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二日目
第七話 信じる心
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「昨日は何もせず眠っていて申し訳ありませんでした……」
私は二日目早々、暁さんや技術部の方々に謝罪をする。みんなは顔を合わせ、「いいんだよ。アイツを静かにしてくれたんだから」「それより足大丈夫?」と、口々に言った。
技術部の方々は、この『ケインローズの冒険』の修繕をするのが今の仕事らしい。動き出したケインローズ以外のアトラクションオートマタの整備や、剥がれかけた壁のペンキを塗り直している。その作業に我儘で横暴なケインローズは邪魔だと思っているそうだ。私は、このアトラクションの主人公であるにも関わらず邪魔者扱いされていて少しばかり不憫に感じた。
「暁さん、質問です。ケインローズは昼間も勝手に歩いているんですか?」
暁さんは首を捻る。うーんと唸り、口を開いた。
「昼間は普通のアトラクションオートマタに戻るらしいのですよ。ただ、夕暮れにかけて徐々に自我が芽生えるらしく、昼間アトラクション従業員にも勝手に動いているのを見られたんです。そこから噂が広まってしまったんでしょうね」
「そうだったんですね。……まずは本人に訊いてみます」
「色々話をしてみてほしい。私としては、このアトラクションを無くすわけにはいかないので、彼の心の内を探ってもらいたいですね」
(今まで散々目を逸らしてきただろうに、都合が良いなぁ)と、私は心の中で少しだけ毒づいた。しかし、危険と隣り合わせである事実には変わりがない。昨日の私はたまたま運が良かったんだ、と自分に言い聞かせた。
ケインローズは、昨日と同じ毒蛇の場面を切り取った場所に立っていた。まるで、私を待っていたかのようだ。対岸に立つ彼の元にジャンプして向かおうとしたが、「そのまま待っていろ」と、彼の方が川を飛び越え迎えに来てくれた。
「ありがとう、ケインローズ。なんだ、優しいじゃん」
「うるせぇや。調子に乗るんじゃねぇぞ。いつでも捕って食ってやれるんだからな」
はいはい、と私は受け流したのだが、アトラクションオートマタに消化器官などあるのだろうか。そして、そんな彼を宥めていた前任の滋さんはどこまで知っていたのだろう。
これは始業前に暁さんに訊ねたことなのだが、滋さんはお年を召していたそうだ。つい先日定年退職されたらしい。何故ここで働いていたんだろう。それにまず、いつからケインローズはこんなことになったのだろうか。謎は深まるばかりである。
「お前、『ケインローズの航海と冒険』が好きなんだってな」
「『お前』じゃない。樹論 信って名前があるんだから」
私は名札を見せて、空に漢字を書く。―ギリシャ生まれのケインローズに漢字なんて伝わるかわからないのだが―彼は、「ああ」と声を漏らした。
「信じるのシンか。じゃあお前は今からシンだ」
私は何度も学生時代にそう呼ばれた。しのぶ、だなんて普通読まないし、男っぽい見た目だし。仕方ない。
「……それでいい。あなたがそう呼びたいなら、そうすればいい」
目の前に立つ人馬のロボット男は、尻尾を大きく揺らした。瞳が真っ直ぐ私を見つめ、艶やかに輝いている。
「シン、物語の俺の話を聞かせてくれないか」
「いいよ。その代わり、このアトラクション内部を巡りながらでもいいかな?全体を見れてないからね」
そこまで聞いたケインローズは、私を小脇に抱える。私の足を気遣ったのかは不明だが、昨日よりも優しく抱いてくれた気がする。そして、あっという間にスタート地点までたどり着いた。
「そういえば、ケインローズはアトラクションの待機列とか外には出ないの?」
私の問いに、彼は困っているらしい。彼なりに何か考えや事情があるのかもしれない。私はすぐに問いを取り消した。
「黄金の国を目指して出航するところから物語が始まるんだよね。あ、あそこにもケインローズがいるんだね。出航の準備をしてる。」
普通のアトラクションオートマタのケインローズは港から少し出たところの一人乗りの船に乗って、歌を歌っている。今横にいる自由な人馬とはまた違う声だ。
(あれ、おかしいな。ここに普通のアトラクションオートマタのケインローズがいるなら、横に立っている彼はいったいどこのアトラクションオートマタなんだろう?)
「それで、シン。次はどうなんだ」
私はケインローズの低い声に驚き、肩が跳ね上がった。ドキドキと脈打つ胸に手を当て、なんとか落ち着かせる。
「つ、次。確か、嵐に遭って無人島に着くんだよ。その無人島には巨大な鳥がいて鉱石を守っていた。でも、ケインローズはその鳥を手懐けて鉱石を手に入れたんだよね」
私たちはアトラクション内部を歩きながら思い出していた。次のシーンには壊れた船の装飾と鉱石が。巨大な鳥のアトラクションオートマタ、そしてケインローズが和解した様子で歌を歌っている。私の記憶は正しいようだ。
「この次は、確か毒蛇の島だったはず。毒蛇に飲まれたケインローズは内側から攻撃して、蛇の飲み込んだ銀の塊を手に入れたんだ」
灯りの切れた毒蛇のシーンにも、よく見たら小さなケインローズの模型がある。電気が通ったならば、影絵で表現されそうだ。
「それで、次は……雷神との対決だったかな」
次のシーンへと進もうとしたとき、私は驚愕の声を上げた。雷神と向かい合うだろう場所にケインローズの姿がなかったからだ!私の後ろに立つ人馬こそ、この場所にいなければならない存在なのだ。私は後ろを振り返る。そこには耳を塞ぎ、目を逸らすケインローズがいた。
ブラックライトで照らされる空間には、雷鳴と、雷神と対決しているはずのケインローズの歌声だけが響いていた。
私は二日目早々、暁さんや技術部の方々に謝罪をする。みんなは顔を合わせ、「いいんだよ。アイツを静かにしてくれたんだから」「それより足大丈夫?」と、口々に言った。
技術部の方々は、この『ケインローズの冒険』の修繕をするのが今の仕事らしい。動き出したケインローズ以外のアトラクションオートマタの整備や、剥がれかけた壁のペンキを塗り直している。その作業に我儘で横暴なケインローズは邪魔だと思っているそうだ。私は、このアトラクションの主人公であるにも関わらず邪魔者扱いされていて少しばかり不憫に感じた。
「暁さん、質問です。ケインローズは昼間も勝手に歩いているんですか?」
暁さんは首を捻る。うーんと唸り、口を開いた。
「昼間は普通のアトラクションオートマタに戻るらしいのですよ。ただ、夕暮れにかけて徐々に自我が芽生えるらしく、昼間アトラクション従業員にも勝手に動いているのを見られたんです。そこから噂が広まってしまったんでしょうね」
「そうだったんですね。……まずは本人に訊いてみます」
「色々話をしてみてほしい。私としては、このアトラクションを無くすわけにはいかないので、彼の心の内を探ってもらいたいですね」
(今まで散々目を逸らしてきただろうに、都合が良いなぁ)と、私は心の中で少しだけ毒づいた。しかし、危険と隣り合わせである事実には変わりがない。昨日の私はたまたま運が良かったんだ、と自分に言い聞かせた。
ケインローズは、昨日と同じ毒蛇の場面を切り取った場所に立っていた。まるで、私を待っていたかのようだ。対岸に立つ彼の元にジャンプして向かおうとしたが、「そのまま待っていろ」と、彼の方が川を飛び越え迎えに来てくれた。
「ありがとう、ケインローズ。なんだ、優しいじゃん」
「うるせぇや。調子に乗るんじゃねぇぞ。いつでも捕って食ってやれるんだからな」
はいはい、と私は受け流したのだが、アトラクションオートマタに消化器官などあるのだろうか。そして、そんな彼を宥めていた前任の滋さんはどこまで知っていたのだろう。
これは始業前に暁さんに訊ねたことなのだが、滋さんはお年を召していたそうだ。つい先日定年退職されたらしい。何故ここで働いていたんだろう。それにまず、いつからケインローズはこんなことになったのだろうか。謎は深まるばかりである。
「お前、『ケインローズの航海と冒険』が好きなんだってな」
「『お前』じゃない。樹論 信って名前があるんだから」
私は名札を見せて、空に漢字を書く。―ギリシャ生まれのケインローズに漢字なんて伝わるかわからないのだが―彼は、「ああ」と声を漏らした。
「信じるのシンか。じゃあお前は今からシンだ」
私は何度も学生時代にそう呼ばれた。しのぶ、だなんて普通読まないし、男っぽい見た目だし。仕方ない。
「……それでいい。あなたがそう呼びたいなら、そうすればいい」
目の前に立つ人馬のロボット男は、尻尾を大きく揺らした。瞳が真っ直ぐ私を見つめ、艶やかに輝いている。
「シン、物語の俺の話を聞かせてくれないか」
「いいよ。その代わり、このアトラクション内部を巡りながらでもいいかな?全体を見れてないからね」
そこまで聞いたケインローズは、私を小脇に抱える。私の足を気遣ったのかは不明だが、昨日よりも優しく抱いてくれた気がする。そして、あっという間にスタート地点までたどり着いた。
「そういえば、ケインローズはアトラクションの待機列とか外には出ないの?」
私の問いに、彼は困っているらしい。彼なりに何か考えや事情があるのかもしれない。私はすぐに問いを取り消した。
「黄金の国を目指して出航するところから物語が始まるんだよね。あ、あそこにもケインローズがいるんだね。出航の準備をしてる。」
普通のアトラクションオートマタのケインローズは港から少し出たところの一人乗りの船に乗って、歌を歌っている。今横にいる自由な人馬とはまた違う声だ。
(あれ、おかしいな。ここに普通のアトラクションオートマタのケインローズがいるなら、横に立っている彼はいったいどこのアトラクションオートマタなんだろう?)
「それで、シン。次はどうなんだ」
私はケインローズの低い声に驚き、肩が跳ね上がった。ドキドキと脈打つ胸に手を当て、なんとか落ち着かせる。
「つ、次。確か、嵐に遭って無人島に着くんだよ。その無人島には巨大な鳥がいて鉱石を守っていた。でも、ケインローズはその鳥を手懐けて鉱石を手に入れたんだよね」
私たちはアトラクション内部を歩きながら思い出していた。次のシーンには壊れた船の装飾と鉱石が。巨大な鳥のアトラクションオートマタ、そしてケインローズが和解した様子で歌を歌っている。私の記憶は正しいようだ。
「この次は、確か毒蛇の島だったはず。毒蛇に飲まれたケインローズは内側から攻撃して、蛇の飲み込んだ銀の塊を手に入れたんだ」
灯りの切れた毒蛇のシーンにも、よく見たら小さなケインローズの模型がある。電気が通ったならば、影絵で表現されそうだ。
「それで、次は……雷神との対決だったかな」
次のシーンへと進もうとしたとき、私は驚愕の声を上げた。雷神と向かい合うだろう場所にケインローズの姿がなかったからだ!私の後ろに立つ人馬こそ、この場所にいなければならない存在なのだ。私は後ろを振り返る。そこには耳を塞ぎ、目を逸らすケインローズがいた。
ブラックライトで照らされる空間には、雷鳴と、雷神と対決しているはずのケインローズの歌声だけが響いていた。
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