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それは私と答えようぞ2
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――未だに連絡が来るのを、少しだけ期待してしまう。
「東川君、おはよう」
同じ学科の子に声をかけられて他愛のない雑談をして講義を受けて、相変わらず不器用だからピアノの練習は大変で。
あと実習も思ったより体力が必要だったな。
子供って本当にすごい、笑ったり泣いたり怒ったり。自分達だってそうだったはずなのに。
「内定決まった?」
「あ、うん。実習させてもらったところに。そっちは」
僕がそう聞くと、その子は少し言いにくそうに。
「あたしは地元の会社に決めたの」
と答える。
保育士資格をとっても必ずしも保育園や幼稚園に就職するとは限らない。僕も含めて大多数はそうなんだけど、一般企業で働選択だってある。
理由も事情も様々だ。
「東川君はきっといい保育士になるよ」
「え?」
そういえばこの子とは同じ実習先だったっけ。
彼女は突然頭を下げた。
「ごめん!」
「ちょっ、どうしたの。突然」
「東川君に嫌な態度とってたこと。本当にごめんなさい」
そうだったかな。たくさんの人にされてたから誰がってのはあんまり覚えてないや。
でも。
「いいよ、もう」
「東川君……」
「別に気にしてないから」
あ、これは嘘だな。結構ダメージあったし、香乃がいなかったら学校も辞めてたかもしれない。
「それより、お互い頑張ろう」
そう言って笑顔を向ける余裕だってあるからいいんだ。
「おーい。暁歩」
「あ、香乃」
後ろからの声に振り向く。
「ちょっと図書館付き合って」
「うん、いいけど」
少し強引に腕を引かれたから、僕はまたねと挨拶をして香乃について行くことにした。
「なんか言われたの」
「へ?」
なにかと思えば心配してくれたらしい。やっぱり彼女は優しいよね。
「大丈夫だよ。むしろ謝られた」
「……ふん」
渋い顔のまま、香乃はぽつりと。
「今さら遅いよ」
と漏らす。
「そんなこともないよ」
と返して彼女を見つめる。
「だって僕には助けてくれる親友がいるからね」
「暁歩……」
「心配ばっかりかけてごめん」
「バカだね、アンタは」
手が伸びてきて頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「心配で夜しか寝れないっつーの」
冗談めかした笑顔がとても眩しい。
「でもアンタはすごいよ、アタシなら絶対に許せない」
許すもなにも。前向いて生きなきゃってだけ。
とはいえ本当はまだ引きずってる事だってあるのは事実。
「響介さん、大学辞めちゃったのかな」
「当たり前でしょ」
僕のつぶやきに香乃が怒ったように答えた。
「あんなことしてタダじゃおかないんだから」
あれから何がどうなったのか。知らないし聞かされない。
僕自身が知りたくないってもある。
どちらかというと忘れたい記憶だから。
「あの時助けられなかったらどうなってたんだろう……」
監禁でもされて、番にされてたんだろうか。
首に付けてる保護具をそっと指で触る。
――これのおかげだ。
妊娠より恐ろしい事になってしまう。番の解消はΩが全負担がかかるって聞いた事ある。
後遺症も酷くて。だから番を作るのは慎重にならなきゃいけない。
「やめてよ。考えたくもない」
香乃がゾッとするという様子で顔をしかめる。
「凪由斗君がアタシとエリカさんに連絡くれたの。今すぐに来てくれって」
エリカさんにも。そうだ、香乃が好きな相手が彼女だっていうのを後から聞いた。
αとβとで釣り合わないんじゃないかと悩んでたけど、それ以上にエリカさんが香乃を押しまくって付き合うことになったらしい。
もちろん自分の事のように嬉しかった。
「前から警戒してて。で、数日間様子をみてたらなんか手錠とかロープとか。他にもヤバい物大量に買い込んでるのを見たからって」
そうなんだ。ということは、凪由斗が僕を守ってくれたってこと。
「暁歩」
「なに?」
「好きなんでしょ、凪由斗君のこと」
好き、かな。そうだね。好きだよ。
過去形にしたくてたまらないのに、なかなかそうもいかないんだ。
「でも僕は……」
こんな汚れたΩ、彼のそばにいていいわけが無い。
――あんな姿、見られたくなかったな。
それにあの時もその後も、目すら合わせてくれなかった。
感情の読めない顔。
それからも彼から連絡が来ることもなくて、それどころか大学内で見かけることもなくなった。
そうこうするうちに僕も課題や実習。就活やらで忙しくなって今に至る。
「もういいんだ」
自分から連絡なんて取れないくせに、履歴を眺めるだけなのが最高に気持ち悪いでしょ。
二人で水族館に行く前に、待ち合わせ場所とか時間とかのやり取り。この時も楽しかったんだよなぁ、なんて。
もちろん当日も楽しかった。
ダイオウグソクムシのキーホルダー、まだ持っていてくれてるかな。キモいって言ってたから捨てちゃったかもしれない。
「図書館だっけ? 行こうか」
泣くのは何度もした。その度に腫れた目を冷やして、その情けなさにまた泣いて。
もしかしたらレイプされたことより辛かったかも。
我ながらバカだよね。
『アホの暁歩』
なんてムカつく呼び方してくれていいから。なんなら最初の意味わかんないアダ名でもいい。
……僕のこと、呼んでくれるならなんでもいい。今すぐ会いたい。
「あー」
ダメだ、また泣きそう。
「砂埃が。黄砂かなぁ」
ボヤきながら香乃に気付かれないように、そって目元を拭った。
「東川君、おはよう」
同じ学科の子に声をかけられて他愛のない雑談をして講義を受けて、相変わらず不器用だからピアノの練習は大変で。
あと実習も思ったより体力が必要だったな。
子供って本当にすごい、笑ったり泣いたり怒ったり。自分達だってそうだったはずなのに。
「内定決まった?」
「あ、うん。実習させてもらったところに。そっちは」
僕がそう聞くと、その子は少し言いにくそうに。
「あたしは地元の会社に決めたの」
と答える。
保育士資格をとっても必ずしも保育園や幼稚園に就職するとは限らない。僕も含めて大多数はそうなんだけど、一般企業で働選択だってある。
理由も事情も様々だ。
「東川君はきっといい保育士になるよ」
「え?」
そういえばこの子とは同じ実習先だったっけ。
彼女は突然頭を下げた。
「ごめん!」
「ちょっ、どうしたの。突然」
「東川君に嫌な態度とってたこと。本当にごめんなさい」
そうだったかな。たくさんの人にされてたから誰がってのはあんまり覚えてないや。
でも。
「いいよ、もう」
「東川君……」
「別に気にしてないから」
あ、これは嘘だな。結構ダメージあったし、香乃がいなかったら学校も辞めてたかもしれない。
「それより、お互い頑張ろう」
そう言って笑顔を向ける余裕だってあるからいいんだ。
「おーい。暁歩」
「あ、香乃」
後ろからの声に振り向く。
「ちょっと図書館付き合って」
「うん、いいけど」
少し強引に腕を引かれたから、僕はまたねと挨拶をして香乃について行くことにした。
「なんか言われたの」
「へ?」
なにかと思えば心配してくれたらしい。やっぱり彼女は優しいよね。
「大丈夫だよ。むしろ謝られた」
「……ふん」
渋い顔のまま、香乃はぽつりと。
「今さら遅いよ」
と漏らす。
「そんなこともないよ」
と返して彼女を見つめる。
「だって僕には助けてくれる親友がいるからね」
「暁歩……」
「心配ばっかりかけてごめん」
「バカだね、アンタは」
手が伸びてきて頭をくしゃくしゃと撫でられた。
「心配で夜しか寝れないっつーの」
冗談めかした笑顔がとても眩しい。
「でもアンタはすごいよ、アタシなら絶対に許せない」
許すもなにも。前向いて生きなきゃってだけ。
とはいえ本当はまだ引きずってる事だってあるのは事実。
「響介さん、大学辞めちゃったのかな」
「当たり前でしょ」
僕のつぶやきに香乃が怒ったように答えた。
「あんなことしてタダじゃおかないんだから」
あれから何がどうなったのか。知らないし聞かされない。
僕自身が知りたくないってもある。
どちらかというと忘れたい記憶だから。
「あの時助けられなかったらどうなってたんだろう……」
監禁でもされて、番にされてたんだろうか。
首に付けてる保護具をそっと指で触る。
――これのおかげだ。
妊娠より恐ろしい事になってしまう。番の解消はΩが全負担がかかるって聞いた事ある。
後遺症も酷くて。だから番を作るのは慎重にならなきゃいけない。
「やめてよ。考えたくもない」
香乃がゾッとするという様子で顔をしかめる。
「凪由斗君がアタシとエリカさんに連絡くれたの。今すぐに来てくれって」
エリカさんにも。そうだ、香乃が好きな相手が彼女だっていうのを後から聞いた。
αとβとで釣り合わないんじゃないかと悩んでたけど、それ以上にエリカさんが香乃を押しまくって付き合うことになったらしい。
もちろん自分の事のように嬉しかった。
「前から警戒してて。で、数日間様子をみてたらなんか手錠とかロープとか。他にもヤバい物大量に買い込んでるのを見たからって」
そうなんだ。ということは、凪由斗が僕を守ってくれたってこと。
「暁歩」
「なに?」
「好きなんでしょ、凪由斗君のこと」
好き、かな。そうだね。好きだよ。
過去形にしたくてたまらないのに、なかなかそうもいかないんだ。
「でも僕は……」
こんな汚れたΩ、彼のそばにいていいわけが無い。
――あんな姿、見られたくなかったな。
それにあの時もその後も、目すら合わせてくれなかった。
感情の読めない顔。
それからも彼から連絡が来ることもなくて、それどころか大学内で見かけることもなくなった。
そうこうするうちに僕も課題や実習。就活やらで忙しくなって今に至る。
「もういいんだ」
自分から連絡なんて取れないくせに、履歴を眺めるだけなのが最高に気持ち悪いでしょ。
二人で水族館に行く前に、待ち合わせ場所とか時間とかのやり取り。この時も楽しかったんだよなぁ、なんて。
もちろん当日も楽しかった。
ダイオウグソクムシのキーホルダー、まだ持っていてくれてるかな。キモいって言ってたから捨てちゃったかもしれない。
「図書館だっけ? 行こうか」
泣くのは何度もした。その度に腫れた目を冷やして、その情けなさにまた泣いて。
もしかしたらレイプされたことより辛かったかも。
我ながらバカだよね。
『アホの暁歩』
なんてムカつく呼び方してくれていいから。なんなら最初の意味わかんないアダ名でもいい。
……僕のこと、呼んでくれるならなんでもいい。今すぐ会いたい。
「あー」
ダメだ、また泣きそう。
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