鬼村という作家

篠崎マーティ

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六話「鏡台の前で髪を梳く」

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 鬼村がある賞を受賞し、その授賞式に出ることになった時のことである。
「本当にすっぴんで行くんですか?」呆れ果てる私をよそに、鬼村はどこ吹く風で鼻歌を歌いながら鏡台の前で長い髪を梳かしていた。どこぞのホラー映画で見たような光景である。
「私がメイクしましょうか?」
 鬼村の斜め後ろに座り、鏡の中の鬼村を半ば睨みながらそう言うも鼻歌はやまず、サーッ、サーッと髪を梳かす音が長く伸びる。漆黒のヴェールと化した髪の裏に潜む彼女の顔に、せめてファンデーションだけでも塗る事が出来たら、編集長からお褒めの言葉を貰えるだろうに。これから大勢の前に立つというのに、どれだけ図太い神経をしていればノーメイクでいられるのだろう。
「先生、髪の毛アップにしますよ。そのついでにメイクしましょう?」
 サーッ。サーッ。サーッ。
「先生は座ってるだけで良いですから」
「ちょっと」襖が開いてすっかり髪のセットが終わった鬼村が部屋の中に入ってきた。「あんた誰と話してンの?」
 私はぎょっとして、急いで鏡台に目をやる。誰も居ない。たった今、ここで鬼村が髪を梳いていたはずなのに。
「今、え、今、先生、ここに……」
「アタシが居たの? それともアタシに似た人?」
「……分かりません。顔は見えなかったので」
「ふうん」
 鏡台の前の座布団の上に、長い髪がいく本か落ちている。まさに怪談の定番であるが、鬼村が腰まであるスーパーロングヘアーなので、この髪の毛が先ほどの女のものか鬼村本人のものかさえ分からず、いまいち怖いという感情が湧いてこない。吃驚は、勿論、したのだけれど。
 鬼村は呆ける私を立たせて言った。
「ま、顔、見えなくてラッキーだったね」
 生白い肌にまだら模様を描くシミが広がる、四十女のすっぴん。申し訳程度に眉毛だけは整えているが、綺麗とは言い難い形。加齢によって広がった毛穴が見える。かろうじて顔の産毛は剃ってあるのは救いか。慎ましやかな奥二重が、今みたいに眠そうな間抜け面をしているとはっきりした二重に見える。のっぺりとした顔の中で鷲鼻気味の鼻が悪目立ちしているのは最早遺伝子の悪戯だ。
 ただ、死んだように輝きのない目の形だけは綺麗なアーモンド形をしていた。
「……見えない方が良い顔ってありますもんね、ファン心理的に」
「はー、生意気ぃ! お前もブスになれ! ブスアタック!」
 何も塗っていない爪が私の額を弾いた。
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