シルク航路〜ホール・アウェイ〜

ままかりなんばん

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第六話 海の男の背中

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 シルク少年は、ジョージ・セイル号では水夫見習いとして航海士の父の手伝いをしていた。そんな彼にとって、海の男であった父は憧れの存在だった。

「聞いているか、シルク!テストその一を始めるぜ。まずはロープの結び方を見せてもらう」

 ぼうっと父の顔を思い浮かべていたシルクにイシュの大声が被せられる。それと同時に、一束のロープを投げられた。一メートルぐらいしか無い短く細いものだ。シルク少年は首を傾げる。

「何に結び付けるかで結び方が変わりますが……」

 掌砲長イシュは「それもそうだな」と辺りを見渡した。風になびく長い前髪を耳にかけながら、アクバルは言う。

「イシュ、お前の義足ぎそくに結んでもらおうぜ」

「俺の?まあ、結びやすいだろうからな。いいだろう。シルク、こいつは基礎きその基礎。海の男として働いてもらう船員を指導しどうするには力量を測るのも仕事だからな」

 シルクは頷く。ロープを持ち、イシュの右の義足に結び始めた。後ろにロープを回し、手前で結びきる前に長い方に輪を作る。その輪に短い先の方を通し、輪を作ったロープを縫うように回し、輪を再びくぐる。キュッと結ぶと、うまく出来上がった。

「おう、帆を張るときの結び方じゃねぇか。リボンみたいに結ばれるかと思ってヒヤヒヤしたぜ。シルク、意外と基礎が分かってるな」

 イシュはホッとした様子だった。彼の顔を見てシルク少年は言う。

「これ、もやい結びって呼びませんか?」

「そんな呼び名だったのか。アクバル、メン、知ってたか?」

 イシュが水夫アクバルと操舵手メンの顔を見るが、二人とも首を横に振っていた。

(海賊だから海軍の正式な名前なんて知らないんだ、きっと)

 シルク少年は「そうなんだ」と納得しつつも、それでも違和感いわかんを覚えていた。

「次は……」

 イシュのテストは続く。横帆おうはん縦帆じゅうはん、それらの畳帆じょうはん展帆てんぱんの違いや、いかりの降ろし方など、シルク少年が今まで何度も見てきたことを問題にされるものだから、シルクは自分答えが本当に合っているのか心配になっていた。

「じゃあ、最後だ。かじについての問題だが……メン、お前が見ててやってくれよ」

 そう言うとイシュは舵輪だりんを右へ何度か回した。チャルチウィトリクエ号は同じように右へ傾き航路こうろからずれたようだ。頭上から掌帆長イクと海尉チクチャンの怒号どごうが聞こえるのだが、イシュはお構いなしだ。

「シルク、お前が元の航路に戻すんだ」

 シルク少年に舵輪を預け、イシュは船首せんしゅまで走っていった。片足のひざより下が木の義足である事実を感じさせない突風のような走り方は、何度見ても驚く。

「俺たちが見といてやるから、やってみなよ」

 操舵手メンと水夫アクバルは手すりに寄りかかり、シルク少年の様子を見守る体勢に入った。

「でも僕、舵は任されたことないんです。それどころか、舵輪に触るのを禁じられていたので……」

 子供に舵を任せる海軍がどこにあるというのだろうか!シルク少年はそう言いたかった。しかし、二人は手を貸す様子すら見せなかった。それならば、仕方ない。
 シルク少年は恐る恐る舵輪を左に回す。

(イシュが面舵おもかじに切ったのだから、取舵とりかじに切ればいい。でも、角度が分からないな……)

 ゆっくりと舵輪を回していると、船体に何かがにぶい音を立ててぶつかった。衝撃しょうげきでシルク少年は舵輪に弾き飛ばされ、尻餅しりもちをついた。誰も握らない舵輪は突風にあおられグルグルと回る。船体にぶつかる何かと風の影響でチャルチウィトリクエ号は大きく揺れた。

「イク、何で風が吹くことを知らせなかった!」

「うるさいな、俺だって分からないことぐらいあるさ」

 操舵手のメンはイクに文句を言いながらも舵輪を握り、時々やってくる突風と揺れに耐えるよう力をこめていた。
 シルク少年はメンに操舵を任せ、左舷さげんからおそってくる揺れの正体を確かめに甲板を走った。シルクが海面に目をやると、尻尾が跳ねた。

くじらだ!でも、思っていたより小さい!」

 子供だろうか。群れからはぐれたらしく、周りに大人の鯨の姿が見えない。インテガの海に、ただひとりぼっちの子供。シルク少年は、小さな鯨に自分の姿を重ねた。

「シルク、そこ退きな!アクバルが来るぞ」

 海尉チクチャンは見張り台に立ち、シルク少年に声をかけた。アクバルが来るからなんだと言うのだ。チクチャンを見上げながらそう思っていると、獣のように素早く海面に向けて飛びこむ上半身はだかの男の姿が視界のすみに一瞬見えた。慌てて鯨の様子を見ると、風が強く吹き、目を開けていられなくなった。

「おーいシルク、すぐそこのロープを降ろしてくれ」

 風が強い中、ロープを留め具であるビレイピンに繋ぎ、アクバルが飛び降りたであろう場所へ向けて投げた。しばらくその場で風に耐え続けていたため動けずにいたが、そのうち風が止んできた。

「よっ、と。シルク、ロープありがとうな」

 顔を上げると、アクバルの小麦の肌とキラキラ輝く緑の瞳が飛び込んできた。

「こいつはお土産だ。後でムルクとエツナブに調理してもらおうぜ!」

 シルク少年の足元に置かれたのは、巨大なイカだった。少年と背を比べたらイカの足、ゲソの部分が一メートル以上差がつくだろう。胴体どうたいにはもりつらぬかれたようなあとが残っている。アクバルは何も持っていなかったはずなのだが……。

「あの鯨はいったいどうしたの……?」

 不安そうにたずねるシルク少年の頭をつついて、彼は言った。「あいつはこのイカにからまれて暴れてただけだ。すぐれに戻れるだろうよ」と。
 再び海面に目をやると、水平線の彼方かなたに鯨の尾ひれがいくつも見えた。その群れへ向かう小さな尾ひれに胸をでおろす。鯨を救った本人は、そそくさと船内へ帰ろうとしていた。

「あっ!アクバルさん、イカを置いて船室せんしつに戻らないでください!」

 イカ独特のぐにゃぐにゃした動きに顔をしかめ、その場から動けないシルク少年を見て、甲板にいた皆が笑った。
 シルク少年が見たアクバルの海の男の背中には、海に似合わぬへび猛獣もうじゅう刺青いれずみが入っていた。
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