幼なじみは(元)美少女(現)ゴリラ

田中 乃那加

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2.ゴリラVSチャラ男

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「ギャハハハッ! なんだそりゃぁ、超ウケるぅ!」

 ―――いつもの学校、昼休み。

 机に肘ついて爆笑してるのは、クラスメイトの松前 銀児まつまえ ぎんじ
オマケに手まで叩いて。どこのJKだっつーの。

 ……銀児って男は、見たところチャラい。
 そして、実際もチャラい。
 明るくて男女関わらず、好かれるタイプだ。
 俺に言わせれば、単にノリが良くて八方美人じゃねーのかって思うけど。でも、まぁ悪い奴じゃない。バカだけど。

「他人事だと思って」
「他人事だもーん」

 このバカ、ぶん殴ってやろうか。
 無言で拳を振りあげれば、ニヤニヤ笑いながら肩をすくめる。

「まさか、陸斗に彼氏ができるとはねぇ」
「彼氏じゃねーよ、彼氏じゃ!」

 俺はホモじゃない。可愛くてオッパイの大きな女の子がいい。
 何が悲しくて『イケメンで雄っぱいの大きなゴリラ』に好かれなきゃならんのだ。

「でも結婚の約束、しちゃったんだろ?」
「してねーし。アイツとはしてねーもん」

 約束したのは、可愛い天使みたいな『アイちゃん』でゴリラ男じゃないからな。

「もん、って……陸斗、めっちゃ可愛い!」
「おいおい、やめろよ」

 突然、ガシガシと俺の頭を掻き混ぜてきた。
 当然やめろって言うけど『大型犬飼ってみたいから』なんて、訳わかんねぇ返しをされる。

「かわいーね。好きだよ、陸斗」
「ハイハイ、俺も好きですよ」

 もはやノリというか、お約束だ。棒読みで渋い顔だから、意思は伝わるだろ。

「なんか愛が足りないなー」
「うるせぇな。愛なんてねぇよ!」

 これもお約束。
 んで、互いに小突き合って終了。

「それはそうと。ええっと、吾郎君? 朝も一緒でアツアツだったじゃん」
「アツアツ言うな! だから、あのゴリラが迎えに来たんだよ」
「ゴリラって……ぷぷっ、ヒドい」
「ふん、銀児も笑ってんじゃないかよ」
「いやいやいや。彼氏をゴリラ呼ばわりって」
「だーかーらッ、彼氏じゃねぇって言ってんだろォォッ!?」
「だって結婚の……」
「そこループすんなッ!」

 なんだかすごく疲れて、机に突っ伏す。
  ……朝から、本当に疲れることばかりだ。それも全て、あのゴリラが悪い。
 
 まず朝からゴリラ連れて歩いてたら、すげぇ目立つよな? 普通に注目浴びるのは、仕方のない事だ。
 俺だって。猛獣使いや飼育員じゃない奴がゴリラ連れてたら、2度見でも3度見でもする。もっとひどい奴だと、写真撮るかもしれない。

「確かに、筋肉バキバキだったけど」
「だろぉ?」

 銀児の言葉に、大きく頷く。
 制服もパッツンパッツンで、はち切れそうだった。
『これでもオーダーメイドなんだけどなぁ』って苦笑いしていたが。よくよく聞くと採寸時期からこっちで、また筋肉肥大してんじゃねぇかって判明した。

 ……そんなデカいのが、隣を歩く。しかも1番いただけないのが、その態度だ。
 まるで女にするみたいに。いや、それ以上に接してくる。
 さり気なく車道側を歩かせなかったり、歩調を合わせたり。
 更にはことある事に、肩や腰に手を添えてくる。密着度が半端ない。

 いくら離せと振り払っても『婚約者だから』とほざいて堪える様子がない。
 メンタル鋼なの? 空気読めない程の馬鹿なの?

「もう好き好き大好きって感じぃ。妬けるな~」

 銀児はそう言うと、また俺の頭を撫で回してくる。
 あー、もう。どいつもこいつも! 距離感ぶっ壊れた奴らばっかり。
 でもまぁコイツは友達だからいいよ。
 だって、男友達ってそんなもんだろ?

「おぉ、お熱いね二人とも」

 そう言って近付いて来たのは、クラスメイト。あと数人、引き寄せられるようにやって来る。

「そーなの。オレたち超ラブラブなのよン」

 妙なを作って答えたのは銀児。本当にノリの良い奴だよ。だからこうやって、人が集まってくるんだろうな。

「へーへー、羨ましいこった」
「陸斗も大変だよねぇ」
「ほんとほんと」

 そんなことを言いながら、コイツらも顔や頭をなでてくる。
 なんか俺、ペットみたい。
 
「おいおいおい、オマエらねー。オレのお姫様にさわんなよォ」
「あははっ。銀児が怒ったぁ」
「超愛されんじゃん」

 銀児が怒ったマネして、それを周りが面白がって冷やかす。いつものネタっつーか流れ。
 そろそろ飽きてきた。

「あー、ハイハイ。俺、ホモじゃねーから」

 いいかげん、離してくんねぇかな。なんか女子の生ぬるい視線も刺さるし。
 ま、これもお約束らしいから。芸人の鉄板ネタ的な?

「照れんなよー。チューしてやろうか」
「いらん、気色わりぃ」

 銀児がタコみたいに口尖らせて近付いてくるのを、奴らが笑う。まぁ面白く無いわけでもないけど、まだ無気力引きずってるからな。
 苦笑いしかでない。

 ―――そんな時だった。

 廊下がやけに騒がしくなった。ざわめきと、どよめきが遠くから波みたいに近付いてくる。

「?」

 そして廊下を歩く、巨人……。

「失礼します」

 巨人、いやゴリラが入ってきた。
 足音は案外人並みだ。相変わらず、変なコラージュみたいな顔と身体のギャップ。
 やっぱり制服がはち切れそうだ。

「陸斗君、ちょっといいかな?」

 そのゴリラは、笑みを貼り付けていた。

 ……コイツには周囲の動揺が聞こえてない? 
 みんな教室に進撃したゴリラに、恐れおののいてるじゃないか。
 さっきまで俺を構い倒してた奴らも、手を止め目を見開いている。
 銀児だけは、見たことない怖い顔してる。
 あ、ゴリラ嫌いなの? 俺と一緒じゃん。
 
『アレがまさか』
『……シロクマ?』
『いや。オランウータンだろ』
『最終兵器だな』
『顔イケメンとのギャップがエグい』
『え? 作画ミス?』
『肉体改造に失敗したイケメン』

 周りからヒソヒソされたり、やっぱり写真撮られてる。
 そりゃそうだよな、俺が第三者でもそんな反応になるもん。
 でも出来ればソッチ側でいたかった。

「なんだよ。……吾郎」
「ちょっとね」

 ゴリラは、そう言うと素早く俺に近付いた。
 いきなり間合いを詰められて、身構えたり反撃する余裕もない。

「ちょ、何……」
「忘れもの」
 
 瞬間。
 チュッ、という小さな音がざわめいた教室でもハッキリ聞こえる。
 ―――時が止まった。

 残されたのは、頬に落とされた唇の感触。
 コイツ、事もあろうに。俺にチューしてきやがった(頬だけど)!

 途端、教室内が蜂の巣つついたような大騒ぎに。黄色い悲鳴が耳に刺さる。

「な、な、な……」
「朝の分、ね」

 言葉も出ない俺に、ゴリラは平然と言ってのけた。『可愛い』なんて余計な言葉まで付けて。

「て、テメェ……ッ、何すんだァァァァッ!」

 ようやく声が出せて、怒鳴りつける。
 このセクハラゴリラめ! なにも、こんなところでも目立つ事ないじゃないか。
 
「照れなくても良いんだよ?」
「照れてないっ! てか、そーゆー問題じゃないぃぃッ!!」
「ベロチューして欲しかった?」
「べっ……い、嫌に決まってんだろッ」

 なにが悲しくて、ゴリラとのキスシーンを公衆の面前で晒さなきゃならんのだ。辱めにも程がある。

「だって僕」

 肩を引き寄せられる。腰を抱かれ、その人間とは一線画す胸板に閉じ込められるまで、数秒。
 それこそ唇にキスするんじゃないかって距離で、ゴリラのクセに甘く囁いてきやがった。

「君の婚約者、でしょ」
「あ、あ、あ」
 
 冗談が過ぎる。
 耳にかかった息が、気色悪くて。背中がゾワゾワして。
 まるで酸欠の金魚みたいにパクパクと口を動かすだけで、何も言えない。
 
 ―――たっぷり数秒置いて、教室内がまたパニックにおちいった。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫


 ……なにこの地獄。

 学校の帰り道が、こんなに苦行だったのは初めて。
 右にチャラ男。左にゴリラ。これが、両手に華(女の子)なら良かった。
 両手に野郎共なんて誰もうらやましがらないし、俺も全然うれしくない。

「……」
「……」

 しかもコレだ。
 二人ともダンマリ。
 時折かわすのは、冷たいような熱いような視線のやりとり。互いに牙をむいてるのは分かるが、それを俺を挟んでするもんだから居た堪れない。

「陸斗。今日お前ん家行っていいよね?」

 突然そう言ってきたのは、チャラ男……銀児だ。

「えっ、あぁ。良いけど」

 なんの用事だ。コイツよく、ウチに来るんだよな。
 んで、しょっちゅう母さんと長話してる。
 ここでも対人スキル使ってんのかとか。年頃の男が友達の母親と仲良く喋ってんのは、アウトなのかセーフなのか……。
 少なくても息子は、微妙な気分。
 
「僕も行っていいよね?」

 すかさず横から口を挟んだのは、ゴリラ……じゃなかった。吾郎だ。
 相変わらず微笑んでいるように見えるが、よくよく見ると目が笑っていない。俺の肩にグッと手をかけてる。

「え゙、あー。良いけど」

 コイツも母さんとしゃべりたいのか。確か、今日パート休みで家にいるって言ったもんな。
 互いに積もる話もあるだろうけど、これも微妙な気分だな。
 ウチの母さんは、別に美魔女ってワケじゃない。確かに年の割には若いと言われるが。
 だからって高校生が群がるのは、なんかイヤだ。

「ちょっと五里合さァ。空気読んでくんない?」
「空気って、なんの事ですか」

 最初に、剣呑けんのんな声を発したのは銀児。
 それに応えた吾郎は、お世辞にも先輩に対するそれじゃあない。

「オレが、家行くって言ってんの。遠慮しろ、な?」
「なんでですか」
「なんでってオマエ……」

 薄ら笑い、でも目は全く笑わずのゴリラ。
 今にもドラミングするんじゃないか、って怒気を発している。

「もしかして、松前先輩……
「……」

 おいおい『エッチな事』ってなんだ。そして銀児も黙り込むな! 肯定したみたいになってんじゃないかよ。

「お、オマエこそッ、大人の階段登っちゃうつもりだったんだろ」
「……」

 銀児も何言っちゃっての! 大人の階段ってなに!?
 そして吾郎、お前も黙り込むんかいッ。

「お前たちッ、変な事考えたウチにくるんじゃない!」

 て言うか、コイツらそんなに母さんの事……俺はこれからどんな顔で家族に接したら良いんだよ!?

「べ、別にオレ達は、やましい事なんて……なぁ? 五里合」
「そ、そ、そ、そうだよ! 、実に健全な気持ちだから。信じて、陸斗君」
「おぉぉいッ、五里合! 何シレッと裏切っちゃうのぉぉぉ!?」
「裏切るも何も、僕そもそも仲間じゃないですし」
「空気読って言っでしょーが!」
「松前先輩のために読む空気なんて、知りません」
「ハァァァ!? コイツ超ムカつくんだけどーッ!」

 ゴリラVSチャラ男。なんか変な戦いが始まった。
 俺はため息をつく。大の男達が屋外で、ガキみたいな喧嘩始めるもんだから。すごく目立つ。しかもここは、同校の学生も多い。
 
『何? 三角関係?』
『間男?』
『わーBLだー』

 そんな声が聞こえてくる。
 そりゃそうだよな。だって、この喧嘩の最中。2人のバカ野郎共は、俺の肩やら腰やら触りながらケンカしてんだもん。
 見た目は完全に、ホモ達の痴情のもつれだ。
 ……すごく嫌すぎる、帰りたい。

「陸斗はオレのだ!」
「いやいやっ、僕の婚約者ですよ?」
「ガキの頃じゃねーかよー!」

 中指立てて怒鳴るのは銀児。

「それでも約束は約束ですから」

 一応口調は穏やか。でも殺人鬼みたいな目してるし、こめかみピクピクしてるある意味怖い吾郎。

「今彼はオレだし!」
「僕は婚約者です」

 なんかよく分からんし、碌に聞いちゃいないが……。

「黙れッ、この変態共がァァァッ!!」

 とうとう俺はそう叫んで、その場から逃げ出した―――。
 
 


 
 
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