幼なじみは(元)美少女(現)ゴリラ

田中 乃那加

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6.あるヒロインの受難

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 ……ホントになんとかならんのか、このアホ共。
 血圧が上がりそう。いや、もう上がってるのかも。
 普段低血圧気味だからちょうどいいんじゃないの? ってクラスメイトの田中(仮名)に言われて、手刀くりだした俺は悪くない。 
 悪くないはずだ。

「ぷぷっ、ずぶ濡れじゃん。超ウケるぅ」

 と皮肉げたっぷりに笑う銀児。

「雨がヒドかったんですよ」

 と余裕綽々よゆうしゃくしゃくな爽やかスマイルのゴリラ、吾郎。

「へへーん、今日は終日晴天だぜェ。このバーカバーカ」
「あ、僕って水も滴るいい男、ってヤツですから」
「なーにがいい男だ。青いツナギで公衆便所でノンケ食ってそうな顔しやがってさァ」
「あぁ食いますよ。でも僕偏食でね。そこの可愛くて美味しそうな彼しか無理なんですよ」
「キモすぎなんだけどォ。そこは別の男食ってろよ」
「誰でもいいって、銀児先輩みたいにヤリチンじゃないんで」
「ダレがヤリチンだよッ。オレはこう見えて、陸斗に夢中で他の男なんてアウト・オブ・眼中ゥゥ! 分かるか?」

 長々とケンカするのは、放課後。
 確かに今日もエライめにあったよな……主にコイツら二人が。

 教科書を取られ引き裂かれたのは主に銀児だし(ヤツのをオトリに使った)、上から降ってき水を庇ってかぶったのはゴリラだ。 
 まぁ他には体操服取られたけど、やっぱりクラスメイトが貸してくれた。
(銀児が鬼の形相で見ていたが)

「どうでもいいが、君ら俺を挟んでホモトークすんのやめろ」

 完全に男だらけの、三角関係になっちまってるだろうが。
 
「あと、このままずっとついてくるつもりか!?」

 やめて欲しい。
 帰り道くらい、ホモ野郎共から解放されたいんだが。 
 
「だってお前の事守んなきゃダメじゃん」
「たって陸斗君守んなきゃダメじゃないか」

 ……ハモるな、気色悪ぃ。
 ため息をついて帰り支度する。

「だいたいオレは、このゴリラ野郎に秘密にしとけって言ったのによォ」

 不貞腐れた声と顔で、銀児が文句たれてきた。 
 それに応えたのは、あいかわらず顔だけは爽やか系イケメンの吾郎。

「へぇ! この前、彼がずぶ濡れになるのを守れなかった先輩が言いますか」
「あ゙? テメェ、煽ってんじゃねーぞ」
「真実を言っただけですが」
「その言い方が、煽りだって言ってんだ」
「先輩がそう思うなら、そうなんじゃないですかぁ? 」
「くっそムカつくゴリラだなァ!」
「ゴリラって呼んでいいのは、陸斗君だけなんで」
「うっせー、この北京原人っ。大人しく化石にでもなってろ!」
「僕が原人なら、先輩はサルですね。チャラいだけのおサルさん。日光猿軍団にでも入ったらいかがですか?」
「ンだとォォォ!?」

 ついに掴み合いのケンカを始めた彼らに、僕は深いため息をついた。

「岸辺君、大変だね」
「大丈夫?」

 ついにクラスの女子達から、憐れみの視線と言葉がかけられる。
 騒いでごめん、となぜか俺が謝ってしまう。
 
「ううん。あたし達、偏見へんけんとかないから!」
「そうそう。むしろ大好物っていうか」
 
 彼女達の目はキラキラしていた。
 なんだろこれ。喜んでいいのか? それとも悲しんでいいのだろうか。
 いや。怒っていいよな、この馬鹿男共を。

「別に俺はそういうんじゃ……」
「ねぇねぇ、やっぱり岸辺君が『受け』なの?」
「う、受け??」

 なにそれ。専門用語?
 すると彼女達はとんでもない事を言い出した。

「ぶっちゃけ挿れられる方、っていうか」
「女役なの?」

 つまり、俺の方がケツ掘られるのかって聞かれてるらしい。
 思わず口をあんぐり開けて固まった俺に、何を感じたのか。ニコニコ笑いながら『カワイイ』とか『これは処女』とかささやきあっている。
 なにこの受難。俺、泣いていいかな……泣かないけど。
 遠い目をしていたら、さらに何かを手渡された。

「これ、さっき女子が『渡して下さい』って」

 反射的に受け取ったそれは、一枚の紙切れ。まるで生徒手帳を雑にちぎり取った切れ端のような。
 そんな紙に短い一文。

『〇〇公園で待つ』

 ……なんじゃこりゃ。
 やけに綺麗な字で、書かれたその公園の名は確か家の近くだ。
 
「これを、その子が?」

 聞くと彼女達が大きくうなずく。
 その目が好奇心にキラキラ輝いているのを知りながらも、余計なことは言わずに、『ありがとう』と返した。
 そして、いまだ不毛な言い争いで注目を集め続けるアホ共を振り返る。

「うっせぇバーカ!」
「バカって言ったもんがバカなんですよ」
「脳筋のクセにッ」
「脳みそどころか、そんなスマホみたいな薄い身体で何言ってんですか」
「オイオイオイオイ、今なんつったァァ?」

 ……あー。ダメだこりゃ。

 俺はヤツらを放っておいて、教室を後にした。

■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 その公園は住宅街にある、まるで小さな広場みたいで。 
 しかも管理がずさんなせいか、はたまた他に大人の事情か。公園を囲むように、モジャモジャとした木々が生い茂っている。
 一見すると、それ全体が大きな緑のカタマリだ。地元小学生達からは『オバケが出る』だの『死体が沢山埋まってる』だの、オカルトチックなウワサが耐えない。
 
「よりにもよって、ここかよ」

 独り言と共にため息をつく。
 この公園を危険視してるのは、何もガキだけに限ったことじゃない。大人たちからも『治安が悪いから』と立ち入りを咎められている。
 はやく言えば、そこで事が行われているからなんだが。

「う……」

 足にまとわりつく長く生えた雑草に顔をしかめ、緑のカタマリの中に立ち入る。
 ムッと、強く濃い草の匂い。
 しかし中に入ってしまえば、そこまでひどい状態じゃなかった。
 確かに膝まで草が生い茂っている箇所もあるが、かろうじて石畳は見えるしベンチも遊具も残っている。 
 
 俺はなるべく草に足を取られないよう、奥のベンチに座った。

「……遅かったわね」
「うわぁぁぁぁぁぁッ!?」

 耳元でいきなり女の声。
 叫ばないはずがない。
 バネのように大きく跳ねて、ベンチから転げ落ちた。

「リアクション芸人ばりね」 
「ご、ごごご伍代、華子ぉぉぉっ!?」

 気配を殺して近づいてきたのか、それとも俺がマヌケで気が付かなかったのか。
 ベンチの後ろから首をかしげたのは、あの女。
 あいかわらず良くない目付きで、パッツン前髪の下からこちらを見つめている。

「華子でいいって言った」
「は、華子……?」
「よろしい」

 彼女は、すごくエラそうにうなずく。
 敬語すら消えて先輩に対する態度じゃない。
 俺はその態度より、小さい身体でくりだしてくる威圧感にビビっていた。
 ゴゴゴゴ……って擬音語が見えるレベル。
 どこの少年漫画の登場人物だ。

「そこ、座って?」
「え」
「す・わ・れ」
「はい」

 ベンチのはしっこ。
 存在感に蹴落とされて小さくなる。
 華子は足を組み、ふんぞり返る形で俺を見た。

「ヒロイン気取りもいいかげんにしてよね」
「ひ、ヒロイン? てか、俺ヒロインじゃな……」
「だまらっしゃい!」

 ピシャリ、と言われる。
 なんか説教くらうガキのような気分で、首をすくめた。
 
「なに、ハーレムなの? 安易な設定のラブコメ気取ってんじゃねーわよ」
「え……な、なに」
「だから黙れって言っての。てか、なにあれ? クラスの男子のホモホモしい空気! なんなの、みんなのヒロインなわけ? ビッチなの?この世界観は、いつからご都合主義のR18になったっつーのよぉぉぉッ!!!」

 突然、拳固めてシャウトし始めた華子に俺は怯える。
 当たり前だろう。話の八割なに言ってんのか意味不明だし、このテンションの落差にビビるなって方がおかしい。
 一目散に逃げ出さないだけ、褒めて欲しいくらいだ。

「ハァッ、ハァッ……取り乱したわ。時に聞くわよ、陸斗」

 ついに呼び捨てされた、後輩に。
 迫力満点の睨みを効かせ、今にもタバコふかせる不良みたいに言う。

「アンタさぁ。彼の事、もてあそんでんじゃないの」
「は、ハァァァ?」

 俺があのゴリラを、もてあそぶ……なんて。

「むしろ俺の方が巻き込まれてんだぞ!?」

 ホモじゃないのに、いきなりガチムチマッチョに絡まれてさ。
 人災にあってんのは俺だっての!

「だいたい、華子があんなイヤガラセするからだろ」

 いくらあのゴリラのことが好きだからって……っていうか、こんなゴリマッチョのどこがいいんだ。
 顔か、顔なのか!? けっきょく最後は顔なんだな。

「イヤガラセって、なんの事よ」
「とぼけるな。全身ずぶ濡れにされたり、教科書や体操服隠されたり。上靴にカッターの刃を仕掛けたりしやがって!」
「ハァ……? 」

 ほんの数秒、彼女は沈黙した。
 そして直ぐに元のふんぞり返った状態に戻ると。

「イヤガラセって、そんなことォ? 案外、デリケートなのね」

 息をついて、イヤミったらしい笑みを浮かべる。
 それがもう、どこの小姑だってくらい憎たらしい。
 というか。ってなんだ! 充分ひどいイヤガラセじゃないか。といきどおるが、彼女は小さく鼻を鳴らしただけだった。

「とにかく。さっさと吾郎君を、解放してあげてちょうだい」
「解放って……」

 むしろ俺の方が、こんな関係から脱却したい。アホみたいでムカつく、顔だけは良いゴリラ男から。
 そう反論してやろうと口を開きながらも、俺はどこか心にあるを感じていた―――。
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