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3.高意識下に骸の山よ③
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全身血塗れだ。
目の前に転がるロベリアの肢体は、ピクピクと波打っていた。
「……死んだのか」
弱々しいマトの声にかぶりを振る。
さすがに僕も、この 鬼の息の根を一瞬で止めるほどの力で叩き斬ることは難しい。
なんせ、彼らはとても丈夫だから。しかし気絶はしているらしい。
このままだと出血多量で本当に死んでしまうだろうか。
「マト。ありがとう」
彼の手を取り言った。
僕が回復魔法を使える魔法使いなら、彼の傷も治してあげられたのに……。
あの閃光魔法、彼の援護が無ければ勝てなかった。
攻撃を受けてボロボロになった状態で、力を振り絞ってくれたんだ。
「へへっ、俺もちゃんとお前を守れるってことだな」
傷付いた彼を抱き起こせば、穏やかな声でそう返ってくる。
……あぁ、これじゃああの時と逆じゃないか。
哀しくて辛くて。自分の無力さに吐き気すらする。
「僕だって、君を守りたい。誰にも傷付けさせたくないよ」
そう涙声で零せば。
「俺と、同じだな」
そう返して微笑む。
そんな彼を見て。
あぁやっぱり彼はズルい、と思ってしまう。
「……なぁ。キス、してくれよ」
「え?」
突然彼がイタズラっぽい表情を浮かべて言った。
僕はと言うとこんな時に何言ってんだ、と思うと同時に彼らしいなとも思う。
「キスしてくれたら、治るぜ」
「またそんな事……」
「良いから、試してみろって」
珍しく譲らない彼に苦笑いしながら、まずは額に触れるだけの口付けを。
「うーん。これじゃあ治んねーな」
不貞腐れた顔の唇を尖らせる彼が、やっぱり子供みたいで僕の表情が思わず緩む。
……彼なら、こんな時どんな顔をするだろう。
ふと独りごちる。そして脳裏に浮かんだのは幼馴染。
真野 王毅、僕が命をかけても守ろうと思った人。
でもそれで悲しませてしまったけれど。
「ルイ?」
「ううん……なんでもない」
訝しむ目の前の恋人に微笑んで、その頬に触れる。
……綺麗な顔に少し傷がついちゃった。勿体ないな、なんて口に出せば『そんなんで俺の美貌は損なわれねーの!』なんて軽口が飛んでくるだろうな。
そう考えながら、今度は頬に触れるだけのキスをする。
「これで治る?」
「……んー、どうかな。唇にしてくんねーと完全回復できない、かも」
「もぉ」
本当に我儘な恋人だ。
でも、戦いの後だっていうのに、なんだか凄くフワフワした気分になる。
……僕には善悪を語る資格も、そういった気高き精神も無い。
ただ目の前で困っている人を助けて回りたかっただけだし、そこに確たる信念なんてものは無いかったんだ。
―――そう思えばロベリアやそのアルというエルフは……。
「ちょっとぉぉぉっ、なに呑気してイチャついてんのよッ!!」
「えっ!?」
カンナの怒号と共に、僕はようやく状況に気付く。
廃墟前の広場。
ズラリと僕らを取り囲むように並ぶ10数人の魔物達。
エルフや鬼、ドワーフ、グールまでいる。
……そしてそれらの全てが女性(雌型)だった。
「こ、これ結構ヤバい……よね」
恐る恐るマトを振り返れば、若干青ざめて『あぁ』と唸る。
「いだだだ、痛いってばっ……ギャッ!?」
「カンナ!」
―――ドサッ。
一人の鬼女に摘み上げられていたカンナが、乱暴に放り出される。
まるで土の詰まった麻袋のような音を立てて、その場に転がった。
「大丈夫か!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす。
見たところ目立った怪我は見受けられず、ホッと息をつく。
「……この小娘が我を謀ろうとしたのでな。ふむ。やはり貴様らの仲間だったか」
僕達を取り囲んだ魔物達の輪がサッと割れ、1人の女がこちらに歩み寄ってくる。
―――それはエルフ。
その金髪の髪は幾重にも編まれ、結わえられていた。
透き通るような白い肌に切れ長の目。
瞳はサファイアのような蒼色で、しなやかな肢体は硬い甲冑で覆われてる。
「我が名はアル。全ての魔物の女達を屈辱と弾圧から救う為に来た……人間共よ、何故我々の邪魔をするのか」
「……あんた達がっ、罪もない人達を巻き添えにするからよっ!」
痛みに顔を顰めたカンナが叫ぶ。
するのアルは小さく首を傾げると言った。
「罪もない? 彼女達は大きな罪を犯したのだ。憎き人間の雄共に屈服し、迎合し。それどころか浅ましくも取り入ろうとしているではないか! 特にエルフは高潔なる精神の一族だ。それが下賎な人間を愛し子を宿すなど……これが大罪と言わずして何を罪と言うのだ」
「それはっ、彼女達の自由じゃないのよ!」
「ふん……無知な娘」
心底からの憐れみの光が瞳に灯る。
アルはその甲冑の音を響かせ、僕達の元に1歩、また1歩と近付く。
「我は見てきた。いくつもの村や町、王都でも……エルフの女達が売られ、奴隷化されて虐げられる様を」
アルの言葉を、僕は静かに聞き入った。
……前世の世界。しかも日本では奴隷という制度すらなかった。
確かに聞いた時は戸惑ったし、酷く野蛮で残酷なモノだと憤ったものだ。
彼女はその目に怒りを滲ませて続ける。
「エルフだけではないぞ。人間の女とて、常に男に下に扱われ搾取されてきたではないか。 ……何故目を背ける。力が弱いからか? 同じ種族ですら、雌雄で差別される。別種族であれば尚更だ……我々は今まで散々救ってきた。奴隷達を解放し、売春宿を焼き払い。父に犯されそうになっていた人間の子供も助けたことがある」
「そ、そんな事って……」
思わず驚愕の声を上げる。
父が娘を!? 正気の沙汰ではない。
……嫌悪感で胸が悪くなってくる。
「それなのに何故だ。何故無くならぬ。何故学ばぬのだ」
アルが腰に下げた剣をスラリ、と抜く。
それを僕の額に突きつけ、こう告げた。
「そのような低俗で愚かな種族は、一層のこと、滅びてしまうのが良いのかもしれんな……人間達に好んで従属する裏切り者も、だ」
―――ツっ……と、顔に血が滴る。
彼女の剣が僕の額を小さく傷付けたからだ。
その瞬間、その目と目が合った。
「貴様がロベリアを再起不能にしたのだな……なに、恨み言など言わぬ。彼女とて、覚悟の上で戦いを挑んだのだろうしな」
「僕も貴女を恨んではいませんよ。しかし、彼女達を殺させる訳にはいかない」
「……何故だ。貴様らには関係なかろう」
切っ先を外し、殺気立つ蒼い瞳。
僕は立ち上がり剣を手にした。
「求められれば助けたい、そう思うだけさ」
「そこに正義があると?」
アルの問いに、僕は口元だけで笑ってみせる。
大いなる理不尽と矛盾、エゴに表情が歪む。
「ないね」
「ならば、死ね」
その瞬間。
飛び退き、間合いを取る。
……砂を踏み締め飛び込んだ。
「ッ!」
―――ガッッ、キィィィンッ……ガッ、ギッッ!!
数度、打ち付けては飛ぶ。
互いの剣が火花を散らす。
何度懐へ踏み込もうとも、巧みに躱され打ち付けられる。
「く……」
「ふっ、やるなっ……人間のクセに……」
ロベリアの大斧と違い、こちらは剣だ。
僕のそれと同じ。
剣と剣。
……次に踏み込む、その刹那。
「うあ゙ぁ゙ッ!!」
―――ザシュッッ、ブシャッ。
「ルイっ!?」
鋭い痛みとカンナの悲鳴。
思考の隙を抜いて、打ち込まれる。
咄嗟に庇った左肩を大きく切り付けられた。
……しまった。
後悔したがもう遅い。
「利き手を切り落とそうと思ったのだがな……やれやれ。多少機敏なようだ」
「ぅ……く……っ」
滴る血。
半身を紅く染める。
カンナとマト、仲間たちの悲鳴が聞こえる。
……あぁ二人とも動かないでくれ。
そう願いながら、僕はただひたすら目の前の女エルフの隙を窺っていた。
「次こそ、その右腕を落としてやる」
ガシャリ、ガシャリ……甲冑が鳴り響く。
……その姿は正しく救世主。
『オルレアンの乙女』ジャンヌ・ダルクの如くに映るだろう。
僕は大きく息を吸った。
これじゃあ負ける。あの呪いを使わなければ。
「さぁ懺悔しろ」
大きく振り上げられた剣は、僕の血で濡れていた。
既に傾きつつあった太陽に、それは紅玉のように散って……。
―――ドンっ!!
……ザシュッ……ブシュゥッッ!
「ゔぐぁっ!? な、なにっ……」
……何かがアルにぶつかる。
絡みつくように後ろから抱くと同時。
彼女の首から噴水のような血潮が吹き出した。
「あ゙ぁ゙ッ゙、あ゙ッ、あぁ゙ぁあ゙っ゙!!」
剥き出しの白い喉を掻っ切ったソレは、銀色の陰鬱な光……細身の果物ナイフ。
声帯まで達したのだろう。
アルは血の止まらぬ喉笛を抑え、濁った絶叫を上げた。
のたうち回り転げ、ガシャガシャと甲冑がブリキのような音を立てる。
「メリアさん……」
返り血を浴び、白かった手を紅く染めたのはメリア。
「アル、聞こえる? 私よ……貴女のお姉さん」
メリアはしゃがみこみ、まるで幼い子供に言い聞かせるように呼び掛け始めた。
「め゙、ぃ゙、あ゙……ぇ゙、さ……」
「そう。アル、大きくなったわねぇ」
血溜まりになった広場。
静まりかえった凄惨なその場所で、美しいエルフの姉が語る。
「私が村を出たのは、貴女がまだ小さな頃ね。とても可愛かった……とても」
血塗れになった妹の金髪を撫でる。
「貴女が私の行った人間の村や町を、辿るように襲っていたのは知ってたわ……いつかこの町に辿り着く事も。でもね」
そこで彼女は言葉を切った。
そしてナイフを捨てて、自らの腹を優しくなぞり始める。
「私と、ようやく宿った、大切な人との子。絶対に殺させはしないから。その為なら私……あっ!?」
「……アル様の仇ぃぃぃぃッ!!」
―――ドシュッ……ブシャッ……
一人のエルフの少女だった。
まだ年端もいない。
不釣り合いな剣を振り上げて。
体当たりするように、メリアの背中に深々と貫く。
「あぁっ……ぁ……あ……ぁ」
腹に手をやり、喘ぐように地を這う。
僕達には向かって、血塗れの手を差し出して。
「メリアちゃんっ!!」
カンナが飛び出し、彼女を抱き起こす。
マトが思うように動かぬ身体を動かし、同じく駆け寄ろうとしていた。
僕はというと。
「嘘だ」
口から零れる。
絶望が身体を満たし、耳さえ塞ぐ。
……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。
また死んだ。
まだ守れなかった。
「る、ルイ……?」
……あぁ、もう聞こえない。
遠くでカンナが僕を呼んだ。
僕はそれに応えた。微笑んで。
「おいっ、ルイ!? おいっ!!」
マト、僕の額を恋人。
ごめんね。僕はもう駄目だ。何も守れない。
守れなかったんだ。
「……」
微笑んだ筈なのに、その頬は濡れて口にしょっぱい味が広がった。
「ごめん」
悪魔の手。
かざせば、ユラリと黒い陽炎のように現れた。
……僕の武器。契約の剣。
気がつけば。僕の足は宙を舞って、滑り蹴り上げて。
その魔剣を―――。
目の前に転がるロベリアの肢体は、ピクピクと波打っていた。
「……死んだのか」
弱々しいマトの声にかぶりを振る。
さすがに僕も、この 鬼の息の根を一瞬で止めるほどの力で叩き斬ることは難しい。
なんせ、彼らはとても丈夫だから。しかし気絶はしているらしい。
このままだと出血多量で本当に死んでしまうだろうか。
「マト。ありがとう」
彼の手を取り言った。
僕が回復魔法を使える魔法使いなら、彼の傷も治してあげられたのに……。
あの閃光魔法、彼の援護が無ければ勝てなかった。
攻撃を受けてボロボロになった状態で、力を振り絞ってくれたんだ。
「へへっ、俺もちゃんとお前を守れるってことだな」
傷付いた彼を抱き起こせば、穏やかな声でそう返ってくる。
……あぁ、これじゃああの時と逆じゃないか。
哀しくて辛くて。自分の無力さに吐き気すらする。
「僕だって、君を守りたい。誰にも傷付けさせたくないよ」
そう涙声で零せば。
「俺と、同じだな」
そう返して微笑む。
そんな彼を見て。
あぁやっぱり彼はズルい、と思ってしまう。
「……なぁ。キス、してくれよ」
「え?」
突然彼がイタズラっぽい表情を浮かべて言った。
僕はと言うとこんな時に何言ってんだ、と思うと同時に彼らしいなとも思う。
「キスしてくれたら、治るぜ」
「またそんな事……」
「良いから、試してみろって」
珍しく譲らない彼に苦笑いしながら、まずは額に触れるだけの口付けを。
「うーん。これじゃあ治んねーな」
不貞腐れた顔の唇を尖らせる彼が、やっぱり子供みたいで僕の表情が思わず緩む。
……彼なら、こんな時どんな顔をするだろう。
ふと独りごちる。そして脳裏に浮かんだのは幼馴染。
真野 王毅、僕が命をかけても守ろうと思った人。
でもそれで悲しませてしまったけれど。
「ルイ?」
「ううん……なんでもない」
訝しむ目の前の恋人に微笑んで、その頬に触れる。
……綺麗な顔に少し傷がついちゃった。勿体ないな、なんて口に出せば『そんなんで俺の美貌は損なわれねーの!』なんて軽口が飛んでくるだろうな。
そう考えながら、今度は頬に触れるだけのキスをする。
「これで治る?」
「……んー、どうかな。唇にしてくんねーと完全回復できない、かも」
「もぉ」
本当に我儘な恋人だ。
でも、戦いの後だっていうのに、なんだか凄くフワフワした気分になる。
……僕には善悪を語る資格も、そういった気高き精神も無い。
ただ目の前で困っている人を助けて回りたかっただけだし、そこに確たる信念なんてものは無いかったんだ。
―――そう思えばロベリアやそのアルというエルフは……。
「ちょっとぉぉぉっ、なに呑気してイチャついてんのよッ!!」
「えっ!?」
カンナの怒号と共に、僕はようやく状況に気付く。
廃墟前の広場。
ズラリと僕らを取り囲むように並ぶ10数人の魔物達。
エルフや鬼、ドワーフ、グールまでいる。
……そしてそれらの全てが女性(雌型)だった。
「こ、これ結構ヤバい……よね」
恐る恐るマトを振り返れば、若干青ざめて『あぁ』と唸る。
「いだだだ、痛いってばっ……ギャッ!?」
「カンナ!」
―――ドサッ。
一人の鬼女に摘み上げられていたカンナが、乱暴に放り出される。
まるで土の詰まった麻袋のような音を立てて、その場に転がった。
「大丈夫か!!」
慌てて駆け寄り抱き起こす。
見たところ目立った怪我は見受けられず、ホッと息をつく。
「……この小娘が我を謀ろうとしたのでな。ふむ。やはり貴様らの仲間だったか」
僕達を取り囲んだ魔物達の輪がサッと割れ、1人の女がこちらに歩み寄ってくる。
―――それはエルフ。
その金髪の髪は幾重にも編まれ、結わえられていた。
透き通るような白い肌に切れ長の目。
瞳はサファイアのような蒼色で、しなやかな肢体は硬い甲冑で覆われてる。
「我が名はアル。全ての魔物の女達を屈辱と弾圧から救う為に来た……人間共よ、何故我々の邪魔をするのか」
「……あんた達がっ、罪もない人達を巻き添えにするからよっ!」
痛みに顔を顰めたカンナが叫ぶ。
するのアルは小さく首を傾げると言った。
「罪もない? 彼女達は大きな罪を犯したのだ。憎き人間の雄共に屈服し、迎合し。それどころか浅ましくも取り入ろうとしているではないか! 特にエルフは高潔なる精神の一族だ。それが下賎な人間を愛し子を宿すなど……これが大罪と言わずして何を罪と言うのだ」
「それはっ、彼女達の自由じゃないのよ!」
「ふん……無知な娘」
心底からの憐れみの光が瞳に灯る。
アルはその甲冑の音を響かせ、僕達の元に1歩、また1歩と近付く。
「我は見てきた。いくつもの村や町、王都でも……エルフの女達が売られ、奴隷化されて虐げられる様を」
アルの言葉を、僕は静かに聞き入った。
……前世の世界。しかも日本では奴隷という制度すらなかった。
確かに聞いた時は戸惑ったし、酷く野蛮で残酷なモノだと憤ったものだ。
彼女はその目に怒りを滲ませて続ける。
「エルフだけではないぞ。人間の女とて、常に男に下に扱われ搾取されてきたではないか。 ……何故目を背ける。力が弱いからか? 同じ種族ですら、雌雄で差別される。別種族であれば尚更だ……我々は今まで散々救ってきた。奴隷達を解放し、売春宿を焼き払い。父に犯されそうになっていた人間の子供も助けたことがある」
「そ、そんな事って……」
思わず驚愕の声を上げる。
父が娘を!? 正気の沙汰ではない。
……嫌悪感で胸が悪くなってくる。
「それなのに何故だ。何故無くならぬ。何故学ばぬのだ」
アルが腰に下げた剣をスラリ、と抜く。
それを僕の額に突きつけ、こう告げた。
「そのような低俗で愚かな種族は、一層のこと、滅びてしまうのが良いのかもしれんな……人間達に好んで従属する裏切り者も、だ」
―――ツっ……と、顔に血が滴る。
彼女の剣が僕の額を小さく傷付けたからだ。
その瞬間、その目と目が合った。
「貴様がロベリアを再起不能にしたのだな……なに、恨み言など言わぬ。彼女とて、覚悟の上で戦いを挑んだのだろうしな」
「僕も貴女を恨んではいませんよ。しかし、彼女達を殺させる訳にはいかない」
「……何故だ。貴様らには関係なかろう」
切っ先を外し、殺気立つ蒼い瞳。
僕は立ち上がり剣を手にした。
「求められれば助けたい、そう思うだけさ」
「そこに正義があると?」
アルの問いに、僕は口元だけで笑ってみせる。
大いなる理不尽と矛盾、エゴに表情が歪む。
「ないね」
「ならば、死ね」
その瞬間。
飛び退き、間合いを取る。
……砂を踏み締め飛び込んだ。
「ッ!」
―――ガッッ、キィィィンッ……ガッ、ギッッ!!
数度、打ち付けては飛ぶ。
互いの剣が火花を散らす。
何度懐へ踏み込もうとも、巧みに躱され打ち付けられる。
「く……」
「ふっ、やるなっ……人間のクセに……」
ロベリアの大斧と違い、こちらは剣だ。
僕のそれと同じ。
剣と剣。
……次に踏み込む、その刹那。
「うあ゙ぁ゙ッ!!」
―――ザシュッッ、ブシャッ。
「ルイっ!?」
鋭い痛みとカンナの悲鳴。
思考の隙を抜いて、打ち込まれる。
咄嗟に庇った左肩を大きく切り付けられた。
……しまった。
後悔したがもう遅い。
「利き手を切り落とそうと思ったのだがな……やれやれ。多少機敏なようだ」
「ぅ……く……っ」
滴る血。
半身を紅く染める。
カンナとマト、仲間たちの悲鳴が聞こえる。
……あぁ二人とも動かないでくれ。
そう願いながら、僕はただひたすら目の前の女エルフの隙を窺っていた。
「次こそ、その右腕を落としてやる」
ガシャリ、ガシャリ……甲冑が鳴り響く。
……その姿は正しく救世主。
『オルレアンの乙女』ジャンヌ・ダルクの如くに映るだろう。
僕は大きく息を吸った。
これじゃあ負ける。あの呪いを使わなければ。
「さぁ懺悔しろ」
大きく振り上げられた剣は、僕の血で濡れていた。
既に傾きつつあった太陽に、それは紅玉のように散って……。
―――ドンっ!!
……ザシュッ……ブシュゥッッ!
「ゔぐぁっ!? な、なにっ……」
……何かがアルにぶつかる。
絡みつくように後ろから抱くと同時。
彼女の首から噴水のような血潮が吹き出した。
「あ゙ぁ゙ッ゙、あ゙ッ、あぁ゙ぁあ゙っ゙!!」
剥き出しの白い喉を掻っ切ったソレは、銀色の陰鬱な光……細身の果物ナイフ。
声帯まで達したのだろう。
アルは血の止まらぬ喉笛を抑え、濁った絶叫を上げた。
のたうち回り転げ、ガシャガシャと甲冑がブリキのような音を立てる。
「メリアさん……」
返り血を浴び、白かった手を紅く染めたのはメリア。
「アル、聞こえる? 私よ……貴女のお姉さん」
メリアはしゃがみこみ、まるで幼い子供に言い聞かせるように呼び掛け始めた。
「め゙、ぃ゙、あ゙……ぇ゙、さ……」
「そう。アル、大きくなったわねぇ」
血溜まりになった広場。
静まりかえった凄惨なその場所で、美しいエルフの姉が語る。
「私が村を出たのは、貴女がまだ小さな頃ね。とても可愛かった……とても」
血塗れになった妹の金髪を撫でる。
「貴女が私の行った人間の村や町を、辿るように襲っていたのは知ってたわ……いつかこの町に辿り着く事も。でもね」
そこで彼女は言葉を切った。
そしてナイフを捨てて、自らの腹を優しくなぞり始める。
「私と、ようやく宿った、大切な人との子。絶対に殺させはしないから。その為なら私……あっ!?」
「……アル様の仇ぃぃぃぃッ!!」
―――ドシュッ……ブシャッ……
一人のエルフの少女だった。
まだ年端もいない。
不釣り合いな剣を振り上げて。
体当たりするように、メリアの背中に深々と貫く。
「あぁっ……ぁ……あ……ぁ」
腹に手をやり、喘ぐように地を這う。
僕達には向かって、血塗れの手を差し出して。
「メリアちゃんっ!!」
カンナが飛び出し、彼女を抱き起こす。
マトが思うように動かぬ身体を動かし、同じく駆け寄ろうとしていた。
僕はというと。
「嘘だ」
口から零れる。
絶望が身体を満たし、耳さえ塞ぐ。
……嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ。
また死んだ。
まだ守れなかった。
「る、ルイ……?」
……あぁ、もう聞こえない。
遠くでカンナが僕を呼んだ。
僕はそれに応えた。微笑んで。
「おいっ、ルイ!? おいっ!!」
マト、僕の額を恋人。
ごめんね。僕はもう駄目だ。何も守れない。
守れなかったんだ。
「……」
微笑んだ筈なのに、その頬は濡れて口にしょっぱい味が広がった。
「ごめん」
悪魔の手。
かざせば、ユラリと黒い陽炎のように現れた。
……僕の武器。契約の剣。
気がつけば。僕の足は宙を舞って、滑り蹴り上げて。
その魔剣を―――。
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