Ωですがなにか

田中 乃那加

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絡み合う(※性的表現あり)

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 水族館の帰り道。
 今日はありがとう、と言うと。

「別に」

 なんて可愛くない言葉が返ってくる。だけど不思議とやっぱり腹は立たない。

「魚も悪くねぇな」
「綺麗だったよね」

 あんなにキラキラした世界だとは思わなかった。静かにゆっくり時間が流れるような感覚も良かったし。

「これも可愛いしね」

 ショップで買ったぬいぐるみを抱きしめる。
 赤いメンダコのやつ。

「ダイオウグソクムシと悩んだんだけど」
「よくあんなキモいやつ選ぼうとしたな」
「え?」

 なんだよ、可愛いじゃん。ダイオウグソクムシ。
 メンダコも色んな色があってすごく悩んでたら呆れられたっけ。どっちも可愛かったなぁ。

「あ、そういえば」

 僕は足を止めてカバンをあさる。

「ほら」

 さっき購入したキーホルダーを取り出して見せた。

「……」
「ダイオウグソクムシ、こっちで買ったんだ」

 キモいと言われようが好きなもんは好きなんだよ。

「マジか」

 てっきり呆れるかバカにされるかと思ったら、なんか変な反応。彼は気まずそうな顔をしてあたまをかいた。

「まさかすでに持ってたとはな」

 凪由斗が僕の目の前に出したのは、まったく同じもので。

「もしかして凪由斗もダイオウグソクムシ、好きなの?」
「ンなわけねぇだろ」
「じゃあなんで」
「お前が見てたから」

 いや待って、もしかしてそれってさ。

「僕の……ため?」
「別にそんなんじゃねぇよ。お前にお似合いだと思ったんだよ、アホ」

 そう言ってそそくさと仕舞おうとした手を止めた。

「僕、それ欲しい」
「あ?」
「凪由斗が買ったの欲しいよ。だから」

 彼の手からキーホルダーを取って、代わりに僕のやつを握らせる。

「交換しよう。おそろいだよ」

 すごくいい事を思いついた気分だった。なにより彼が僕の為にっていうのが、たまらなく嬉しい。
 なんだろうこの気持ち。

「もちろん嫌だったら――」
「そうだな」

 黙ってるのが不安で慌てて言い繕おうとすると、彼が呟くように言う。

「交換してやるよ、おそろいだな」

 そうして見たことない表情で笑う凪由斗に、今度は僕が黙ってしまった。

「暁歩」

 なに、と口を開きかけた時。

「っ!」

 それは一気にきた。
 カッと熱くなる身体、足が震えてその場に崩れ落ちる。

「あ……っ、あぁ、ぁ……ぅ」

 やばい。これアレだ。

「おいどうした!」

 突然アスファルトの地面に座り込んだ僕を、彼は支えてくれようと手を差し伸べる。だけど。

「やっ……さ、さわら、なぃ、で」

 触られるだけでおかしくなる。そこからまた熱が、特有の感覚が。両足を擦り寄せてもおさまらない。

「あ、はぁ……っく」

 発情期ヒート特有の熱と疼き。身体中がゾワゾワしていても立ってもいられなくなってくる。

「暁歩。まさかお前」
「っ、はぁっ、ぁ」
「くそ! 抑制剤のせいで気づかなかった」

 やっぱり凪由斗はα用の抑制剤飲んでたんだ。でも僕だって。

「ちゃんと病院行けって言っただろうが」

 そういえば言われたっけ。でもすっかり忘れてた。
 後悔先に立たずはこの事か。
 どんどん膨らんでいく症状。ついに彼の服に手を伸ばしてしまう。

「な、凪由斗……どうし、よ……あつい……」
「ああくそっ、甘い匂いさせやがって。こうなったら俺の抑制剤も効かねぇよ!」

 怒ったように声を荒らげて、頭をかきむしる彼をぼうっと眺める。
 もしかして嫌われちゃったのかな。僕が駄目なΩだから、αである彼に失望されたんだ。
 
「うぅ……ぐすっ……ぅ」

 ぽろぽろと涙が溢れてくるのがわかる。
 怖くて仕方ない。αに、彼に嫌われたくないって本能が叫ぶんだ。
 それがまた悔しくて。Ωである自分に心底腹が立って悲しくて。もう感情がぐちゃぐちゃだ。

「あ、暁歩!?」

 困らせてる。せっかく友達になれると思ったのに。大好きなところ、優しいところたくさんみつけたのに。

 Ωだからなんだって生きてきたのに、どうしてこうも上手くいかないんだろう。僕はどうしてΩなんだ。こんな身体、要らないのに。

「ごめん、なさい……ごめん……凪由斗……僕……だから……嫌わないで……」
「落ち着け、アホ。大丈夫だから。少し抱き起こすぞ」
「っ、んぁ」

 腰に手が。それだけで身体がビクくつのが恥かしい。
 いつものヒートとは全然違う。薬も効かないし、熱もひどいし。

 いっそこのまま冷たく固い地面に捨てて欲しい、なんて思っていると。

「ここは目立つな。よし、ちゃんとつかまってろよ」
「え……っ」

 勢いよく身体を抱えあげられた。しかもお姫様抱っこで。
 落とされるのは怖くて、必死で彼の首にしがみつく。

「いい子だな」

 ちゅ、とこめかみにキスをされた。瞬間、また熱が上がるのが分かった。

「あんまりフェロモン撒き散らすな」
「そんな」

 自覚なんてない。でもそうなのかな、凪由斗だってすごくいい匂いする。いつまでもこうしていたいくらいに。

「ったく、俺の理性を限界まで試すんじゃねぇぞ」

 これは何言ってんのかよくわからなかった。というかもう何も考えられない。

 早く、一刻も早く抱いて欲しい。
 身体の奥まで満たして、めちゃくちゃにして欲しいのに。

 いつもはどうしてたっけ。ええっと、玩具で。ダメだ、頭が上手く回らない。

「凪由斗……ぉ、はやく」
「だから試すなっつーの。でもやばいな、さすがに」

 彼の額からも汗が。それすら。唇を寄せようとすると。

「ほら靴脱がすぞ」
「あ、んっ」

 ――気づけば広いベッドに、放り投げられていた。

「は……ぁ」

 軋む音に少しだけ目を開ける。

「大丈夫じゃねぇな、俺もお前も」

 汗だくで困ったように微笑む彼が。僕はまるで砂漠で喉が渇いた人が水を求める気分だと思う。

 懸命に手を伸ばして震える唇を動かす。

「な、なゆ、と……おねがい……」

 抱いて。なにをされてもいい、だから今すぐこの乾きを満たして欲しい。

「俺ももう限界だ」

 彼の声は掠れてた。
 なんでそんな泣きそうな顔するんだろう。僕まで悲しくなってきちゃうのに。

「んっ、んぅ」

 両手で顔を包まれる。見つめ合うのも数秒、キスされた。

「っ……ふ、ぁ……」

 甘い。蕩けそうなくらい甘いのはなんで。
 それだけで気持ちよくて仕方ない。貪るように這い回る舌を絡め合って、時折吸われるごとに軽くイってしまう。

「はぁっ……ぁん」
「たまんねぇな、その顔」

 舌なめずりしながらも、どこか悲しそうな顔で凪由斗は僕の頬を撫でる。

「暁歩」

 名前を呼ばれるだけでどうしてこんなに鼓動が早まるんだろう。彼の瞳に映った僕はきっと、すごくみっともない顔をしてるんだろうな。

「ごめんな」

 彼のその言葉を合図にするように、僕らはまたキスをした。



 

 時間感覚なんてとっくに無い。
 
「は……ぁっ、あっ、あ、ぁん」
「くっ、ぅ」

 打ち付けられるだけ喘いだし、手繰り寄せ合うように抱き合った。

「あつぃ……あぁっ、あ、な、凪由斗ぉ……っ」
「暁歩……」

 お互いの名を呼び合うだけ震えるほど興奮していく。
 狂うほど欲しくて。同時に貪って欲しくてたまらない。

「もっと、もっ、と……あぁっ、あぁ」

 満たして。めちゃくちゃに壊してくれてもいいから。

 足を、手を、指を、舌を。呼気すら絡め合って何度も何度も僕らは抱き合った。


 
 


 


  





 

 



 


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