上 下
7 / 8

第七話 静かな夜

しおりを挟む
 チャルチウィトリクエ号は突風と鯨の衝突しょうとつという事故を乗り越え、沈む太陽に向けて船首を向けていた。
 シルク少年にとって、海賊と過ごす初めての夜がやってきた。シルクは何があってもおかしくない、と覚悟をしていた。シルクは昔、あることを父に言われたことがある。「静かな夜は、絶対に船室から出てはならない。幽霊が子供を攫《さら》うから」と。昔は幽霊を信じていたが、今では信じていない。それでも父が言っていたことは守っていた。

 夕食の鐘が鳴らされ、焼きイカとスープを受け取る。食堂は、やかましいぐらいにおしゃべりでにぎわっていた。シルク少年はアクバルの隣に座り、焼きイカをナイフで刺す。海賊と共に生きる今、海の悪魔あくまを食べるのにためらいは無かった。

「どうだ?なかなか美味いだろ」

 アクバルはイカのゲソを頬張ほおばりながら言った。輪切りにされたイカを何度も噛み続けるが、みきれる気がしない。仕方なく、すり潰すようにして飲み込んだ。味は、ほんのりと甘い。焼かれたからだろうか、塩のおかげだろうか、よく分からなかったが意外と美味しいと思った。

「うん、美味しい。一昨日の晩ごはんよりずっと美味しいや」

 後ろで話を聞いていた主計長マニクは「かわいそうに」と声を漏らした。

「俺よりケチな野郎がいるとはねぇ。しかも昨晩はひと口も食わせてもらえなかったのか」

 マニクは飲み水代わりのラム酒をちびちびと飲みながらシルクの肩を叩いて、「元気出しなよ」とでも言いたげに微笑んだ。

「マニクはケチじゃけど、しっかりお金の管理をしとる男なんよ。万一のことをよく考えて余裕よゆうをもたせとるのが分かるけえ、みんな不満ふまんを言わんのよ」

 マニクの隣に座っていた水夫チュエンがシルクに耳打ちをした。

 食事を終えたシルクは、甲板でアクバルにある質問をした。

「皆何故こんなに仲が良いんでしょう。海軍にいた時は居心地いごこちが悪かったので、とても気になります」

 水夫アクバルは月夜の水平線を指差し、答える。

「シルク。俺たちチャルチウィトリクエ号の船員は皆ある島を目指している。その目標、いやあこがれはどんなことがあろうと忘れやしないんだ。時には喧嘩けんかもする。けれど、その憧れを思い出せばすぐに仲直りだ」

 シルク少年は団結力だんけつりょく秘密ひみつを知り、納得なっとくした。しかし、分からないところがある。

「アクバルさん、その『ある島』って何?どこにあるんですか?」

「『理想郷りそうきょう』さ。だから、どこにあるかも分からない。それでも、俺たちは骨をうずめるために理想郷を探し続けている……」

 意外な答えだった。海賊なら、宝の島だとか黄金の国を探しているのかと思っていたからだ。

「それで、理想郷を見つけたらどうするんですか?僕はどうなるんでしょう」

 アクバルは腕を組み、少し考え込んだ。

「そうだな……。シルクは島民になってもらうも良し、新たなチャルチウィトリクエ号の船長になってもらうも良しだな」

「イミシュ船長の前では言えませんね」

 シルクとアクバルはクスクスと笑った。
 夜風が髪をなびかせる。少し肌寒くなってきたので二人は寝室のハンモックに体を埋めることにした。

「チュウ」

 縫帆手カンのネズミ、キビがシルクの腹の上に登り顔を覗きこんだ。

「キビも一緒に寝る?」

「ぷい」

 キビはシルクのシーツに潜り込み、体を丸めるとすぐに眠りについた。シルク少年はそんなキビを見て大きな欠伸をすると、目を閉じた。

「そうだ、シルク。この船には一つだけ規則があってな、深夜に船長室へ行ってはならないんだ。……俺としたことが、言い忘れてたぜ」

 すで寝息ねいきをたてているシルクの横顔を見つめると、小さく欠伸をして水夫アクバルも眠りについた。
 静かでおそろしい夜が目を覚まし、シルクを探す。「さあ、父親のもとにおいで、おいで」と真っ暗闇に手招きした。しかし、海賊たちの愉快ゆかいな歌にはばまれた。

『二十の若人わこうどが、血を流し辿り着くのは理想郷。酒と涙は枯れ果てた。ようそろ、ようそろ。錨を上げろよ、帆を張れよ』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

転職してOLになった僕。

大衆娯楽
転職した会社で無理矢理女装させられてる男の子の話しです。 強制女装、恥辱、女性からの責めが好きな方にオススメです!

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

6年生になっても

ryo
大衆娯楽
おもらしが治らない女の子が集団生活に苦戦するお話です。

ロリっ子がおじさんに種付けされる話

オニオン太郎
大衆娯楽
なろうにも投稿した奴です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

処理中です...