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1.ゴリラなあいつ
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俺、岸辺 陸斗の休日。
天気は曇り。
別に出掛ける用事もないから、朝から自室に引きこもり中。
ゲームや漫画も、もちろん勉強も。その視界の中に入れる気すらおこらない。
まったくの無気力な日。
こういう時期、必ずあるんだよなぁ。
馬鹿みたいにやる気しない。やる気スイッチがオフで、ボンドかなんかで固定されてっつーかんじ。
「アイちゃん」
ベッドでごろ寝しながらのひとりごと。
……昨晩、懐かしい夢見たんだ。小学校入る前の頃の夢。
俺には、1つ下の従兄弟がいて。
当時近くに住んでたもんだからしょっちゅう一緒だった。
互いの家にお泊まりするのは当たり前だし、幼稚園も同じで。
確か『アイちゃん』って呼んでた。
本名は……忘れた。
なんせ10年以上前のことだもん。
小学校に上がる前に、アイちゃんは引っ越して行った。すごく凹んだし、悲しかったけど俺とアイちゃんは約束したんだ。
『大きくなったら結婚する』って。
……あ。勿論ガキの頃の話だし、現実には不可能だ。
アイちゃん、男の子だから。
「アルバムねぇかな」
またつぶやいた。
でも実際に探しにいくのは、面倒臭い。なんせ無気力だし。
だから思い出だけで、アイちゃんを思い描く。
―――とにかく可愛い子。
女の子みたいな……下手したらそこらの女より可愛かった。
目もくりくりしてて大きくて、色も白くて。細くて華奢でな。
当時は本気で女の子だって思ってたんだぞ。
真実を知った少年の俺は、まぁまぁガッカリしたさ。
でも俺、馬鹿なガキだったからさぁ。
あれだけ可愛い子だったら男でも結婚出来る、って数年間くらいは豪語してたんだよ。
今思えば単なる負け惜しみだな、うん。
一緒に風呂入ったりしてんのに、男だと気が付かない辺りで察してくれ。
そんなとりとめない、記憶の発掘に勤しんでいると。
玄関から響く、インターホンの音。
『陸斗ーっ、ちょっと出て!』
手が離せないのだろう。母さんが叫ぶように言ったのが、下の階から聞こえる。
『はーやーくーっ!!』
スルーしようとしたら、追撃で急かされた。
すごくめんどくさい。
都合よく使いっ走りしやがってさ。
……無気力モードな俺はそれから数回の押し問答の末、ようやく返事した。
重い身体を引きずるように玄関に向かう。
「へいへい。お待ちくださーいってな」
かなり時間空いたから、留守だと判断して帰ってくれないかな。てか。どーせ近所のババア辺りが、回覧板持ってきたとか。宅配便とか。
どっちにせよ、ろくな用事じゃないだろうし。
―――玄関にたどり着く。
どうやら、諦めてくれなかったらしい。
ドアのすりガラス部分に、やたら大きなシルエットが映っている。
男か……業者かな。
ピンポーン、と遠慮がちに二度目。
ここまで来て出ないのも、と思って『はーい』と声を張り上げた。
鍵を開けて、ドアノブに手を掛ける。
「すいません」
何に対してのすいませんか、よく分からないけど。とりあえず形だけ口にながらドアを開けた。
「あ。どうも」
「!!!!!」
思ったより柔和な声が返ってくる。でも視線を来訪者に向けた俺は、言葉が継げなくなった。
……で、デカい。すごくデカい。
何がデカいって言うと、まず身長。2m近くあるんじゃないか。
そしてそのガタイもビッグサイズ。どこのボディビルダーさんだろうか。それとも格闘家か? どっちにしても、筋骨隆々な身体にピチピチのTシャツははち切れそう。
つーか、どうでもいいけど。
今日はそんなに暑くないからな? 少なくても、ピチTシャツに同じくピッタリな半ズボンのコーディネートする気候じゃない。
「あの」
マッチョ男が、固まる俺に怪訝そうに声を掛けてきた。
うん、まずこっち見んな。アンタの存在自体が、情報量半端ないだろうが。
……なんて言う訳にいかず、俺は愛想笑いなんか浮かべて『いえ、すいません』なんて適当に会釈する。
「あの。隣に引っ越してきました、五里合です。両親に変わってご挨拶を……あ、これどうぞ」
そう言って、手渡されたのは洗剤。
あぁ、隣空き家だったもんな。アイちゃん一家が昔住んでた家。そうか、ようやく新しい人達が来たのか。
なんて、淡い感傷にひたる。
「あのさ。間違えてたらごめん。もしかして」
五里合、とかいう筋肉男がためらうように微笑んだ。
その顔は身体に全く似合わず、さわやか系のイケメン。
まるで下手くそなコラージュみたいだなって思いながら、彼の言葉の続きを待つ。
「陸斗君、だよね?」
「え」
なにコイツ、なんで俺の名前知ってんの!?
こっちには全く面識がない。もしくは、無いって思っているのに。
ポカン、としていると彼は眉を下げる。
「ええっと、覚えてないかな。小さい頃だったよね。あの僕……」
「あらー! もしかして『アイちゃん』!?」
―――俺の後ろから、声が飛んできた。
振り返ると母親が、ニコニコと満面の笑みで立っている。
「母さん、何言ってんだよ。アイちゃんは……」
「ご無沙汰してます。おばさん」
マッチョ男の丁寧な挨拶に、俺の言葉は遮られた。
んでもって、さらに俺不在の会話は続く。
「大きくなったわねぇ。陸斗と一つ下だから、高校一年かしらぁ」
「はい。この近くの高校に」
「まぁ! 陸斗と同じ。月曜から一緒に登校したら良いわ。ねっ、陸斗」
「待て待て待て待てぇぇっ!!」
俺は二人に、大声で待ったを掛ける。
話が見えんし、状況がカオスだ。一旦整理させてくれ。
「そ、そちらさんは……どなた?」
「ヤだなぁ、他人行儀だね。僕は五里合 吾郎、アイちゃんだよ『陸斗君』」
「う、うそォォッ。お、お前が、アイちゃん!?」
「そうだよ。陸斗君、懐かしいなぁ。すっかり美人さんになって……」
うっとりと見つめてくるマッチョ男。いや、アイちゃん(と自称する男)の視線に、ゾクリと寒気が走る。
なになにコイツ、もしかして……ホモ?
「アイちゃん……もう吾郎君ね、だってなかなか逞しくなったわよ。運動でもしてるの?」
「そんなそんな。中学でサッカーしてた位ですよ」
サッカーでこんなムキムキになれんのか? むしろ、邪魔だろ。どこの暴走機関車だよ……。
そんな事をちょいちょい心でツッコミつつ、俺の中であの可愛い『アイちゃん』の思い出が、音を立てて崩れていくのを感じていた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
さて。
俺は今、人生最大のパニックに陥っているワケだ。
……粉砕されてこなごなになった幼き日の思い出と、目の前のゴリラ。
母さんがなにを血迷ったか『少し上がって行きなさいよ』なんて、言いやがって。
そのあとしばらくは二人でしゃべっていたのに、今度は本当に宅配便が来て。つかの間の二人きりの気まずい時間だ。
「アイちゃんが、こんなゴリラなハズがない」
「アハハ。陸斗君ってば、面白いなぁ」
「面白くねぇぇッ、ぜんっぜん、面白くありませぇぇぇんっ!」
バァァンっと、テーブルを叩く。
叩かずには居られなかった。
だってそうだろ。あの可愛くて可憐で、今まで見たどの女の子より天使で……それがなんでこんなゴリゴリな類人猿に成長するんだ。
……おかしいだろ。進化の過程で間違ったのか!?
呪いか、魔法を掛けられた的なアレか。
「えっと、吾郎。君は本当に、アイちゃんなのか!?」
「もうっ、疑い深いんだから。僕はちゃんと覚えてるんだよ。よくここに泊まりに来たでしょ? 一緒にお風呂にも入ったよね」
「ま、まぁ。そうだな」
「そう言えば……陸斗君のお尻には三角形に並んだホクロと、生まれつきのアザがあったでしょ?」
「!」
そうだ。確かにある。アザは、蒙古斑とか言うヤツで、結局消えずにそのままあるんだ。
「な、なんで知ってんだ……」
「当たり前じゃないか」
ゴリラ野郎の吾郎が、困ったように笑う。
「お互い、裸なんて沢山見たでしょ」
「うっ」
そりゃそうだけど。そうなんだけど……なんか複雑っつーか。この姿のコイツに言われると恥ずかしさ超えて、なんか怖い。
「あとね。幼稚園の年中さんの時。近所の犬に一緒に追いかけられたよねぇ……あの時、僕を必死で守ってくれようとして。見事に噛まれて、怪我しちゃったんだよね。あの時はありがとうね」
それも確かにあった。
そりゃあ。可愛くて大好きなアイちゃんを、アホ犬から守ろうと必死だったんだ。
ま。その犬は死ぬほど獰猛な、チワワだったんだけどな。
ガキの身の上だと、牙むく小型犬もオオカミに見えるってもんだ。
「でもまぁよくもそんな古い話を……」
「当たり前でしょ。大好きな子との、大切な思い出なんだから」
「お、お前なァ」
恥しい事を、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだ。しかも顔だけは、爽やか系イケメンだから様になっている。
くそっ、なんか敗北感がすごいことに。
「じゃあこれは覚えてる?」
「っ、!?」
突然、腕が伸びてきた。避ける暇もなく、テーブル越しで俺の手を掴んで握りしめる。
顔同士も、グッと距離が縮んだ。
「『結婚しよう』って約束」
「あ、あ、あ……あれ、は……」
覚えてる。超覚えてる。美少女(俺的記憶)に、逆プロポーズされたんだぞ。覚えて無いなんて、男じゃあねぇだろ。
でも今となっては話が別だ。相手は美少女でも美少年でもない。
顔だけはイケメンの、ゴリラなんだから。
「覚えてくれてるみたいだね。嬉しいなぁ」
「あ、アイちゃんは……っ、お前みたいなゴリラじゃなかった!」
「あー、そうかもね。でも間違いなく、僕は『アイちゃん』だよ。それはもう分かったでしょ」
そうだけど、気持ちがついていかない。当たり前だろ……初恋だったんだぞ。
「て言うか。おたがい共に覚えてるって事は、これ有効ってことだよね」
「え゙っ」
握られた手が、勢いよく引かれた。
無防備だった姿勢が崩れ、あわや顔をテーブルにぶつけそうになる。
「っ、てめッ……危ねぇだろーがっ」
「アハハ。ごめんごめん。でも、ホントに綺麗になったよね。陸斗君」
「き、綺麗だぁ!? 馬鹿な言ってんじゃねーぞ! 気色悪ぃッ」
「えー、謙遜しちゃって。そういう所も、変わってないね……好きだよ」
「へ?」
また数センチ近くなる顔。
もうほとんど、鼻先がくっつくほど。互いの吐息すら感じる。
……コイツの瞳の色、やっぱり少し色素が薄い。まるであの頃と同じ。
「陸斗君。結婚、しよ?」
「け、けけけけ結婚っ!?」
何言ってんだ。イカれてんのか。いや、イカれてんだマジで。
だって目が本気なんだもん! 冗談とかじゃない。怖い怖い怖い怖い怖いッ。
「ね。良いでしょ」
「良くねぇッ……何考えてんだ!」
だいたいコイツも俺も男じゃねーか……じゃなくて!
「昔の話だろ!?」
「でも約束したでしょ。指輪も受け取ってくれたし」
「あ、あ、あれはアイちゃんが……」
「残念。僕もアイちゃんですぅ」
「違うぅぅっ、絶対違うッ!」
マッチョに手を握られ、やたら熱くてキラキラ(ギラギラ?)した目で見られながら。
俺は人生で1番の危機を……貞操の危機を感じていた―――。
天気は曇り。
別に出掛ける用事もないから、朝から自室に引きこもり中。
ゲームや漫画も、もちろん勉強も。その視界の中に入れる気すらおこらない。
まったくの無気力な日。
こういう時期、必ずあるんだよなぁ。
馬鹿みたいにやる気しない。やる気スイッチがオフで、ボンドかなんかで固定されてっつーかんじ。
「アイちゃん」
ベッドでごろ寝しながらのひとりごと。
……昨晩、懐かしい夢見たんだ。小学校入る前の頃の夢。
俺には、1つ下の従兄弟がいて。
当時近くに住んでたもんだからしょっちゅう一緒だった。
互いの家にお泊まりするのは当たり前だし、幼稚園も同じで。
確か『アイちゃん』って呼んでた。
本名は……忘れた。
なんせ10年以上前のことだもん。
小学校に上がる前に、アイちゃんは引っ越して行った。すごく凹んだし、悲しかったけど俺とアイちゃんは約束したんだ。
『大きくなったら結婚する』って。
……あ。勿論ガキの頃の話だし、現実には不可能だ。
アイちゃん、男の子だから。
「アルバムねぇかな」
またつぶやいた。
でも実際に探しにいくのは、面倒臭い。なんせ無気力だし。
だから思い出だけで、アイちゃんを思い描く。
―――とにかく可愛い子。
女の子みたいな……下手したらそこらの女より可愛かった。
目もくりくりしてて大きくて、色も白くて。細くて華奢でな。
当時は本気で女の子だって思ってたんだぞ。
真実を知った少年の俺は、まぁまぁガッカリしたさ。
でも俺、馬鹿なガキだったからさぁ。
あれだけ可愛い子だったら男でも結婚出来る、って数年間くらいは豪語してたんだよ。
今思えば単なる負け惜しみだな、うん。
一緒に風呂入ったりしてんのに、男だと気が付かない辺りで察してくれ。
そんなとりとめない、記憶の発掘に勤しんでいると。
玄関から響く、インターホンの音。
『陸斗ーっ、ちょっと出て!』
手が離せないのだろう。母さんが叫ぶように言ったのが、下の階から聞こえる。
『はーやーくーっ!!』
スルーしようとしたら、追撃で急かされた。
すごくめんどくさい。
都合よく使いっ走りしやがってさ。
……無気力モードな俺はそれから数回の押し問答の末、ようやく返事した。
重い身体を引きずるように玄関に向かう。
「へいへい。お待ちくださーいってな」
かなり時間空いたから、留守だと判断して帰ってくれないかな。てか。どーせ近所のババア辺りが、回覧板持ってきたとか。宅配便とか。
どっちにせよ、ろくな用事じゃないだろうし。
―――玄関にたどり着く。
どうやら、諦めてくれなかったらしい。
ドアのすりガラス部分に、やたら大きなシルエットが映っている。
男か……業者かな。
ピンポーン、と遠慮がちに二度目。
ここまで来て出ないのも、と思って『はーい』と声を張り上げた。
鍵を開けて、ドアノブに手を掛ける。
「すいません」
何に対してのすいませんか、よく分からないけど。とりあえず形だけ口にながらドアを開けた。
「あ。どうも」
「!!!!!」
思ったより柔和な声が返ってくる。でも視線を来訪者に向けた俺は、言葉が継げなくなった。
……で、デカい。すごくデカい。
何がデカいって言うと、まず身長。2m近くあるんじゃないか。
そしてそのガタイもビッグサイズ。どこのボディビルダーさんだろうか。それとも格闘家か? どっちにしても、筋骨隆々な身体にピチピチのTシャツははち切れそう。
つーか、どうでもいいけど。
今日はそんなに暑くないからな? 少なくても、ピチTシャツに同じくピッタリな半ズボンのコーディネートする気候じゃない。
「あの」
マッチョ男が、固まる俺に怪訝そうに声を掛けてきた。
うん、まずこっち見んな。アンタの存在自体が、情報量半端ないだろうが。
……なんて言う訳にいかず、俺は愛想笑いなんか浮かべて『いえ、すいません』なんて適当に会釈する。
「あの。隣に引っ越してきました、五里合です。両親に変わってご挨拶を……あ、これどうぞ」
そう言って、手渡されたのは洗剤。
あぁ、隣空き家だったもんな。アイちゃん一家が昔住んでた家。そうか、ようやく新しい人達が来たのか。
なんて、淡い感傷にひたる。
「あのさ。間違えてたらごめん。もしかして」
五里合、とかいう筋肉男がためらうように微笑んだ。
その顔は身体に全く似合わず、さわやか系のイケメン。
まるで下手くそなコラージュみたいだなって思いながら、彼の言葉の続きを待つ。
「陸斗君、だよね?」
「え」
なにコイツ、なんで俺の名前知ってんの!?
こっちには全く面識がない。もしくは、無いって思っているのに。
ポカン、としていると彼は眉を下げる。
「ええっと、覚えてないかな。小さい頃だったよね。あの僕……」
「あらー! もしかして『アイちゃん』!?」
―――俺の後ろから、声が飛んできた。
振り返ると母親が、ニコニコと満面の笑みで立っている。
「母さん、何言ってんだよ。アイちゃんは……」
「ご無沙汰してます。おばさん」
マッチョ男の丁寧な挨拶に、俺の言葉は遮られた。
んでもって、さらに俺不在の会話は続く。
「大きくなったわねぇ。陸斗と一つ下だから、高校一年かしらぁ」
「はい。この近くの高校に」
「まぁ! 陸斗と同じ。月曜から一緒に登校したら良いわ。ねっ、陸斗」
「待て待て待て待てぇぇっ!!」
俺は二人に、大声で待ったを掛ける。
話が見えんし、状況がカオスだ。一旦整理させてくれ。
「そ、そちらさんは……どなた?」
「ヤだなぁ、他人行儀だね。僕は五里合 吾郎、アイちゃんだよ『陸斗君』」
「う、うそォォッ。お、お前が、アイちゃん!?」
「そうだよ。陸斗君、懐かしいなぁ。すっかり美人さんになって……」
うっとりと見つめてくるマッチョ男。いや、アイちゃん(と自称する男)の視線に、ゾクリと寒気が走る。
なになにコイツ、もしかして……ホモ?
「アイちゃん……もう吾郎君ね、だってなかなか逞しくなったわよ。運動でもしてるの?」
「そんなそんな。中学でサッカーしてた位ですよ」
サッカーでこんなムキムキになれんのか? むしろ、邪魔だろ。どこの暴走機関車だよ……。
そんな事をちょいちょい心でツッコミつつ、俺の中であの可愛い『アイちゃん』の思い出が、音を立てて崩れていくのを感じていた―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■
さて。
俺は今、人生最大のパニックに陥っているワケだ。
……粉砕されてこなごなになった幼き日の思い出と、目の前のゴリラ。
母さんがなにを血迷ったか『少し上がって行きなさいよ』なんて、言いやがって。
そのあとしばらくは二人でしゃべっていたのに、今度は本当に宅配便が来て。つかの間の二人きりの気まずい時間だ。
「アイちゃんが、こんなゴリラなハズがない」
「アハハ。陸斗君ってば、面白いなぁ」
「面白くねぇぇッ、ぜんっぜん、面白くありませぇぇぇんっ!」
バァァンっと、テーブルを叩く。
叩かずには居られなかった。
だってそうだろ。あの可愛くて可憐で、今まで見たどの女の子より天使で……それがなんでこんなゴリゴリな類人猿に成長するんだ。
……おかしいだろ。進化の過程で間違ったのか!?
呪いか、魔法を掛けられた的なアレか。
「えっと、吾郎。君は本当に、アイちゃんなのか!?」
「もうっ、疑い深いんだから。僕はちゃんと覚えてるんだよ。よくここに泊まりに来たでしょ? 一緒にお風呂にも入ったよね」
「ま、まぁ。そうだな」
「そう言えば……陸斗君のお尻には三角形に並んだホクロと、生まれつきのアザがあったでしょ?」
「!」
そうだ。確かにある。アザは、蒙古斑とか言うヤツで、結局消えずにそのままあるんだ。
「な、なんで知ってんだ……」
「当たり前じゃないか」
ゴリラ野郎の吾郎が、困ったように笑う。
「お互い、裸なんて沢山見たでしょ」
「うっ」
そりゃそうだけど。そうなんだけど……なんか複雑っつーか。この姿のコイツに言われると恥ずかしさ超えて、なんか怖い。
「あとね。幼稚園の年中さんの時。近所の犬に一緒に追いかけられたよねぇ……あの時、僕を必死で守ってくれようとして。見事に噛まれて、怪我しちゃったんだよね。あの時はありがとうね」
それも確かにあった。
そりゃあ。可愛くて大好きなアイちゃんを、アホ犬から守ろうと必死だったんだ。
ま。その犬は死ぬほど獰猛な、チワワだったんだけどな。
ガキの身の上だと、牙むく小型犬もオオカミに見えるってもんだ。
「でもまぁよくもそんな古い話を……」
「当たり前でしょ。大好きな子との、大切な思い出なんだから」
「お、お前なァ」
恥しい事を、よくもまぁいけしゃあしゃあと言えたものだ。しかも顔だけは、爽やか系イケメンだから様になっている。
くそっ、なんか敗北感がすごいことに。
「じゃあこれは覚えてる?」
「っ、!?」
突然、腕が伸びてきた。避ける暇もなく、テーブル越しで俺の手を掴んで握りしめる。
顔同士も、グッと距離が縮んだ。
「『結婚しよう』って約束」
「あ、あ、あ……あれ、は……」
覚えてる。超覚えてる。美少女(俺的記憶)に、逆プロポーズされたんだぞ。覚えて無いなんて、男じゃあねぇだろ。
でも今となっては話が別だ。相手は美少女でも美少年でもない。
顔だけはイケメンの、ゴリラなんだから。
「覚えてくれてるみたいだね。嬉しいなぁ」
「あ、アイちゃんは……っ、お前みたいなゴリラじゃなかった!」
「あー、そうかもね。でも間違いなく、僕は『アイちゃん』だよ。それはもう分かったでしょ」
そうだけど、気持ちがついていかない。当たり前だろ……初恋だったんだぞ。
「て言うか。おたがい共に覚えてるって事は、これ有効ってことだよね」
「え゙っ」
握られた手が、勢いよく引かれた。
無防備だった姿勢が崩れ、あわや顔をテーブルにぶつけそうになる。
「っ、てめッ……危ねぇだろーがっ」
「アハハ。ごめんごめん。でも、ホントに綺麗になったよね。陸斗君」
「き、綺麗だぁ!? 馬鹿な言ってんじゃねーぞ! 気色悪ぃッ」
「えー、謙遜しちゃって。そういう所も、変わってないね……好きだよ」
「へ?」
また数センチ近くなる顔。
もうほとんど、鼻先がくっつくほど。互いの吐息すら感じる。
……コイツの瞳の色、やっぱり少し色素が薄い。まるであの頃と同じ。
「陸斗君。結婚、しよ?」
「け、けけけけ結婚っ!?」
何言ってんだ。イカれてんのか。いや、イカれてんだマジで。
だって目が本気なんだもん! 冗談とかじゃない。怖い怖い怖い怖い怖いッ。
「ね。良いでしょ」
「良くねぇッ……何考えてんだ!」
だいたいコイツも俺も男じゃねーか……じゃなくて!
「昔の話だろ!?」
「でも約束したでしょ。指輪も受け取ってくれたし」
「あ、あ、あれはアイちゃんが……」
「残念。僕もアイちゃんですぅ」
「違うぅぅっ、絶対違うッ!」
マッチョに手を握られ、やたら熱くてキラキラ(ギラギラ?)した目で見られながら。
俺は人生で1番の危機を……貞操の危機を感じていた―――。
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