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4.ヒロインになんてなりたかないが
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人は思いもかけない敵意を向けられると、なんの行動も起こせない。
例えば。ベタでありきたりの恋愛ドラマで、ヒロインがその身に受ける理不尽な仕打ちとか。
「いてッ」
朝、学校の靴箱にて。
小さく鋭い痛みに顔をしかめる。反射的に手を引いたら、人差し指に血が滲んでいる。
「なにしてんの……エェェッ!?」
肩越しにヒョイとのぞきこんできた銀児が、悲鳴をあげた。
「ち、血ィ出てんじゃん!」
「うるさい」
だからなんだ。本人より取り乱してんじゃない。
ギャーギャーやかましいヤツを横目に、じくじくと痛み始めた指を押さえる。
流れる血をどうしようかと考えていた。
「あー、もうっ。手ェ貸せ」
「だからうるさい、って……なにしてんだお前!」
急に、血まみれの指をくわえてきやがった。
ヌルリとあたたかい口の中と、ヤツの舌が触れてくる感じが気色悪ぃ。
たまに、ちりっと走る痛みに声をあげながら離せ離せとわめき散らすが半笑いだ。
「いひゃい?」
「痛いとかそういうんじゃなくてっ、血なめるなって!」
「んー……鉄臭ぇ」
「当たり前だろッ、なに考えてんだよ!!」
人の傷口なめるなんて、頭イカれてる。
しかもいくら怒鳴りつけても、銀児はいつものチャラい笑顔をくずさない。そしてポケットから何やら取り出して俺に押し付けた。
「ほら絆創膏」
「これ……キ●ィちゃん」
赤いリボンの白猫。だれでも知ってる、あのキャラクターだ。
「カワイーだろ。陸斗にお似合い」
「あ゙? どこが!」
なんかバカにされた気がして、思い切り睨みつける。でもやっぱりアイツは笑いながら。
「つけてやろうかァ? 子猫ちゃん」
と耳元でささやきやがった。
それが思ったより低くて真剣な声だったもんで、俺の心臓が一瞬縮み上がる。
「い、いらん。この変態め」
「アハハッ。エンリョすんなよぉ?」
「してないし、こういうのやめろよな」
陽キャでクラスの人気者のコイツがしていい行動じゃない。
まぁ、だれがやってもアウトな気もするけどな。
絆創膏も女の子なら喜ぶだろうが、野郎にやっても意味は無いだろうに。
素直にそう口に出すも。
『バカだね、陸斗は』と呆れたように鼻で笑われた。
……コイツのギャグセンスが、未だに分からない。
「てゆーか。なにこれ」
絆創膏を貼っていると、銀児の声が1オクターブ低くなった気がして顔をあげる。
俺の下駄箱をのぞきこんでいた。上履きにセットされるように、何かが貼り付けられている。
「カミソリ?」
「そりゃ見たら分かるけどさァ」
イヤガラセじゃないの、って銀児がうなるように言った。
「イヤガラセ……えっ、俺に?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
いわゆるイジメか。なにそれ、悪質過ぎる。
明らかにケガさける気満々だ。現にケガしたし。
右の人差し指をそっと左手で握りしめた。まだかすかに血が滲むのか、テープが赤くなる。
「でもなんで……」
「心当たりは」
心当たりって言われても。生まれてこの方、幸いイジメすら経験ないから。
こうやってあからさまな悪意を向けられた事なんて。
「っ……!!」
「大丈夫か」
突然、こめかみの辺りに痛みが走る。あとほんの少しだけ、めまいが。
なんだろ。この感じ……。
「陸斗?」
「ん、いや。大丈夫」
心配そうにのぞきこんできた銀児に、首をふって応える。
そんな事より、このカミソリだ。
「まるでドラマのヒロインみたいじゃん」
「え?」
またワケの分かんない事を言い出す。
ヒロイン? だれが?
「今やってる恋愛ドラマ、見てねーか。ヒロインが悪役令嬢で転生して都内のOLやってて。社長の子息とその婚約者、あと前世からの恋人と名乗る三人と六角関係になる話」
「なんだそりゃ」
めちゃくちゃだ。
だいたい悪役令嬢とか転生とか、ラノベみたい。あと人物多すぎる。ややこしいわ。
「それでヒロインが、社長子息からイヤガラセ受けるんだよ」
「は……? 普通、逆だろ」
なんでヒロインが、恋に落ちるだろう相手役にイヤガラセ? そこから恋が芽生える?
最近の恋愛ドラマ、怖すぎ。サイコパスか。
「ヒロインと婚約者が恋に落ちるから」
「女同士!」
最近のドラマ、攻めすぎだろ。
「あれは会社のロッカーにカミソリ仕込まれてた」
「い、陰険……」
男のくせにとか言いたかないが。さすがにヤバすぎだな。その男。
なんか一周回って、ドラマの方に興味が出てきたが銀児の言葉に思考を戻す。
「なぁ。これもしかして、ゴリラ関連じゃねーの」
ゴリラとはもちろん、吾郎のことだ。
「吾郎が?」
俺にケガさせるだろうか。うぬぼれるワケじゃないけど、あれだけ求愛行動にいそしむゴリラだしなぁ。
迷惑この上ないけど、ヤツがこんな事するとは思わない。
「アイツがって言うより、その周りっつーか」
急に、言いずらそうに視線をそらした。
同時に俺は、昨日のことを思い出す。
「あっ」
伍代 華子。
なんかえらく突っかかって来たっけな。恋敵だって宣言されたし。
「ありそうだな、心当たり」
「あぁ。ガッツリある」
確かにそれなら合点がいく。
しかも嫉妬によるイヤガラセが、そのまんま当てはまるじゃないか。
「でもなぁ」
未だに信じられないんだよな。
あんな可愛い子が、こんな陰険な事するなんて。しかも理由がヤキモチだぞ。
「女ってヤツはどんな子でも性格キツいからな。見かけにダマされんなよォ」
「そういうもんか?」
「そーゆーもんなの。陸斗ピュアすぎて、オレ心配だわー」
「ピュアじゃねぇし」
そりゃコイツみたいに、非童貞のチャラ男とは違うけどさ。それでもやっぱり女の子に、ライバル視されるなんてイヤじゃん。
俺はホモじゃないのに。
「とにかく」
銀児はケガした方の手を強引にとると、少し怒ったような声で言った。
「気をつけろよ。女も男も」
「ほぅ、俺に人間不信になれと」
「それでもいいけど、オレ以外を信じるなっつーこと」
「ハァ? ……なんだよそれ」
ていうか、それでもいいのか。
相変わらずコイツは訳わかんねぇ事を言う。
「これでも心配してんだよ? ピュアでウブな陸斗ちゃんを、さ」
「うっせぇ。ヤリチン男め」
「ひどーい、オレ陸斗一筋だってのに!」
「ほざいてろ」
気色悪い冗談、なんとかならないのかね。
これさえなけりゃ一緒にいて楽しいヤツなのに。
俺は可愛くもなんともない、ふくれっ面の男を置き去りに歩き出した。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
最悪な日ってあるらしい。
今日がその日だ。
「うわ。すぶぬれじゃん」
「水遊びでもしてきたのかよ」
ゴミ捨てて戻ってきた俺に、ドン引き顔のクラスメイト達。
「なワケないだろ……」
これでも手持ちのハンカチでふいたから、水がしたたる程じゃないけど。それでも明らかに上から水をかぶったのは分かるだろう。
ゴミ捨て場が学校の裏にあって、そこに行って帰ってくる時。
突然上から水がぶちまけられた。避けるなんて出来なくて、まんまとこの状態ってワケ。
「あーあ、かわいそ」
「こっちこいよ」
「風邪ひくぞ~」
そう言って友達三人がかりでタオルでふいてくる。
親切なヤツらだ。
でも少し強引すぎる……距離も近いし。完全に抱きつかれるようにされるから、気はずかしいやら気色悪いやら。
「着替えないとヤバいだろ~」
「濡れて服透けてるし」
えっ、マジで? と見れば確かに下のシャツが見えてる気がする。
まぁ女じゃあるまいし、見えてどうってこともないけど。でもやっぱりベタベタはりついて気持ち悪い。
「あー……でも」
着替えなきゃ。体操服、あったはずなんだけど。
今日は悪い事が重なるもんで、体育の時間の前に体操服が無くなった。
けっきょく無気力時期もあって適当にサボったんだが。ここで困ることになるとは。
「体操服、ボクの貸してあげようか?」
友達の一人が言ってくれた。
すると我も我もと、他の奴らも差し出してくる。
「えっとぉ……」
親切なのはすごく嬉しいし、ありがたい。でもちょっと熱心すぎやしないか?
エンリョすんなって押し付けられた体操服にを、少し引き気味に受け取ろうとした時。
「……おい。キミたちィ? オレの陸斗クンに何しちゃってんのォ」
軽口とは真逆の笑ってない目で、銀児が現れた。
珍しく機嫌が悪いらしい。強い力で俺の首ねっこをつかむと、廊下まで引きずられる。
「いだだだッ、なにすんだよ!」
「別に」
「離せよ、痛いってば」
「やーだ」
苦しいやら痛いやら。そして周囲の視線もイタイ……そのまま、近くの空き教室に放り込まれた。
「な、なに」
さすがに怖い。表情がよく見えないから、コイツがどういう事考えてるかも分からない。
「銀児?」
いつものヤツはどこいった。明るくてアホっぽくて、ノリが良い。変で笑いどころの分かんない、冗談ばかりとばす男は。
目の前のコイツは、全然知らないヤツだ。
なんだかこの顔……俺、見たことある気がする。すごく嫌な気分だ。
「陸斗」
「な、に」
なんで笑ってくれないんだ?
なぁ笑ってくれ、怖いよ。目が性犯罪者のそれたぞ……頼むから……。
祈るような気分で、アイツの顔を見上げる。
そういえば少し俺の方が背が低いんだった、と苦々しくも思う。
「……ぷぷっ、なんて顔してんのォ」
「へ?」
パッと笑った。
いつものアホでバカで、明るい銀児だ。俺の友達。
「ビビっちゃってェ。かわいーね、陸斗は」
「う、うっさい! お前が変なことするからだろうがッ」
いきなりこんな所に引っ張って行くなんて。
しかも怒ったみたいで、なんにも言わないし笑わないから。
本気で怖かったんだからな。
なんて言えない。でもすごくムカついたから、とりあえずこのアホの足を思い切り蹴りつけてやった。
「い゙っでぇぇっ!!! なーにすんだよォ」
「変なことをしたバツだよ。バーカ、死ね!」
「ヒドっ、てか言ったじゃん。『オレ以外信じるな』って」
「ハァ? どういう……」
そこで今朝を思い出す。
まさかクラスメイト達も信じるなって事か? 拭いてくれて、体操服まで貸してくれるヤツらを。
「お前のために言ってるんだけど」
銀児が何かを差し出してきた。
見覚えのある布。
これは俺の体操服じゃないか。
「これ。銀児が探し出してくれたのか?」
「そーいうこと」
「これも彼女の仕業なのかな」
とたん憂鬱になる。
みぞおちの部分が重くなるような。
体操服は今の俺と同じく、ぐっしょりと濡れていたから。
「多分な」
「ひどすぎだろ……」
まさにメロドラマ。ホモに間違われてコレは最悪だ。
深いため息をもらす俺に、銀児は真顔で言った。
「でも協力者もいると思うぜ」
「は?」
「その伍代 華子は下級生だろ。下駄箱や教室でウロウロしてたら目立つしよォ」
すごい。なんだか銀児が頭良く見える。普段、アホっぽいことしか言わないアホなのに。
それを素直に言えば苦笑いされる。
「陸斗のオレに対する評価がヒドすぎだろ」
「だってこの前、ゴリラと真剣にケンカしてたろ」
コイツ、ホモじゃないのに。そんなにゴリラが嫌いなのかってほど……犬猿? 犬ゴリラの仲ってやつか。
「オレは犬?」
「うん、チワワっぽい」
「えー。 ゴリラにひとひねりされるヤツじゃん」
「持ち前の牙でなんとかしろよな」
「小さいじゃん……チワワだし……」
「あ。俺、チワワって苦手だった」
「陸斗。お前ねェ」
それこそアホみたいな、他愛のない話をしていたら少しずつ落ち着いてきた。
うん……初めての状況に、俺もテンパってたから。
「ともあれ、彼女には協力者がいる可能性もあるからさァ」
「協力者?」
銀児の言葉に顔をしかめる。
確かに、下級生がここの教室や下駄箱でウロウロしてたら目立つだろう。クラスのヤツに頼んだとしたら……。
「だから言ったろ、オレ以外信じるなって」
銀児はそう言うと、自分の体操服を差し出してきた。
例えば。ベタでありきたりの恋愛ドラマで、ヒロインがその身に受ける理不尽な仕打ちとか。
「いてッ」
朝、学校の靴箱にて。
小さく鋭い痛みに顔をしかめる。反射的に手を引いたら、人差し指に血が滲んでいる。
「なにしてんの……エェェッ!?」
肩越しにヒョイとのぞきこんできた銀児が、悲鳴をあげた。
「ち、血ィ出てんじゃん!」
「うるさい」
だからなんだ。本人より取り乱してんじゃない。
ギャーギャーやかましいヤツを横目に、じくじくと痛み始めた指を押さえる。
流れる血をどうしようかと考えていた。
「あー、もうっ。手ェ貸せ」
「だからうるさい、って……なにしてんだお前!」
急に、血まみれの指をくわえてきやがった。
ヌルリとあたたかい口の中と、ヤツの舌が触れてくる感じが気色悪ぃ。
たまに、ちりっと走る痛みに声をあげながら離せ離せとわめき散らすが半笑いだ。
「いひゃい?」
「痛いとかそういうんじゃなくてっ、血なめるなって!」
「んー……鉄臭ぇ」
「当たり前だろッ、なに考えてんだよ!!」
人の傷口なめるなんて、頭イカれてる。
しかもいくら怒鳴りつけても、銀児はいつものチャラい笑顔をくずさない。そしてポケットから何やら取り出して俺に押し付けた。
「ほら絆創膏」
「これ……キ●ィちゃん」
赤いリボンの白猫。だれでも知ってる、あのキャラクターだ。
「カワイーだろ。陸斗にお似合い」
「あ゙? どこが!」
なんかバカにされた気がして、思い切り睨みつける。でもやっぱりアイツは笑いながら。
「つけてやろうかァ? 子猫ちゃん」
と耳元でささやきやがった。
それが思ったより低くて真剣な声だったもんで、俺の心臓が一瞬縮み上がる。
「い、いらん。この変態め」
「アハハッ。エンリョすんなよぉ?」
「してないし、こういうのやめろよな」
陽キャでクラスの人気者のコイツがしていい行動じゃない。
まぁ、だれがやってもアウトな気もするけどな。
絆創膏も女の子なら喜ぶだろうが、野郎にやっても意味は無いだろうに。
素直にそう口に出すも。
『バカだね、陸斗は』と呆れたように鼻で笑われた。
……コイツのギャグセンスが、未だに分からない。
「てゆーか。なにこれ」
絆創膏を貼っていると、銀児の声が1オクターブ低くなった気がして顔をあげる。
俺の下駄箱をのぞきこんでいた。上履きにセットされるように、何かが貼り付けられている。
「カミソリ?」
「そりゃ見たら分かるけどさァ」
イヤガラセじゃないの、って銀児がうなるように言った。
「イヤガラセ……えっ、俺に?」
「それ以外に誰がいるんだよ」
いわゆるイジメか。なにそれ、悪質過ぎる。
明らかにケガさける気満々だ。現にケガしたし。
右の人差し指をそっと左手で握りしめた。まだかすかに血が滲むのか、テープが赤くなる。
「でもなんで……」
「心当たりは」
心当たりって言われても。生まれてこの方、幸いイジメすら経験ないから。
こうやってあからさまな悪意を向けられた事なんて。
「っ……!!」
「大丈夫か」
突然、こめかみの辺りに痛みが走る。あとほんの少しだけ、めまいが。
なんだろ。この感じ……。
「陸斗?」
「ん、いや。大丈夫」
心配そうにのぞきこんできた銀児に、首をふって応える。
そんな事より、このカミソリだ。
「まるでドラマのヒロインみたいじゃん」
「え?」
またワケの分かんない事を言い出す。
ヒロイン? だれが?
「今やってる恋愛ドラマ、見てねーか。ヒロインが悪役令嬢で転生して都内のOLやってて。社長の子息とその婚約者、あと前世からの恋人と名乗る三人と六角関係になる話」
「なんだそりゃ」
めちゃくちゃだ。
だいたい悪役令嬢とか転生とか、ラノベみたい。あと人物多すぎる。ややこしいわ。
「それでヒロインが、社長子息からイヤガラセ受けるんだよ」
「は……? 普通、逆だろ」
なんでヒロインが、恋に落ちるだろう相手役にイヤガラセ? そこから恋が芽生える?
最近の恋愛ドラマ、怖すぎ。サイコパスか。
「ヒロインと婚約者が恋に落ちるから」
「女同士!」
最近のドラマ、攻めすぎだろ。
「あれは会社のロッカーにカミソリ仕込まれてた」
「い、陰険……」
男のくせにとか言いたかないが。さすがにヤバすぎだな。その男。
なんか一周回って、ドラマの方に興味が出てきたが銀児の言葉に思考を戻す。
「なぁ。これもしかして、ゴリラ関連じゃねーの」
ゴリラとはもちろん、吾郎のことだ。
「吾郎が?」
俺にケガさせるだろうか。うぬぼれるワケじゃないけど、あれだけ求愛行動にいそしむゴリラだしなぁ。
迷惑この上ないけど、ヤツがこんな事するとは思わない。
「アイツがって言うより、その周りっつーか」
急に、言いずらそうに視線をそらした。
同時に俺は、昨日のことを思い出す。
「あっ」
伍代 華子。
なんかえらく突っかかって来たっけな。恋敵だって宣言されたし。
「ありそうだな、心当たり」
「あぁ。ガッツリある」
確かにそれなら合点がいく。
しかも嫉妬によるイヤガラセが、そのまんま当てはまるじゃないか。
「でもなぁ」
未だに信じられないんだよな。
あんな可愛い子が、こんな陰険な事するなんて。しかも理由がヤキモチだぞ。
「女ってヤツはどんな子でも性格キツいからな。見かけにダマされんなよォ」
「そういうもんか?」
「そーゆーもんなの。陸斗ピュアすぎて、オレ心配だわー」
「ピュアじゃねぇし」
そりゃコイツみたいに、非童貞のチャラ男とは違うけどさ。それでもやっぱり女の子に、ライバル視されるなんてイヤじゃん。
俺はホモじゃないのに。
「とにかく」
銀児はケガした方の手を強引にとると、少し怒ったような声で言った。
「気をつけろよ。女も男も」
「ほぅ、俺に人間不信になれと」
「それでもいいけど、オレ以外を信じるなっつーこと」
「ハァ? ……なんだよそれ」
ていうか、それでもいいのか。
相変わらずコイツは訳わかんねぇ事を言う。
「これでも心配してんだよ? ピュアでウブな陸斗ちゃんを、さ」
「うっせぇ。ヤリチン男め」
「ひどーい、オレ陸斗一筋だってのに!」
「ほざいてろ」
気色悪い冗談、なんとかならないのかね。
これさえなけりゃ一緒にいて楽しいヤツなのに。
俺は可愛くもなんともない、ふくれっ面の男を置き去りに歩き出した。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
最悪な日ってあるらしい。
今日がその日だ。
「うわ。すぶぬれじゃん」
「水遊びでもしてきたのかよ」
ゴミ捨てて戻ってきた俺に、ドン引き顔のクラスメイト達。
「なワケないだろ……」
これでも手持ちのハンカチでふいたから、水がしたたる程じゃないけど。それでも明らかに上から水をかぶったのは分かるだろう。
ゴミ捨て場が学校の裏にあって、そこに行って帰ってくる時。
突然上から水がぶちまけられた。避けるなんて出来なくて、まんまとこの状態ってワケ。
「あーあ、かわいそ」
「こっちこいよ」
「風邪ひくぞ~」
そう言って友達三人がかりでタオルでふいてくる。
親切なヤツらだ。
でも少し強引すぎる……距離も近いし。完全に抱きつかれるようにされるから、気はずかしいやら気色悪いやら。
「着替えないとヤバいだろ~」
「濡れて服透けてるし」
えっ、マジで? と見れば確かに下のシャツが見えてる気がする。
まぁ女じゃあるまいし、見えてどうってこともないけど。でもやっぱりベタベタはりついて気持ち悪い。
「あー……でも」
着替えなきゃ。体操服、あったはずなんだけど。
今日は悪い事が重なるもんで、体育の時間の前に体操服が無くなった。
けっきょく無気力時期もあって適当にサボったんだが。ここで困ることになるとは。
「体操服、ボクの貸してあげようか?」
友達の一人が言ってくれた。
すると我も我もと、他の奴らも差し出してくる。
「えっとぉ……」
親切なのはすごく嬉しいし、ありがたい。でもちょっと熱心すぎやしないか?
エンリョすんなって押し付けられた体操服にを、少し引き気味に受け取ろうとした時。
「……おい。キミたちィ? オレの陸斗クンに何しちゃってんのォ」
軽口とは真逆の笑ってない目で、銀児が現れた。
珍しく機嫌が悪いらしい。強い力で俺の首ねっこをつかむと、廊下まで引きずられる。
「いだだだッ、なにすんだよ!」
「別に」
「離せよ、痛いってば」
「やーだ」
苦しいやら痛いやら。そして周囲の視線もイタイ……そのまま、近くの空き教室に放り込まれた。
「な、なに」
さすがに怖い。表情がよく見えないから、コイツがどういう事考えてるかも分からない。
「銀児?」
いつものヤツはどこいった。明るくてアホっぽくて、ノリが良い。変で笑いどころの分かんない、冗談ばかりとばす男は。
目の前のコイツは、全然知らないヤツだ。
なんだかこの顔……俺、見たことある気がする。すごく嫌な気分だ。
「陸斗」
「な、に」
なんで笑ってくれないんだ?
なぁ笑ってくれ、怖いよ。目が性犯罪者のそれたぞ……頼むから……。
祈るような気分で、アイツの顔を見上げる。
そういえば少し俺の方が背が低いんだった、と苦々しくも思う。
「……ぷぷっ、なんて顔してんのォ」
「へ?」
パッと笑った。
いつものアホでバカで、明るい銀児だ。俺の友達。
「ビビっちゃってェ。かわいーね、陸斗は」
「う、うっさい! お前が変なことするからだろうがッ」
いきなりこんな所に引っ張って行くなんて。
しかも怒ったみたいで、なんにも言わないし笑わないから。
本気で怖かったんだからな。
なんて言えない。でもすごくムカついたから、とりあえずこのアホの足を思い切り蹴りつけてやった。
「い゙っでぇぇっ!!! なーにすんだよォ」
「変なことをしたバツだよ。バーカ、死ね!」
「ヒドっ、てか言ったじゃん。『オレ以外信じるな』って」
「ハァ? どういう……」
そこで今朝を思い出す。
まさかクラスメイト達も信じるなって事か? 拭いてくれて、体操服まで貸してくれるヤツらを。
「お前のために言ってるんだけど」
銀児が何かを差し出してきた。
見覚えのある布。
これは俺の体操服じゃないか。
「これ。銀児が探し出してくれたのか?」
「そーいうこと」
「これも彼女の仕業なのかな」
とたん憂鬱になる。
みぞおちの部分が重くなるような。
体操服は今の俺と同じく、ぐっしょりと濡れていたから。
「多分な」
「ひどすぎだろ……」
まさにメロドラマ。ホモに間違われてコレは最悪だ。
深いため息をもらす俺に、銀児は真顔で言った。
「でも協力者もいると思うぜ」
「は?」
「その伍代 華子は下級生だろ。下駄箱や教室でウロウロしてたら目立つしよォ」
すごい。なんだか銀児が頭良く見える。普段、アホっぽいことしか言わないアホなのに。
それを素直に言えば苦笑いされる。
「陸斗のオレに対する評価がヒドすぎだろ」
「だってこの前、ゴリラと真剣にケンカしてたろ」
コイツ、ホモじゃないのに。そんなにゴリラが嫌いなのかってほど……犬猿? 犬ゴリラの仲ってやつか。
「オレは犬?」
「うん、チワワっぽい」
「えー。 ゴリラにひとひねりされるヤツじゃん」
「持ち前の牙でなんとかしろよな」
「小さいじゃん……チワワだし……」
「あ。俺、チワワって苦手だった」
「陸斗。お前ねェ」
それこそアホみたいな、他愛のない話をしていたら少しずつ落ち着いてきた。
うん……初めての状況に、俺もテンパってたから。
「ともあれ、彼女には協力者がいる可能性もあるからさァ」
「協力者?」
銀児の言葉に顔をしかめる。
確かに、下級生がここの教室や下駄箱でウロウロしてたら目立つだろう。クラスのヤツに頼んだとしたら……。
「だから言ったろ、オレ以外信じるなって」
銀児はそう言うと、自分の体操服を差し出してきた。
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