シンデレラ♂はハッピーエンドは望んでいない

田中 乃那加

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謎の美丈夫と散髪の慕情

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「お前のこと、作りかえてやるぜ」
「いやいや……」

 変な言い方すんのやめろ。
 僕は振り向いて、男を睨みつける。

「本当にやるつもりかよ」
「ああ。観念しな、エラ」

 男の手には――はさみ。鋭利なそれを、真っ直ぐこちらに突きつけていた。
 どうでもいいけど。その名前で呼ぶなって何回もいってるのに、今度は口にしたらその腹に渾身の一髪をおみまいしてやろうかしら。

「おら、動くな」
「……」

 無理そうだ。服の上からでも、腹が割れてんの分かるしなァ。
 そういやコイツの服、めちゃくちゃパッツンパッツンじゃないか。なにこれ、こわい。

「いくぞ」

 僕は目をつぶった。

 ――ジャキン、と刃がこすれて切れる音。
 あとから妙な軽さとパラパラと落ちる感触。
 痛みなんて感じないハズなのに、思わず身をすくめてしまう。

「惜しいか……髪が」
「別に。だまってやれよ」

 そう僕は今、この男に髪を切られている。
 長くのばされた金髪を。

「俺は、少し惜しいかもな」

 男が残った髪に、意外と長い指を通す。

「はちみつ色の、甘そうで綺麗な色だ」
「うるさい」

 確かにその髪は、義姉達にもほめられたことがある。
 風呂に入れば、丁寧に洗われて櫛を入れるのは義母さんの役割。
 僕を使用人みたくこき使うクセに。その時の手つきは、妙に優しかった。
 あと、それを羨ましいっていいながら見ている義姉達にはビビってたけど (なんせめちゃくちゃコワイ顔でヨダレたらして見てるから) 

「ちゃんと手入れもされているな」
「だから黙って切れってば」

 散髪する、と言い出した時。僕は一も二もなくうなずいた。
 だってこれで完全に男に戻れる気がしたし、なにより風体が少しでも変われば逃げ出した時に有利だ。
 最初こそ、彼が僕を義母達のところへ連れていくのではと怯えたのだが。

「ここ、君の家か?」

 一見すれば森の中の小さい小屋だ。
 しかしその内装は悪くない。装飾品もそれなりだし、家具だってちゃんとそろっている。
 まるで金持ちの別荘レベルだ。
 ついついチラチラと室内を見渡していたら。

「動くなって。切りすぎちまうだろうが」
「あー、別にいいぞ」

 短ければ坊主だってかまわない。
 だがそんな僕を呆れたように見る瞳。やっぱり宝石みたいな、綺麗な色だ。
 
「ダメだ。もったいねぇ」
「なんだそりゃ」

 人の髪を切りたがる人間のセリフじゃないだろ。でも、指摘するのもめんどうで口をつぐむ。
 シャキンシャキンと小気味の良い音が響く。どうでもいいけど、すごく切れ味の良いハサミを使ってるな。
 きちんと研いでいるだけでなく、多分モノもいいじゃないか。昔、屋敷に呼んでた床屋もこんな感じで気持ちよく切ってくれたっけな。
 あれはまだ、父が再婚する前で。
 いつも忙しいのは相変わらずだったけど、それでも帰ってくるのが楽しみだった。珍しい異国の菓子だったり、綺麗なお人形だったり。あ、面白い本もたくさん持って帰ってきた。
 それらを読んで夢想したものだ。遠い国や、神秘の世界について。
 今考えれば、なんか女の子宛のプレゼントみたいだったが。それでも嬉しかったんだ。
 父が僕のために、一生懸命選んでくれたと思えば。
 父さん。なぜ貴方は、僕を放ったらかしにするの?
 今どこで何をしているの?
 もう僕を愛してはくれないの?

「ジェイミー、大丈夫か」
「ん……」

 ああ、いけない。うっかりウトウトしていたのか。
 慌てて姿勢を正す。

「もう終わったぜ。いい子だったな」
「!」

 ふんわりと、後ろから抱きしめられた。優しく逞しい腕。爽やかな香りが、ふと鼻先をくすぐる。

「あ、あの」
「よし。鏡を見せてやろう」

 低く優しい響きとともに、男が僕から離れた。なんだかひどく寂しい気分になる。
 思わず、すがるような視線で彼を振り向いてしまう。
 なぜだろう。さっきの心地よい散髪のせいかな。
 そういえば髪を優しく梳いたときも、抱きしめられた時も。全然イヤな気分にならなかった。
 義姉達のはただただ不快だったのに。
 この男が恐ろしく美男子だからだろうか。同じ男なのに、なぜこんなにドキドキするのか。
 おかしい。おかしいのに。

「ほらよ」
「え……あっ!」

 そこにはきちんと切りそろえられた短髪。
 以前の自分が、どこか眩しそうな顔をして映っていた。

「これ、僕……?」
「そうだぜ。気に入ったか」
「ありがとうッ!!!」

 もう感極まってしまったらしい。叫びながら彼に抱きついていた。
 嬉しくてしかたない。ずっと会えなかった、大切な人に出会った気分だ。
 男の僕。エラでなく、ジェイミー。そう、僕の名前。父さんと母さんがつけてくれた――。

「お前、あんがい泣き虫なんだな」
「っ……ちが、う、泣き虫なんかじゃ……」

 泣いてない。ただ目が水漏れ起こしただけだ。泣くワケないじゃん。僕は、曲がりなりにも貴族の子息で。そんな僕が、あんな格好してたら、だから、だから。

「大丈夫だ。どんなお前も愛しい」

 優しく背中をなでながら、男は囁く。恐ろしい。美形は声もいいのか。
 そしてさっきから不思議だったんだけど、この男何者なんだろう。
 少なくてもただの従者じゃない。馬車では分からなかったが、妙ながある。
 そしてこの小屋の様子。
 まるで簡素ながらも、ちゃんとした屋敷の一室みたいなしつらえだ。
 とはいえ。

「疲れたか」
「ん……」

 なんか身体が重い。いや。まぶたが主に。
 温かい男の腕に包まれて、なんだか心地よすぎて眠たくなってきたみたいだ。
 そして聞こえてくる、あやすような子守唄。
 なんかこれ、聞いた事ある。ええっと、どこだっけ。すごく前に。とても懐かしいような。くすぐったいような。
 あれ、おかしいな。とても幸せだ。心が満たされるってこんな感じかな。
 えぇっと……あー……眠い……あったかいし……このまま、すこしだけ……すこし、だけ……。

 ――意識が完全に落ちる前。

「おやすみ、ジェイミー」

 ひたいに柔らかいものが、触れた。
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