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32.単純な生き物

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 気を失った三人が起き上がるまでそう時間は掛からなかった。

 「結局、あんた一人であのデカブツを倒したのか」

 もじもじと黙り込むパーティーリーダーに変わって、弓手を担う男口調のつづりが話始めた。

 「助かったよ、あんたマジで強いんだな。オレたちのが先輩なのに不甲斐ないぜ」

 「いや、あれはイレギュラーだろ。六階層の敵はこれまでとは強さの上り幅が違うって話だしな。俺だってまさか一人で勝てるとは思っていなかったんだ」

 一人で時間を稼いで、桃李の回復、気絶した三人の目覚めをあてにしながら幸隆は戦っていた。

 「それが大切なもんアナルってのを意識したら不思議と力が沸いてよ。そしたら勝ってた」

 「大切……?」

 幸隆のその言葉の意味を気絶していた三人は理解ができない。

 「まぁ、お前たち(女)にはわかりにくいだろうな。な、桃李!」

 「ひぅ……う、うん」

 「桃李???」

 さっきから態度のおかしいうちのパーティーリーダーの様子に何か変な事が起きたのだと直感で理解した。

 「うちのリーダーになにか変なことしたんじゃないだろうなおっさん」

 「お、おい綴!失礼なことは言うもんじゃない!命の恩人なんだぞ!」

 変なこと……。

 それを聞いて桃李の粗相を思い出してしまった幸隆は染みになった床に一瞬だけちらりと意識が向いてしまう。

 「本堂さん!?」

 どこを見たのかすぐに察した桃李は火が吹き出しそうなほどに顔を赤くして焦りだし幸隆に抗議した。

 「あ、すまん。わざとじゃないんだ」

 咄嗟に謝る幸隆とそれを見てぷんぷんと怒る彼女の姿を見て三人が固まった。

 「え、アタシたちが気を失っている間になにがあったの」

 「……あやしい」

 「おい!おっさん!本当に何もなかったんだろうな!」

 気を失っていた時間もそう長いものでもなかったはずだ。

 しかしその僅かな時間で、桃李の幸隆に対する一変した態度と、幸隆の何かを隠す態度から三人はただ事ではない事が起きたのだということだけは理解ができた。

 「おっさんはこれからどうすんだ」

 綴の本音としては幸隆も共にここから離れてほしい。

 それは桃李も同じであり、他の二人も同意だ。

 幸隆がいくら強いといってもここから先はあの狂った豚鬼で溢れかえる六階層。

 あの強さの化け物がうじゃうじゃといる階層でいくらこの男であってもたった一人で通用するとは思えない。

 探し人もそう都合よく見つかるとも思えない。

 それは彼女たちから見ればただの自殺行為だった。

 「考えが変わった。俺は一人で六階層にあいつを探しに行く」

 その答えに桃李の顔が曇った。

 「本堂さんはその人の自己責任だって言っていましたよね?どうして考えを改めたんですか」

 相談もなく、たった一人で制限階層に足を踏み入れた彼女に、桃李達が抱く感想も幸隆と同様だ。

 それでも、桃李達が幸隆に同行したのは、危険を顧みず、仲間を集う時間すら惜しんで一人で捜索に当たる彼の優しさに看過されたからだ。

 彼女達は優しい人間だ。

 そんな彼女達であっても、瀬分杏という女性の行動には身勝手なものに感じた。

 ギルドに嘘を吐き、仲間に嘘を吐いてまで危険な階層に向かう理由が分からなかった。

 そんな彼女の行動に彼が付き合う筋もない。

 彼の言う通り自己責任だ。

 「あいつが一人で戦って死ぬなら探索者として当然の報いだ。命を奪うなら自分の命も奪われる覚悟を持たなきゃいけない」

 戦うものとしての覚悟。

 かつての戦士や現代の軍人達がしかと胸に抱かなければならない世界の摂理。

 魔物と戦い糧とする探索者も当然、例に漏れることは決してない。

 「だがあれは戦士のしていいことじゃねえ」

 幸隆の顔に青筋が走っていた。

 「これは想像以上に腹に据えかえる」

 短い時間とは言え、生死を共にした仲間は、遺体を弄ぶ俗物の溢れかえる場へと身を投じている。

 しかもその身が女性であるために、ただの死すらも許されず、奴らは杏を欲望のままに凌辱の限りを尽くすだろう。

 それも自己責任といえばそうかもしれない。

 しかし、我慢ならないことは誰にでもある。

 知っている女性が、言葉にできない酷い目に遭う。

 幸隆の逆鱗がたまたまそこであったというだけの話だ。

 だから幸隆はこの気に食わない感情を解消するために六階層へと向かう。

 「そう、ですか。本堂さんには危ないところを助けてもらいました、だから力になりたい───」

 幸隆の据わった眼が桃李を捉えた。

 「───と言いたいところですが、僕達にはもうそこまでの余力はありません。それに僕達では歯が立たないということを身を持って知りました。だから僕達はここで退かせて頂きます。命を助けて貰った上で薄情かと思われるかもしれませんが、パーティーリーダーとして間違った判断はできません。申し訳ありません本堂さん」

 迷いを残したままの顔。

 助けになりたいという善性の気持ちが見て取れる。

 「それでいい。ついてくるって言ったらぶん殴ってたわ」

 安心したように笑みを浮かべる幸隆。

 彼女の判断は正しい。

 もっと胸を張っていい回答だ。

 彼女の優しさが故に未だ葛藤が伺えるが、彼女は仲間を危険に晒す判断をしなかった。

 ここで間違った判断をしたならば幸隆は桃李を気絶させて彼女達に連れ帰らせていたところだ。

 バカな決断をするのはバカ一人で十分だ。

 「感謝をしないといけないのはこっちの方だって言っただろ。帰ったら一杯奢らせろ」

 「は、はいっ!」

 幸隆は彼女たちに見送られながら、分不相応である第六階層へと足を踏み入れた。

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