Ωですがなにか

田中 乃那加

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Ωですがなにか

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 玄関にドアが閉まると同時に捕まえられた。

「んっ」

 せめて靴くらい脱がさせてくれと言おうにも、口をキスでふさがれて呼吸すら困難だ。

「んぅ、ぅ……っぷは」
「ヘタクソだな、お前」
「!」

 苦しくて彼の胸を叩くとすぐに離してもらえたけど、そんな意地悪が飛び出してくる。

「う、うるさい」

 仕方ないだろ、キスなんて凪由斗としかした事ないんだから。
 そう言い返したら多分、またからかわれるから黙って今度は僕からキスを仕掛けてやろうとする。
 でも身長が違い過ぎるのと恥ずかしさで目をつぶってしまったのとで、頬に口付けた形になっちゃったけど。

「ガキかよ」

 どうせガキくらいの経験しかないですよ。
 でも初めてがアレだったんだから仕方ないだろ。

「仕方ないから俺が全部教えてやるよ」
「うるさいな、もう」

 いちいちムカつく。でも本気で腹立たないのが不思議。

「靴くらい脱がしてよ」

 玄関の壁に押し付けられた状態で文句言う。
 だってそうでしょ。こんなところで抱かれるのは真っ平御免だ。

「わかった」

 あっさり離してくれたから珍しい、なんて思っていたら彼は予想外の行動に出る。

「えっ!?」

 なんと僕の前にひざまずいた。

「脱がせてやる」

 そういって足に触ってくる凪由斗。

「ちょっ……ま、待って」

 当然慌てたけど蹴飛ばす訳にもいかず、されるがままに靴を脱がされる。
 そういう意味で言ったわけじゃない。それにあの彼がこんな事をするなんて。

「暁歩」
「うっ」
 
 やっぱりこの男、顔面が良い。いやそんなの分かりきってたけど、あの派手な髪色をやめたせいかな。大人っぽいというか。
 なおのことドキドキする。

「……」
「……」

 丁寧に靴を脱がしてくれた彼の顔に触れた。

「凪由斗」

 あ、でもその瞳も知ってるものだ。知らない人じゃない。
 少し薄めの唇に引き寄せられるかのように、今度は僕の方からそっと口付けた。

「教えて、全部」

 僕にしたいこと全部して欲しい。満たして欲しい。
 ヒートじゃないはずなのになぜか、身体が熱くてたまらなかった。




 ※※※

 彼が僕の服まで脱がせようとして。

『だったら君の服を脱がしたい』

 と言ったら。

『童貞のくせに』

 そう鼻で笑われた。それで少し言い合いをした結果。

「……」
「……」

 ――なんか恥ずかしい。

 お互いの服を向かい合って脱がし合うっていう。

「っ、ん」

 ボタンを外していた彼の指が胸の辺りをかすめた瞬間、反射的に変な声が出て恥ずかしさで死にそうになる。

「いい反応だな」
「うっ、うるさい」

 こっちも負けじと触るけど、どうすればいいのかイマイチわかんない。
 だから黙々と相手のボタンを外してあらわになった肌に恐る恐る触れるしか出来なかった。

「くすぐったい」

 半笑いで言われて面白くなくて仕方ない。
 
「君さ、雰囲気って言葉知ってる?」
「童貞が偉そうに」
「だから童貞言うな」

 どうせこの先ずっと童貞だよ、Ωだし。

「嫌か」
「嫌……じゃない」

 もう受け入れてるってのもあるけど。

「凪由斗が相手なら別にいいや」

 何気なく口に出してハッとした。

「あ、ええっとそれはその、うっかり、いや、つい――」
「俺もお前とずっと一緒にいたい」
「え?」

 またバカにされるかもと身構えたのに。彼の表情は神妙だった。

「暁歩、お前は俺を捨てないでくれるか」

 らしくない弱々しい声。

「父親だけじゃなくて母さんも俺を捨てた。久遠家の連中は俺がαで利用価値があるから傍に置いているだけだ」
「凪由斗……」
「俺の存在価値はαである事しかないのか。でもαでなかったらそれすら無い」

 僕は以前、水族館での話を思い出した。
 
「ガキだった俺はせいぜい利用してやるって。出来損ないのαとして寄生でもしてやるかって思ってた」

 素行悪く髪を派手に染めてピアスをあけて、交友関係を派手にしていく。そんな人生を食いつぶしていけばいい、と自嘲気味に話す。

「でもバカみたいに必死に生きてるお前見て、最初こそ俺の生き方が責められてるようでムカついた」

 彼の視線が下を向く。

「ダサいよな。自分で選んだ事なのに、どこかでまだ他人のせいにしたくてたまらなかった」

 他人のせいにしたいのは彼だけじゃない。僕だってそう。
 Ωである自分が嫌いで苦しくて、いっそグレてしまおうか。みんなが軽蔑するような生き方を選んでやろうかって自暴自棄になりかけた。

 僕の場合、同じΩの瑠衣さんや叱咤してくれたじいちゃんの存在が大きいかもしれない。
 でもそれってすごく恵まれた事なんだ。

「お前の友達……彼女が俺に言い寄って来た時、気づいたら拒絶してた。あの時、はっきり自覚したんだと思う。自分が向き合わなきゃダメだってことに」

 奈々のことだ。
 響介さんは凪由斗が彼女をヤり捨てしたって言ってたけど実際は違うのか。

「今まで散々好き勝手してきたくせにな。そしてお前の学生生活を辛いものにしたのは俺だ、すまない」
「やめてよ、そんな」

 頭を下げる彼を止めた。

「辛いものなんかじゃない。確かに少しやりずらかったし、しんどい思いもしたよ。でも僕には香乃や君もいたじゃないか」
 
 学校外でもたくさんの人達が助けてくれたんだよ、だから大丈夫だって言い聞かせる。

「僕だって君を支えたいし守りたい。まあ頼りにはならないかもしれないけどさ」

 あの久遠一族の傍に置かれてるのは、きっと平凡な人生を送る僕には考えられないほどの重圧やら苦労やらがあるんだろう。

「頼りには……している」

 凪由斗が顔をあげて僕を見ている。不遜で尊大で横柄な俺様気質の男が、どこか縋るような目をしているんだ。
 
 なんかそれだけで胸が痛いようなむず痒いような、変な気分になるのはどうしてだろう。
 
「凪由斗、好き」

 今度は僕の方から抱きしめた。おずおずと背中に回してくれる手が震えている。それが一層愛しい。

「僕は君を捨てないよ」
「……」
「大丈夫だから」

 安心させたい、不安から解放したい一心で優しく身体をさすった。泣いている子供をあやすように。

「愛してる」

 どうかこの気持ちが彼の心に届いて、過去に刻んだ傷の痛みが少しでも癒えるように。
 祈る気持ちで彼の肩にキスをした。




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