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48.パーティー結成!

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 「フフフン♪思った以上の収入だ。今日はパーッとすき焼きにでもするか?外食もありだな!」

 ギルド側が提示した報酬の金額は幸隆の想像以上のもので、これだけあれば差し迫った支払いを済ませた後も、お釣りで贅沢が出来るくらいには大きな金額だった。

 「幸せそうね。羨ましい限りよ」

 呆れたような表情ではあるが、そこには少しの羨望とちょっとした嬉しさが垣間見えた。

 「そりゃな、こんだけ纏まった金が手に入れば抱えている問題が一気に解決するってもんだ」

 「そう、あんたの問題はそれで解決できるのね、良かったわ」

 ぽちっ。

 がたんっ。

 「缶コーヒー買ってんじゃないわよ……ってそのくらいだと今回は端金ね」

 「おう、後100本買っても問題ない」

 「大ありよ。バカな事言ってないで有意義に使いなさいよ」

 「有意義ねぇ」

 二人は今、いつかの自販機の前で話をしていた。

 「金は天下の回り者だからな。使うこと自体が有意義そのものだ。それが自分にとって気分のいい物なら尚の事にな」

 「そんな考えだからいざお金が必要になった時に困るんじゃない。あんたが危険まで冒して探索者になったのはきっとそれのせいでしょうに」

 幸隆はこれで問題が解決できると言った。

 それが何なのかは分からないが、初めて彼に出会った時の深刻そうな顔を見れば、それが彼にとってとても大きな問題であったことは想像に難くない。

 彼は杏にとっては命の恩人だ。

 金に目が眩んで一人無謀を犯した自分を、豚鬼が気に食わないという理由で助けに入ってくれた彼に、彼女は身も心も救われた。

 その恩人が目標の達成で喜んでいるのだから彼女も喜ばしい。

 杏の抱える問題の解決には後一歩、届かなかったが。

 杏はスマートフォンの画面に映る口座の預金残高を眺めて表情を暗くした。

 沈みかけた夕日は彼女の顔には差し込まない。

 「なんで俺に嘘を吐いてまで一人で六階層に挑んだんだ」

 打って変わった幸隆の真剣な声色の言葉に杏の身体が硬直した。

 「あんたこそ、私があれだけ素人は無理するなって言ったのに当たり前のように来てたじゃない。しかも私の所まで追いかけてくるなんて──────分かったわよ。話すから怖い顔しないで。通報されるわよ」

 「おう、こんな時まで俺の心配をありがとうよ。……あんま冗談じゃなさそうなのが怖いんだよな」

 学生に社会人と、帰宅ラッシュでごった返す大通りに人目を惹く美女、そしてそれを睨むガタイの良い強面男。

 ひそひそとこちらを見て怪訝そうな通行人に幸隆はお巡りさんの登場を警戒した。

 変な誤解を招かないように幸隆が表情をやや強引に笑顔に変えた。

 喧噪が加速した。

 「また馬鹿やってる──────ほら、これなら変な誤解されないでしょ?」

 そう言って杏が幸隆の傍らに寄って肩に頭を置いた。

 それを見た周りの人間はなんだこいつら恋人同士かと去っていく。

 そして入れ替わるように、そんな美女とこんなところでいちゃつきやがってという新たな一団で結局注がれる視線の数はそう変わらなかったが、杏の思惑通り、通報の心配は消えた。

 しかし、意外にも幸隆にそんな杏の思惑をくみ取る余裕がないようだった。

 「お、おいっ。なんだお前、急にっ」

 「ふふ、なに照れてんのよ童貞臭い」

 「ど、ど、ど、ど、童貞ちゃうわ!」

 幸隆の初心な反応に杏は目を丸くして幸隆を見る。

 「え?本当に童貞なの?」

 純真に男を傷つけるようなセリフと表情は聞く人が聞けば撃沈するだろう。

 「本当にちゃうわ!経験くらいあるに決まってんだろ!こちとらもう26だぞっ」

 「あ、そっか26だったわね」

 「おい、そのそっかはどっちの意味だ」

 老け顔は辛い。

 幸隆は別に童貞というわけではないが、だからと言って経験が豊富というわけでもない。

 その経験だって、できれば幸隆自身が闇に葬り去りたいと考えている。

 「ふーん。見た目相応にやる事やってんのね」

 どこかつまらなさそうな彼女に幸隆は小さく溜息を吐いて、それに反応を示さない。

 暗に、そろそろ話せと伝えたいのだ。

 別に彼女が思うほどに経験がないという事を黙ったまま勘違いしていてもらおうとか、そんな浅ましいプライドを守りたいとかそんなことでは決してない。

 そう、決してないのだ。

 「私ね。養護施設出身なのよ」

 開口一番に告げられた内容に幸隆は少し驚いた。

 見た目といい、少し品のあるところといい、そう言ったイメージは持ち合わせていなかった。

 彼女の出身を考えた事があるわけではないが、養護施設というセリフは正直予想外だった。

 裕福な家庭ならすんなりと受け入れただろうが。

 「とてもいい人達ばかりなところ。同じ施設の子たちは家族同然だし、職員の方も私たちに丁寧に接してくれる。そして、施設長───みんなにお母さんって慕われる私たちの育ての親。みんな、私にとって大切な家族なの」

 「良い家だな」

 幸隆の何気なく言っただけの言葉に、その言葉に嬉しくなって笑みを零す。

 「えぇ、とってもいい家。暖かい、私の育ったおうち

 施設を自分のお家だと負い目なく言える子がどれだけいるだろう。

 普通の家庭に憧れて、普通の一軒家やアパートに憧れる、思春期真っただ中の青少年が周りと違う環境に負い目を感じず、真っすぐに、施設を私のお家だと言える子がどれだけいるだろう。

 少なくない訳ではないだろう。

 けれど、それを他人から言ってもらえるのは家族を褒められたような気がして、血の繋がり以外の家族の在り方を認めてもらえたような気がして彼女には暖かく感じられた。

 「でもね、そんな暖かい場所に土足で入ってくる奴らが現れたの」

 普段通り、平静を装っていても、彼女の声色からは憎しみが滲んで聞こえてきた。

 彼女が端的に話していく。

 淡々とした声で。

 それは湧き上がる激情を必死に抑えているからこその平坦な声だった。

 話の内容は、幸隆からしても胸糞の悪い話だった。

 夫の残した負の遺産に養母は追われ、借金のために借金を繰り返し、とうとう首の回らなくなった養母に、土地の売却を迫る。

 詐欺まがいのやり方で借金を負わせ、施設のある土地を接収しようとする悪質な地上げ屋の話だった。

 「お母さんは、私の養母はね、朝から夜まで私たちの面倒を見て、夜遅くまで内職をしてそれでも全然足りない利子の一部を払ってどうにか施設を守ってきたの。何度も何度も必死に頭を下げて。子どものときにそれを見てしまった時、心がざわついたの。どうにかしなくちゃって。お母さんを守らなきゃって……」

 彼女は胸にしまっていた感情の再起を沈めるように目を瞑って、小さく息を整える。

 幸隆の肩に伝わっていた震えが小さくなった。

 「返済のための猶予はね、もうあまり残されていない。このまま普通に就職して、お給料が上がるのをちんたら待っていられないって私は思ったの」

 「だから、探索者か」

 才能があれば、瞬く間に成功を掴めるのが探索者の醍醐味だ。

 その一握りの成功者の稼ぎは一企業の社長でもおいそれと追いつけるものではないほどに、上級探索者の実入りは破格だ。

 「死に物狂いで到達階層を更新したわ。当然だけど、潜れば潜るほどに動く金額も大きくなるからね」

 下の魔物による報酬は大きいが、必要な装備類の等級も当然跳ね上がる。

 上手くやらなければ、装備やアイテムの損耗で収支がマイナスになることもある。

 何も考えずに、ただ戦えるからと階層を下げていいわけではないのだ。

 そんな中、これまでうまくやれている彼女は相当に優れていると言って良いレベルだろう。

 「私もこの調子なら、猶予までに十分な稼ぎを出せるようになるって思ってた」

 俯いて見えない彼女の表情。

 しかしそれが人には見せられない表情だという事くらいは幸隆にも分かった。

 「あいつら、急に期限を大幅に縮めてきたの。詳しい理由の説明もないまま、今までが待ってやってたんだって……」

 幸隆はそこまでを聞いて考える。

 最初の話の通り、土地が目当てなのだろう。

 そうだとすると、借金をそのまま返されるのは相手にとっても都合が悪い。

 だから、返済の期限を一方的に縮めてきた。

 法的にどうとかは分からないが、おそらく相手はイリーガルな相手だ。

 法に訴えれば強硬手段もありそうだ。

 聞けば聞くほどに厄介な相手だった。

 「大体理解した。大金が必要だから無理をしてイレギュラー解決に乗り出したんだな」

 それくらいなら頭の悪い幸隆でも理解できた。

 そして無事に事件を解決し、見事報酬を受け取り万事解決──────にはならないのだろう。

 「これでも足りないのか?」

 「……残念ながらね」

 「そんなに大金なのか」

 「えぇ、でも私が用意するのはもっと少なくていいの」

 「どういうことだ?」

 「パトロンをしてくれる人がいてね。その人の援助で私が出す金額はもっと少ないの」

 「それってパパか──────ゅぐぅぇっ」

 杏が幸隆の顔を力強く掴んで顔を向けた。

 氷の様に冷たい笑顔の彼女がそこにいた。

 「私がそんな売女ばいたに見える?」

 「ひょうらんれす冗談ですほめんらはいごめんなさい

 「その人は養母の知人で、お金に余裕のある人なの。それで私たちの借金を時折肩代わりしてくれてね。本当にやばいって時に何度救ってもらったか。あの人には頭が上がらないわ」

 信頼しているのか、その人物を思い浮かべた彼女の表情が柔らかくなった。

 「でもあの人も毎回余裕がある訳じゃないから……甘えてられないしね」

 「いくら足んないんだ?」

 「え?」

 キョトンとした表情で幸隆を見上げる杏。

 夕日の当たる彼女の顔を見て、幸隆はようやく彼女の真面な表情を見られたと感じた。

 「だからいくら足んないんだよ。口にするのが嫌ならスマホに数字打て」

 「え、えぇ……こ、これくらい……?」

 「ふむ。足りそうだな。おい、口座番号教えろ」

 「ちょ、どういう意味よっ」

 「めんどくせえな」

 そう言って幸隆は杏のスマホを奪ってホームボタンでアプリを切り替えて、先ほどまで杏が見ていた銀行のアプリを開いて口座番号を盗み見る。

 「本当にどういうつもりっ、返しなさいよ!」

 そう言ってスマホを奪い返す杏。

 そしてその開かれているアプリが通知を知らせた。

 「え、うそ……」

 そこには必要分の金額が送金されていた。

 送金主の名は────本堂幸隆─────

 「受け取れないわよ!こんな大金!」

 「うるせーうるせー。黙って受け取っとけよ」

 面倒くさそうに手を払う幸隆に杏が呆然と呟く。

 「どうして……」

 「あーあれだ。今までのレッスン料だよ。散々身の丈以上に稼がせて貰ったからな。それと買ってもらった革鎧代。それを加えたら丁度そのくらいの金額にはなんだろ」

 「そんな、わけないじゃない」

 送金された金額は今回ギルドから報酬を折半した額、ほぼそのままの額が送られたいた。

 「解決の報奨金が必要な額まんまだったから、お前ひとりで臨んでたんだな」

 誰にも手を借りず、たった一人で危険に挑んだ理由はその報酬を折半するわけにはいかなかったからだ。

 「あんた、死にかけたのよ?というかあの異常種を倒したのは殆どあんたじゃない……なのに、どうして」

 「細かいことは気にすんなよ。お前にはこれから付き合ってもらうんだからな」

 「ぇ……つ、付き合う?」

 幸隆のその言葉に杏は目を丸くした。

 「あぁ、これが終わったら俺の方から正式に言おうと思ってたんだ」

 「ちょっ!ちょちょちょ、ちょっと待って!!そんなっ急に、こんな時に!」

 顔を赤く染めた杏が目を逸らしながら急に慌てて身だしなみを整え始めている。

 「いや、待たない」

 「──────ぁ」

 いつになく真剣な表情の幸隆。

 その男らしく強引な幸隆に杏の身体がピタリと硬直。

 幸隆はその様子に真剣な表情を崩すことなく、大きな声で告げる。

 「俺と付き合ってくれ────────────滅茶苦茶稼げるダンジョンの深層まで!!」

 「そんな、いきなりっあんたそんな素振り…………ん?ダンジョン?」

 顔から表情の抜けた杏がまーるい目で幸隆を見た。

 「そう、ダンジョン」

 「パーティー申請?」

 「パーティー申請」

 「正式にパーティー組もうって?」

 「正式にパーティー組もうぜって」

 妙に温度の無い杏の表情に勢い任せの幸隆は気付けない。

 杏が自分の握った拳を黙って見つめている。

 「ん?どうした怖い顔して」

 スッと右足を一歩引いて。

 「お、おい?なんだ急に、そんな殺気立って──────」

 「─────パーティー組んであげる」

 「な、ならっ」

 「うるさい───死ねっ!!」

 「ふぐゅるるるぁぁぁああああ!!!」

 【盗賊シーフ】とは思えない威力のパンチが幸隆の鳩尾にクリーンヒット。

 メリメリと食い込んでいき錐揉みしながら幸隆は吹っ飛んでいった。

 一先ず溜飲を下げた杏は、打ち上がった魚のようにぴくぴくと痙攣する馬鹿を見て、夕日を見上げた。

 「はぁ、やっぱこの時間でも暑いわね」

 夕日に顔を赤く染めながら、顔を仰ぐ女性に道行く人が見惚れていた。

 「……ばか」

 小さく零した声は誰の耳にも届かない。

 道行く人だかりが地面に倒れて悶える男を避けるようにして流れていく。

 それを見て綺麗な女性がクスリと笑う。

 「付き合ってあげるわよ。しょうがないから……」

 今日ここに、モデルの様に美しい妙齢の女性と、柄の悪い男との二人組のパーティーが正式に結成。

 後にダンジョンだけでなく、世界に名を轟かせる伝説のパーティーの誕生の瞬間であった。
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