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初日
第五話 幽霊退治
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「キャア!」
なんて可愛らしい声は私の喉からは出ない。唸るような声の主を見た私は、ただ息を飲んだ。
紺色の跳ねた短い髪と、褐色の肌。そこまではまだ現実味がある。しかし、耳と下半身を見たらどうだろう。どんな人間であっても、彼は人間ではないと判断する。何故なら、頭と上半身以外白馬なのだから!
「ケインローズ……?」
私は目の前の巨大な人馬を見上げ、そう呟いた。見た目が『ケインローズの航海と冒険』の主人公ケインローズそっくりだからだ。確かにここはアトラクションの『ケインローズの冒険』の中なのだからケインローズがいるのは当たり前だ。―主人公が全く出てこない古いアトラクションの例外もあるのだが―それでもロボットの一種、アトラクションオートマタがひとりでに動くだなんて!
(もしかして、中に人が入っている着ぐるみなのだろうか?)
そう考えた私は、巨体に恐る恐る触れてみた。肌はシリコンでできていて、馬の部分はプラスチックや金属、磨き上げられた樹脂のような艶がある。よくよく聞いてみると、空気が押し出されたり取り込まれたりするピストン音がする。
「随分と積極的な女だな。フン、悪かないぜ」
鋭い視線が私に降り注がれていることに気づき、ハッと顔を上げる。私の隣で固まる暁さんが顔を真っ青にしながら、ケインローズに必死に訴えていた。
「す、すみませんね!今日からの新人なもので!どうか見逃してやってください」
当たり前のように、固定されていないアトラクションオートマタのケインローズと話をする暁さんに、私は驚きと共に呆れも混ざっていた。(ははあ、夜間特別技師っていうのはこういうことか)と、気づく。つまり、このケインローズの世話係が夜間特別技師なのだ。
「ええと、ケインローズ。彼女が……」
「樹論 信です。夜間特別技師になりました」
人馬の男はしばらく私を見つめると、「フンッ」とそっぽを向いた。
「今日も夜になるまで人間が来てないじゃないか。つまらなくて仕方ねぇ」
彼の人工の瞳が辺りを見渡す。つるりと光を反射し、ガラス玉のように見せた。その瞳が捉えたものは、私だった。
「前の滋(しげる)の方が活力はあったが……仕方ねぇな」
(誰だ、その男は)と、思うのも束の間。私は人馬のロボット男にヒョイと持ち上げられたかと思ったら、小脇に抱えられた。視界の隅に消える暁さんは顔面蒼白で、私よりショックを受けていたらしい。当の本人―つまり私―は、大きな手に掴まれ小脇に抱えられ、これって拉致では?と驚きすぎて逆に冷静になっていた。
アトラクション内部には水が流れている。本来ならばボートで巡るはずなのだが、私は何故か、固定されて同じ動作しかしないはずのアトラクションオートマタに雑に抱かれて巡る羽目に遭っているのだ。
しばらく揺られ気分を悪くしていると、灯りが消えている場所に降ろされた。
「ここ、毒蛇のシーンじゃない……?確か毒蛇に飲み込まれて……」
吐き気をどうにか抑えながら立ち上がろうとする。そんな私をケインローズが上から押さえつけた。
「飲み込まれるのはお前だ。世話されるのはもう御免だからな、俺の飯になれ」
人馬が口を開く。私の全てを飲み込むかのように、大きく開かれた口が目の前に現れた。
「違う!ケインローズはこんなことしない‼︎あんたは偽物だ‼︎」
私の中の嫌悪感が手に力を与える。大きく振りかぶった手は人馬の頬を強く叩(はた)いた。物語のケインローズは勇気があって、かっこよくて、優しい。だが、私の目の前にいた人馬はどうだ。横暴で、目鼻立ちは端正だが優しさのカケラもない。私は、『ケインローズの航海と冒険』のケインローズが好きなのに、同じ名のキャラクターが滅茶苦茶にするのが許せなかった!
床に伏せた人馬は「フシュウ」と音を立て、動かなくなった。
「あっ」
背後から現れた暁さんや技術部の面々と目が合い、同じタイミングで声を漏らした。
私は初日から大失敗をしてしまったかもしれない……。
なんて可愛らしい声は私の喉からは出ない。唸るような声の主を見た私は、ただ息を飲んだ。
紺色の跳ねた短い髪と、褐色の肌。そこまではまだ現実味がある。しかし、耳と下半身を見たらどうだろう。どんな人間であっても、彼は人間ではないと判断する。何故なら、頭と上半身以外白馬なのだから!
「ケインローズ……?」
私は目の前の巨大な人馬を見上げ、そう呟いた。見た目が『ケインローズの航海と冒険』の主人公ケインローズそっくりだからだ。確かにここはアトラクションの『ケインローズの冒険』の中なのだからケインローズがいるのは当たり前だ。―主人公が全く出てこない古いアトラクションの例外もあるのだが―それでもロボットの一種、アトラクションオートマタがひとりでに動くだなんて!
(もしかして、中に人が入っている着ぐるみなのだろうか?)
そう考えた私は、巨体に恐る恐る触れてみた。肌はシリコンでできていて、馬の部分はプラスチックや金属、磨き上げられた樹脂のような艶がある。よくよく聞いてみると、空気が押し出されたり取り込まれたりするピストン音がする。
「随分と積極的な女だな。フン、悪かないぜ」
鋭い視線が私に降り注がれていることに気づき、ハッと顔を上げる。私の隣で固まる暁さんが顔を真っ青にしながら、ケインローズに必死に訴えていた。
「す、すみませんね!今日からの新人なもので!どうか見逃してやってください」
当たり前のように、固定されていないアトラクションオートマタのケインローズと話をする暁さんに、私は驚きと共に呆れも混ざっていた。(ははあ、夜間特別技師っていうのはこういうことか)と、気づく。つまり、このケインローズの世話係が夜間特別技師なのだ。
「ええと、ケインローズ。彼女が……」
「樹論 信です。夜間特別技師になりました」
人馬の男はしばらく私を見つめると、「フンッ」とそっぽを向いた。
「今日も夜になるまで人間が来てないじゃないか。つまらなくて仕方ねぇ」
彼の人工の瞳が辺りを見渡す。つるりと光を反射し、ガラス玉のように見せた。その瞳が捉えたものは、私だった。
「前の滋(しげる)の方が活力はあったが……仕方ねぇな」
(誰だ、その男は)と、思うのも束の間。私は人馬のロボット男にヒョイと持ち上げられたかと思ったら、小脇に抱えられた。視界の隅に消える暁さんは顔面蒼白で、私よりショックを受けていたらしい。当の本人―つまり私―は、大きな手に掴まれ小脇に抱えられ、これって拉致では?と驚きすぎて逆に冷静になっていた。
アトラクション内部には水が流れている。本来ならばボートで巡るはずなのだが、私は何故か、固定されて同じ動作しかしないはずのアトラクションオートマタに雑に抱かれて巡る羽目に遭っているのだ。
しばらく揺られ気分を悪くしていると、灯りが消えている場所に降ろされた。
「ここ、毒蛇のシーンじゃない……?確か毒蛇に飲み込まれて……」
吐き気をどうにか抑えながら立ち上がろうとする。そんな私をケインローズが上から押さえつけた。
「飲み込まれるのはお前だ。世話されるのはもう御免だからな、俺の飯になれ」
人馬が口を開く。私の全てを飲み込むかのように、大きく開かれた口が目の前に現れた。
「違う!ケインローズはこんなことしない‼︎あんたは偽物だ‼︎」
私の中の嫌悪感が手に力を与える。大きく振りかぶった手は人馬の頬を強く叩(はた)いた。物語のケインローズは勇気があって、かっこよくて、優しい。だが、私の目の前にいた人馬はどうだ。横暴で、目鼻立ちは端正だが優しさのカケラもない。私は、『ケインローズの航海と冒険』のケインローズが好きなのに、同じ名のキャラクターが滅茶苦茶にするのが許せなかった!
床に伏せた人馬は「フシュウ」と音を立て、動かなくなった。
「あっ」
背後から現れた暁さんや技術部の面々と目が合い、同じタイミングで声を漏らした。
私は初日から大失敗をしてしまったかもしれない……。
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