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三日目
第十一話 命短し
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左後脚をパイプに貫かれたケインローズを横に倒し、脚を守っていたプラスチックのカバーを外した。ケーブルやコード、空気圧ポンプが割れたり切られている。私でも、この応急処置が難しいものであることが理解できた。
「花田たちA組はセンター裏倉庫からケーブルとコードの替えを、志賀たちB組はロッカー倉庫から空気圧ポンプの替えを持って来てくれ。私は八幡さんに報告してくる!」
そして暁さんは付け加えた。
「それと、樹論はケインローズの容態を常に確認すること!」
「はい!」
それぞれが自分の使命に従い走り出した。私はケインローズの側に座り、横たわる彼の手を握る。シリコンの下の骨組みがゴツゴツと硬く感じ、以前のあたたかさはどこかへと消えてしまったようだ。もしかすると、奇跡が消えかけているのかもしれない。
「……おいおい、なんで悲しそうなんだ。俺なんて、ただの機械なんだぞ」
苦しそうに呻く声は、血の代わりに流れ出ているようだった。
「だって、ケインローズが死んじゃうんじゃないかって思うと、悲しいよ」
「初対面で俺のこと叩いて機能停止させたくせに、よく言うよ」
本当に悪いことをしたと思う。いくら危なかったとはいえ、私は彼を傷付けた。再び目覚めたから良かったものの、目が覚めなかったら永遠に彼を誤解していただろう。
「あの時は俺も悪かった。脅かして人を怖がらせるのが楽しかった……。だが、それはそんなに楽しくないってことに気付いたんだ。シンのコロコロ変わる表情の方が面白い」
からからと笑うケインローズは、私に心配させまいといつもの強がりな心を見せる。天井を仰いだ彼の瞳からは生気を感じない。アトラクションオートマタの人工的な瞳だ。
「シン。いつか、この胸に溢れる感情を教えてくれ」
ケインローズの大きな手が、私の手から溢れた。それと同時に、彼の奇跡が消えていくのを感じる。空気と共に熱が失われていくような恐ろしい感覚が、離れる直前の彼の手から伝わった。
「嫌だ……!起きて、ケインローズ!ねぇ!」
私の叫びは黄金の国にこだました。そして、消えゆく。動かぬ機械と化したケインローズを抱きしめ、大粒の涙を流した。
(ああ、私は彼のことが好きだったんだ)
失って初めて気付いた。今気づいても、もう遅いのに……!
「樹論さん、ケインローズは……」
肩で息をするずぶ濡れの暁さんと、その横の男は八幡さんだろうか。私は、涙で歪む視界で首を横に振った。暁さんはケインローズの側に膝をつき、空気圧ポンプの音を確認する。彼もまた、首を横に振った。
「次起きるまでに、オーバーホールしましょう。アトラクション内部も揺れの影響による落下物で汚れてますし、整備しなければ」
暁さんの言葉に、私も賛同した。彼はまた必ず起きてくれる。それまでに綺麗に傷を治してあげなければ、と。すると、八幡は口を開いた。
「つまり、もうケインローズに振り回されることはないのか。綺麗にし直したら、またオープンできるね」
なんて呑気な男なのだろう!私は怒りを向けようとしたが、何も知らない上層部としては厄介ごとが無くなった訳だから、そんな態度になるのも理解できるのだ。怒りをグッと堪え、私はケインローズの髪を優しく撫でた。
その後、技術部の面々も戻って来たのだが、皆ずぶ濡れだった。皆、ケインローズの為に急いで戻って来てくれたんだ。彼らは悲しい顔を見せたが、すぐに作業にかかり、再び目を覚ますことを期待していた。
作業を終え、肩を叩こうが頬を摩ろうが、ケインローズが目を覚ますことは無かった。
「花田たちA組はセンター裏倉庫からケーブルとコードの替えを、志賀たちB組はロッカー倉庫から空気圧ポンプの替えを持って来てくれ。私は八幡さんに報告してくる!」
そして暁さんは付け加えた。
「それと、樹論はケインローズの容態を常に確認すること!」
「はい!」
それぞれが自分の使命に従い走り出した。私はケインローズの側に座り、横たわる彼の手を握る。シリコンの下の骨組みがゴツゴツと硬く感じ、以前のあたたかさはどこかへと消えてしまったようだ。もしかすると、奇跡が消えかけているのかもしれない。
「……おいおい、なんで悲しそうなんだ。俺なんて、ただの機械なんだぞ」
苦しそうに呻く声は、血の代わりに流れ出ているようだった。
「だって、ケインローズが死んじゃうんじゃないかって思うと、悲しいよ」
「初対面で俺のこと叩いて機能停止させたくせに、よく言うよ」
本当に悪いことをしたと思う。いくら危なかったとはいえ、私は彼を傷付けた。再び目覚めたから良かったものの、目が覚めなかったら永遠に彼を誤解していただろう。
「あの時は俺も悪かった。脅かして人を怖がらせるのが楽しかった……。だが、それはそんなに楽しくないってことに気付いたんだ。シンのコロコロ変わる表情の方が面白い」
からからと笑うケインローズは、私に心配させまいといつもの強がりな心を見せる。天井を仰いだ彼の瞳からは生気を感じない。アトラクションオートマタの人工的な瞳だ。
「シン。いつか、この胸に溢れる感情を教えてくれ」
ケインローズの大きな手が、私の手から溢れた。それと同時に、彼の奇跡が消えていくのを感じる。空気と共に熱が失われていくような恐ろしい感覚が、離れる直前の彼の手から伝わった。
「嫌だ……!起きて、ケインローズ!ねぇ!」
私の叫びは黄金の国にこだました。そして、消えゆく。動かぬ機械と化したケインローズを抱きしめ、大粒の涙を流した。
(ああ、私は彼のことが好きだったんだ)
失って初めて気付いた。今気づいても、もう遅いのに……!
「樹論さん、ケインローズは……」
肩で息をするずぶ濡れの暁さんと、その横の男は八幡さんだろうか。私は、涙で歪む視界で首を横に振った。暁さんはケインローズの側に膝をつき、空気圧ポンプの音を確認する。彼もまた、首を横に振った。
「次起きるまでに、オーバーホールしましょう。アトラクション内部も揺れの影響による落下物で汚れてますし、整備しなければ」
暁さんの言葉に、私も賛同した。彼はまた必ず起きてくれる。それまでに綺麗に傷を治してあげなければ、と。すると、八幡は口を開いた。
「つまり、もうケインローズに振り回されることはないのか。綺麗にし直したら、またオープンできるね」
なんて呑気な男なのだろう!私は怒りを向けようとしたが、何も知らない上層部としては厄介ごとが無くなった訳だから、そんな態度になるのも理解できるのだ。怒りをグッと堪え、私はケインローズの髪を優しく撫でた。
その後、技術部の面々も戻って来たのだが、皆ずぶ濡れだった。皆、ケインローズの為に急いで戻って来てくれたんだ。彼らは悲しい顔を見せたが、すぐに作業にかかり、再び目を覚ますことを期待していた。
作業を終え、肩を叩こうが頬を摩ろうが、ケインローズが目を覚ますことは無かった。
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