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26.豚鬼
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「こりゃ、ひどいな」
この惨状を最初に言葉にできたのは年長の幸隆だった。
血が床や壁にべったりと飛び散り、ばらばらに転がる肢体が誰の物なのかも検討が付かない有様を、後ろの四人は顔を青くして直視できないでいた。
探索者の遺体を見たことがないのか、それともここまで酷いものを見たことがないのか、これが初めての幸隆には判断がつかないが、これが異常なことは理解ができる。
明らかに過剰な攻撃を受けた事が伺えるこの惨状は、おそらく事切れた後にも手を加えられているからだ。
そうでなければ四肢のすべてがもぎ取られるような戦闘など想像ができない。
「桃李、ダンジョンの魔物はここまで残虐なことをするのか?」
「……聞いたことが無いです。人型などの知能の高い魔物が本当に死んだかを確認するために急所を突き刺したり、首の骨を折ったりするなどはあるそうですが、これは明らかにそれとは意図が違います」
「……これじゃ、まるで遊んでるみたい」
翠のぼそりと零した所感は頷きはしないものの、皆同じだった。
「うぅっ……」
「……綴」
一番顔色の悪かった綴が口を押えて縮こまり、それを見た、近くにいた千秋が傍に寄り添い背中をさすった。
探索者になって一か月、覚悟はしていたものの、ダンジョンの恐ろしさを目の当たりにして、人の血を知らないでいた桃李パーティーの面々は精神に決して小さくない外傷を負う事となった。
「引き返すぞ」
その言葉は早かった。
明らかに異常な光景を前に、正常な状態ではなくなったパーティーを引き連れてこれ以上進むことはできない。
幸隆はこの惨状を目の当たりにしても、大きな動揺は見せていない。
不思議と頭は冴え、現状を正しく理解して、後ろにいるのが自分よりも年下のメンツであることを、彼女たちをこの危険に晒している責任の一端が自分にあることを自覚して、即座の判断を下す。
幸隆が戻るようにと桃李の体を押す。
男にしては妙に柔らかく感じるが、今はそれどころではない。
幸隆の意図を感じ取ったのか、桃李が固まる三人を腕を広げて引き返すように押して促した。
こういう時は言葉で命令するよりも体で直接行動を促した方がスムーズだ。
幸隆を含めた五人は残酷な場面に背中を向けて通路を引き返す。
幸隆が曲がり角を後にしようとしたその時────
ぞくり。
感じたことのない寒気が背中から全身へと走り抜けていった。
「お前ら逃げろ!!」
「え」
突然の幸隆の怒声に一瞬呆けに取られる一同。
その直後、幸隆の背中を大きな影が襲い、幸隆を吹き飛ばしてなお、壁を粉々に叩き割った衝撃音が耳をつんざいた。
「ぐっ」
「本堂さん!?」
吹き飛ばされ、壁に激突した幸隆はその場に凭れ掛かり、立ち上がろうとするもうまく力が入らない。
「うそ、でしょ?ここって五階層だよね……」
「なん、でデカブツがここにいんだよ……」
「……あれは勝てない」
千秋も綴も翠も、目の前の暴威を視界に収めてその身を震わせた。
この五階層にいるはずのないこのダンジョンに置ける初めての大型モンスター。
この魔物の討伐が叶えば、Eランクへの昇格も見えてくる登竜門たる魔物。
2メートルを超える長身に、でっぷりとした腹とそれを支える短くも木のように太い手足。
ゴブリンに似た体色と、しかし、ゴブリンよりもさらに人からかけ離れた顔をした豚面の巨人。
力のみならば十階層の魔物すら蹴散らしてしまうほどに危険な魔物の名は豚鬼。
不遜にも鬼の名を冠したその魔物は、しかし、その力のみならば鬼の一字を戴くに値する。
決して、五階層などに現れてはいけないモンスター。
これより下の階層は、その一層の重さが違うのだから。
探索者登録一か月と少しのパーティーと、たった六日に過ぎない男の目の前にそれは現れた。
この惨状を最初に言葉にできたのは年長の幸隆だった。
血が床や壁にべったりと飛び散り、ばらばらに転がる肢体が誰の物なのかも検討が付かない有様を、後ろの四人は顔を青くして直視できないでいた。
探索者の遺体を見たことがないのか、それともここまで酷いものを見たことがないのか、これが初めての幸隆には判断がつかないが、これが異常なことは理解ができる。
明らかに過剰な攻撃を受けた事が伺えるこの惨状は、おそらく事切れた後にも手を加えられているからだ。
そうでなければ四肢のすべてがもぎ取られるような戦闘など想像ができない。
「桃李、ダンジョンの魔物はここまで残虐なことをするのか?」
「……聞いたことが無いです。人型などの知能の高い魔物が本当に死んだかを確認するために急所を突き刺したり、首の骨を折ったりするなどはあるそうですが、これは明らかにそれとは意図が違います」
「……これじゃ、まるで遊んでるみたい」
翠のぼそりと零した所感は頷きはしないものの、皆同じだった。
「うぅっ……」
「……綴」
一番顔色の悪かった綴が口を押えて縮こまり、それを見た、近くにいた千秋が傍に寄り添い背中をさすった。
探索者になって一か月、覚悟はしていたものの、ダンジョンの恐ろしさを目の当たりにして、人の血を知らないでいた桃李パーティーの面々は精神に決して小さくない外傷を負う事となった。
「引き返すぞ」
その言葉は早かった。
明らかに異常な光景を前に、正常な状態ではなくなったパーティーを引き連れてこれ以上進むことはできない。
幸隆はこの惨状を目の当たりにしても、大きな動揺は見せていない。
不思議と頭は冴え、現状を正しく理解して、後ろにいるのが自分よりも年下のメンツであることを、彼女たちをこの危険に晒している責任の一端が自分にあることを自覚して、即座の判断を下す。
幸隆が戻るようにと桃李の体を押す。
男にしては妙に柔らかく感じるが、今はそれどころではない。
幸隆の意図を感じ取ったのか、桃李が固まる三人を腕を広げて引き返すように押して促した。
こういう時は言葉で命令するよりも体で直接行動を促した方がスムーズだ。
幸隆を含めた五人は残酷な場面に背中を向けて通路を引き返す。
幸隆が曲がり角を後にしようとしたその時────
ぞくり。
感じたことのない寒気が背中から全身へと走り抜けていった。
「お前ら逃げろ!!」
「え」
突然の幸隆の怒声に一瞬呆けに取られる一同。
その直後、幸隆の背中を大きな影が襲い、幸隆を吹き飛ばしてなお、壁を粉々に叩き割った衝撃音が耳をつんざいた。
「ぐっ」
「本堂さん!?」
吹き飛ばされ、壁に激突した幸隆はその場に凭れ掛かり、立ち上がろうとするもうまく力が入らない。
「うそ、でしょ?ここって五階層だよね……」
「なん、でデカブツがここにいんだよ……」
「……あれは勝てない」
千秋も綴も翠も、目の前の暴威を視界に収めてその身を震わせた。
この五階層にいるはずのないこのダンジョンに置ける初めての大型モンスター。
この魔物の討伐が叶えば、Eランクへの昇格も見えてくる登竜門たる魔物。
2メートルを超える長身に、でっぷりとした腹とそれを支える短くも木のように太い手足。
ゴブリンに似た体色と、しかし、ゴブリンよりもさらに人からかけ離れた顔をした豚面の巨人。
力のみならば十階層の魔物すら蹴散らしてしまうほどに危険な魔物の名は豚鬼。
不遜にも鬼の名を冠したその魔物は、しかし、その力のみならば鬼の一字を戴くに値する。
決して、五階層などに現れてはいけないモンスター。
これより下の階層は、その一層の重さが違うのだから。
探索者登録一か月と少しのパーティーと、たった六日に過ぎない男の目の前にそれは現れた。
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