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4.残滓は裏切り者の味がするか①

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「……おい。瑠偉るい、瑠偉ってば!」

 沈んだ意識に呼びける声。
 ゆっくりと引き上げられるように、僕は微睡まどろみから抜け出した。 
 
「起きろよーっ、もう昼休みだぜ」
「ぅ……ん……?」

 ―――光差す部屋、空間、ざわめき。

 ……えっとここ何処だっけ。

  薄く開いた瞼の隙間。
 眩い光の洪水が雪崩込んで、思わずまた目を閉じる。

「おーい。二度寝すんなって……おりゃ!」
「うわぁっ!?」

 ぐしぐしっ、と頭を掻き回す遠慮の無い手。
 慌てて跳ね起きると。

「やーっと目ぇ覚ましたな。ったく、こんな目立つ席で爆睡してんじゃねーよ」
「ぅ……」
 
 が笑っていた。
少しくせっ毛で茶色の髪。
 それを中学まで生徒指導部の教師に、染めてると勘違いされて辟易していたっけな。
 
「……何見てんだよ。もしかして俺の男前っぷりにウットリしてたり?」
「ない。それは断じてない」

 見慣れてるもん。
 小さな頃からいつも近くにいる顔。少しタレ目の目はいつも優しげだ。

「ひでーな。ほら『譲治じょうじ』も迎えに来てるぜ」

 顎で示された教室の入口。
 こちらは完全に金髪に近い茶髪で、天然モノじゃない。
 いくら校則のユルめなうちの高校でも、さすがに注意されるレベルの奇抜さだ。でも本人はあまり気にしてないらしい。

「オイオイ……二人とも学校でイチャついてんじゃねぇぞ」

 呆れたようにそう言って入ってくる、もう一人の幼馴染み。
 別のクラスの彼が入ってくると、うちのクラスの女子たちが黄色い歓声をあげる。

 ……綺麗な顔して、スラリと背も高い譲治。
 男らしい彫りの深い顔に、筋肉のガッツリ付いた王騎おおき
 この学校の女子人気はこの二人が常にかっさらっている。
 
 そんな男達と僕みたいな平凡な男子高校生が親しいのは、僕らが幼馴染みだから。
 保育園の頃から一緒で、ずっと三人で育ってきた。親同士も仲良しで互いの声を聞かない日がない位に。

「ほらまだ寝惚けてんのか……おい、王騎。ぅ?」
「誰がテメーのだよ! 俺のだっつーの」
「ハァァ?」

 ……また始まった三文芝居。
 
 ここの所、なんか変な遊びが2人の間で流行っているみたい。
 僕みたいな男を取り合うマネするなんて、正直何が楽しいのか。
 まぁ別に悪い気はしないけど。

「さぁ。行こーぜ! ダーリン」
「ちょ、王騎……引っ張らないで」
「オイオイオイ!」

 焦れたのか、僕の腕を引いて少し強引に立たせようとしてくる彼に、それを止める譲治。

「もっと優しくエスコートしろよ……今度はオレがお姫様抱っこしてやろうか?」
 「もーっ、譲治まで! 自分で歩けるってば」

 構い倒そうとしてくるイケメン2人から軽く逃げながら、僕は『あぁ今日も平和だな』なんて思う―――。

 



■□▪▫■□▫▪■□▪▫

『……い』
『……だ……い……ろ……!』

 ―――2人の声がする。
 
 僕はとても深くて長い、そんな夢を見ていた気がする。
 瞼の裏の毛細血管が鮮やかな赤黒い景色を見せた。

 ……あぁ、朝か。 
 ようやく気が付く。

「ルイ!?」
「しっかりしろっ、ルイ!!」

 今度は耳もちゃんと機能しているらしい。
 僕は何か言わなきゃ、と口を動かした。

「ぁ゙……っ、ふ……っごほっ」

 口の中が乾くのか、喉が張り付いたみたいに声が出ない。
 咳き込めば頭までズキズキ痛くなってくる。

「水? ルイ、水が欲しいの!?」
「……よし。ちょっと待ってろ」

 カンナが慌てたように問い、マトが応えてから数秒。

「んんっ……!? んむ……ぐっ!」

 ―――突然口に押し当てられた柔らかいモノ。
 それが彼の唇だってすぐに気が付く。

 ……少し乾燥した、でも厚みのあるソレは本人の体温を感じさせる程に熱い。
 
「っっ、んむ……っぐ……ふ、ぁ……」

 でもこの前と違うのが、少しぎこちなく入り込んでくる舌。
 それが咥内に運んできたのは冷たい水で。

「っ、もっと、か?」

 ほんの一口。
 水を口移しされて、問われた。
 僕は躊躇なく頷く。

「ルイ」

 僕は乞うような声色に誘われて瞼を開けた。          
 いつもより随分と青ざめて酷い顔をした男が、僕を泣きそうな顔で覗き込んでいる。

「ごめん」

 僕は散り散りになった記憶を掻き集めて呟く。
 
 ……殺意、敵意。黒く渦巻いたその感情が、僕の中を満たして溢れていた。
 行き場のない力が暴走して、かざした右腕に現れた魔剣。
 
 全てを薙ぎ払い、倒し、殺戮で得たのは確かな手応えと微温ぬるい血の感覚か。
 易々と撥ねた首、その少女の呆気に取られた顔が目に焼き付いて離れない―――。
 
「っあ゙ぁぁぁぁッ……! っはぁ、はぁ、ぁっ」
「ルイっ、もう大丈夫よ。大丈夫……」

 泣き喚く幼子をあやすようなカンナ。
 それでも僕は、慟哭し自分を責め続けた。

「僕のせいだ……僕が、僕が……殺し、いつもそうだ……何も、守れない。

 ぐちゃぐちゃの感情は、まるで物置をひっくり返したみたいだ。
 全て棄ててしまいたいと足掻いても、結局戻ってきてしまう。
 ……そしてまた傷付けるんだ。

「ルイ! 落ち着いて、ね? もう、終わったの。ここは宿屋よ。全部終わったわ……王国から、もうじき兵が派遣される。そうすればあのアル達の遺体は回収されて、全て終わるわ」
「全部、終わる」

 ……そうすれば誰か、僕を罰してくれるだろうか。

 過激派だったとはいえ、志高い若き魔物達。
 魔剣によって、彼らを大量虐殺した僕の罪。

「ルイ。お前は多分裁かれねーよ」
「え」

 マトの言葉が僕に新たな絶望を刻みつける。

「王国はあくまで。アルやロベリア達がやってきた事が事だしな……むしろ、お前は英雄扱いされるだろう」
「そ、そんな……っ」

 僕が。英雄? 殺人鬼の僕が。
 良かったなんて到底思えない。むしろ逆だ。
 罪悪感がどんどん膨れ上がっていく。

「ルイ、それがこの世界のルールなの。それに……勝手だけど、あたし達は貴方が罪人より英雄であってもらった方が良いわ」

 カンナはそう言って、僕の手を握った。
 
 優しい娘だ。彼女はこんなにも僕を想ってくれている。
 なのに僕は。

「……もう、やめようぜ」
「マト?」

 ―――マトが立ち上がった。
 ギシリ、と木の床が鳴る。

「魔王討伐も何もかも終いだ。旅はもうしない」
「そ、それはどういう……」
「言った通りだ。もう人助けもしない。もっと田舎にでも引っ込んで、のんびり暮らそう。剣も捨てろ、戦うな……絶対に」
「マト!?」

 彼はそう言い切ると、僕の目を見ることもせずに背中を向ける。

「何を言っているんだ……君の復讐は!? 家族を殺され村を焼かれたんだろッ!」
「……過去の事だ」
「過去って! 君には大切な過去だろう!?」

 叫んでも、彼は振り向かない。
 だからその顔が怒っているのか泣いているのかさえ、分からなかった。

「お前より大事な過去はねーよ」
「君は……憶えているじゃないか! 僕と違って、ちゃんと今世の記憶が。だから」
「あっても、却って邪魔なだけだ」

 ……なんでそんな事を言うんだ。
 それじゃあ僕は人助けも、恋人の復讐の手助けすら出来ない奴って事?
 
「とにかく。もう剣も持たないし、当分この部屋から出さない」
「な、何を勝手な事を。マトっ、待ってよ……!」

 僕が必死でその名前を叫んでも、震える手を伸ばしても。

「マトっ、マトってば。なんで……なんでだよ!!」
「……」

―――バタンッ。

 遂に振り向いてくれることなく、部屋のドアが大きな音を立てて閉まった。

「……」
「ねぇルイ?」
「……」
「何か欲しいものない? あっ、食べ物。貴方丸一日以上寝てたから」
「ううん……今は」
「そ、そう」

 心配そうに話しかけてくれるカンナに、僕はろくな返事が返せない。

 ……分かってる、分かってるんだ。
 僕が悪い。あんなに約束したのに、あっさりと破って魔剣を使ってしまった。
 きっと彼は怒っただろう。失望したのかもしれない。
 心が弱い僕に。

「マトも本当に貴方が好きなのねぇ」
「え?」
 「だってそうでしょ。あいつ、ルイが目を覚ますまでずっと傍から離れなかったのよ。今回の事も、あいつが1番責任感じてる筈よ」

 ……言葉を失う。
 彼は何かにつけて、僕を守ると言っていた。
 命を削る魔剣を使い続ける事態は、彼が一番避けたかっただろう。
 
「やっぱり、僕は無力だね」

 今世の大切な人を悲しませて。
 ……深いため息を吐いた僕を、カンナは黙って抱きしめた。

「だから、あたし達がいるんでしょう? ……あたしはルイみたいな魔剣も無いし、怪我治療や魔物の深い知識も冷静な観察眼もない。でも貴方ばかりを傷付けたくないから」

 仲間、友情。前世でも知ってる。
 僕を常に守ろうとしてくれる人達。
 それでももどかしくて仕方ない。 
 
 ……やっぱり今世で何かあったのだろうか。
 思考の海に沈みがちの僕を、彼女は人間の腕にしては柔らかい抱き心地で抱き締めてくる。

「カンナ、ありがとう」
「……愛してるわ。ルイ」

 突然の告白。
 顔は見えない。でもその腕がほんの少しスライム化する程には動揺してるらしい。

「か、カンナ?」
「ええっと……その、あれよ! ってやつよ! そう。なんだかルイってば放っとけないんだもの」
「あ、あぁ。そっか……」

『放っとけない』か。よく言われたなぁ。
 

「ごめんねっ、変なこと言って! じゃ、少し外出てくるわ……買い物、してくる」

 何か食べ物買ってくるわ、とそそくさと身体を離した彼女。
 曖昧な笑みを浮かべて部屋を出ていった。


 ―――パタンッ……。

「あー……びっくりした」

 愛の告白だと勘違いしちゃった。
 思い出すと恥ずかしくて死ねるけど。

「誰だっけ……?」

 僕に『放っとけない』と言ったのは―――。

 
 




 


 
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