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第9話 5時間目の授業

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 5時間目の授業は数学だった。

 颯は理系の科目が苦手だった。特に数字の計算が不得意だった。そのため、5時間目の授業は億劫だった。

 その上、昼食を取り、腹を満たし、眠気も生じる。気怠さが普段の5時間目の授業よりも増幅する。

 現実逃避をするように、黒板から目を離し、窓側に視線を向ける。

 数学の教員は、颯の気持ちなど無視し、口頭の説明と並行して、板書を続ける。チョークを使用し、文字を作る音が、小刻みに教室で発生する。

 普段、学校では必ず耳にする音が、颯の鼓膜を平常通り撫でる。音は不快ではなく、心地よい。

 だが、音限定だ。授業の内容は苦痛でしかない。

 窓側に意識を移すと、聖羅と目が合った。聖羅は窓側の1番後方の席に座る。学生ならば大方の人間が羨むベストポジションだろう。

 温かく、日の光が当たり、教壇が距離が遠い位置だ。そのため、居眠りするにも都合がいい。

 薄く微笑みながら、聖羅は控えめに手を振る。教員にバレないように、颯に対して手を左右に動かす。

(なんだよ。こいつ。まだ彼女面かよ。NTRしたくせに)

 聖羅の以前と同じ態度に、颯は多大な憤りを覚える。そこに悲しみや憂鬱は存在しなかった。それらの感情は消えてしまった。今は怒りしか存在しない。

(彼氏の俺が居ながら、イケメンにNTRやがって。にも関わらず、未だに俺とカップルの関係を続けようとしてる。ふざけやがって! どこまで俺を舐めてやがる!! バレてないとでも思ってるのか? 俺は既に知ってるんだよ) 

 授業中だが、叫びたい衝動に駆られる。髪を掻き毟りたくもなる。

 口から言葉が出掛ける。

 理性がギリギリの状態で踏み止まり、どうにか口を強く噤んだ。唇を引き結び、力を込める。

 怒りを帯びた言葉を体内で留める。体内から嘔吐しないために。

(いかんいかん。ここで怒りをぶちまければ、俺は教員やクラスメイト達から変態扱いされる)

 ブンブン顔を振り、脳内の雑念を抹消する。

 取り敢えず、空気を読んで、教員が黒板に意識を集めた瞬間を狙い、手を振り返した。

 本人なりに危機感を感じているのか。アピールするように、聖羅は颯に向けてウィンクした。もしかしたら、手を振ったご褒美かもしれない。

 数日前までは、彼女のウィンクを目にすれば、興奮したかもしれない。トキメキや刺激も生じたかもしれない。

 しかし、時既に遅し。

 颯にとって、聖羅のウィンクは汚物に見えた。とても魅力的には映らなかった。

 汚物を認識したため、胸中の底から不快感が湧き出る。お湯がブクブク沸騰するように、時間と共に増幅する。

 胸中を支配する感情が、怒りから不快にシフトした。

 聖羅を視界に収めると、不快なウィンクが無意識にフラッシュバックする。

 苦痛を避けるため、聖羅から視線を外す。

 行動の甲斐もあり、不快感が和らぐ。次第に気持ちも楽になる。

 一方、聖羅は不思議そうに首を傾げる。おそらく、颯の行動に疑問を抱いたのだろう。確かに、他者からすれば、不可解な行動だった。

 聖羅の変化に気づかず、颯は黒板に目を向ける。授業には乗り気ではない。

 だが、聖羅の顔を認知し、不快感を味わうよりかは幾分かマシだった。

 黒板の眺めて数秒後、ポッとアイディアが浮かぶように、ある言葉が颯の脳内に流れた

「そのクソ1号とは別れることをお薦めするよ。実行するか否かは、天音次第だ。決定権は天音しか持ってないから」

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