11 / 11
三日目
第十一話 命短し
しおりを挟む
左後脚をパイプに貫かれたケインローズを横に倒し、脚を守っていたプラスチックのカバーを外した。ケーブルやコード、空気圧ポンプが割れたり切られている。私でも、この応急処置が難しいものであることが理解できた。
「花田たちA組はセンター裏倉庫からケーブルとコードの替えを、志賀たちB組はロッカー倉庫から空気圧ポンプの替えを持って来てくれ。私は八幡さんに報告してくる!」
そして暁さんは付け加えた。
「それと、樹論はケインローズの容態を常に確認すること!」
「はい!」
それぞれが自分の使命に従い走り出した。私はケインローズの側に座り、横たわる彼の手を握る。シリコンの下の骨組みがゴツゴツと硬く感じ、以前のあたたかさはどこかへと消えてしまったようだ。もしかすると、奇跡が消えかけているのかもしれない。
「……おいおい、なんで悲しそうなんだ。俺なんて、ただの機械なんだぞ」
苦しそうに呻く声は、血の代わりに流れ出ているようだった。
「だって、ケインローズが死んじゃうんじゃないかって思うと、悲しいよ」
「初対面で俺のこと叩いて機能停止させたくせに、よく言うよ」
本当に悪いことをしたと思う。いくら危なかったとはいえ、私は彼を傷付けた。再び目覚めたから良かったものの、目が覚めなかったら永遠に彼を誤解していただろう。
「あの時は俺も悪かった。脅かして人を怖がらせるのが楽しかった……。だが、それはそんなに楽しくないってことに気付いたんだ。シンのコロコロ変わる表情の方が面白い」
からからと笑うケインローズは、私に心配させまいといつもの強がりな心を見せる。天井を仰いだ彼の瞳からは生気を感じない。アトラクションオートマタの人工的な瞳だ。
「シン。いつか、この胸に溢れる感情を教えてくれ」
ケインローズの大きな手が、私の手から溢れた。それと同時に、彼の奇跡が消えていくのを感じる。空気と共に熱が失われていくような恐ろしい感覚が、離れる直前の彼の手から伝わった。
「嫌だ……!起きて、ケインローズ!ねぇ!」
私の叫びは黄金の国にこだました。そして、消えゆく。動かぬ機械と化したケインローズを抱きしめ、大粒の涙を流した。
(ああ、私は彼のことが好きだったんだ)
失って初めて気付いた。今気づいても、もう遅いのに……!
「樹論さん、ケインローズは……」
肩で息をするずぶ濡れの暁さんと、その横の男は八幡さんだろうか。私は、涙で歪む視界で首を横に振った。暁さんはケインローズの側に膝をつき、空気圧ポンプの音を確認する。彼もまた、首を横に振った。
「次起きるまでに、オーバーホールしましょう。アトラクション内部も揺れの影響による落下物で汚れてますし、整備しなければ」
暁さんの言葉に、私も賛同した。彼はまた必ず起きてくれる。それまでに綺麗に傷を治してあげなければ、と。すると、八幡は口を開いた。
「つまり、もうケインローズに振り回されることはないのか。綺麗にし直したら、またオープンできるね」
なんて呑気な男なのだろう!私は怒りを向けようとしたが、何も知らない上層部としては厄介ごとが無くなった訳だから、そんな態度になるのも理解できるのだ。怒りをグッと堪え、私はケインローズの髪を優しく撫でた。
その後、技術部の面々も戻って来たのだが、皆ずぶ濡れだった。皆、ケインローズの為に急いで戻って来てくれたんだ。彼らは悲しい顔を見せたが、すぐに作業にかかり、再び目を覚ますことを期待していた。
作業を終え、肩を叩こうが頬を摩ろうが、ケインローズが目を覚ますことは無かった。
「花田たちA組はセンター裏倉庫からケーブルとコードの替えを、志賀たちB組はロッカー倉庫から空気圧ポンプの替えを持って来てくれ。私は八幡さんに報告してくる!」
そして暁さんは付け加えた。
「それと、樹論はケインローズの容態を常に確認すること!」
「はい!」
それぞれが自分の使命に従い走り出した。私はケインローズの側に座り、横たわる彼の手を握る。シリコンの下の骨組みがゴツゴツと硬く感じ、以前のあたたかさはどこかへと消えてしまったようだ。もしかすると、奇跡が消えかけているのかもしれない。
「……おいおい、なんで悲しそうなんだ。俺なんて、ただの機械なんだぞ」
苦しそうに呻く声は、血の代わりに流れ出ているようだった。
「だって、ケインローズが死んじゃうんじゃないかって思うと、悲しいよ」
「初対面で俺のこと叩いて機能停止させたくせに、よく言うよ」
本当に悪いことをしたと思う。いくら危なかったとはいえ、私は彼を傷付けた。再び目覚めたから良かったものの、目が覚めなかったら永遠に彼を誤解していただろう。
「あの時は俺も悪かった。脅かして人を怖がらせるのが楽しかった……。だが、それはそんなに楽しくないってことに気付いたんだ。シンのコロコロ変わる表情の方が面白い」
からからと笑うケインローズは、私に心配させまいといつもの強がりな心を見せる。天井を仰いだ彼の瞳からは生気を感じない。アトラクションオートマタの人工的な瞳だ。
「シン。いつか、この胸に溢れる感情を教えてくれ」
ケインローズの大きな手が、私の手から溢れた。それと同時に、彼の奇跡が消えていくのを感じる。空気と共に熱が失われていくような恐ろしい感覚が、離れる直前の彼の手から伝わった。
「嫌だ……!起きて、ケインローズ!ねぇ!」
私の叫びは黄金の国にこだました。そして、消えゆく。動かぬ機械と化したケインローズを抱きしめ、大粒の涙を流した。
(ああ、私は彼のことが好きだったんだ)
失って初めて気付いた。今気づいても、もう遅いのに……!
「樹論さん、ケインローズは……」
肩で息をするずぶ濡れの暁さんと、その横の男は八幡さんだろうか。私は、涙で歪む視界で首を横に振った。暁さんはケインローズの側に膝をつき、空気圧ポンプの音を確認する。彼もまた、首を横に振った。
「次起きるまでに、オーバーホールしましょう。アトラクション内部も揺れの影響による落下物で汚れてますし、整備しなければ」
暁さんの言葉に、私も賛同した。彼はまた必ず起きてくれる。それまでに綺麗に傷を治してあげなければ、と。すると、八幡は口を開いた。
「つまり、もうケインローズに振り回されることはないのか。綺麗にし直したら、またオープンできるね」
なんて呑気な男なのだろう!私は怒りを向けようとしたが、何も知らない上層部としては厄介ごとが無くなった訳だから、そんな態度になるのも理解できるのだ。怒りをグッと堪え、私はケインローズの髪を優しく撫でた。
その後、技術部の面々も戻って来たのだが、皆ずぶ濡れだった。皆、ケインローズの為に急いで戻って来てくれたんだ。彼らは悲しい顔を見せたが、すぐに作業にかかり、再び目を覚ますことを期待していた。
作業を終え、肩を叩こうが頬を摩ろうが、ケインローズが目を覚ますことは無かった。
0
お気に入りに追加
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
膀胱を虐められる男の子の話
煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ
男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話
膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
婚約者すらいない私に、離縁状が届いたのですが・・・・・・。
夢草 蝶
恋愛
侯爵家の末姫で、人付き合いが好きではないシェーラは、邸の敷地から出ることなく過ごしていた。
そのため、当然婚約者もいない。
なのにある日、何故かシェーラ宛に離縁状が届く。
差出人の名前に覚えのなかったシェーラは、間違いだろうとその離縁状を燃やしてしまう。
すると後日、見知らぬ男が怒りの形相で邸に押し掛けてきて──?
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる