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αですがなにか【完】
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「ハァ」
大きく息をつく。ため息じゃない、気持ちを整理しなきゃいけないんだ。
重大事項を報告して話し合うための心の準備として。
「さて、と」
もうすぐ帰ってくる時間。
僕の方はとある用事で有給とってて、凪由斗は一週間の出張から今日帰ってくる。
「うーん……」
いくら一人で考えを巡らせても答えは出ない。それもそのはずで、今回の事ばかりは彼次第なのだから。
「あ、洗剤」
備品棚を見上げながら、買い置きの洗剤が無いことに気づく。週末にでも買いに行こうっと。
――現在僕は、凪由斗と同棲している。
あの再会から付き合う事になって、三日後には彼から実家を出てこのマンションに越してこいと言われたんだ。
当然いきなり過ぎるから躊躇ったけど。
『やっぱり俺を捨てる気なんだろ』
と、やさぐれた捨て犬みたいな目をするもんだからつい絆されてしまった。
そして付き合って分かったこと。凪由斗って見た目や言動の俺様感とは対照的に、甘えん坊なところがあるんだなぁって。
いや、むしろギャップ萌え? で可愛いしドキっとするんだけど。
「少し病んでる気がするんだよなぁ」
病んでるというと大袈裟かもしれない。でも。
スマホにGPSアプリは入れられてるのは当たり前。彼が休日出勤で僕が休みだといつ仕事してんのってくらいのメッセージの嵐。
家の中でもデート中でも、テレビや通りすがりに人を見てたら。
『俺の方がかっこいい』
と拗ねる。
極めつけは、αは番になるために首の後ろを噛むんだけどそれを毎回すること。
本来、一度だけで良いのに。発情期関係なくセックスするたびに何度も噛んでくるんだ。
おかげで痛みもさることながら肌色絆創膏で常に隠さなきゃいけないのが面倒だ。
これらが可愛い反面、少し心配になっちゃうんだよね。
よっぽど彼が受けた心の傷は深いのかって。
「あっ」
チャイムが鳴って我に返る。
「おかえりなさい」
小走りで玄関に向かい、すでに靴を脱いでいる凪由斗に声をかけた。
「ただいま」
振り返りざまに抱きしめられる。
「死にそうだ」
この死にそうってのは別に空腹で倒れそうっていう訳じゃない。寂しくて死んじゃう、的な。
驚くよね。高身長スタイル抜群、男女ともに振り返るほどのイケメンで有能α様なのに家に帰るとこんな感じになっちゃうんだから。
「一週間、お疲れ様」
「撫でろ」
「分かってるよ」
そっと髪に指をすべらせる。
「よしよし」
「ん……」
可愛い。僕だけの前で見せてくれる姿に母性というか庇護欲? が掻き立てられるんだよね。
あー、僕もたいがいアレかも。
「暁歩の匂いがする」
「その表現、なんか恥ずかしいんだけど」
「褒めてる」
「分かってるよ。凪由斗、好きだよ」
ぎゅう、と抱きしめる腕に少し力が入った。
母子家庭で育ってきて、そのお母さんに捨てられたっていうトラウマはそう簡単に癒えないんだろうな。
外では頑張ってきてくれている彼に、僕は愛してると伝え続けることしかできない。
「暁歩」
「どうしたの」
腕をほどいて彼の顔を覗き込むといつもの彼と視線が合う。
「これ、いらないからやる」
ポケットから出てきたのはフィギュアストラップ、しかも五つほど。
「あっ。ダンゴムシとワラジムシ、あとダイオウグソクムシだ!」
あとゲジゲジもいる。手足がたくさんあって可愛い虫さんシリーズじゃないか。
一度、出先のガチャガチャであって欲しかったけど時間も小銭もなくて泣く泣く諦めたんだよなぁ。
「相変わらず趣味悪いよな」
「そんな事ない、可愛いでしょ」
そう、僕は足のいっぱいある虫とか動物が好きでさ。凪由斗だけじゃなく香乃からも趣味を疑われるのが解せない。
足はあればあるほど可愛いしカッコイイのに。
あ、でもあのGのつく家庭内害虫は別だ。見つけたら発狂して逃げ回る自信があるもん。
「それにしてもなんでこんなたくさん」
「たまたまだ」
「あ、でもこれ……」
「偶然だ」
ガンとして認めないけど、多分わざわざとってきてくれたんだ。
「凪由斗ありがとう」
「だから偶然だって言ってんだろ」
あ、照れてる。可愛いなあ、もう。
彼自身は気付いてないみたいだけど、照れると耳が真っ赤になってるんだよね。
教えてあげないけど。
「偶然でも嬉しいよ」
「そうか」
もらったストラップは大切にするとして。
僕は、あの話を切り出すタイミングをうかがう。
「あのさ――」
「今日、どこいってた」
「へ?」
カウンターパンチみたいに質問が飛んできた。
「どこ行ってた」
「ええっと……」
「暁歩」
ジトッとした視線。耐えきれなくなった僕は前置きなんてへったくれもなく、白状することにした。
「病院だよ、病院」
「どこか悪いのか」
知ってるクセに。GPSを見れば一目瞭然だろ。でも僕だって必要以上に隠すつもりもないから。
「病気じゃない」
「じゃあどうして病院へ行った。健康診断か?」
「そうじゃなくて」
まどろっこしいやり取りはしない方が良さそう。
「産科に行ってきたんだよ。妊娠したから」
「妊娠……」
「そう。君との子ができたの」
凪由斗の目が僕の腹に向く。
「赤ちゃんができたのか」
「だからそうだって」
赤ちゃんって言い方、なんか可愛いな。
そんな呑気なことを考えつつ、僕は彼の言葉を待つ。
一抹の不安が僕にもあった、妊娠を喜んでくれるかって。
「俺と暁歩の子供か」
「当たり前でしょ。もしかして嬉しくない?」
そうだったらどうしよう。
緊張しながら訊ねる。
「そんなわけないだろ、嬉しすぎて軽くパニックになってる」
「パニックって」
「ここに俺との子が」
恐る恐るお腹に触れる。僕はその上から手を重ねた。
「そうだよ。君と僕のね、男の子か女の子かわかんないけど」
「どっちでもいい」
その後に小声の。
「……どっちでも嬉しい」
でキュンときた。
「そうだね、僕も嬉しいよ」
「産休はいつ取るのか、いやもう退職しろ」
「え?」
産休ってのは分かるけど退職って???
「いやまだ初期だから、産休はまだ先かな。でも退職って」
「初期は大切な時期だろ」
そりゃあね、安定期までは職場や実家への報告も待った方がいいくらいだし。っていうか凪由斗ってば、ちゃんと知ってるんだ。
じゃなくて。
「退職はしないよ」
「却下だ」
「なんで!」
僕が声をあげると彼の方が、何言ってんだ? という顔をする。
「妊娠初期は大事な時期だ。働かせるなんてできるかよ」
「いやでもじきにすぐ安定期が……」
「妊娠に安定も何もない。全てが大切な時期だ」
ま、まあ間違っちゃいない。でもだからって仕事辞める訳にはいかないでしょ。
「俺一人でも収入的には充分だ」
「そりゃあね」
保育士は悲しいかな薄給だからね。凪由斗の稼ぎの方が何倍も上だろうけどさ。
「でも今すぐは無理!」
「なんでだよ」
ムッとした顔。でもちゃんと説明しなきゃ。
保育士は僕の夢だし、せめて担任してる子達が進級するまで大丈夫なはずだ。
そう訴えて渋々。
「……なんかあったらすぐに退職させるからな」
と納得してくれた (?)みたい。
「ありがとう、凪由斗」
なんだかんだ言って優しいんだよなぁ。それにちゃんと喜んでくれて良かった。
心のどこかで心配だったんだ。時折見える、彼の不安定さと僕自身の未熟さで子供をちゃんと育てられるのかって。
だからゴムも薬も使って避妊もちゃんとしてたハズなんだけど……。
「お前の実家に結婚の挨拶に行かないとな」
「あ、うん。そうだね」
凪由斗の言う通りだ。デキ婚になっちゃう、うちの両親なら祝福してくれると思う。
二人とも、特に母さんは僕が恋人として彼を紹介した時もすごく喜んでくれたから。
「明穂、結婚してくれるよな」
「当たり前でしょ。ていうか順番逆になっちゃったけど」
「関係ないだろ、別に」
「うん」
僕らはまた抱き合う。
お互いの体温が心地いい。
「…………て、よかった」
「へ?」
「いや、なんでもない。愛してるぞ」
なんか彼が呟いた言葉に不穏な言葉が聞こえた気がして一瞬聞き返したけど、気のせいのようだ。
――そうだよね? 凪由斗。
信じなきゃ。お腹の子の父親で僕の旦那様だもんね。
でもほんの少しだけ心細くなって、彼の肩にすがりつく。
「僕も愛してる」
――なんで……妊娠したんだろう。
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