鬼村という作家

篠崎マーティ

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三話「燃やさなければいけない手紙」

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 ある日、鬼村は庭で焚火をしていた。このご時世に庭で焚火をして良いのかは分からないが、彼女はそこら辺に落ちていた枝で炎をつつきまわし、時折思い出したように横の何かを放り込むという動作を繰り返していた。
 近づいて彼女の手元を覗き込んでみると、燃やしていたのは無数の手紙であった。
「ファンレターじゃないですよね!?」咄嗟にそう叫んだが、鬼村は首を横に振る。
「たまに変な手紙が来るんだよ。ある程度溜まったら燃すの」
「どんな手紙ですか?」
「あんた見ちゃ駄目」
 機械的な動作で彼女は手紙を火にくべた。
 暫く我々は無言で炎を眺めていたが、不意に鬼村は立ち上がり、トイレに行くと言い出した。
「ちょっと火見といて」と私に言いつけ、家の中に戻っていく。私は言われた通り赤々と燃える火を見つめ、その温かさにつかの間の休息を覚えた。命を容易く奪うほど危険でありながこんなにも安らぎを与えるとは、火とはまこと不可思議な存在である。
 ちらり。横に目をやる。小さな段ボールの中に積まれた封筒の山。封筒は白で何も書かれておらず、その無機質さが一体なんの手紙なのか、そもそも入っているのは本当に手紙なのかと好奇心を掻き立てたのだが、鬼村と過ごすうちに「好奇心は猫を殺す」と言う言葉の重みをしみじみ感じていたため、それらに触れる事はしなかった。
 ああ、暖かい。心地よい。だんだん瞼も重くなる。きもちいいなあ。
「おい!」
 急に後ろから怒声が聞こえ、私は飛んでいきそうだった意識を一気に手繰り寄せた。鬼村がバタバタと凄い勢いでこちらに戻ってくる。
 彼女は力いっぱい私の腕をつかむと、私の手に握られていた手紙を無理やりひったくり炎の中に放り込んだ。
 ……手紙? なんで私が手紙を?
 混乱する私をよそに、鬼村は間髪入れずに私の口の中に指を突っ込んできた。いきなりの事に私は対処出来ず、えずく間もなく吐いた。私が吐き出した大量の紙片が、唾液と胃の中身をまとって炎の中にぼたぼた落ちていく。
 呆然とする私の口の中に、鬼村は尚も指を突っ込んで紙片が出てこなくなるまで吐きに吐かせた。やがて液化した今日の昼飯の中に紙片が混ざらなくなると、鬼村はようやく私の口から指を引き抜き大きく息を吐き出した。私は咳込み、その場に四つん這いに頽れる。
「ごめんごめん、一人にするんじゃなかった」珍しく申し訳なさそうに鬼村が言った。
 精も根も尽き果てた私は、説明を求めて涙とよだれまみれの顔を彼女に向ける。自分が今どれほど悲惨な事になっているかなんてもうどうでも良かった。この異常な有様の正体が分からないと気が済まない。
「あんた、手紙を千切って食ってたんだよ」と、私の思いに気づいた鬼村は答えた。
 覚えはない。これっぽちも。私の記憶は炎を見つめていたところで終わっている。
 鬼村は私の頭を撫でながら、これまた珍しく本気で反省した様子だった。
「アタシの落ち度だ、本当ごめんね。もう一人にしないから」
 今まで彼女から受けた事のない優しさに、困惑と安堵、そして「そんなにヤバかったのか」という恐怖を覚えながら私は何も言えずに震える手で口元を拭った。
 私の頭を撫でてくれる鬼村の手が、私の唾液まみれだと言う事に思い至るのは二十七秒後の事だった。
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