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灰かぶりとはなにごとだ!

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「ぜぇぇったい、家出してやるぅぅぅッ!!!」

 僕は宙に拳を突き上げて絶叫した。

「ちょ、おい……声がデケェよ」
「ふんっ。叫ばずにはいられるか」

 だいたいさ、自分ン家で大声出せないってどーなんだよ。いくら夜中だからってさァ!

「お姉さんたちにドヤされるぜ」
「知ったことかよ」

 心配そうに覗き込んでくる顔に、デコピンかましたのは八つ当たりだ。

 ――と。ここで少し、状況を整理しようか。
 僕の名はジェイミー。とある中流貴族の一人息子、と名乗っておこう。
 そして目の前でため息ついてるのが、召使いのメイソン。
 小さな頃から共に育った、言わば兄弟みたいな関係だ。
 僕が泣けば、コイツが笑わせてくれる。愚痴をこぼせば、酒瓶片手に話くらいなら聞いてくれる。

「っていうか。僕の名前、じゃないし」

 あのクソ姉貴ども――言っとくけど血もつながらない義理の関係だけど。
 僕の母親は、すごく病弱な人だったらしく。僕を産んで数年で死んでしまった。
 だからずっと、母親なんて知らずに。お父様と、数人いる使用人と共に暮らしてきたんだけれど。
 それが16歳になる春。
 突然、お父様が……いや。あの女を見る目がない、特殊性癖者のアホ親父が連れてきた女ども。
 それが、再婚相手のご婦人とその令嬢達だった。
 
「人を、女みたいな名前で呼びやがってさ!」
 
 まず開口一番。

『アンタ。小さくてカワユクて。女の子みたいたいだわねェ』

 ガハガハと、ご婦人とは思えないダミ声で笑ったのはアナスタシア姉さん。
 
『ぐふふ。アタシ達が鍛えてあ・げ・るぅ~♥ (超低音)』

 と気色悪く、クネクネしてたのがドリゼラ姉さんで。
 恐るべきことはどっちとも、女とは思えないくらいのガチムチマッチョだったこと。
 最初はホント信じられなかったからな? が女って。
 そこらの男の女装でも、もうちっとマシじゃないかね。
 それくらいヒドかった。
 ドレスなんてはち切れそうでさ。腕は僕の胴体くらいあって……まぁ僕は僕で、母親に似て華奢だってこともあるけどな。

「それに人を毎日毎日毎日毎日、こき使いやがってぇぇぇっ!!!」

 ダァンッ、と簡素な木のテーブルをぶっ叩く。
 ここは使用人の部屋で、アイツらの寝室とは多少離れてるからできることだ。
 まがりなりにも、僕はこの屋敷の子息なんだぞ。
 それなのに。ここで使用人兼、親友相手に愚痴たれてるってどうなんだよ……。
 
 ――まるで侵略者のように、僕の部屋から何からすべて取り上げられた。
 お母様がつけた、名前さえも。

「とは言ってもよォ。わりと似合うよな」
「ふん゙ッ!」
「……ぐぇっ!?」

 デリカシーの欠片もない事をのたまわったメイソンに、肘鉄ひじてつをお見舞いしてやる。
 正しく、コイツは僕を怒らせたのだ。
 
「君はナメてんのか」
「い゙っ、痛てぇなぁ」

 コイツの言った『その格好』これは僕の服装だ。
 ヒラヒラのドレス。しかも考えられるか? ピンクでレースのついたヤツなんだ。
 ちなみに僕はれっきとした男。
 細いといわれようが、女みたいな顔だといわれようが。
 胸もぺたんこで、それなりに固い男の身体だ。背こそそんなに高くはないが、それでもあのバケモノみたいな姉たちと比べたらって話さ。
 それが、まるで令嬢のような可愛らしいドレスに身を包んで。髪も伸ばすことを義務付けられて。
 爪の先までネイルばっちりとか。気色悪いのを通り越して、怖くなってくる。
 それもこれも、あのクソ女どもが悪いんだ!

「ぐすっ……僕、男の子なのにっ……」
「おいおい。人を肘鉄しといて、今度は泣くのかよ」

 呆れたように言いながらも、メイソンは僕の肩を優しく撫でてくれる。
 三つほど年上のコイツは、なんだかんだ言って良い奴なんだ。
 まるで兄貴のようだ――なんて口に出したは調子に乗るから言わないけどね。

「オレは、どんなお前も良いと思うぜ?」
「僕は……男の自分がいい……」
「あー。そうかもな、ヨシヨシ」

 頭も撫でられながら、大きなため息。
 別に、女装趣味も願望もない。
 将来は、可愛い女の子と恋愛結婚して。幸せに人生送りたかったのに。
 
「しかもアホ親父、逃げやがった」

 仕事に逃げるのはずっと変わらない。
 お母様が死んだ時も、海の上だったとメイド達から聞いた。
 その時にはもしかしたら、別に女でもいたのかもしれない。とことん影の薄い親父だから、どこで何をしてるやら。

「もう家出したいぃぃぃぃっ」

 悔しくてムカついて、あとは情けなくて。ひぐひぐ声をあげて泣いた。
 どーせ僕は甘ちゃんだよ。
 家出したって、すぐに困るくらいの生活力しかない。力仕事も不向きだし。
 でもいつまでも、この仕打ちに耐えられないのも事実で。

「お前が家出すんなら、俺も一緒に来てやるよ」
「メイソン……」

 優しい言葉に顔を上げる。
 変な切り方された樹木みたいな、アフロ頭。
 浅黒い肌に、胸焼けするような顔。
 とても男前とは言えないが、コイツはやっぱり良い奴だ。
 
「ありがとう、メイソン」
「おいおい。泣くなって!」

 また目頭が熱くなってきた僕を、今度はしっかりと抱きしめてくれる。
 あー、なんというか。正直、この距離感が苦手なときあったんだけどな。
 今はひたすら、ありがたい。
 こんなに親身になってくれて。持つべきものは親友だよな、やっぱり。

「君にも、ちゃんとした娘を紹介してやりたかったなぁ」

 そうなんだ。
 貴族のをつかって、なるべく良さそうなお嬢さんを彼の嫁にしてあげたかった。
 それが僕に出来る、数少ないことのひとつだから。
 なに大丈夫。メイソンみたいな良い奴、多少家柄はアレでも本人の魅力でなんとでもなる。
 そこへ僕が貴族としての紹介状なり書いてやれば……。

「俺はお前がいればいいんだぜ、ジェイミー」

 もう、この名前で呼んでくれる人なんて彼くらいだ。
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