幼なじみは(元)美少女(現)ゴリラ

田中 乃那加

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14.ある乙女の回想ともつれて切れた記憶の糸

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 イクジナシで弱虫で、ナヨナヨしてて。
『まるで女だな』なんてからかうと、ひかえめに顔を染めて怒る。
 それか、その大きな目に涙をうかべてシクシクと泣き出してしまうか。
 それを見て、後悔とか罪悪感とか色んな感情のなかに湧き上がる優越感。

 今思えば、好きな子をいじめる心理だわね。
 あー、アホらしい。

「ねぇ大丈夫なの?」
 
 イライラと口を開けば、静かにしろという様子で軽く睨みつけられた。
 目の前にはベッドに横たわる、世界一の愛しい存在。 
 同時に私の罪、そのものだった。
 
「チッ……てか吾郎、ずいぶん好き勝手してくれたじゃないのよ」
「人聞き悪いね、華子」

 私と吾郎は双子の兄妹。
 とは言っても、10年前に両親が離婚して私は苗字が変わった。

「綺麗な寝顔だねぇ」
「ジロジロ見てんじゃねーわよ。変態ゴリラ」
「やれやれ華子まで僕のことを、類人猿扱いするのかぁ」

 眉を下げてみせてるけど、その体格でよく言うわよって思う。
 まさしく人間やめたような鍛え方してさ。
 そりゃ昔から、私や陸斗より身長も高くてガタイも良かったかもしれない。
 でもこんなボディビルダーみたいな身体は、反則だわ。

「ねぇ華子。本当に美人さんに育ったと思わない?」
「あぁ、そうね」

 もちろん、陸斗のこと。
 こいつの頭の中には、昔も今も彼のことしかない。
 とはいえ、私も人のこと言えないけどね。

 ……家族ぐるみで付き合いのあった私達は、まさに三人兄弟のように育った。
 よくこの家に彼が泊まりに来て、私と吾郎が面倒をみた。
 一つ年上の陸斗は、昔から体調不良を起こすことが多々あったから。

 過保護になんでもしてやるのは、吾郎。
 可愛い可愛いと、まるで女の子にするように甘やかす。
 それがすごく面白くなかった。
 兄弟を取られたようで……なんて甘っちょろいモノじゃないわ。
 
「そのガチムチな身体も彼の為、ってわけか」
「まぁそんなとこ。愛の力さ」
「フン、言ってくれるわね」
「華子だって彼に素性隠してまで、影で見守ってたわけでしょ」
「まーね」

 この町に戻ってきたのが三年前。 
 でも彼と同じ高校に通うことになったのは、まったくの偶然なんだけどね。
 これはこれで『運命』だと、大きな顔をしていいと思う。

「約束したもんね」
 
 私のつぶやきに、彼はうなずいた。
 
 ―――約束。
 それは幼なじみで二人の初恋の彼を、守ること。

「陸斗を守るのは私」
「僕だよ」

 こればかりは昔から意見が合わない。
 でも知っている。
 私はいつでも無力だ

「君にその資格があると思う?」

 こいつにそう言われたら、もう何も言えない。





 
 ―――ワンピースやスカートを身にまとう陸斗は、とても可愛かった。 
 ううん、可愛いとかキレイとか。そんな単純で表せない。
 羨望であり嫉妬であり、そして愛情の全てを想起させる。そんな存在。
 時に憎くて、時に愛しい……生々しい感情を彼に映していた。

 私が男の子の格好をしていたのは、吾郎に対するコンプレックスだったのだと振り返って思う。
 私達は双子なのに、その見た目も性格もまったく違った。

『素直で優しくて頭も良くて、運動神経も体格も全てにおいて勝っている良い子、の兄』と『愛想無しで全てにおいて負けている、性格の良くない妹』
 それがそれぞれに与えられた、評価。

 その上『女の子なのに』とか言われりゃ、反抗もしたくなるわけよ。
 その結果、両親が買い与えた女の子の服をしまい込んだ。
 そんな服を好きな子が着こなしていくもんだから、もう心の中はめちゃくちゃよ。

 だからあんなバカなことを、命令しちゃったのね。

その格好女の子で、ジュース買ってきて』
 
 そう言いつけた時。
 彼は色白な顔を赤くしてから、うつむく。

 ……ゾクリとした。
 自然に口角が上がる感じ、分かるかな。
 
 私は嫌がる彼を、無茶苦茶な説得で家から追い出した。
 陸斗はなんでも言うことをきく、その事実に酔っていたのだと思う。

 もちろん、ちゃんと後ろからついて行ったわ。彼に見つからないように。
 まさか吾郎が、私の後ろをついて歩いているとは思わなかったけど。

 ……あの公園。
 鬱蒼と草木の茂る、あの場所あたりで彼が消えた。 
 ほんの数秒、目を離しただけなのに。
 そしてその数十秒後に後ろから猛スピードで走ってきたのは、鬼の形相の吾郎。

『あの野郎ッ!』

 初めて聞いた荒々しい叫び。
 当時から、同年代に比べて身長もガタイも大きかった彼が手にしていたのは……金属バット。

 それを振りかぶって、公園に飛び込んで行く。
 すぐさま追いかけた私の目の前には、まさにトラウマ級の光景が広がっていた。
 




「帰って。彼が目を覚ます前に」
「……」
「華子」

 冷たい声だ。
 視線を逸らしているが、きっとその目も私に対する怒りでいっぱいだろう。

 ……私のせいで陸斗はどこぞの変態の餌食になったし、吾郎は男を金属バットで殴りつけなきゃいけなくなった。
 陸斗にイタズラをしようと件の公園に引きずり込んだ男は、以前からそういう事を繰り返すロリコン変態野郎で。
 それを見つけた吾郎が、彼を助けんと飛び込んでいったのだ。
 幸い(と言ってもいいのか)変態野郎は、一発ぶん殴られて逃げ出したし陸斗は押し倒されて服を脱がされただけだったけど、その心には大きな傷を負ったみたい。

「何度も言うけどね。彼は僕が守るよ。君にはその資格はない」

 あぁ、確かにこいつは怒ってる。
 当たり前だわ。

「分かってるわよ」

 私が彼に女装あんなことしなかったら……。
 後悔ってのは、つくづく後に悔いることだわ。

「でも私のこと、思い出したのかも」

 一縷の望みってやつ。
 だって私が本当の……。

「関係ないよ」

 ピシャリ、と返された。
 そして吾郎が私を見すえる。
 穏やかに見えるのは口元だけで、瞳は相変わらず冷たい。


「吾郎、あんた……」

 唇を噛んだのは悔しさからか、それとも。

「君はもう『アイちゃん』じゃないんだよ」

 私が『アイちゃん』だったのに。
 彼が指輪をくれたのも、プロポーズしたのも。好きだと言ったのも。
 全部、私なのに。

「僕が『アイちゃん』だ。君は、彼の人生から要らない」

 この男はひどく冷淡だ。
 でもそんなふうにしてしまったのも、きっと私なんだろう。
 それに。

「……」
 
 ―――私は無言で部屋をあとにする。

 陸斗を愛するのが血を分けた兄貴で良かったのかも、と考えようにも涙が止まらなかった。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 目が覚めて、まぶたを開く前感じたのは優しい手の感触。
 額やら髪やらに触れた。

「陸斗君」
「ん……」

 ゆっくり目を開けると、見知った顔。

「大丈夫? 家の前に倒れてて、ビックリしたよ」
「え……そうなのか」

 マジか、全然記憶にないぞ。
 確か夕飯までは家にて。ええっと。

「少し疲れてるんじゃないかな。その、色々あったし」

 あぁそうだな。
 へんなイヤガラセも……って。

「そうだっ、あのイヤガラセ!!」
「ど、どうしたの陸斗君」

 俺はあの一連のことが、クソッタレの銀児が招いたことだと説明した。すると。

「そうなのか。良かったぁ……」
「なにが良かったんだよ! あの馬鹿野郎め。明日タダじゃおかないぞ」
「あははっ、まぁ気持ちは分かるよ」

 笑ってうなずいた。
 なんならコイツにもシメてもらおうかなァ。あのヤリチン野郎、少しは反省しろっての。

「なぁ吾郎」

 そう声をかけると、彼はピクリと身体を震わせた。

「何その反応」
「いや……だって僕のこと吾郎って」
「ハァ? 何言ってんだ」

 コイツは吾郎だろ。
 昔からお節介やきで、暑苦しい性格の幼なじみ。

「アイちゃん、とかゴリラって……」
「なんだそりゃ」

 ゴリラ分かる。確かにゴリラみたいなムキムキな身体だもんな。
 でもアイちゃんって。

「もしかして、そう呼ばれたいわけ?」

 顔をしかめて聞くと、慌てた様子で首を横に何度もふられた。
 なんか変な奴だなぁ……変なモノ食ったのか?

「ねぇ陸斗君」
「なんだよ」

 彼が身を乗り出してきて、ベッドが軋んだ。

「好きだよ」

 告げられたストレートな愛の言葉。
 心臓が跳ね上がる。
 
「結婚、しよ?」
「できねぇよ!」

 本当バカじゃないのか。日本の法律ってのを知らんとは言わせないぞ。

「あはははっ。そっか。うん、じゃあ事実婚で」
「うるさい、ゴリラ野郎」

 暑苦しく迫ってくる彼の胸板を、思い切り叩いた。
 
「ゴリラでもいいよ、陸斗君と一緒にいられるなら」
「お前……そういう事言って、恥ずかしくないの?」

 銀児もコイツも、なんでこうも好意を開けっぴろげにできるのか。
 こっちがいたたまれなくなる。

「好きな人に好きって伝えるのに、べつに恥ずかしさもないけどなぁ」
「それが恥ずかしいって言ってんだ。そろそろ進化してこい、原始人」
「そういうとこも可愛いし、好き」
「お前ね……」

 俺の話聞いてた? と呆れてみせると『うん!』と犬みたいな表情しやがる。
 顔だけはいいんだよ、こいつ。だから一瞬だけ。
 ちょっとカワイイかも、なんて思っちまう。マトモじゃない俺。

「陸斗君、もう少し休んでいきなよ」
「あ、あぁ」

 まだ頭がぼんやりする。
 そういや、俺倒れてたんだっけ。なんで外で? しかもコイツの家の前で。

「そういうのは少し落ち着いてからね。家にはちゃんと連絡しといたから」
「うん……ありがと」
「!!!」
「なんだよ」

 礼を言っただけで、コイツ真っ赤になったぞ。
 
「だって、すごく可愛かったから!」
「あっそ……」

 俺をなんだと思ってんの。
 もうなんか気恥しさとか呆れてとかで、考えるのをやめた。
 ただ、このすっかり見違えてしまった幼なじみの大きな手は嫌いじゃない。
 さっきみたいに髪を撫でてくれないかな、なんてウッカリ考えちまって慌てて下を向く。

「陸斗君、大丈夫?」
「う、うるさい! 原始人は黙ってろよな」

 そう毒づきながら、やっぱり調子悪いし寝ようと彼に背を向け横になった―――。
 
 
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