気分だった。

「ジェイミー」

 優しく呼ばれても、顔なんかあげられない。
 がディープキスっていうものなんだって。本当は知ってるから。
 メイドの子たちが言ってるのを聞いたんだ。
 誰々がしてたって。確かクリスマスの頃だっけ。ヤドリギの下で……もちろん、メイソンに訊ねてみたさ。

『ディープキスってなぁに』

 って。
 メイソンは僕より、たくさんの事を知ってるから。きっと知ってるって思ったんだ。
 でも少し困った顔をして。

『愛する人同士がするもので、したら結婚。赤ん坊もデキちまうんだぞ』

 だって言うもんだからビックリして。
 でもちょっぴり興味もあったから、隠れて見たことがあるんだ。
 お母様とお父様のを。
 ……とってもドキドキした。僕にする、おやすみのキスとは全然違う。
 なんかいっぱい音も聞こえるし、激しいし。どうにもガマンできなくて、逃げ出してしまうくらいに。
 そんな事を、僕はしちゃったんだ。名前も知らない男の子と。
 
「僕……あの……け、結婚……」

 結婚しなきゃダメなの? 赤ちゃんもデキちゃうの?
 僕、男の子なのに。このキレイな子の赤ちゃん、産むの?
 怖くて仕方ないハズなのに、なぜかフワフワしてドキドキして。もうなんだか分かんなくなってきた。
 
「僕……僕……ぼ、く……っ……」
「リチャード様。あなた、なんて事を――」
 
 怒った女の人の声なんて、少ししか聞こえない。
 僕はもう涙がとまらなくなっていた。
 しょっぱいものが口の端から入ってくるし、恥ずかしくて消えてしまいたい。

「ジェイミー、約束しよう」
「や、やく……そく?」

 頭の上を小さな手がおおう。
 ああ、撫でてくれたんだってわかった。すごくあったかくて、優しい。ぐちゃぐちゃな心が、少しだけやわらいだ気がする。

「俺と結婚するんだ」
「けっ、こん?」

 僕と彼がディープキスしちゃったから? お腹の中に赤ちゃんできるから?
 でも僕は。

「ぼく、男の子、だよ」

 そう男の子。お母様がいつも言ってた。

『可愛いお嫁さんをもらって、この家で幸せに暮らすのよ』

 って。だから、僕は彼と結婚なんて――。

「問題ない。とにかく俺は、お前を迎えに行く」

 エメラルドグリーンの瞳がみつめてくる。まるで魔法にかけられたみたいに、また頭がボーッとしてしまうんだ。
 
「わかるか。大人になったら、絶対にだ」

 彼が僕を? そしたら僕は。

「そしたらお前は、俺と結婚しないといけない。絶対に」
「ぜっ、たい……?」
「ああ。約束だぜ――っ、痛ぇッ!?」

 ゴチン! と音が聞こえて彼が頭を押さえて、うずくまる。

「なにすんだマリア!」
「リチャード様っ、ふざけるのも大概になさってくださいまし!!」
「ふざけてねぇ。俺は本気だ」
「だから余計にタチ悪いんですよーっ!!!」

 彼と女の人がギャイギャイと言い争いしてるのを、僕はただ呆然と眺めていた。

「僕が……彼と……」

 この綺麗な男の子と。
 恐る恐る、自分の人差し指を唇にあててみる。
 まだしっとり濡れていて、あたたかいような気がした。
 
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