純愛男子はムッツリ男子に狙われる

田中 乃那加

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睨みを効かせる無愛想男

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「……」

 最悪、こんなとこ来なきゃよかった。それが今の感想。

「ほらほら、なにしけたツラしてんのよぉ」
「痛っ!?」

 したたかに酔った女友達に、背中をバシバシ叩かれる。
 えらく楽しそうだ。
 僕の方はもうこれだけで早く帰りたいってのに。

 ――何も知らないうちに連れ出された先は、なんてことない居酒屋。
 ちょっと小洒落た? でもリーズナブルで、サークルやゼミ内の飲み会とかでも使われる学生御用達の場所でもある。
 
 まったく知らない場所に連れていかれたワケじゃない、とホッとしたのもつかの間。
 そこには顔見知りやら、ほぼ知らない友達の友達までが数人。
 男女比が厳密に言えば半々でないのは、どうやら女の子がドタキャンしたらしい。

 そう、つまりこれは合コン。優子の言う『出会い』ってのはこういうことらしい。
 まぁ間違っちゃいない。でも今の僕が求めているかって言えば答えはNOだ。
 
 ざっと周りを見渡す。
 確かに可愛い子というには十分な女の子達ばかりだ。明るい髪色に、しっかりメイク。髪の先から爪の先まで整えられた女子力には、ほんとビックリする。
 しかも僕以外の男共も含めて、みんな明るくて陽キャだってのはよく分かるよ。だからこそ場違いなのだけど。

「大丈夫ですかぁ? えっとぉ、白瀬君?」

 少し鼻にかかった声の女の子が僕と優子の間に割り込んだ。
 あ。この子、最初の自己紹介で僕の名前覚えててくれたんだ。
 少し好感度アップ。

「あ、はい」
「もしかしてお酒苦手?」
「いえ。そういうワケじゃ……」

 ウソだ。本当はほぼ下戸げこに近いくらいに飲めない。でもそれが何となく言えなくて、今もこうして苦いとしか思えないビールをちびちび飲むフリをしていた。
 最高にカッコ悪いのは百も承知。

「そーなのよぉ、コイツぜんっぜん飲めなくってぇ」
「おいっ、優子!!」

 ヘラヘラと笑ってまた絡んできた女友達は、多分かなり酔ってると思う。
 っていうか。僕のためとか出会いが云々いってたけどさ、結局合コンの人数合わせなんじゃないのか。
 でも楽しそうに飲む優子や、ほぼ初めましてなのに早くも打ち解けて盛り上がっている周りに水を差すようなマネは出来ない。
 とは言ってもやっぱりこの空気感、馴染めないんだよなぁ。

「ねぇ鈴太郎君?」
「えっ」

 もう名前呼びされて、ビックリした。これがコミュ力か。それにさりげなくだけど、なんか少し距離が近い気がする。
 肩と肩が触れ合うほどで。確か、ええっと、名前……ユミちゃん? エリちゃん? だっけ、とにかく甘え声の彼女が微笑んでいる。

 縁取られた大きな目は上目遣いでこっちを見つめているし、僕の飲みかけグラスに何故かからんだ指は細くて長い。
 その爪先もキラキラとなんだかよく分からないけど、宝石? ラメ? みたいのがついてて重そうだ。

 華やかで綺麗な子だけど、やっぱり僕はもう少し清楚な方がいいなぁ。なんて失礼かつ、分不相応な事を考えていた。
 
「鈴太郎君って、『天木あまき』と知り合いなの?」
「へ?」

 誰だそれ。でも彼女がちらりと視線を僕の斜め後方によこす。そこで振り返れば。

「!」

 なんかコッチを睨みつけてる男と目が合っちゃったんだけど!?
 なんなの、めちゃくちゃ怖い顔だ。いや多分容姿的にコワモテってわけじゃなくて、なんなら結構イケメンなんだけど。
 でもその眼光がハンパない。まるで今から仕事しますっていう殺し屋みたいな目なんだもん。
 思わずヒッ、と小さく声をあげてしまった。

「し、知らないよ!?」

 知るもんか。こっちが認識もしてないのにガンつけてくるヤツなんか。しかも、さっきから何かを言ってくるわけでもなく、ただ無言で睨んでくる。
 小心者でコミュ障気味の僕にとって、恐怖でしかないよ。

「でも彼、さっきから鈴太郎君の方ばっかり見てるけど」

 そうなの!? 言われるまで、ぜんっぜん気が付かなかったよ! どんだけ鈍感なんだ、僕は。

 もう怖くて振り返るのすら無理。辛うじて笑顔をつくって、目の前のエリだかシオリ? だかに向き直った。

「ええっと、き、君は……」
愛梨あいりだよー?」
「ご、ごめん、人の名前覚えるの苦手で」
「ううん。いいって」

 エリでもシオリでもユミでもなかった。てかかすりもしてない。
 そんな失礼でマヌケな僕に、愛梨は明るく笑ってくれた。
 
「ジュース注文しよっか」
「え?」
「お酒、苦手なのに無理して飲んじゃダメだよ」
「あー……」

 確かに苦手だ。しかも何となく雰囲気でビール選んじゃったけど、すごく苦くて飲むフリだけでも苦行だ。
 そっとうなずくと、愛梨はメニューを出してくれた。

「アタシもあんまりお酒好きじゃないの」
「そうなんだ」

 聞くと飲めはするが、弱いとのこと。

「うふふ、仲間だね」

 そう微笑む彼女に僕もつられて笑う。なんかこういうのも悪くない、かも。
 そんな時。

「キャッ!!」
「おい大丈夫か」
「ちょっ、おしぼりちょうだい!」

 パリン、というガラスが割れる音と数人の慌てた声。どうやら誰かがグラスを落としたらしい。

「え?」
「大丈夫かなー」

 その瞬間を見てなかったせいか反応が遅れた。見ると、落としたのはくだんの睨みつけ男でやはり憮然とした顔でこっちを睨みつけている。

「えぇ……」

 こ、こわい。なんでそんな怒ってんだ、この人。てか、誰だっけ。自己紹介も覚えてないし。
 
 僕の困惑した様子を察したのか、愛梨は首を傾げて。

「ほんとに知り合いじゃないの?」

 と聞いてきた。
 
「いや初対面だよ。間違いなく」

 メンバー的に多分同じ大学なんだろうけど、学部が違うとほんとに接点がない。そう話すと、彼女は彼のことを話し始めた。
 
 要約すると、この男は一年。つまり一つ後輩にあたる。そしてやっぱり別学部らしい。

「あの人……いつもこんなんなの?」
「ううん。だいたい誘っても来ないんだよねー」

 確かに僕とは別の意味でコミュ障っぽいかも。

「顔はいいからモテるんだけど」
「へ、へぇ」

 こんなヒットマンみたいな怖い目をした人が? まったく顔面至上主義か、この世は。
 ため息をついた僕の前に、新しいグラスが置かれた。
 さっき注文した、ノンアルコールカクテルだ。

「綺麗な色だね」
「あ、うん」

 彼女のは薄い翠色、僕のは深い赤が炭酸の泡をともなって満たされている。
 
「あ、ほんとにメロン味だ。おいしー」

 無邪気な声に癒されつつ、僕もグラスをに口をつけた。

「?」

 最近のノンアルコールって本当にお酒みたいなんだな。僕のはクランベリートニック、つまりベースに炭酸水を加えたものらしいけど。
 後味がなんか……。

「味見させてー」
「あっ」

 横から細くて白い手がのびてきて、グラスを取った。
 関節キス、なんて言葉が頭の中に浮かんだ自分が嫌になる。けどそのあと彼女の『美味し♡』という言葉にどうでも良くなった。

 これが運命かもしれない。

「愛梨ちゃん」

 気がついた時には自分から距離をつめて、彼女の目を見つめていた。
 いつもの僕なら出来ないけど、多分少しずつ飲んだビールのせいかもしれない。
 そして暑くなってきてグラスの中身を一気にあおる。

「あのさ」

 元カノ (と呼ぶのがいまだに少し悲しい)とはまったく別のタイプの女の子に、惹かれてしまっている。
 惚れっぽい? なんとでもいえ。僕はこの天使のような笑顔を――。

「あれ?」

 お、おかし、い。
 頭がぐわんぐわんしてきたぞ。目の前が回って、どこを見ていいかわかんない。
 
「あれぇ、大丈夫かな」
「うぇ……あ゙、ぅ……な、なんか……変な」

 色彩だけがぐちゃぐちゃに交ざったみたい。なんか彼女が言ってるはずなのに、上手く聞き取れない。でも辛うじて笑みをつくる。
 笑わなきゃ。彼女も笑ってる、から。僕の、僕の、運命の、出会い……。

「あ。天木くーん、やっとつぶれたよー!」

 え? なに、アマキ? ツブレタ? ヤット? えっ? えっ? 意味わかんない。

 軽く押されて体勢を保てなくなった僕の身体。
 そのまま椅子から転げ落ちるかと思ったら。

『おぅ。悪ぃな』

 硬くてなんか弾力があって、あと温かいが僕の背中を包み込んだらしい。
 
「うぅ」

 もうダメ限界。眠い。眠くて仕方ない。あと目を開けると、またグルグルして気持ち悪くなりそう。
 もう見ることを諦めたまぶたは、優しく覆われる。

「白瀬 鈴太郎……俺が介抱してやる」

 辛うじて拾った言葉は、耳元で低く響く。
 その時には、僕の意識は緩やかに落ちていった。


 

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