鬼村という作家

篠崎マーティ

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二十一話「死体の道程」

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 鬼村の家に向かう道中でのことである。
 駅から二分ほど歩いた時、ふと地面に目を落とすと珍しい事にカナブンの死体が転がっているのに気が付いた。間一髪踏みそうになった足を大きく伸ばしてそれを回避し、ほっと胸をなでおろす。あの大きさの虫は、流石に踏みたくはない。
 更に二分歩くと、今度は電信柱の下に、カナブンよりも珍しいドブネズミの死体が転がっていた。こんな人目に付く場所で最期を迎える事もあるものなのかと驚くも、まあこんな事もあるのだろうと納得する。
 それから三分歩くと、今度は生まれて初めて見るカラスの死体が落ちていた。道路脇の小さな畑の中で横たわるカラスの周りには、黒い羽が散乱している。思った以上に大きな体躯に驚きながら、思わず通り過ぎる間中、哀れなけものの亡骸を見つめてしまった。確か、こういうのは市役所とかに電話して回収してもらうんだったな。私はここの住人ではないので、通報して良いものなのだろうか。
 それにしても、縁起の悪い日だな。
 三分後、私はとうとう足を止めた。少し先の道路の真ん中に大きなものがある。近寄って確認しないと確かな事は言えないが、どうにもその物体は中型犬の死体に見えた。車に撥ねられたのか? それとも倒れてるだけ? ああでも、黒ずんだ茶色い毛のような表面に生気が感じられない。
 私が立ち止まったのは、この犬の死体に恐れをなしたからではない。犬の死体を見た事で、この数分の内に構築されたある法則に気づいてしまったからだ。
 汗ばむ手をポケットに突っ込み、急いでスマホを取り出した。鬼村に電話をかけた。
「はーい」呑気な鬼村の声が私の恐怖心を多少和らげてくれた。「コンビニ? 杏仁豆腐欲しいな」
「違うんです、先生あの、ちょっと変な事が起きてまして……勘違いかもしれないんですけど、そのう、駅降りてから死体ばっかり目について」
「え? なんの?」
「最初はカナブンで、次にネズミ、その次にカラスで、今目の前に多分犬が死んでるんですよ。これ、死体がどんどん大きくなってますよね……?」
「あー」
「あの、これ、私、普通にこのまま先生の家行っちゃっていい感じですか……?」
「いや、迎え行くわ。そこで待ってて。今どこ?」
「ええと、駅から十分くらいの所なんですけど、人の家ばっかりで……」
「場所分かった、大丈夫。アタシが行くまで道路の真ん中で待ってて。車とか通ってないでしょ?」
「はい、通ってないですけど……」
「オッケー。すぐ行く」
 通話が終わり、私は道路の真ん中に移動して辺りを見回した。依然犬の死体は向こうにあるが、静かな住宅地に人気はなく閑散としている。車のエンジン音もしない。待て、静かすぎないか? 平日の午後、住宅地がこんなにひっそりしているだろうか。
 もしかして。私の脳裏に嫌な予感が閃く。”おかしな事”になっているのではないか、私。
 恐ろしくて一歩も動けず銅像のように立ち尽くして暫く、随分と長い三分が過ぎて通りの向こうから鬼村が歩いてきた。彼女は私に手を振り、犬の死体の横を通っても見向きもしない。ああ、頼むから、あれが見えているのは私だけなんて言わないでくれ。
 鬼村と合流した私は、彼女に続いて家へと歩き出した。死体はやはり犬だったが、鬼村は何も言わないので私も極力見ないように努めた。なんにせよ、じっくり見るべきものではない。
 それ以降何かの死体に鉢合う事はなく、我々は連れ立って鬼村の家に到着する事が出来た。
 門を開け、中に入る。その時、耳元で小さく舌打ちの音が聞こえた。
「どうしました?」鬼村に問う。
「なにが?」鬼村が振り返って不思議そうな顔をした。
「あれ、今舌打ちしませんでした?」
「アタシじゃないねえ……」
 鬼村は私の後ろを一瞥すると、縦に大きく腕を広げて、爆竹のような派手な音を響かせて手を一度叩いた。人間の手はこんな大きな音を出せるのか。私は驚いて彼女を見つめる。
「ん。これでもう大丈夫」
 一切説明をせずそれだけ言うと、鬼村は家の中に入って行った。彼女がそう言うならもう大丈夫なのだろう。私は好奇心を抱えながらも、黙ってその後ろ姿を追いかけた。
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