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4.残滓は裏切り者の味がするか⑤
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―――縛り上げられた両手が痛くて呻く。
耳元で男が、耳障り悪く笑った。
「田野中 瑠偉、気分はどうだ?」
吐息がかかり、ゾクリと悪寒に戦慄く。
……確かこの声は、2年生。
学校の中でも特に素行の悪い先輩だ。
「恨むんならよォ、俺達じゃあなくてお友達を恨むんだな」
耳元の声がそう言うと、賛同するかのような声が上がった。
少し視線を向ければ分かる。
あと2人。3人の男子生徒に僕は捕まったらしい。
……手足を縛られ、転がされた床は冷たく硬い。
帰り道に突然後ろから、飛びかかられて。
気がつけばこのザマだ。
ここはどこなんだろう。廃業になった、飲食店みたいな。
雑然として薄暗い家屋内。
視線を巡らせる。
「キョロキョロしてんじゃねーよ」
「っゔぐ!? ……ゲホッ、ゲホッ ……」
1人の男に腹を蹴りあげられた。
痛みと衝撃で、上手く息が吸えなくなる。
芋虫みたいに身体を丸めて悶える姿に、男たちは低い声で嗤う。
「可愛そうになぁ」
耳元で囁いていた男が言った。
「お前の友達の、譲治。アイツが俺の女に手ぇ出さなきゃ、テメーもこんなに苦しまずにすんだんだぜ」
……譲治が、このヤンキー達の?
確かに見た目チャラくて、女の子にモテる。
でも、彼自身はそれを上手く躱しているはずだ。
おおよそ、言い寄った女の子の方がでっち上げたのだと思うけど……。
だとしたって、なんで僕がその報復に使われなきゃいけないんだ!
「な、何を」
思わず彼らをギッと睨みつける。
「何を? 決まってんじゃねぇか……お仕置き、だよ」
「アイツ、調子乗ってるからなぁ!」
「ま。せいぜい、お友達の更正に役立ってもらおーぜ」
口々に勝手なことを言う。
……これから僕はどうなるんだろう。
恐怖と不安で頭がどうにかなりそうだ。
「くくっ、おいおい。テメー、なんちゅう顔してんだ」
内1人が、ニヤニヤと僕に顔を近づけてくる。
フッ、と再び吐息をかけられた。
「やべぇ、コイツ女みてぇじゃん」
「ほんとだ。イケそうだな」
「ヤっちまうか」
ねちっこく頬を撫でられ、震える。
……ヤる、ってなんだ。
何を『ヤる』つもりなんだろう。
嫌な予感しかしない。
だから動きの制限された身体を、必死でバタつかせる。
「おーおー、慌てちゃって」
「服脱がしちまえ」
「よしきた!」
男達の手が、制服にかかった。
埃だらけになったそれを、まるで引き裂くように剥がしていく。
ボタンが弾け飛ぶ。
「やぁっ、やめ……だ、だれかぁッ!!」
「無駄だって。ここ、廃墟だし」
「そんなっ……離せ、さ、触るな!」
唯一動かせるのは首だけ。
いくら叫び、意思を示そうが僕の服はあっという間に脱がされていく。
「お、身体も華奢だねぇ」
「こんな所にホクロあるんだ?」
「ちんちん、かわいーじゃん!」
……上がる嘲笑。
中途半端にまとわりつく服。
でも肝心な所は隠してくれない。
「っ、ひッ」
思わず悲鳴を上げる。
男達の手が僕の身体を無遠慮に触るから。
「色っぽい声出すねぇ」
「満更でもないんじゃない?」
……そんなわけない。
気持ち悪くて仕方ないんだから。
「このまま、突っ込んじまおうか」
男の言葉に、否応なしに恐怖する。
何を、なんて聞かなくても分かる。
僕はやめて、と必死に懇願した。
でも彼らはニヤニヤと笑うだけ。
3人がかり、しかも縛られて。
のしかかってきた体重に、絶望した―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
ヒタ、と何かで頬に触れられた。
「おい」
「ん……ぅ」
冷たい。
でもジワリ、と当てられた部分が少し暖かくなる。
―――目を開けると。
ジョージが心配そうに、こちらを見つめていた。
「ルイ、大丈夫か」
「え、僕いつの間に寝て……」
「……今すぐここから出ろ」
「えっ?」
確か、あれから出された飲み物を飲んだっけ。
それで突然眠くなって……。
「ルイ!」
ぼんやりとしていた僕に、業を煮やしたのだろう。
突然、腕を掴まれた。
「い、痛っ!!」
「早くここから出ろ」
「それってどういう……」
「良いから!」
グイグイと引っ張って、窓辺まで。
「ここから飛び降りろ」
「えっ!? ちょ、待って……」
「下は柔らかい草地だ。怪我は滅多にしないから」
「えぇっ!?」
一方的に言いながら、窓を開ける。
そして僕を『ほら、行け』と急かした。
「えっ、ちょ、な、なんで」
「時間がない!」
「え……うわぁっ!?」
―――半ば突き落とされるように飛び降りた。
……ドサッ。
「いてて」
強かに打った箇所もあるけど、なんとか立ち上がる。
確かに下は柔らかく、怪我はなそうだ。
「行け、振り返らず走れ!」
2階の窓から、彼は叫んだ。
訳が分からず呆然とする僕に、彼の言葉が刺さった。
「もうオレに会いに来ちゃダメだぞ!!」
「な、なんで」
「……」
彼は黙って、僕に背を向ける。
そして窓は閉められた。
「ジョージ……」
呟きながら、僕はその場を後にする。
―――元来た道を1人で歩く。
すっかり日は暮れた。
市場は閉まってしまったけれど、それでもこの町は明るいままだ。
酒場や娼館。
人は多く行き交い、音楽は絶えない。
別にお祭りとかじゃないのに、道で踊り出す酔っ払いもいる。
そう、楽しそうで明るい光景だ。
……そして光があれば影もある。
ストン、と陰った裏路地。
痩せた娼婦や孤児達が、鋭い目付きで潜んでいる。
その目には、どんな世界が広がっているだろう。
「帰ろかな……」
僕は宿屋に向かって歩き出した。
きっと彼に何かあったんだろう。
でもそれが、僕の立ち入って良いことなのか。
仲間に相談、してみよう。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
「遅かったじゃないの!」
部屋の前にカンナがいた。
酷く慌てた様子で、僕を廊下の隅に連れて行った。
「マトもすごく心配してたわよ」
「マトが……?」
「あと、すっごく怒ってた」
「うそ……」
「本当よ」
「……」
そんな怒られるほど、遅くないだろうに。
そりゃあもう日は暮れて、かなり経ってるけどさ。
「べ、別にっ、マトなんか怖くないし!」
「ふーん?」
「こ、怖くないもん……」
「今、部屋にいるけど」
「……」
「一緒に謝ってあげようか?」
カンナがニヤニヤして言う。
なんだか子供扱いされてるみたいだ。
「だ、大丈夫」
ようやくそれだけ言って、僕は部屋に入る。
―――キィ。
ドアの軋みと共に、ベッドの上に座ってる彼の姿が見えた。
「遅かったな」
「そ、そうかな」
まるで門限破りを責められる子供みたいだ。
マトは腕を組んで、こちらをジッと睨みつけている。
「こっち座れ」
「……」
「座れ」
隣をポンポン、と叩いて示す。
観念してゆっくり歩み寄る。
「ルイ」
「な、なんだよ」
あぁ、なんで僕がこんなにビクビクしなきゃいけないんだ。
「この匂い……お前、男の所にいただろ」
「え!?」
「図星か」
彼は目を細め、まるで僕の心を見透かすように見つめてくる。
「『部屋から出るな』と言っただろ。俺が居ないのを良いことに、浮気か」
「してないッ!!」
……彼は友達だ。
肝心な時に、一緒にいてくれない恋人とは違う。
「君こそっ、僕に言うことはないのか!?」
「俺?」
僕は彼に指を突きつける。
「カンナから聞いてるんだからな。女の子の所に通ってるんだろ。そんなに僕が嫌なら身を引くよ!」
「ルイ。それはどういう意味だ。俺と別れるってことか!?」
……低い声だった。
凍てつくような怒りの目を、彼は僕に向ける。
でも怯んでいられない。
唇を一度だけ噛んで、こう切り返す。
「その言葉の通りだよ」
「あのなーっ……ちょっと落ち着け!」
「落ち着け? 僕は落ち着いてるよ」
僕はまっすぐ、彼を見据えた。
そのエメラルドグリーンの瞳を。
「君は僕を守れないし、僕も君を守れないんだ。だからもう無駄だよ、別れよう」
「ルイ、お前……本気か?」
小さく頷く。
……でも僕は嘘つきだ。
本当は別れたくない。
浮気されても、彼が僕を見放しても。
記憶を失った僕に、優しくしてくれた彼。
僕が傷付き、魂をすり減らす事を自分の事のように嘆いてくれた。
そんな恋人を……どうして手放したいと思うんだ。
気持ちと反対の言葉ばかりが溢れていく。
傷付けたくないし、傷つきたくない。
それでも……傷つけてしまいたくなるのは何故だろう。
―――ポタリ。
「ルイ!?」
慌てたようなマトの声と顔。
それでようやく気がつく。
「あ……」
目から滴った雫が、濡らしたのは握った拳だった。
「ごめん」
これ以上言うときっと彼を責めてしまう。
傷付けてしまう。
……もう遅い気もするけど。
「おいっ、ルイ!」
―――僕は勢い良く立ち上がる。
伸ばされた腕を振りほどく。
力任せにドアを開け放ち、飛び出した。
これ以上、泣き顔見せたくない。
困らせるし、何より嫌われたくなかったから。
……馬鹿だよね。
もう嫌われるような事、言っちゃったのに。
「きゃっ!?」
部屋の前でカンナにぶつかりそうになる。
『ごめん』と呟いて、再び走った。
でも心のどこかで、彼が追いかけてくれるような気がしていた。
そんなわけないのに。
「っはぁ、ぁ……っ」
闇と灯りの溢れた町を、走る。
昼間の雨が嘘のような夜空だ。
でも満点の星空も、今の僕には見えない。
……頭の中に溢れかえる、疑問と困惑。
初めて、この世界にたった一人で取り残された気分だ。
「ここ、は」
カサ、と枯れた草を踏む。
いつの間にかここへ来ていた。
古びた建物。
白かった壁……教会だ。
「ジョージ」
彼にも『もう会いに来るな』なんて言われたし。
なのになんで、ここに来たんだろう。
……僕は一体、誰に何を求めて彷徨っているんだ。
「僕って本当に勇者なのかなぁ」
思わず独りごちる。
だって、我ながらすごくメンタル弱いし。
「あれ」
教会に近付いていくと、ふと感じた違和感。
「灯り?」
ほんの小さくだけど。
汚れて曇った窓ガラスに、ほんの小さく映った光。
ゆらゆらと、揺れているように見える。
……これは蝋燭の。
まるで導かれるように、鍵の掛かって居ない扉を開けた。
宿屋のドアより、さらに酷い軋みを上げている。
その隙間、そっと中に滑り込む。
「……おぅ。なんのようだ? お嬢ちゃん」
「っ!?」
―――気がついた時には、後ろに回り込まれていた。
振り向きざまに叩き込もうとした裏拳。
それより速い相手が、手首を捕らえる。
「うぁ゙ッ!」
「……おやおや。とんだじゃじゃ馬だな」
後ろに捻り上げられた両手。
荒々しい息が耳にかかる。
でもそれとは違う声が、前方の暗闇の中から響いた。
「ルイ君、ようこそ。また会ったね」
「貴方は……アレンさん!」
「そう。覚えていてくれて嬉しいな」
「こ、ここは!?」
「……んー、ここはね」
たくさんの気配に見渡せば、いつの間にか周りに十数人の男達がいる。
皆、ギラギラした目で僕を見ている。
比較的、身なりの良さそうな人ばかりだ。
「堂々と市場に出せない、そんな商品の取引場だよ」
「商品?」
「そう。探す者の居そうな家出少女、とか。領主の御息女もここで買われて行ったなぁ……きっと海の向こうで幸せにやってるさ」
「まさかそれって……」
「うちはね、主に性処理用の奴隷を販売しているんだ。だから、ここで少し仕込むってわけ」
……人身売買。
この世界、悲しいことに奴隷市場というモノがある。
そこでは人間も魔物も、奴隷という立場で売り買いされているらしい。
でもここは、そのアンダーグラウンドな部分。
攫ってきたり、騙したりして連れてきた少女達を秘密裏に売買するのか。
「下衆な……!」
「ふふっ、怒った顔も可愛いねぇ」
アレンが僕に近づき、頬を撫でた。
ゾクリ、と悪寒に似た感覚が背骨を走る。
「正義感も良いけど、今は自分の心配だな」
「な、何!?」
ジョージは知っているんだろうか。
自分が兄と思って慕っている人の卑劣な行為を……。
そんな僕の気持ちを先読みしたように、彼は微笑んだ。
「ジョージはね、優秀なスカウトマンさ。あいつが連れてきた女は、なかなか良い」
「嘘だ……」
「嘘じゃあない。ま、君に対してはそのつもり無かったみたいだが」
「えっ?」
……どういうことだ。
疑問に頭を捻ろうとも、周りの男たちの視線が気持ち悪い。
ジロジロと、まるで舐めるように見つめてくる。
「まだ分からない? 今夜は君が商品なんだよ」
「う、嘘……」
「ふふっ、嘘じゃないって」
「なんで……僕、男なのに」
「君ほど可愛いければ、需要もあるさ」
「へ、変態めッ!」
自分が性処理用の奴隷、つまり性奴隷として売買される。
……この事実に、吐き気が込み上げる。
「ほら、まず仕込みから」
「うぐっ、む……んんっ……っごほっ、っ!?」
―――頬を掴まれ、強引に口を開けさせられた。
上を向かされ、さらに鼻まで摘まれて何やら液体を流し込まれる。
……当然、吐き出そうとした。
でも大量に流されたソレは、多くが喉を通ってしまう。
咳き込みながら、涙目で睨みつける。
「ちゃんと飲めたね」
軽薄な笑みを浮かべて、アレンは瓶を振った。
ちゃぷちゃぷ、と音のするピンクの水薬。
「まさか!?」
「あ、知ってる? 媚薬」
あの時ジョージが渡してた薬。
強い興奮作用のある……。
「っうぅ!?」
「お。効いてきた」
……突然、身体の芯に灯った熱。
ドクリ、と心臓が大きく跳ねた。
「っや、こ、これ、変な……な、なんで」
ゾクゾクゾクッ。
奇妙な痺れが身体をかけ上る。
特に下半身、を中心になんとも言えないもどかしさがつのる。
「足を擦り寄せて……発情したね」
「は、は、はつ、じょ……?」
「そう。これは淫魔の血液に、ある特殊な薬草を配合して作られていてね。数ある魔法薬師でも、エリカしか調合出来ないんだ」
アレンは楽しそうに語りながら、僕の頬から首筋へ指を滑らせていく。
ボタンを外され、鎖骨をなぞられる。
まるで高熱に浮かされたように、抵抗出来ない。
それどころか、触れられた箇所がビリビリと変な感覚を訴える。
「っう……んんっ、ぁ……」
「ちょっと触っただけで、エッチな顔になったねぇ」
「くっ、だ、だれがっ……ぃい゙っ!」
乳首を思い切り抓られた。
「ほらここも。ピアスなんか付けられちゃうかも」
「んぅっ……やめっ、くぅっ……っあぁ」
くりくりと弄られたり、強く引っ掻かれたり。
初めての刺激なのに、僕の身体は馬鹿みたいに跳ねてしまう。
「……うん。これはなかなか値打ちものだな」
アレンは満足そうに頷くと、ようやくソコから手を離した。
そして肩で息をする僕に。
「ルイ君。それじゃあ手っ取り早く、皆の前で仕込んでしまおうか」
「ぇ……や、やだっ……助け、て……いや……」
……仕込むって、まさか。
犯される、ってこと?
―――恐怖と混乱でパニックに陥る。
嫌だ嫌だと暴れ回れば、後ろを拘束していた男に床に引き倒された。
「まず服を脱がす」
「やだっ、離せぇっ、助けてぇっ……!」
「叫んでも無駄だよ。ここは廃墟だ」
……また、だ。
僕の脳みそがデジャブを訴える。
以前もこうやって、無理矢理組み伏せられて服を脱がされた。
暴れても叫んでも泣いても、男たちはニヤニヤするばかり。
僕を抑え脱がしていく男達を、さらに好色の目で取り囲む人々。
楽しいショーを見るようだ。
僕はこんなに、怯えて苦しんでいるのに。
「ふむ……ちょっと待て」
アレンは服を脱がし終えた男達を止める。
そして何やら耳打ちすると。
「……ひひっ、あんたも惨い事を」
そう言って、1人の男が笑った。
「ルイ君、君の初めてを奪う人間を連れてきてあげる」
「……」
「おい、さっさと連れてこい!」
アレンが怒鳴ると、見物人の男たちの集団がサッと割れた。
そして後ろから、屈強な男に羽交い締めにされた少年が歩み寄ってくる。
「ジョージ!!」
「……ははっ、感動の再会だ」
嘲るような声に、唇をかみ締めるジョージ。
その顔は所々、殴られて痣が出来ている。
「その顔……!? 」
「こいつはね、この俺に刃向かったんだよ。君を売りたくないってね」
「!!」
「『ルイは友達だ』って言ってさ。まったく、さっきも部屋から君を逃がしてしまうしなぁ」
だからなのか。
部屋から飛び降りろ、とかもう会いに来るなとか言ったのは。
「でも、君の飲み物に薬を盛ったのはこいつだよ……チッ、怖気づきやがって」
アレンは忌々しげに、ジョージを睨む。
でもすぐに、うっそりと微笑むと、彼の頭を優しく撫でた。
「でももう一度チャンスをやる」
「あ、兄貴」
「……ルイを犯せ」
絶望に染まるジョージの表情。
さらにアレンは言う。
「可愛いジョージ、俺の言うことが聞けるか?」
「兄貴……ルイは、彼だけは……」
「ふぅ、じゃあ仕方ない。お前は殺そう」
「!!」
「当たり前じゃあないか。役に立たない弟は要らないよ。その代わりルイは、ちゃんと俺達が仕込んでやる。まぁ多少、壊れてしまうかもしれないが、ね」
「それはやめてくれっ、頼むから……」
「じゃあ。分かるよな?」
後ろで支えるように、羽交い締めにしていた男の腕が離れた。
ドサリ、と崩れ落ちた彼。
「ジョージ!」
呼びかけても顔をあげない。
ただ俯いて、荒々しい息を繰り返している。
「ほら。時間があんまりないよ」
アレンは彼の肩を抱き囁く。
「決断しなさい、ジョージ」
「……兄貴」
―――彼が顔を上げた。
ゆらりと立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
「や、やめて……ジョージ……嫌だ……」
自分でも驚く程の怯え声が出た。
……怖い。これから何をされるのか、分かっているからこそ。
「ルイ」
「やだ……こ、来ないで」
「いい子だから」
「や、やめて……こんな、事……っ」
どんどん近付いてくる。
心臓が痛いくらいに鳴り、恐怖が痛みと共に煽られた。
「……他の奴らにヤラれる位なら、オレが」
「ジョージっ、僕たち……友達だろ!」
……友達とそういう事、できるのか!?
そう聞きたくて、叫んだ。
「出来るよ」
「え!?」
「お前の事、友達だなんて思った事無いから」
「そ、そんな」
酷い。酷すぎる。
彼は僕のこと、商品だとしか思ってなかったのか。
他の女の子達と同じ、売るための道具。
……唇を噛んだ。
僕に、そんな価値はなかった。
そのことが頭の中に響いて、精神を苛んでいく。
「助けて……マト」
自分で別れを切り出した恋人の名を呼んだ。
来てくれるはずなんか、無いのに。
「ごめん。ルイ」
ジョージは僕に覆いかぶさってくる。
かかる重みに、絶望した。
「……ちょっと目、瞑ってて」
「えっ」
言葉と同時に、大きな手で目を覆われる。
―――カチャッ……パァァンッ!
同時だった。
それは紛れもない銃声。
片手で構えて、乾いた破裂音が鳴り響く。
「っ゙、ぐぁ゙ぁッ」
濁った呻き声。
それは僕の頭の上から。
……ビシャッ!
降り掛かってきた生暖かい感覚。
あぁ、これは。
「ごめん、汚れちまったな」
そう囁いて、ジョージは手を離した。
「怖かった?」
「ジョージ、君って奴は……!」
いつものように、爽やかな笑みを浮かべた彼。
痣の浮かぶ顔が、痛々しい。
「ごめん兄貴」
「ジョージっ……テメェ……!」
血反吐を吐き、血まみれの肢体を引きずるように、アレンは咆哮した。
「オレは、オレの守りたいモノを守るよ」
「こ、こんな事して……っ、ただで、すむと……!」
「思ってねぇよ。だからさ」
―――パァンッ、パァンッ。
「ぅあ゙ッ!」
「うっ!!」
二発の銃声で、二つの断末魔が上がる。
「さっき兄貴の魔銃盗ったんだ」
銃口から上がる煙に口付けるように、息を吹いた。
……火薬と仄かに香る異質な匂い。
これは、確かに魔銃だ。
魔道具武器の一つ。
普通の銃では倒せない、魔物等を仕留めるのに使われる。
「ごめんね、兄貴」
「ぎ、貴様゙……っ、殺じてや゙る゙……」
荒々しい息。
血塗れの腕が伸びる。
赤黒い血だ。
また大きく咳をして、血反吐を巻きちらした。
―――パンッ。
乾いた銃声。
血と脳漿が飛び散る。
頭を撃ち抜かれ、アレンの身体は大きく後ろに仰け反った。
……ドサッ。
「兄貴が悪いんだ。オレの友達を取ろうとしたから」
ぼんやりと呟く横顔。
飛沫した血と、痣に彩られている。
空虚な瞳に、僕は掛ける言葉を持たなかった。
「ルイ。下がってて」
「ジョージ、まさか君……」
「オレがケジメをつける。……全部、殺せばいい」
「む、無理だ! こんな大勢の相手なんて」
「……どうだろうなぁ」
飄々と笑う。
そして床に打ち捨てられた、僕の服の一枚を投げた。
「ほら、着ろよ。セクシー過ぎて、目の毒だ」
「なっ、今はそんな冗談!」
「……愛してるよ、ハニー」
―――そう言って彼は銃を構えた。
耳元で男が、耳障り悪く笑った。
「田野中 瑠偉、気分はどうだ?」
吐息がかかり、ゾクリと悪寒に戦慄く。
……確かこの声は、2年生。
学校の中でも特に素行の悪い先輩だ。
「恨むんならよォ、俺達じゃあなくてお友達を恨むんだな」
耳元の声がそう言うと、賛同するかのような声が上がった。
少し視線を向ければ分かる。
あと2人。3人の男子生徒に僕は捕まったらしい。
……手足を縛られ、転がされた床は冷たく硬い。
帰り道に突然後ろから、飛びかかられて。
気がつけばこのザマだ。
ここはどこなんだろう。廃業になった、飲食店みたいな。
雑然として薄暗い家屋内。
視線を巡らせる。
「キョロキョロしてんじゃねーよ」
「っゔぐ!? ……ゲホッ、ゲホッ ……」
1人の男に腹を蹴りあげられた。
痛みと衝撃で、上手く息が吸えなくなる。
芋虫みたいに身体を丸めて悶える姿に、男たちは低い声で嗤う。
「可愛そうになぁ」
耳元で囁いていた男が言った。
「お前の友達の、譲治。アイツが俺の女に手ぇ出さなきゃ、テメーもこんなに苦しまずにすんだんだぜ」
……譲治が、このヤンキー達の?
確かに見た目チャラくて、女の子にモテる。
でも、彼自身はそれを上手く躱しているはずだ。
おおよそ、言い寄った女の子の方がでっち上げたのだと思うけど……。
だとしたって、なんで僕がその報復に使われなきゃいけないんだ!
「な、何を」
思わず彼らをギッと睨みつける。
「何を? 決まってんじゃねぇか……お仕置き、だよ」
「アイツ、調子乗ってるからなぁ!」
「ま。せいぜい、お友達の更正に役立ってもらおーぜ」
口々に勝手なことを言う。
……これから僕はどうなるんだろう。
恐怖と不安で頭がどうにかなりそうだ。
「くくっ、おいおい。テメー、なんちゅう顔してんだ」
内1人が、ニヤニヤと僕に顔を近づけてくる。
フッ、と再び吐息をかけられた。
「やべぇ、コイツ女みてぇじゃん」
「ほんとだ。イケそうだな」
「ヤっちまうか」
ねちっこく頬を撫でられ、震える。
……ヤる、ってなんだ。
何を『ヤる』つもりなんだろう。
嫌な予感しかしない。
だから動きの制限された身体を、必死でバタつかせる。
「おーおー、慌てちゃって」
「服脱がしちまえ」
「よしきた!」
男達の手が、制服にかかった。
埃だらけになったそれを、まるで引き裂くように剥がしていく。
ボタンが弾け飛ぶ。
「やぁっ、やめ……だ、だれかぁッ!!」
「無駄だって。ここ、廃墟だし」
「そんなっ……離せ、さ、触るな!」
唯一動かせるのは首だけ。
いくら叫び、意思を示そうが僕の服はあっという間に脱がされていく。
「お、身体も華奢だねぇ」
「こんな所にホクロあるんだ?」
「ちんちん、かわいーじゃん!」
……上がる嘲笑。
中途半端にまとわりつく服。
でも肝心な所は隠してくれない。
「っ、ひッ」
思わず悲鳴を上げる。
男達の手が僕の身体を無遠慮に触るから。
「色っぽい声出すねぇ」
「満更でもないんじゃない?」
……そんなわけない。
気持ち悪くて仕方ないんだから。
「このまま、突っ込んじまおうか」
男の言葉に、否応なしに恐怖する。
何を、なんて聞かなくても分かる。
僕はやめて、と必死に懇願した。
でも彼らはニヤニヤと笑うだけ。
3人がかり、しかも縛られて。
のしかかってきた体重に、絶望した―――。
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ヒタ、と何かで頬に触れられた。
「おい」
「ん……ぅ」
冷たい。
でもジワリ、と当てられた部分が少し暖かくなる。
―――目を開けると。
ジョージが心配そうに、こちらを見つめていた。
「ルイ、大丈夫か」
「え、僕いつの間に寝て……」
「……今すぐここから出ろ」
「えっ?」
確か、あれから出された飲み物を飲んだっけ。
それで突然眠くなって……。
「ルイ!」
ぼんやりとしていた僕に、業を煮やしたのだろう。
突然、腕を掴まれた。
「い、痛っ!!」
「早くここから出ろ」
「それってどういう……」
「良いから!」
グイグイと引っ張って、窓辺まで。
「ここから飛び降りろ」
「えっ!? ちょ、待って……」
「下は柔らかい草地だ。怪我は滅多にしないから」
「えぇっ!?」
一方的に言いながら、窓を開ける。
そして僕を『ほら、行け』と急かした。
「えっ、ちょ、な、なんで」
「時間がない!」
「え……うわぁっ!?」
―――半ば突き落とされるように飛び降りた。
……ドサッ。
「いてて」
強かに打った箇所もあるけど、なんとか立ち上がる。
確かに下は柔らかく、怪我はなそうだ。
「行け、振り返らず走れ!」
2階の窓から、彼は叫んだ。
訳が分からず呆然とする僕に、彼の言葉が刺さった。
「もうオレに会いに来ちゃダメだぞ!!」
「な、なんで」
「……」
彼は黙って、僕に背を向ける。
そして窓は閉められた。
「ジョージ……」
呟きながら、僕はその場を後にする。
―――元来た道を1人で歩く。
すっかり日は暮れた。
市場は閉まってしまったけれど、それでもこの町は明るいままだ。
酒場や娼館。
人は多く行き交い、音楽は絶えない。
別にお祭りとかじゃないのに、道で踊り出す酔っ払いもいる。
そう、楽しそうで明るい光景だ。
……そして光があれば影もある。
ストン、と陰った裏路地。
痩せた娼婦や孤児達が、鋭い目付きで潜んでいる。
その目には、どんな世界が広がっているだろう。
「帰ろかな……」
僕は宿屋に向かって歩き出した。
きっと彼に何かあったんだろう。
でもそれが、僕の立ち入って良いことなのか。
仲間に相談、してみよう。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
「遅かったじゃないの!」
部屋の前にカンナがいた。
酷く慌てた様子で、僕を廊下の隅に連れて行った。
「マトもすごく心配してたわよ」
「マトが……?」
「あと、すっごく怒ってた」
「うそ……」
「本当よ」
「……」
そんな怒られるほど、遅くないだろうに。
そりゃあもう日は暮れて、かなり経ってるけどさ。
「べ、別にっ、マトなんか怖くないし!」
「ふーん?」
「こ、怖くないもん……」
「今、部屋にいるけど」
「……」
「一緒に謝ってあげようか?」
カンナがニヤニヤして言う。
なんだか子供扱いされてるみたいだ。
「だ、大丈夫」
ようやくそれだけ言って、僕は部屋に入る。
―――キィ。
ドアの軋みと共に、ベッドの上に座ってる彼の姿が見えた。
「遅かったな」
「そ、そうかな」
まるで門限破りを責められる子供みたいだ。
マトは腕を組んで、こちらをジッと睨みつけている。
「こっち座れ」
「……」
「座れ」
隣をポンポン、と叩いて示す。
観念してゆっくり歩み寄る。
「ルイ」
「な、なんだよ」
あぁ、なんで僕がこんなにビクビクしなきゃいけないんだ。
「この匂い……お前、男の所にいただろ」
「え!?」
「図星か」
彼は目を細め、まるで僕の心を見透かすように見つめてくる。
「『部屋から出るな』と言っただろ。俺が居ないのを良いことに、浮気か」
「してないッ!!」
……彼は友達だ。
肝心な時に、一緒にいてくれない恋人とは違う。
「君こそっ、僕に言うことはないのか!?」
「俺?」
僕は彼に指を突きつける。
「カンナから聞いてるんだからな。女の子の所に通ってるんだろ。そんなに僕が嫌なら身を引くよ!」
「ルイ。それはどういう意味だ。俺と別れるってことか!?」
……低い声だった。
凍てつくような怒りの目を、彼は僕に向ける。
でも怯んでいられない。
唇を一度だけ噛んで、こう切り返す。
「その言葉の通りだよ」
「あのなーっ……ちょっと落ち着け!」
「落ち着け? 僕は落ち着いてるよ」
僕はまっすぐ、彼を見据えた。
そのエメラルドグリーンの瞳を。
「君は僕を守れないし、僕も君を守れないんだ。だからもう無駄だよ、別れよう」
「ルイ、お前……本気か?」
小さく頷く。
……でも僕は嘘つきだ。
本当は別れたくない。
浮気されても、彼が僕を見放しても。
記憶を失った僕に、優しくしてくれた彼。
僕が傷付き、魂をすり減らす事を自分の事のように嘆いてくれた。
そんな恋人を……どうして手放したいと思うんだ。
気持ちと反対の言葉ばかりが溢れていく。
傷付けたくないし、傷つきたくない。
それでも……傷つけてしまいたくなるのは何故だろう。
―――ポタリ。
「ルイ!?」
慌てたようなマトの声と顔。
それでようやく気がつく。
「あ……」
目から滴った雫が、濡らしたのは握った拳だった。
「ごめん」
これ以上言うときっと彼を責めてしまう。
傷付けてしまう。
……もう遅い気もするけど。
「おいっ、ルイ!」
―――僕は勢い良く立ち上がる。
伸ばされた腕を振りほどく。
力任せにドアを開け放ち、飛び出した。
これ以上、泣き顔見せたくない。
困らせるし、何より嫌われたくなかったから。
……馬鹿だよね。
もう嫌われるような事、言っちゃったのに。
「きゃっ!?」
部屋の前でカンナにぶつかりそうになる。
『ごめん』と呟いて、再び走った。
でも心のどこかで、彼が追いかけてくれるような気がしていた。
そんなわけないのに。
「っはぁ、ぁ……っ」
闇と灯りの溢れた町を、走る。
昼間の雨が嘘のような夜空だ。
でも満点の星空も、今の僕には見えない。
……頭の中に溢れかえる、疑問と困惑。
初めて、この世界にたった一人で取り残された気分だ。
「ここ、は」
カサ、と枯れた草を踏む。
いつの間にかここへ来ていた。
古びた建物。
白かった壁……教会だ。
「ジョージ」
彼にも『もう会いに来るな』なんて言われたし。
なのになんで、ここに来たんだろう。
……僕は一体、誰に何を求めて彷徨っているんだ。
「僕って本当に勇者なのかなぁ」
思わず独りごちる。
だって、我ながらすごくメンタル弱いし。
「あれ」
教会に近付いていくと、ふと感じた違和感。
「灯り?」
ほんの小さくだけど。
汚れて曇った窓ガラスに、ほんの小さく映った光。
ゆらゆらと、揺れているように見える。
……これは蝋燭の。
まるで導かれるように、鍵の掛かって居ない扉を開けた。
宿屋のドアより、さらに酷い軋みを上げている。
その隙間、そっと中に滑り込む。
「……おぅ。なんのようだ? お嬢ちゃん」
「っ!?」
―――気がついた時には、後ろに回り込まれていた。
振り向きざまに叩き込もうとした裏拳。
それより速い相手が、手首を捕らえる。
「うぁ゙ッ!」
「……おやおや。とんだじゃじゃ馬だな」
後ろに捻り上げられた両手。
荒々しい息が耳にかかる。
でもそれとは違う声が、前方の暗闇の中から響いた。
「ルイ君、ようこそ。また会ったね」
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「……んー、ここはね」
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アレンが僕に近づき、頬を撫でた。
ゾクリ、と悪寒に似た感覚が背骨を走る。
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ジョージは知っているんだろうか。
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「ジョージはね、優秀なスカウトマンさ。あいつが連れてきた女は、なかなか良い」
「嘘だ……」
「嘘じゃあない。ま、君に対してはそのつもり無かったみたいだが」
「えっ?」
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ジロジロと、まるで舐めるように見つめてくる。
「まだ分からない? 今夜は君が商品なんだよ」
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「お。効いてきた」
……突然、身体の芯に灯った熱。
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ゾクゾクゾクッ。
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「ふむ……ちょっと待て」
アレンは服を脱がし終えた男達を止める。
そして何やら耳打ちすると。
「……ひひっ、あんたも惨い事を」
そう言って、1人の男が笑った。
「ルイ君、君の初めてを奪う人間を連れてきてあげる」
「……」
「おい、さっさと連れてこい!」
アレンが怒鳴ると、見物人の男たちの集団がサッと割れた。
そして後ろから、屈強な男に羽交い締めにされた少年が歩み寄ってくる。
「ジョージ!!」
「……ははっ、感動の再会だ」
嘲るような声に、唇をかみ締めるジョージ。
その顔は所々、殴られて痣が出来ている。
「その顔……!? 」
「こいつはね、この俺に刃向かったんだよ。君を売りたくないってね」
「!!」
「『ルイは友達だ』って言ってさ。まったく、さっきも部屋から君を逃がしてしまうしなぁ」
だからなのか。
部屋から飛び降りろ、とかもう会いに来るなとか言ったのは。
「でも、君の飲み物に薬を盛ったのはこいつだよ……チッ、怖気づきやがって」
アレンは忌々しげに、ジョージを睨む。
でもすぐに、うっそりと微笑むと、彼の頭を優しく撫でた。
「でももう一度チャンスをやる」
「あ、兄貴」
「……ルイを犯せ」
絶望に染まるジョージの表情。
さらにアレンは言う。
「可愛いジョージ、俺の言うことが聞けるか?」
「兄貴……ルイは、彼だけは……」
「ふぅ、じゃあ仕方ない。お前は殺そう」
「!!」
「当たり前じゃあないか。役に立たない弟は要らないよ。その代わりルイは、ちゃんと俺達が仕込んでやる。まぁ多少、壊れてしまうかもしれないが、ね」
「それはやめてくれっ、頼むから……」
「じゃあ。分かるよな?」
後ろで支えるように、羽交い締めにしていた男の腕が離れた。
ドサリ、と崩れ落ちた彼。
「ジョージ!」
呼びかけても顔をあげない。
ただ俯いて、荒々しい息を繰り返している。
「ほら。時間があんまりないよ」
アレンは彼の肩を抱き囁く。
「決断しなさい、ジョージ」
「……兄貴」
―――彼が顔を上げた。
ゆらりと立ち上がり、こちらに歩み寄ってくる。
「や、やめて……ジョージ……嫌だ……」
自分でも驚く程の怯え声が出た。
……怖い。これから何をされるのか、分かっているからこそ。
「ルイ」
「やだ……こ、来ないで」
「いい子だから」
「や、やめて……こんな、事……っ」
どんどん近付いてくる。
心臓が痛いくらいに鳴り、恐怖が痛みと共に煽られた。
「……他の奴らにヤラれる位なら、オレが」
「ジョージっ、僕たち……友達だろ!」
……友達とそういう事、できるのか!?
そう聞きたくて、叫んだ。
「出来るよ」
「え!?」
「お前の事、友達だなんて思った事無いから」
「そ、そんな」
酷い。酷すぎる。
彼は僕のこと、商品だとしか思ってなかったのか。
他の女の子達と同じ、売るための道具。
……唇を噛んだ。
僕に、そんな価値はなかった。
そのことが頭の中に響いて、精神を苛んでいく。
「助けて……マト」
自分で別れを切り出した恋人の名を呼んだ。
来てくれるはずなんか、無いのに。
「ごめん。ルイ」
ジョージは僕に覆いかぶさってくる。
かかる重みに、絶望した。
「……ちょっと目、瞑ってて」
「えっ」
言葉と同時に、大きな手で目を覆われる。
―――カチャッ……パァァンッ!
同時だった。
それは紛れもない銃声。
片手で構えて、乾いた破裂音が鳴り響く。
「っ゙、ぐぁ゙ぁッ」
濁った呻き声。
それは僕の頭の上から。
……ビシャッ!
降り掛かってきた生暖かい感覚。
あぁ、これは。
「ごめん、汚れちまったな」
そう囁いて、ジョージは手を離した。
「怖かった?」
「ジョージ、君って奴は……!」
いつものように、爽やかな笑みを浮かべた彼。
痣の浮かぶ顔が、痛々しい。
「ごめん兄貴」
「ジョージっ……テメェ……!」
血反吐を吐き、血まみれの肢体を引きずるように、アレンは咆哮した。
「オレは、オレの守りたいモノを守るよ」
「こ、こんな事して……っ、ただで、すむと……!」
「思ってねぇよ。だからさ」
―――パァンッ、パァンッ。
「ぅあ゙ッ!」
「うっ!!」
二発の銃声で、二つの断末魔が上がる。
「さっき兄貴の魔銃盗ったんだ」
銃口から上がる煙に口付けるように、息を吹いた。
……火薬と仄かに香る異質な匂い。
これは、確かに魔銃だ。
魔道具武器の一つ。
普通の銃では倒せない、魔物等を仕留めるのに使われる。
「ごめんね、兄貴」
「ぎ、貴様゙……っ、殺じてや゙る゙……」
荒々しい息。
血塗れの腕が伸びる。
赤黒い血だ。
また大きく咳をして、血反吐を巻きちらした。
―――パンッ。
乾いた銃声。
血と脳漿が飛び散る。
頭を撃ち抜かれ、アレンの身体は大きく後ろに仰け反った。
……ドサッ。
「兄貴が悪いんだ。オレの友達を取ろうとしたから」
ぼんやりと呟く横顔。
飛沫した血と、痣に彩られている。
空虚な瞳に、僕は掛ける言葉を持たなかった。
「ルイ。下がってて」
「ジョージ、まさか君……」
「オレがケジメをつける。……全部、殺せばいい」
「む、無理だ! こんな大勢の相手なんて」
「……どうだろうなぁ」
飄々と笑う。
そして床に打ち捨てられた、僕の服の一枚を投げた。
「ほら、着ろよ。セクシー過ぎて、目の毒だ」
「なっ、今はそんな冗談!」
「……愛してるよ、ハニー」
―――そう言って彼は銃を構えた。
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