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7.セーラー服の美少年
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―――けばけばしく下品なデザインのロビーから一転、その室内はやはりセンスの良いものだった。
とは言っても、『所長室』らしい無機質なオフィスめいたものでなく、洋館の応接間に近い。
一際目を引くのは白く美しい大理石のマントルピース。その上に大きな鏡が置いてあり、入ってきた者達の姿を映している。さらには正真正銘、革張りのソファや他の調度品は外のそれとは一線画す豪華さだ。
上品でそれでいて高価なものだと分かる。
「……」
突然、古き良きレトロな重厚感のある空間に通されて譲治が戸惑うのは仕方の無いはなしなのだ。
(なんつーか。昔見たドラマに出て来そうな部屋だな)
幼児の頃、ミステリーマニアの母が見ていた江戸川乱歩原作のドラマである。やけにおどろおどろしいそれは、幼い日の譲治少年を翌日おねしょに導く程には衝撃的だったのを苦々しい記憶とともにおぼえている。
「遅かったじゃあないか!」
部屋の奥にある、アンティークデクスから長身の男が大股で歩いてきた。
「申し訳ありません。少し出るのに手間取ったものですから」
丁寧な会釈を返す六兎に、男は手を振って『気にするな』と快活に笑う。
「譲治君、久しぶりだねぇ! 元気してたかい」
「あ、あんたは……」
こちらも見覚えがあったらしい。目を剥く譲治を面白いものを見るような目で見るこの男。
摩耶の腹違いの兄である比丘尼 大五郎。前述した事件の依頼人であった人だ。
歳は25歳、摩耶よりほんの数時間先に産まれたから兄貴と名乗っているが実際は同じ歳である。
爽やかで、それでいて精悍な顔立ちに似合わないはしゃいだ子供のような振る舞い。黒くもじゃもじゃした髪を手で掻き回す仕草は癖らしい。
がっしりとした体格に高い身長は譲治と引けを取らない位である。
(またキャラの濃いヤツが……っていうか、あれからも付き合いがあったのか。六兎のやつ)
大五郎は探偵事務所の所長を務めているって聞いたような聞かないような……と彼はあやふやな記憶を引っ張りだす。
「元気だったかい。相変らず、りっくんに振り回されてばかりだろう?」
「大五郎さん、貴方までその呼び方……」
嫌な顔を隠さない六兎と複雑な顔をする譲治に、大五郎は白い歯を見せて笑いかけた。
「感動の再会に水を差すようだがね。早速作業に移ってもいいだろうか」
「作業?」
譲治の聞き返しに大五郎は頷いた。
そしていつの間にやらワゴンを押して戻ってきた摩耶を振り返る。
「摩耶、準備できたかい?」
「偉そうにするな、ちゃーん」
「摩耶……ボクは仮にも君の兄貴だぞ。そういう妙なあだ名は」
「ほぼ同じ歳だ。ちゃーん」
(だ、大五郎。子連れ狼……)
独創的な前髪残しカットの幼児を思い出しながら、譲治はこの兄妹のやり取りを眺めていた。
「だからやめなさいって……まぁいい。ほら六兎君。こっちへ」
遠慮なく吹き出し笑いをする六兎は、大人しく勧められた椅子に座る。
よく見れば同じくアンティーク調の机には大きめなメイクアップミラーが鎮座していた。
「ふふっ、久々に腕が鳴るなぁ。君はどちらかというと女性的で綺麗な顔をしているから、あまり手応えはなさそうだけどねぇ」
「あの、六兎に何を……?」
譲治は大五郎がやたらぺたぺたと彼の頬を触りまくる事に気を散らせながら、問いかける。
「ん? 聞いてないのかい。ふふ、今からねぇ……」
「りっくん、女装する」
「ちょ、摩耶。ボクの台詞をだぞ!」
「大五郎の遠回しな所、ウザい」
「摩耶ぁ~!」
(じょ、女装……だと!?)
譲治の脳内に雷が落ちたような衝撃。
(そりゃあ可愛いし、綺麗だし似合うだろうがよぉ……何企んでやがるんだ)
「なんだ譲治。文句ありそうなツラしてさァ」
「六兎、お前もしかしてまたどこかに潜入しようとしてるだろ!?」
「当たり前だろ。まさか僕個人に女装の趣味があるとでも?」
(こいつ開き直りやがった!)
苦い顔をする彼を後目に、腕まくりをしてワゴンの上にふんだんに用意されたメイク道具を手にする大五郎。それとアシスタントよろしく傅く摩耶。
「分かったら大人しく待ってろよな。お前も後でしてもらうから」
「はぁ? 俺ェ!?」
素っ頓狂な声が部屋に響いた。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
「……」
ものの数十分。ズラリと並んだ化粧品を並べて使いながら、瞬く間に目の前の男の幼馴染の性別が変わっていく。
「あとウイッグつけて、と……あらま綺麗だわぁ!」
何故かオネェ言葉で手を叩く大五郎の声で、居眠りして船を漕いでた譲治がハッと顔を上げた。
「!?」
「ほら良い感じになっただろう? どうだい摩耶、ボクの変装の腕は!」
「女装趣味の変態兄貴め」
「人を変質者みたいに。変装だってば」
「変態」
「頑固か!」
歳の変わらない妹にドヤ顔を決める兄に、摩耶は冷ややかな視線と言葉を浴びせる。
……そんな二人の様子など、譲治にはどうでもよかった。
「譲治。どうだ?」
にっこりと微笑む目の前の美少女、さっきまで男だった幼馴染に彼は一つ頷くと応える。
(なかなか悪くないんじゃあないか)
「ヤバい、可愛い。結婚してくれ」
「……ゴリラ、本音と建前が逆になってる」
ボソリとした摩耶のツッコミも入るほどの動揺っぷりであった。
「君さァ、ほとほと可哀想な奴だな」
呆れも過ぎれば哀れみになるのか、ドン引き顔の中にそれらの感情も交えた表情をして六兎が言う。
「女だったらなんでもいいのか。発情期のゴリラめ」
「違うってっ! お前ら揃いも揃って人をゴリラ扱いするんじゃあねぇよッ」
(どんな姿だろうが、可愛いに決まってんだろうが!)
「ふん、どうだか。ほら、次はお前の番だぜ」
「え?」
あれよあれよと言う間に今度は譲治が椅子に座らされた。
鏡が部屋の光を映しているのか、やや眩しく思えて彼は目を細める。
「お、俺は女装なんか……」
「おいおい。勘違いするなよ。君みたいなゴリラに女の格好させるかよ。そりゃあ大五郎さんの変装用のメーキャップならなんとか……ならないな」
「……お前なぁ」
「とにかく。お前は別の役割があるんだからな」
どういうことだ、と首を傾げながら鏡に向き直った。
それからさらに数十分。
「はい。出来上がり」
その声で彼は伏せていた目を開く。
「……これ、俺か」
そこには見慣れない姿の男がぎこちない表情を見せてこちらを凝視していた。
「よし。これで準備完了だな」
いつの間にかセーラー服を着た六兎が彼の肩を軽く叩いて微笑む。
それは完全に近くの公立の中学校の制服である。
「ま、まさかお前……」
「さ。譲治、今から聖女女子中学に潜入するぜ!」
そう言うと黒髪のボブヘアの美少女がニヤリと相好を崩した。
とは言っても、『所長室』らしい無機質なオフィスめいたものでなく、洋館の応接間に近い。
一際目を引くのは白く美しい大理石のマントルピース。その上に大きな鏡が置いてあり、入ってきた者達の姿を映している。さらには正真正銘、革張りのソファや他の調度品は外のそれとは一線画す豪華さだ。
上品でそれでいて高価なものだと分かる。
「……」
突然、古き良きレトロな重厚感のある空間に通されて譲治が戸惑うのは仕方の無いはなしなのだ。
(なんつーか。昔見たドラマに出て来そうな部屋だな)
幼児の頃、ミステリーマニアの母が見ていた江戸川乱歩原作のドラマである。やけにおどろおどろしいそれは、幼い日の譲治少年を翌日おねしょに導く程には衝撃的だったのを苦々しい記憶とともにおぼえている。
「遅かったじゃあないか!」
部屋の奥にある、アンティークデクスから長身の男が大股で歩いてきた。
「申し訳ありません。少し出るのに手間取ったものですから」
丁寧な会釈を返す六兎に、男は手を振って『気にするな』と快活に笑う。
「譲治君、久しぶりだねぇ! 元気してたかい」
「あ、あんたは……」
こちらも見覚えがあったらしい。目を剥く譲治を面白いものを見るような目で見るこの男。
摩耶の腹違いの兄である比丘尼 大五郎。前述した事件の依頼人であった人だ。
歳は25歳、摩耶よりほんの数時間先に産まれたから兄貴と名乗っているが実際は同じ歳である。
爽やかで、それでいて精悍な顔立ちに似合わないはしゃいだ子供のような振る舞い。黒くもじゃもじゃした髪を手で掻き回す仕草は癖らしい。
がっしりとした体格に高い身長は譲治と引けを取らない位である。
(またキャラの濃いヤツが……っていうか、あれからも付き合いがあったのか。六兎のやつ)
大五郎は探偵事務所の所長を務めているって聞いたような聞かないような……と彼はあやふやな記憶を引っ張りだす。
「元気だったかい。相変らず、りっくんに振り回されてばかりだろう?」
「大五郎さん、貴方までその呼び方……」
嫌な顔を隠さない六兎と複雑な顔をする譲治に、大五郎は白い歯を見せて笑いかけた。
「感動の再会に水を差すようだがね。早速作業に移ってもいいだろうか」
「作業?」
譲治の聞き返しに大五郎は頷いた。
そしていつの間にやらワゴンを押して戻ってきた摩耶を振り返る。
「摩耶、準備できたかい?」
「偉そうにするな、ちゃーん」
「摩耶……ボクは仮にも君の兄貴だぞ。そういう妙なあだ名は」
「ほぼ同じ歳だ。ちゃーん」
(だ、大五郎。子連れ狼……)
独創的な前髪残しカットの幼児を思い出しながら、譲治はこの兄妹のやり取りを眺めていた。
「だからやめなさいって……まぁいい。ほら六兎君。こっちへ」
遠慮なく吹き出し笑いをする六兎は、大人しく勧められた椅子に座る。
よく見れば同じくアンティーク調の机には大きめなメイクアップミラーが鎮座していた。
「ふふっ、久々に腕が鳴るなぁ。君はどちらかというと女性的で綺麗な顔をしているから、あまり手応えはなさそうだけどねぇ」
「あの、六兎に何を……?」
譲治は大五郎がやたらぺたぺたと彼の頬を触りまくる事に気を散らせながら、問いかける。
「ん? 聞いてないのかい。ふふ、今からねぇ……」
「りっくん、女装する」
「ちょ、摩耶。ボクの台詞をだぞ!」
「大五郎の遠回しな所、ウザい」
「摩耶ぁ~!」
(じょ、女装……だと!?)
譲治の脳内に雷が落ちたような衝撃。
(そりゃあ可愛いし、綺麗だし似合うだろうがよぉ……何企んでやがるんだ)
「なんだ譲治。文句ありそうなツラしてさァ」
「六兎、お前もしかしてまたどこかに潜入しようとしてるだろ!?」
「当たり前だろ。まさか僕個人に女装の趣味があるとでも?」
(こいつ開き直りやがった!)
苦い顔をする彼を後目に、腕まくりをしてワゴンの上にふんだんに用意されたメイク道具を手にする大五郎。それとアシスタントよろしく傅く摩耶。
「分かったら大人しく待ってろよな。お前も後でしてもらうから」
「はぁ? 俺ェ!?」
素っ頓狂な声が部屋に響いた。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫
「……」
ものの数十分。ズラリと並んだ化粧品を並べて使いながら、瞬く間に目の前の男の幼馴染の性別が変わっていく。
「あとウイッグつけて、と……あらま綺麗だわぁ!」
何故かオネェ言葉で手を叩く大五郎の声で、居眠りして船を漕いでた譲治がハッと顔を上げた。
「!?」
「ほら良い感じになっただろう? どうだい摩耶、ボクの変装の腕は!」
「女装趣味の変態兄貴め」
「人を変質者みたいに。変装だってば」
「変態」
「頑固か!」
歳の変わらない妹にドヤ顔を決める兄に、摩耶は冷ややかな視線と言葉を浴びせる。
……そんな二人の様子など、譲治にはどうでもよかった。
「譲治。どうだ?」
にっこりと微笑む目の前の美少女、さっきまで男だった幼馴染に彼は一つ頷くと応える。
(なかなか悪くないんじゃあないか)
「ヤバい、可愛い。結婚してくれ」
「……ゴリラ、本音と建前が逆になってる」
ボソリとした摩耶のツッコミも入るほどの動揺っぷりであった。
「君さァ、ほとほと可哀想な奴だな」
呆れも過ぎれば哀れみになるのか、ドン引き顔の中にそれらの感情も交えた表情をして六兎が言う。
「女だったらなんでもいいのか。発情期のゴリラめ」
「違うってっ! お前ら揃いも揃って人をゴリラ扱いするんじゃあねぇよッ」
(どんな姿だろうが、可愛いに決まってんだろうが!)
「ふん、どうだか。ほら、次はお前の番だぜ」
「え?」
あれよあれよと言う間に今度は譲治が椅子に座らされた。
鏡が部屋の光を映しているのか、やや眩しく思えて彼は目を細める。
「お、俺は女装なんか……」
「おいおい。勘違いするなよ。君みたいなゴリラに女の格好させるかよ。そりゃあ大五郎さんの変装用のメーキャップならなんとか……ならないな」
「……お前なぁ」
「とにかく。お前は別の役割があるんだからな」
どういうことだ、と首を傾げながら鏡に向き直った。
それからさらに数十分。
「はい。出来上がり」
その声で彼は伏せていた目を開く。
「……これ、俺か」
そこには見慣れない姿の男がぎこちない表情を見せてこちらを凝視していた。
「よし。これで準備完了だな」
いつの間にかセーラー服を着た六兎が彼の肩を軽く叩いて微笑む。
それは完全に近くの公立の中学校の制服である。
「ま、まさかお前……」
「さ。譲治、今から聖女女子中学に潜入するぜ!」
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