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29.騎士と姫(勘違い)

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 桃李は感じたことのない恥辱に瀕していた。

 仲間は皆やられ、先に気付いてかばってくれた後輩にあたる男も不意打ちを受けて気を失っている。

 そんなパーティーリーダーに当たる自分は醜い豚面の敵に捕まって、全身を嬲られ続けている。

 革鎧は剥かれ、衣服は乱れ、露出された肌のほとんどがこの豚の舌に舐められて汚い唾液に汚されていた。

 あまりに気持ち悪い魔物の行為に、戸惑いと嫌悪感に心が支配される。

 されているはずなのに……

 この豚鬼の汚い唾液に汚されてからというもの、桃李の気持ちとは裏腹に次第に体が火照りだし、撫でる指に、這う舌に体が女の反応を示してしまうようになっていた。

 それは感じたことのない”性”の興奮だった。

 女子高に通っていた桃李は、身長が他の女子よりも高くなってからというもの、その中性的な容姿も相まって、女子高の王子様のような扱いを受けるようになり、本人の意思とは関わらず、学校ではその役割を演じながら過ごしていた。

 この歳になって、その王子様口調も大分抜けてきたが一人称だけは変わらなかった。

 気恥ずかしさが出てしまう。

 元来、あまり女性らしい口調や恰好が好きというわけではないために、中性的な今の状態がしっくりとくるのだ。

 そのため、桃李はあまり性というものに頓着がない。

 それは女性が思う男性の理想像を演じてきた経緯があり、周りの男性があまりかっこよく見えた試しがなく、恋の経験がないからだ。

 だから桃李は戸惑ってしまう。

 初めて覚える性の欲求に。

 びくりと走る甘い電流に。

 自分の体が、女のものであると強制的に自覚させられた事実に対して。

 そしてそれが、このよりにもよって女を食い物にすることしか考えていない、醜い生物によって齎されたことだという事が、桃李にとってあまりに大きな屈辱となって彼女の心に大きく広がっていた。

 歯を食いしばる。

 喜ばせてなるものか。

 この体の反応はこの豚鬼の唾液によるもの。

 今も、唾液に濡れる肌がほんのりと赤く火照り、女の色を醸し出している。

 こんなものは僕の意志ではない。

 そう心の中で声に出し、自分がこの豚鬼に性的興奮を覚えたわけではないと強く否定する。

 「あっ……」

 しかしその意思も空しく、身体はいう事を聞いてくれない。

 服に潜る舌が、胸を撫で、耳まででろりと舐めていく。

 あわや、先端。

 大切なところまで汚されかけた桃李は舌先がそこに触れなかったことに安堵しながらも、残念な気持ちを抱いていることに気付いてしまう。

 期待してしまうほどに桃李の体は自分の意志とは関係なく悦びを求めてしまうところまで来てしまっていたことに彼女は泣きたい気持ちになった。

 それでも彼女はぐっと堪えて我慢した。

 しかし、豚鬼は荒い息を吐きながら大きく膨れ上がった部位を腰蓑越しに桃李の股間に押し付けて腰を動かし始めてしまう。

 一番敏感になったそこから伝わる甘い刺激に思わず大きな嬌声が漏れてしまう。

 それに興奮を高ぶらせた豚鬼がついに堪えられなくなったのか、桃李のズボンに手を掛け、そして自分の腰蓑も外そうと手を動かした。

 そこからわかる最悪の事態に桃李の心は限界を迎えた。

 「いやぁ……だれか、助けて…………」

 「アウトォォォォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!てめえ!!CERO考えろやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!!!!!!───う、おrrrrrrrrrrrrrrrrrr」

 今まで行動不能に陥っていた男が、豚鬼を殴り飛ばし、その場で大いに吐きだした。

 「本堂、さん……」

 豚鬼の手から滑り落ち、しりもちをついた桃李は彼を見た。

 吐き出すほどにダメージが残っているにも関わらず、身体を無理に起こして桃李の助けに入った彼の行動。

 そして今、口をかっこよく拭いながら立ち上がった彼の横顔に。

 桃李はその姿に目を奪われた。

 拳は怒りに震えんばかりに強く握られ、その表情は敵を見据えながら引き締めている。

 短い付き合いではあるが、今までどこか気の抜けたような、余裕を感じられる彼の姿とは打って変わり、とても真剣な顔つきだった。

 それは何かを守る男の顔。

 それはきっと…………。

 心臓が痛いほどに跳ね始め、胸の奥底が熱くなっていく。

 顔が熱くなり、彼から目が離せない。

 豚鬼の時とはまるで違う感情。

 体は依然と変わらない。

 体は火照る、桃色吐息。
 
 しかし、豚鬼の時にあった拒絶するような感情はまるでなく、心がなにかを求めるような感覚。

 この気持ちがなんなのか、彼女はその経験が無くとも、知っていた。

 その知識がなくとも同じ名を付けただろう。

 彼女は、彼によって悪の手から助けられた。

 それはまるでかつての自分とは正反対のお姫様。

 かつて王子様と持て囃された彼女は、その感情をもってお姫様へと変わった。

 その感情の名前は”恋”だった。
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