鬼村という作家

篠崎マーティ

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二十八話「チッチッチッ」

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 鬼村の家に通うようになって暫く、私は気づいた事があった。
 この家には時計が一つしかないのである。
 否、正確に言えば時計自体は複数あるのだが、ちゃんと動いているものは居間にあるそこら辺で売っていそうな安い壁掛け時計だけで、廊下の立派な柱時計も、寝室の鳩時計も、後はみんな止まっているのだ。
 その事を鬼村に指摘すると「いや、今は携帯あるし」とぐうの音も出ないばっさりした答えが返ってきた。
 確かに、時間なんていつでもスマートフォンで確認できる。それは間違いない。しかし、いくら一人暮らしとは言え部屋が複数ある一軒家において、動いている時計がたったの一つと言うのは不便な気がしてならなかった。2LDKの私の部屋でさえ、三つは時計があるというのに。
 いまいち納得いかない私を見て、鬼村はおもむろにこんな話をはじめた。
「この家買った時はね、家にある時計は全部ちゃんと動いてたのよ。でもある日、執筆しながら聞くともなしに時計の、あの、秒針のチッチッチッて音あるでしょ、あれを聞いてたらさ、急にそれが舌打ちの音だって気づいたの。ぱっと振り返ったら秒針の音に戻ったんだけどそれ以来気抜いてると舌打ちが近づいて来るようになっちゃってねえ。面倒だから全部止めたわけ。あ、居間のは秒針ないから大丈夫。それと、時々止めたはずなのに柱時計と鳩時計が鳴るんだけど、鳴ってる時は近づかないでね」
「……そんな重要な事今言うんですね」
 青い顔をする私を見、鬼村は大きな歯をむき出して笑った。
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