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12.定番モンスと金勘定
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幸隆と杏の二人は滞りなく目的の3階層へとたどり着いた。
途中、先を歩く杏に見とれる同業者が、後ろに続く幸隆を見て信じられないものでも見るかのように目を丸くさせていたが、幸隆はそれに気づくことはなくここまで来ていた。
上の階層とそう変わらない構造の3階層は、しかしこれまでと比べ明りに乏しい。
うす暗い通路は、十数メートル先の景色を黒く塗り潰しているほどに。
「私は夜目が利くから大丈夫だけど、あんたは不意打ちに気をつけなさい」
「このくらいなら問題ねーよ」
幸隆も目は良い。
このくらいの明りがあれば、敵の接近に気づかないことはない。
2階層に比べても人の少ない3階層は自然と物音は少なく、幸隆の足音だけが嫌に響く。
「お前って忍者かなんか?」
耳に入ってくる音の情報が自分の足音だけという事実に若干引き気味の幸隆。
杏は足音どころか、衣擦れの音も呼吸すらも最小限に抑えていた。
「ていうかアサシンだな」
「……勝手に物騒なクラスにしないでくれる?」
前を歩く彼女が答える。
顔の見えない彼女の声は響きを抑えた小さな声。
しかし、その声にはどこか暗いものが感じられた。
「すまん。ちょっと声が大きかったか」
不意打ちを気を付けろという助言を思い出した幸隆は自分が不用意に大きな声を出していたことに気づいて彼女に倣うように声を潜めた。
「……別にいいけど。少し聞き耳を立てながら進みなさい。奴らは私たちよりもここの環境に適応している。多分先に気づくのはあっちよ」
「なんかゴブリンって聞けばザコモンスって印象だけどそうでもなさそうだな」
「探索者なら身体能力で負けることはそうそうないと思うわ。厄介なのはあいつらの狡猾さよ」
「確かにずる賢い印象はあるな」
「ここのダンジョンのゴブリンはそうでもないけど、他のダンジョンではここより戦い慣れたゴブリン種がいて手を焼くそうよ」
「同じゴブリンでもダンジョンによって特徴が変わってくるのか?」
探索者やダンジョンに情報に疎い幸隆にとってその情報は初耳だった。
「どういうわけかね。単純に戦闘に特化した種もいれば、大きな集団を築く種もいるわ」
「ここのゴブリンの特徴は?」
「あんまり挙げるような特徴はないわね。そういう意味で言えば他より弱いってことかしら」
「可哀そうな扱いだな。まぁ俺としては弱いに越したことは無いがな」
「それでも三階層の敵だと考えれば油断していい相手じゃないわよ」
他のダンジョンよりも出現が早いため階層基準で言えばここのゴブリンも十分に脅威であるといえた。
「俺はいつだって常在戦場だ」
「説得力の欠片もないわね」
街中を歩くのすら恥ずかしい恰好をしている幸隆にその言葉を使われても納得など行くはずのない杏であった。
二人は会話を抑えて注意を払いながら暗い通路を進む。
上の階層よりも狭い通路は刀身の長い得物を振るうことのできない道幅となっている。
ここでは前線を張る剣士職は満足に戦うことはできない。
故に、盗賊職や拳士職が前を張るのが推奨されている。
幸運なことに二人ともがここでの戦闘の最適なクラスだった。
しかし、うす暗い環境は人間にとっていい環境とはいえない。
異様な静けさも相まって二人の緊張感は次第に高まっていく。
杏にとって、ここの敵は一対一の戦いならば遅れをとることはまずない相手だ。
例えそれが複数体が相手だとしても、倒す事もできれば、頃合いを見て逃げることだって可能だった。
しかし今は隣に新人探索者が同行している。
見込みのある男だとしても、ダンジョンはそれを無常に刈り取ってくる。
しかも夜目の聞く杏であってもゴブリンの目には敵わない。
まず間違いなく先に見つかるのはこちらだ。
先手を取られる可能性の中、二人共が無事に生き残るためには
後手の中で最適解を選ぶしかない。
そのプレッシャーの中にある杏は、自分の鼓動が僅かに強くなることを感じながら唾を飲み込んだ。
自分にだけ聞こえた嚥下の音に紛れるように、離れたところから微かに甲高い鳴き声が聞こえてきた。
その直後に、暗闇から鈍く光る銀線が伸びる。
「敵!!」
「うおっと」
それがゴブリンの放ったナイフだと気づいた杏が警報を知らせた。
狙いの甘いナイフは二人の間の床に当たり後方へと滑っていった。
「ようやくお出ましか」
ぺたり、ぺたり。
裸足であるく気の抜けたような、しかしどこか不気味な足音が幸隆と杏の耳に届く。
暗闇の中、当てずっぽうに突進することはできない。
二人は敵が視認できる距離に来るまで次の攻撃に備える。
ゆらり、ゆらり。
爛々と赤く光る二対が二つ、暗闇の景色に浮かび上がる。
それはこちらを嘲るような獣の眼光。
それはゆっくりと近づき、その全容が暗闇から溶け出した。
苔のような肌、鷲のように突き出した大きな鼻、杏のお臍の高さ程度の背丈の矮躯。
手足は短く、骨の浮き出た体、にもかかわらずぼってりとした腹は餓鬼を思わせる。
手に握るナイフが大きく見えた。
「はっきり言って弱い相手よ。スライム相手に通じたあんたの力なら問題なく倒せるはずよ。でもゴブリンは知能が低くてもバカではないわ。気を付けて」
「もちろんだ」
幸隆は初めてのファンタジーらしい獲物を前に、目を輝かせ、¥マークに変えていた。
「はぁ、ほんとかしら……」
少し締まらないが、杏の溜息がゴングとなって戦闘の火蓋が切って落とされた。
途中、先を歩く杏に見とれる同業者が、後ろに続く幸隆を見て信じられないものでも見るかのように目を丸くさせていたが、幸隆はそれに気づくことはなくここまで来ていた。
上の階層とそう変わらない構造の3階層は、しかしこれまでと比べ明りに乏しい。
うす暗い通路は、十数メートル先の景色を黒く塗り潰しているほどに。
「私は夜目が利くから大丈夫だけど、あんたは不意打ちに気をつけなさい」
「このくらいなら問題ねーよ」
幸隆も目は良い。
このくらいの明りがあれば、敵の接近に気づかないことはない。
2階層に比べても人の少ない3階層は自然と物音は少なく、幸隆の足音だけが嫌に響く。
「お前って忍者かなんか?」
耳に入ってくる音の情報が自分の足音だけという事実に若干引き気味の幸隆。
杏は足音どころか、衣擦れの音も呼吸すらも最小限に抑えていた。
「ていうかアサシンだな」
「……勝手に物騒なクラスにしないでくれる?」
前を歩く彼女が答える。
顔の見えない彼女の声は響きを抑えた小さな声。
しかし、その声にはどこか暗いものが感じられた。
「すまん。ちょっと声が大きかったか」
不意打ちを気を付けろという助言を思い出した幸隆は自分が不用意に大きな声を出していたことに気づいて彼女に倣うように声を潜めた。
「……別にいいけど。少し聞き耳を立てながら進みなさい。奴らは私たちよりもここの環境に適応している。多分先に気づくのはあっちよ」
「なんかゴブリンって聞けばザコモンスって印象だけどそうでもなさそうだな」
「探索者なら身体能力で負けることはそうそうないと思うわ。厄介なのはあいつらの狡猾さよ」
「確かにずる賢い印象はあるな」
「ここのダンジョンのゴブリンはそうでもないけど、他のダンジョンではここより戦い慣れたゴブリン種がいて手を焼くそうよ」
「同じゴブリンでもダンジョンによって特徴が変わってくるのか?」
探索者やダンジョンに情報に疎い幸隆にとってその情報は初耳だった。
「どういうわけかね。単純に戦闘に特化した種もいれば、大きな集団を築く種もいるわ」
「ここのゴブリンの特徴は?」
「あんまり挙げるような特徴はないわね。そういう意味で言えば他より弱いってことかしら」
「可哀そうな扱いだな。まぁ俺としては弱いに越したことは無いがな」
「それでも三階層の敵だと考えれば油断していい相手じゃないわよ」
他のダンジョンよりも出現が早いため階層基準で言えばここのゴブリンも十分に脅威であるといえた。
「俺はいつだって常在戦場だ」
「説得力の欠片もないわね」
街中を歩くのすら恥ずかしい恰好をしている幸隆にその言葉を使われても納得など行くはずのない杏であった。
二人は会話を抑えて注意を払いながら暗い通路を進む。
上の階層よりも狭い通路は刀身の長い得物を振るうことのできない道幅となっている。
ここでは前線を張る剣士職は満足に戦うことはできない。
故に、盗賊職や拳士職が前を張るのが推奨されている。
幸運なことに二人ともがここでの戦闘の最適なクラスだった。
しかし、うす暗い環境は人間にとっていい環境とはいえない。
異様な静けさも相まって二人の緊張感は次第に高まっていく。
杏にとって、ここの敵は一対一の戦いならば遅れをとることはまずない相手だ。
例えそれが複数体が相手だとしても、倒す事もできれば、頃合いを見て逃げることだって可能だった。
しかし今は隣に新人探索者が同行している。
見込みのある男だとしても、ダンジョンはそれを無常に刈り取ってくる。
しかも夜目の聞く杏であってもゴブリンの目には敵わない。
まず間違いなく先に見つかるのはこちらだ。
先手を取られる可能性の中、二人共が無事に生き残るためには
後手の中で最適解を選ぶしかない。
そのプレッシャーの中にある杏は、自分の鼓動が僅かに強くなることを感じながら唾を飲み込んだ。
自分にだけ聞こえた嚥下の音に紛れるように、離れたところから微かに甲高い鳴き声が聞こえてきた。
その直後に、暗闇から鈍く光る銀線が伸びる。
「敵!!」
「うおっと」
それがゴブリンの放ったナイフだと気づいた杏が警報を知らせた。
狙いの甘いナイフは二人の間の床に当たり後方へと滑っていった。
「ようやくお出ましか」
ぺたり、ぺたり。
裸足であるく気の抜けたような、しかしどこか不気味な足音が幸隆と杏の耳に届く。
暗闇の中、当てずっぽうに突進することはできない。
二人は敵が視認できる距離に来るまで次の攻撃に備える。
ゆらり、ゆらり。
爛々と赤く光る二対が二つ、暗闇の景色に浮かび上がる。
それはこちらを嘲るような獣の眼光。
それはゆっくりと近づき、その全容が暗闇から溶け出した。
苔のような肌、鷲のように突き出した大きな鼻、杏のお臍の高さ程度の背丈の矮躯。
手足は短く、骨の浮き出た体、にもかかわらずぼってりとした腹は餓鬼を思わせる。
手に握るナイフが大きく見えた。
「はっきり言って弱い相手よ。スライム相手に通じたあんたの力なら問題なく倒せるはずよ。でもゴブリンは知能が低くてもバカではないわ。気を付けて」
「もちろんだ」
幸隆は初めてのファンタジーらしい獲物を前に、目を輝かせ、¥マークに変えていた。
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