鬼村という作家

篠崎マーティ

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三十話「バチ当たり」

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 編集部での会議の合間に鬼村とおやつを買いに出かけ、珍しく気が向いたので専門店でシュークリームを購入した時の事である。
 いかにも洋菓子が入っていそうな白い箱を片手に鬼村が歩いていたからだろうか、所謂”ぶつかりおじさん”が妖怪のようにどこからともなく現れた。
 すれ違う直前にいきなり進路を変えた男は、シュークリームの入った箱目掛けてわざと鬼村に体当たりを仕掛けてきた。鬼村は咄嗟に反応出来ず、彼女の右肩が弾かれると同時に箱が男の体で押しつぶされてひしゃげ、こそぐように鬼村の手から弾き飛ばされてしまった。
「はあ!?」
 鬼村がひっくり返った声をあげたが、男は振り返らずすごい速さで歩き去っていく。
「先生、大丈夫ですか!?」
 幸いにも怪我らしい怪我はないようだが、地面にひっくり返った箱の有様を見ただけで中身が駄目になってしまったのは分かった。鬼村と私と編集部のみんなで食べようとせっかく買ったシュークリームなのに。
 鬼村が死んだ魚のような目で男の背中を睨みつける。そしてほとんど口の仲だけで呟いた。
「バチが当たるよ」
 私は箱を拾い上げた。
 買い直しに行こうか問おうと鬼村の方を見た瞬間、心臓が縮みあがるような激しいドンっという衝突音と人々の悲鳴が走った。
 ぶつかりおじさんが、十メートル程先で車に轢かれていた。
「……バチ当たるの早すぎません!?」
 いくら鬼村とは言えこんな能力があるのだろうか。最早それは人殺しの域なのではないのか。挙動不審になる私に向かって、鬼村は涼しい顔で手を振った。
「ああ、あれはアタシのじゃないよ。他の人の分」
「他の人の分……の、バチですか?」
「そう。今までぶつかってきた、他の人からもらったバチが当たったの」
 まあ、ぶつかりおじさんは痴漢やなんかと一緒で常習性があると言うし、他にも被害者がいて恨みに恨まれていても不思議ではない。一体何人分のバチが男に加算されているのだろう。車に轢かれたと言うこの特大のバチは、一体何回目のバチなのだろう。
 パニックになる現場を眺め、おかしそうに顔を歪めて笑いながら鬼村は言った。
「この後、まだアタシの分のバチも残ってんだよ。可哀そうにね」
 人に恨まれるような生き方なんてするもんじゃない。
 可哀そうなどと言いながら鬼村は酷く上機嫌だ。血を流し、呻きながらぐったりと倒れている男を見て、なんだか食べられなかったシュークリームみたいだなと思った。
 私達は新しくシュークリームを買うために、来た道を取って返した。
 事故現場を横切る鬼村が舐めるように見つめていたのを、男は気づいていたのだろうか。
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